兵庫の民家
永富家住宅 | 国指定重要文化財 (昭和42年6月15日指定) 兵庫県揖保郡揖保川町新在家字横田337 建築年代/文政3年(1820) 用途区分/農家(庄屋・大地主) 指定範囲/主屋・長屋門・籾納屋・大蔵・乾蔵・内蔵・味噌蔵・東蔵 公開状況/公開 山陽本線の竜野駅の北方2km程の平野部に所在する播磨地方屈指の豪農住居である。当家の祖は伊賀の出身で、能楽の祖である観阿弥・世阿弥にも縁ある家柄と伝えられているが定かではない。中世以来、下揖保庄の預所職であったともされるが、少なくとも当屋敷が所在する新在家は江戸中期に集落が拓かれた揖保川の氾濫原で、近世になって伸長した新興地主層ながら竜野藩の御用金用立てに尽力した功により苗字帯刀御免となった富裕の家柄であることだけは間違いのないところである。当住宅は「新在家の大家」と称されるに相応しいもので、約800坪の屋敷地に144坪の建坪を誇る巨大な主屋を中心に長屋門や籾納屋、大蔵などの付属建物群が周囲を取り囲む。重厚な本瓦葺の主屋は、桁行四列、梁行三列に部屋を並べる形で、土間境から奥に四間続きで座敷が並び、最奥の間から更に鍵の手に上段が設えられる様は民家建築の最高峰と呼ぶに相応しい造作である。近世民家の傑作として日本を代表する存在ではないかと個人的には思っている。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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古井家住宅 | 国指定重要文化財 (昭和42年6月15日指定) 兵庫県姫路市安富町皆河236-1 建築年代/室町時代末頃 用途区分/農家 指定範囲/主屋 公開状況/公開 中国道山崎ICから北東方向の山間部に所在する国内屈指の古民家である。そもそも県内でも中国道付近の中山間地は古民家の宝庫で、少し以前までは江戸初期の建築に遡る民家が文化財未指定のまま結構残されていたが、今では神戸市北区の箱木家や当家などが文化財指定により辛うじて命脈を保つに過ぎない状況になってしまった。当家は天保7年の「播州皆河邨千年家之記」における記述で千年家または萬屋と称されており、当時において既に近在でも特筆すべき古民家であったことが窺われる。建物は桁行7間、梁間4間の入母屋造、萱葺、平入の中規模な建前で、外観は屋根の軒が極端に低く、土壁が多用された閉鎖的な風情。内部においても独立柱が林立し、柱は細く蛤刃の手斧で仕上げられている。当家は中世から近世にかけて民家史解明の鍵となる最重要な遺構とされている。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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箱木家住宅 | 国指定重要文化財 (昭和42年6月15日指定) 兵庫県神戸市北区山田町衝原字道南1-4 旧所在地・兵庫県神戸市北区山田町衝原 建築年代/室町時代 用途区分/農家 指定範囲/主屋・座敷 公開状況/公開 室町中期に建築されたと推測される日本最古の民家建築である。嘗ては奈良時代の大同年間(800年頃)の建築とも謳われたこともあったが、これは古い家であることを示す俗謡のようなもので実際には有り得ない話。ただ元禄3年(1690)に死去した当主・箱木伊兵衛の代に当地の代官・小堀甚右衛門から「千年家」の称号を授かっていたというから、当時から既に相当な古い家であったことは間違いない。屋敷は昭和53年に山田川流域の衝原ダム建設により、南東方向に70m程移動させられたが、工事の際に地下調査が併せて実施され、出土品などから室町中期の建築ということで落ち着いた経緯がある。復原前には主屋と離れが一体化した一棟の建物であったが、解体調査により離れ部分は18世紀初頭に別棟で建てられたものと判明、現在は各々を別棟建で復している。建築当初から残存するのは主屋の土間境付近の柱や梁、頭貫材などに限られているらしいが、近世民家とは明らかに異なる風情は他では味わえない貴重なものである。 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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友井家住宅 | 国指定重要文化財 (昭和49年2月5日指定) 兵庫県丹波市山南町野坂字西山田203 旧所在地/兵庫県丹波市山南町阿草1302 建築年代/江戸時代(18世紀前半・元禄10年?) 用途区分/農家(年寄役・桧皮葺師) 指定範囲/主屋 公開状況/公開(事前申込要) 西脇市の北方、篠山市の西方の中山間部に所在する農家建築である。現在は旧山南町の中心部に近い緑化公園内に移築保存されているが、当初は現在地の東方10km程のJR福知山線下滝駅付近に所在していた。当家は慶長年間から続く旧家で、元禄年間に年寄職を務めていた当家の祖・徳左衛門が阿草村と味間村の入会山の紛争解決の礼として当住宅が村人より贈られたとの記録が当家所蔵の古文書に残されているらしい。