欲しがりません、傘までは。

家を出ようとしたら雨が降っていた。
傘がなかった。僕は傘をしょっちゅう電車に忘れたり
会社に忘れたり、もしくは壊してしまったりで遂に一本も
なくなってしまったのである。

「嫁…君の傘貸して」

「あなたいつも失くすか忘れるでしょ!」

「ちゃんと持って帰るからさあ」

「じゃあ貸すけど…絶対忘れちゃダメよ!」

僕が借りようとしている傘は、嫁のお気に入りのようだ。
嫁の鋭い眼差しに僕は身の危険を覚え、悟った。
絶対にこの傘を家に持ち帰らなければ恐ろしいことが起こる。

もしこの傘を失くすようなことがあれば、
雨は夜更け過ぎに血の色へと変わるだろう。
バイオレンスナイト。ホラーナイト。

そんなわけでいろんな意味で「重い」傘を持って電車に
乗ることとなった。手摺りに掛けていたりすると、降りる時
つい忘れちゃうんだよね。あ、もう降りなきゃ、あれ、
乗った時よりも荷物が軽い気がする…。

って、うおおい。傘を手すりに掛けっぱなしじゃないか。

第一のトラップ電車を辛うじてクリア。

しこしこと仕事をして夜遅く。ようやく帰れる!
お先に失礼します!あれ、朝よりも荷物が軽い気がする…。

って、うおおい。傘立てに置きっぱなしじゃないか。

第二のトラップ会社も危うくクリア。

帰りの電車は殆ど傘を抱いたような状態で家に着き、
玄関に傘を立ててようやく安堵した。

「あなた、傘はどうしたの!」

待ち構えていた嫁が、口から放射能を吐かんばかりに詰め寄った。

「ち、ちゃんと持ってきたよ。玄関に置いたよ」

「ふふ。それならいいのよ。もし忘れたらどんな罰を与えようか
 考えていたのよ…」

嫁と連れ添って十余年経つが、嫁を怒らすたびにこれまで
僕の知らなかった恐ろしさが見えてくるなあ。

傘ね傘ねすいません。
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