はじめの一歩の第一報。

会社から帰ってくると

「ちょっとちょっと、いいものありまっせ」

嫁が歌舞伎町のポン引きのような手つきで僕を手招きし、
ヴィデオカメラを手にしながら僕を部屋の奥まで誘った。

寝ている娘・R(1才)を起こさないようにするために、
そして僕に何かを見せるために嫁はヴィデオカメラの
液晶画面を開いた。

こんな風にコソコソとヴィデオを見るのは、高校生のころ
友達の斉藤君の家でハードコアな映像を見た時以来だ。
栃木の素朴で純情な少年だった僕には、洋物の無修正は
キツ過ぎたので鮮明に覚えている。あれは赤ん坊にスピリタスを
飲ませるような行為だった。

さて、嫁が公開した映像にはそんな肉襞や肉棒なぞは
当然映っておらず

「あだー。うだー」

Rがふにゃふにゃと動いている姿があった。

「見て。このあとRが歩くのよ!」

「なに…すりゃ、まことか?」

固唾を飲んで見続けていると、Rはエッチラと立ち上がり
しばらくフラフラとバランスをとった後、

「えーへーへー」

謎の掛け声を上げながらゆっくり

一歩、二歩、三歩…

たどたどしく歩き、やがてペタンと座った。

「ね!歩いたでしょう!」

嫁が歓喜の笑みを浮かべた。Rは1才と2ヶ月。
早い赤子は7ヶ月ぐらいで歩き出しているだけに
嫁も結構心配していたのだ。しかしとうとう歩いた。
僕も胸が熱くなるのを抑え切れなかった。

この一歩は小さな一歩だが、Rの人生にとっては
大きな一歩となろう。なんつって。

願わくば、この瞬間をライブで見たかったものだ。
きっとクララが立ったシーンよりも感動するであろう。
そして僕はオロローンと滂沱するのだ。

やがてRは僕や嫁のダッコから離れ、自分の足で歩む。
自らの意思で目指すところへ歩き、進み、やがて
どこぞの男の元へと歩いて行き…。

お、オロローン!

来たるべきXデーを思い浮かべ、猛烈に悲しくなってしまった。

ヴィデオにはRが歩いてはコケるさまがまだ映っていた
何度トライしても3歩が限界のようだ。

娘よ。父は多くは望まん。いっしょに3歩以上散歩してくれよな…。
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