住宅は妻入で下手を通り土間とし、上手を縦割りに3部屋を並べる典型的な能勢型と称される形式で、時代が遡るにも関わらず、屋根を支える小屋組が棟束を立てる垂木組ではなく叉首組を用いている点は先進的な技術を早くから採り入れた事例として注目されている。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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岡田家住宅 | 国指定重要文化財 (平成4年1月21日指定) 兵庫県伊丹市宮ノ前2-193 建築年代/延宝2年(1674) 用途区分/商家(酒造業) 指定範囲/店舗・酒蔵 公開状況/公開 大阪国際空港の西方に所在する伊丹は、戦国武将・荒木村重の居城・有岡城の旧城下町を中心に酒造で栄えた土地柄である。東方を流れる猪名川の伏流水と先進的な醸造法の開発により江戸中期まで江戸市中で販売される下り酒の大半を伊丹酒が占めたと云われる程で、現在でも著名な剣菱や白雪、大手柄などの銘柄は伊丹酒を源流とするものである。当住宅は、市の中心部、旧米屋町に所在する商家建築で、17世紀にまで年代が遡る最古級の建物である。往時の所有者は松屋与兵衛なる人物で、当初から酒造業を営むことを目的に建てられたが、江戸期における酒造業の浮沈は激しく、その後の所有は鹿島屋、安藤家、岡田家と変遷を重ねた。桁行15.4m、梁間15.9mの堂々たる建物で、内部は改造が著しく居宅としての機能は早くに除かれているが、初期の酒造の歴史を物語る住宅として興味深い。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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堀家住宅 | 国指定重要文化財 (平成25年5月17日指定) 兵庫県たつの市龍野町日飼字前垣内291 建築年代/明和4年(1767) 用途区分/大庄屋 指定範囲/主屋・浜座敷・裏座敷・内蔵・乾蔵・二番蔵・浜蔵・三番蔵・四番蔵・五番蔵・大乾蔵・八番蔵及び九番蔵・六番蔵及び七番蔵・東蔵・十番蔵・味噌部屋・柴小屋及び漬物部屋・コナシ部屋・養蚕部屋・牛小屋・長屋門・西門・オウラ北門・土地 公開状況/非公開 揖保川中流域の右岸に形成された醤油の里として著名な龍野城下町を訪れた際には、川向こうの対岸に大きな楠と、その袂に白漆喰に黒腰板を施した連続する土蔵群に注目すると良いだろう。それこそが一ツ橋徳川家領6ヶ村の大庄屋職を務めた当住宅である。当家が所在する日飼村は江戸初期においては龍野藩領で、その頃には単なる一介の庄屋に過ぎない存在の当家であったが、延享4年(1747)に一ツ橋領となって以降、播磨地域に菜種や綿作が普及し木綿生産が進展する時代背景の下、菜種や綿実の取引で得た利潤を生かして土地を急激に集積、大庄屋職を拝命し、永代苗字帯刀御免、御徒格、添勘定格など特別な身分へと伸長するのである。屋敷地は東西58間(106m)、南北36間(66m)と広大で、周囲に残る大庄屋層の屋敷地と比較しても相当に大きい。また江戸中期の建築ながら本瓦葺とする主屋の周囲には14棟を超える土蔵群が建ち並ぶ。幕末までに整備された屋敷構えが、明治以降にも殆ど手を加えられることなくそのまま維持されたことは全くの奇跡で、近世民家の至宝と云っても過言でない存在である。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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宿南家住宅 | 兵庫県指定文化財 (平成20年3月21日指定) 兵庫県養父市八鹿町宿南1202 建築年代/享和3年(1803) 用途区分/農家(庄屋) 指定範囲/主屋 公開状況/非公開 |
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三木家住宅 | 兵庫県指定文化財 (昭和47年3月24日指定) 兵庫県神埼郡福崎町西田原1106 建築年代/元文2年(1737) 用途区分/農家(大庄屋) 指定範囲/表座敷・副屋・離れ・内蔵・米蔵・酒造蔵・角蔵・厩・表門 公開状況/公開 中国自動車道と播但自動車道が交差する福崎町の旧市街に所在する旧大庄屋屋敷である。当家は藩政初期には姫路城下最大の湊町・飾磨津で酒造業を営んでいたが、明暦元年(1655)に新田開発のため当地に移住、江戸中期以降は代々、神東郡辻川組21ヶ村の大庄屋職を拝命した家柄である。住宅が所在する辻川は生野銀山へと続く街道沿いに位置し、小さな町場が形成され、当家は本陣的な役割をも担ったようである。屋敷は明治6年に街道が馬車道として拡幅された際に前面を削り取られており、大庄屋職に相応しくない小振りな表門は、それ故のことらしいが、。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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三木家住宅 | 兵庫県指定文化財 (平成2年3月20日指定) 兵庫県姫路市林田町中溝74 建築年代/江戸時代(17世紀) 用途区分/農家(大庄屋) 指定範囲/主屋・長屋門及び長屋・内蔵・米蔵・新蔵 公開状況/公開 姫路市の北西郊外、雪彦山を源とする林田川の中流域に所在する旧大庄屋屋敷である。全国に大庄屋屋敷と称されるものは数あれど、当住宅は、その中でも群を抜いて威容を誇る佇まいである。林田藩建部家1万石の城下に在りながら、巷では「1万石の大庄屋」と俗称される程の豪農家で、そもそもは天正8年(1580)に豊臣秀吉の播磨侵攻により滅ぼされた英賀城主・三木一族を出自とする。帰農直後は現在地より北方の林田藩陣屋前に屋敷を構えたが、牛馬の往来が激しく糞尿で門前を汚されることを厭うた藩の命により寛永20年(1643)現在地に移転したとのことで、具体的な建築年が推定できる最古級の民家遺構である。付属する土蔵群は19世紀以降の建物ばかりなので、主屋のみは敢えて当初建物を守り続けたと推測される。由緒を重んじる本物の旧家とは、こうしたものなのだろう。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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豊野家住宅 | 兵庫県指定文化財 (昭和63年3月22日指定) 兵庫県たつの市御津町室津306 建築年代/嘉永年間(1848〜1854)推定 用途区分/大庄屋・脇本陣 指定範囲/主屋 公開状況/公開 【御津町立室津民俗館】 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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石橋家住宅 | 兵庫県指定文化財 (平成13年3月30日指定) 兵庫県伊丹市宮ノ前2-5 (移築) 旧所在地・兵庫県伊丹市宮ノ前1-4-25 建築年代/江戸時代末期 用途区分/商家(紙・金物販売業・酒造業) 指定範囲/主屋 公開状況/公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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九鬼家住宅 | 兵庫県指定文化財 (平成10年4月7日指定) 兵庫県三田市屋敷町7-35 建築年代/明治初期 用途区分/元三田藩家老職 指定範囲/主屋・土蔵 公開状況/公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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朝倉家住宅 | 兵庫県指定文化財 (昭和48年3月9日指定) 兵庫県丹波市青垣町佐治114 (移築) 旧所在地・神楽村大名草一ノ瀬(現青垣町) 建築年代/江戸中期 用途区分/養蚕農家 指定範囲/主屋 公開状況/公開(事前予約要・青垣歴史民俗資料館) 昭和47年に青垣町民センターの脇に移築保存された養蚕農家建築である。県北部の但馬地方は基本的には北船井型と称される入母屋屋根・平入の建築様式が多く見受けられる土地柄だが、当住宅の様に片側の屋根のみを切妻とする例は珍しい。これは屋根裏を養蚕の場として用いる為に採光と換気を兼ねた窓を妻面に設けるための工夫とのこと。内部においては、関西地方の古い民家の基本形である前座敷三間取の形式を採らず、関東地方によく見受けられる広間型三間取となっている点が最大の特徴である。いろいろな点で不思議な造作を持つ当住宅はもっと脚光を浴びても良い民家だと思う。 ▼個別解説ページへ |
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下堂家住宅 | 兵庫県指定民俗文化財 (昭和54年3月20日指定) 兵庫県川西市美山台3-5-1 (深山池公園内・移築) 旧所在地・兵庫県川西市国崎 建築年代/江戸時代後期 用途区分/農家 指定範囲/主屋 公開状況/非公開 |
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福田家住宅 | 兵庫県指定民俗文化財 (昭和55年3月25日指定) 兵庫県川西市美山台3-5-1 (深山池公園内・移築) 旧所在地・兵庫県川西市国崎 建築年代/宝永8年(1711)頃 用途区分/農家 指定範囲/主屋 公開状況/非公開 |
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東家住宅 | 兵庫県指定民俗文化財 (昭和53年3月17日指定) 兵庫県宝塚市大原野字松尾1 旧所在地・兵庫県宝塚市大原野字小林8番地 建築年代/江戸中期(18世紀) 用途区分/農家 指定範囲/主屋 公開状況/公開(平成28年4月1日以降公開休止中) 宝塚市北方の山中に所在する宝塚自然の家内に設けられた宝塚市歴史民俗資料館の野外展示施設として用いられている農家建築である。そもそもは現在地から南東2km程の比較的平地の多い中山間地に所在していたが、昭和49年2月に移築・再現された。桁行6間、梁間4間半程の中規模な建前で、南妻を正面とする三間取妻入の摂丹型に分類される形式を採っており、右手に土間、左手に床上部が割り振られ、オモテ、ダイドコ、ナンドの各部屋が縦に配列されている。大戸口の脇に設けられた「エンゲ」と称する開放的な縁側には三方に戸棚が設けられており、他に例の無い造作であるとのことだ。個人的な感想ではあるが、これほど外観形状の美しい民家は、なかなか有りそうで無い、と思う。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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柳田国男生家 | 兵庫県指定民俗文化財 (昭和47年3月24日指定) 兵庫県神崎郡福崎町西田原1038-1 建築年代/江戸時代 用途区分/医家・民俗学者 指定範囲/主屋 公開状況/公開 |
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青谿書院 | 兵庫県指定史跡 (昭和45年3月30日指定) 兵庫県養父市八鹿町宿南171 建築年代/弘化4年(1847) 用途区分/私塾 残存範囲/主屋 公開状況/公開 幕末から明治初期にかけて活躍した漢学者・池田草庵が営んだ自宅兼塾舎である。草庵は文化10年(1813)に宿南の農家の三男として生まれ、幼名を久蔵、長じて禎蔵を名乗った。13歳で広谷村の満福寺で出家したものの、儒学を学ぶため天保元年(1831)に19歳で還俗して京都・相馬塾に入門。31歳にして帰郷し、初めは八鹿村に立誠舎を、35歳にして宿南村に当書院を開設した。門人は全国30ヶ国より累計673人に及んだという。著作に「山窓功課」、「古本大学略解」、「肆業餘稿」があり、いずれも県文化財となっている。住宅は進美寺山に行く手を遮られて大きく蛇行する円山川に注ぎ込む青山川の谷筋にあり、主屋は南側の山腹を造成した高台に北面して建つ。茅葺二階建に瓦葺の平屋を付属させた中規模な建物で、1階表側に講堂や客間など私塾としての機能を、奥側に居間や夫人の間など私生活の空間を配置する。また二階を塾生の自習室兼寝室に充てるなど、一般の住宅とは異なる様子を見て取ることができる。 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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長島家住宅 | 養父市指定文化財 兵庫県養父市小城字荒神下36 建築年代/江戸末期(天保・嘉永年間頃) 用途区分/農家(出石藩領大庄屋) 指定範囲/主屋・客殿・土蔵・納屋・物置 公開状況/公開 【大庄屋記念館】 兵庫と鳥取の県境に聳える氷ノ山を源流とする大屋川が但馬地方を縦断する大河・円山川に合流せんする付近に小城集落は所在する。国道9号線を日本海側に向かって行く途中、大屋川に架かる広谷大橋を渡る辺りから右手を望むと、集落越しの高台に一見して大屋敷と感ずる建築群を見て取ることができる。それが当住宅である。住宅は屋敷面積3700平米を超える広大なもので、山腹の傾斜地を三段に造成して、上段に納屋、物置、中段に主屋、客殿、土蔵、下段を前庭とする。主屋の建築年代については、天保9年から嘉永5年(1838-1852)までの15年間に長島善右衛門が出石藩18ヶ村の大庄屋職を務めるとともに苗字帯刀を許された時期のものと考えられている。主屋は明治期に改造を受け、大正期には客殿が増築されるなど藩政期のままの姿ではないが、早くに地元自治体に寄贈されたことから、昭和初期以降の風情をそのまま保つ状態で維持されている。見ておくべき民家だと思う。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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西坂家住宅 | 篠山市指定文化財 (平成元年2月16日指定) 兵庫県篠山市河原町 建築年代/ 用途区分/商家(醤油醸造) 指定範囲/主屋 公開状況/非公開 |
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川端家住宅 | 篠山市指定文化財 (平成17年7月13日指定) 兵庫県篠山市河原町 建築年代/明治前期 用途区分/商家 指定範囲/主屋・表の間・離れ・壱番蔵・弐番蔵・参番蔵・四番蔵・納屋・中門・表門・その他東塀・西塀等10棟9箇所 公開状況/非公開 |
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八瀬家住宅 | 龍野市指定文化財 (昭和48年3月17日指定) 兵庫県龍野市揖西町中垣内甲296 建築年代/寛政4年(1792) 用途区分/農家(郷目付・大庄屋) 指定範囲/主屋 公開状況/非公開 |
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渕上家住宅 | 神戸市指定文化財 (平成22年3月19日指定) 兵庫県神戸市北区大沢町日西原1872 建築年代/19世紀中頃〜昭和初期 用途区分/大庄屋 指定範囲/主屋・東納屋・上風呂・離れ・北納屋・焚物部屋・漬物部屋・米蔵・衣裳蔵・表門 公開状況/非公開 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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安間家住宅 | 篠山市指定文化財 (平成6年5月20日指定) 兵庫県篠山市西新町95 建築年代/江戸時代(天保元年(1830)後) 用途区分/武家(徒士 12石3人扶持) 指定範囲/主屋 公開状況/公開 【篠山市立武家屋敷安間家史料館】 黒豆や牡丹鍋などの特産品で知られる丹波篠山は譜代5万石の小さな城下町ながら、西日本15ヶ国20大名の夫役による天下普請の名城・篠山城を中心に往時の風情が残る美しい土地である。城の周囲は奇跡的に開発を免れ、特に西側の徒士屋敷が並ぶ一画は、一般的に町の中心部にあるため残りにくいと云われる武家屋敷群としては異例の残存率である。茅葺の表門と主屋が印象的な当住宅は、その一画にあって徒士組の中では比較的禄高が高いことから徒士頭的な存在であったと思われる。存外に立派な住宅である。 ▼個別解説ページはありません |
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尾崎家住宅 | 加東市指定文化財 (平成5年4月27日指定) 兵庫県加東市上三草1157 建築年代/江戸時代(18世紀後半) 用途区分/武家(大目付・知行30石) 指定範囲/主屋 公開状況/公開 (土日祝日のみ) 中国自動車道の社ICから北東方向の田園地帯に所在する武家屋敷である。現在の周囲の状況からは全く想像がつかないが、当地は三草藩丹羽氏1万石の城下町であったところで、当住宅前に聳える公共建造物の様な学習塾が陣屋の在った場所であるらしい。ちなみに当藩は江戸定府の大名であったため、実質的には国元詰めの上級家臣によって藩は維持・運営されたようであるが、当家は大目付の役職にあり藩内でも最上位の家柄にあったため、僅か30石取の知行ながら、住宅は分不相応と思える程に格式の高い造作である。武士の住居は知行高のみではなく、藩内における身分によっても決まるのだということを実感させてくれる事例である。 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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佐野家住宅 | 姫路市指定文化財 (平成5年11月10日指定) 兵庫県姫路市夢前町新庄1262 建築年代 用途区分/農家(庄屋) 指定範囲/主屋 公開状況/公開 |
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内海家住宅 | 登録有形文化財 (平成16年3月4日登録) 兵庫県たつの市新宮町千本1824 建築年代/江戸時代後期 用途区分/農家(本陣・大庄屋) 登録範囲/主屋・長屋門・土蔵 公開状況/店舗として営業中 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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平安家住宅 | 登録有形文化財 (平成8年12月26日登録) 兵庫県川西市下財町4-1 建築年代/大正7,8年(1918-1919) 用途区分/実業家(銅精錬業) 登録範囲/主屋・玄関・玄関門・乾蔵・西蔵・巽蔵・北蔵・長屋門・西納屋・南納屋・北納屋・大納屋・浴室・離れ・屋根塀 公開状況/公開(川西市郷土館) |
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上田家住宅 | 登録有形文化財 (平成16年3月4日登録) 兵庫県篠山市犬飼152-1 建築年代/江戸時代後期 用途区分/農家(庄屋) 登録範囲/主屋 公開状況/非公開 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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西尾家住宅 | 登録有形文化財 (平成16年7月23日登録) 兵庫県篠山市大山上699 建築年代/享保18年(1733) 用途区分/商家(酒造業・庄屋) 登録範囲/主屋・離れ・茶室・新蔵・酒蔵・部屋蔵中蔵・前庭門等 公開状況/非公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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来住家住宅 | 登録有形文化財 (平成14年2月14日登録) 兵庫県西脇市西脇394-1 建築年代/大正7年(1918) 用途区分/地主・実業家 登録範囲/主屋・離れ・客湯殿・洋館・西蔵・東蔵・トイレ 公開状況/公開 西脇市の中心市街に所在する旧実業家邸宅である。約400坪の敷地のやや後方に建つ主屋は大正4年の棟上げから3年の歳月を要して完成したもので、座敷の床や天井は云うに及ばず、湯殿や玄関の大戸など随所に銘木を使用し、庶民の分限を超える贅を尽くした建物となっている。また間取りも表側の座敷空間と裏側の居住空間を中廊下を挟んで防音に配慮するなど近世民家とは異なる近代建築ならではの建前となっている。当家は糸商を生業としていた家柄であるが、近代に入って西脇周辺で勃興した繊維工場群の地主として伸長を果たし、住宅建築時の当主・来住梅吉氏は西脇商業銀行の設立発起人に名を連ねるなど地元実業界において名士的な存在となっている。播磨地域で活躍した木彫工芸家・市川周道の手による座敷欄間などは結構な出来栄えで、職人の手技も併せて楽しめる住宅である。 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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玉置家住宅 | 登録有形文化財 (平成14年2月14日登録) 兵庫県三木市本町2-454 建築年代/文政9年(1826) 用途区分/商家(切手会所) 登録範囲/主屋・離れ・西土蔵・東土蔵・北土蔵・廊下 公開状況/公開 神戸・明石の北方に位置する町三木の町は、江戸中期から続く金物産業の町として知られた土地柄である。江戸末期には鋸や鑿、鉋などの職人用の刃物産地として圧倒的な地位を築いたとのことであるが、そこから産み出される経済力を、当地を領有した館林藩が見逃す訳はなかった。そもそも何故に上州館林を領した越智松平家が三木の町を飛地支配したかは不明であるが、ともかく此の地に切手会所を置き、今でいう手形のようなものを発行し、藩財政の立て直しを画策したことは事実のようである。然るにその切手会所として文政9年に藩が整備した建物が当住宅なのである。明治期に至って僧籍から還俗した雲龍寺第21世の大器晩成和尚が玉置姓を名乗り当住宅を所有し、離れの増築等が行われたが、少なくとも主屋と南蔵は藩政時代の建物であることが判明しており、その性質ゆえに防犯上の配慮が随所になされるなど、普通の民家には見られない造作が散見される。なかなかに面白い由縁を持つ民家なので、細部までじっくりと見学したい。 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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小河家住宅 | 登録有形文化財 (平成18年11月29日登録) 兵庫県三木市本町3-6-24 建築年代/明治末期 用途区分/ 登録範囲/主屋・離れ・番人小屋・女中部屋・表門・裏門・納戸・土蔵・庭門・庭塀・外塀 公開状況/公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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赤木家住宅 | 登録有形文化財 (平成18年3月2日登録) 兵庫県豊岡市引野972 建築年代/明治3年(1870) 用途区分/大庄屋・地主 登録範囲/主屋・西倉庫・西土蔵・西物置・西米蔵・西味噌蔵・西門・石垣・中門及び塀・東作業場・東籾蔵・番人小屋・表門・塀1・塀2・離れ 公開状況/非公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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平尾家住宅 | 登録有形文化財 (平成20年3月7日登録) 兵庫県豊岡市森尾字安藤958 建築年代/明治29年(1896) 用途区分/大庄屋・大地主 登録範囲/主屋・西蔵・新蔵・塩噌蔵・下の蔵・供待・隠居屋・水溜・西の門・薪小屋・主屋西仕切塀・御成門及び塀・給水塔・外塀・灰小屋・下の石橋・隠居屋東塀及び門・井戸屋・たつ小屋・ポンプ小屋及び板塀 公開状況/非公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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木村酒造場 | 登録有形文化財 (平成27年11月17日登録) 兵庫県朝来市和田山町竹田字上町西側303 建築年代/明治35年 用途区分/商家(酒醸造業) 登録範囲/店舗兼主屋・米蔵・舟蔵・貯蔵所・裏門・門及び塀 公開状況/公開 今や「天空の城」の名称で雲海に浮かぶ城跡として全国的な知名度を誇るようになった竹田城跡の旧城下町に所在する旧酒造場である。黒澤明監督の「天と地」の撮影現場として登場する城跡に魅せられ、度々、竹田城を訪れていたが、 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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佐藤家住宅 | 登録有形文化財 (平成16年6月9日登録) 兵庫県朝来市生野町口銀谷746 建築年代/江戸後期 用途区分/ 登録範囲/主屋 公開状況/非公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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今井家住宅 | 登録有形文化財 (平成17年11月10日登録) 兵庫県朝来郡生野町口銀谷534-1 建築年代/江戸末期 用途区分/ 登録範囲/主屋・西塀 公開状況/非公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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吉川家住宅 | 登録有形文化財 (平成17年11月10日登録) 兵庫県朝来郡生野町口銀谷640 建築年代/天保3年(1832) 用途区分/郷宿 登録範囲/主屋・離れ・内蔵・土蔵・米蔵・西塀 公開状況/公開 佐渡金山や石見銀山と並ぶ鉱山町として、慶長6年(1600)に徳川家康により但馬金銀山奉行が置かれ、幕府直轄領となった生野銀山は江戸初期には月産で銀150貫(約562kg)が採掘されたものの、次第に産出量は衰微し、享保元年(1760)には奉行から代官配置に格下げされたものの、江戸期を通じて一帯における政治経済の中心地として機能した。生野銀山町の南側を流れる市川沿いの宮小路に所在する当住宅は、そもそもは鶴林山の採掘権を与えられた山師であり、後には井筒屋の屋号により郷宿を営んだ吉川家の屋敷である。郷宿は近在の村役層が訴訟や裁判などの公事に際して、宿泊の便宜を与えるだけでなく、役所との仲介をする存在で、生野鉱山町には6軒のみが許されたとのことである。 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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水田家住宅 | 登録有形文化財 (平成22年4月28日登録) 兵庫県加西市北条町横尾字西門121 建築年代/大正11年(1922) 用途区分/荒物卸問屋 登録範囲/主屋・書院・内蔵・北蔵 公開状況/公開 水田萬治郎氏が建築。屋号を「かぎまん」と称した荒物の卸問屋であった。旧丹波往来(横尾街道)に南面して建つ。 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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旧小國家住宅 | 登録有形文化財 (平成19年12月5日登録) 兵庫県神崎郡福崎町山崎字大将軍814 建築年代/江戸末期 用途区分/庄屋 登録範囲/主屋・長屋門・塀・診療所 公開状況/公開 |
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石堂家住宅 | 登録有形文化財 (平成24年2月23日登録) 兵庫県佐用郡作用町大垣内823 建築年代/江戸後期 用途区分/農家(大庄屋) 登録範囲/主屋・向座敷・本蔵及び内蔵・角屋及び西門・井戸屋・表門・中門・南塀・北塀 公開状況/非公開 安志藩小笠原家の大庄屋で作用11ヶ村を支配したという。明和2年の瓦銘があって建立年代が明らかである。 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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加藤家住宅 | 登録有形文化財 (平成21年1月8日登録) 兵庫県姫路市網干区余子浜字船渡53-1 建築年代/文久2年(1862) 用途区分/蔵元・廻船業・醤油醸造業・素麺製造業 登録範囲/主屋・長屋門・離れ座敷・濱座敷・内蔵・湯殿及び雪隠・鎮守社・西塀 公開状況/非公開 |
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梶原家住宅 | 登録有形文化財 (平成21年11月2日登録) 兵庫県姫路市大塩町字宮之本457 建築年代/嘉永6年(1853) 用途区分/塩田地主・海運業 登録範囲/主屋・茶室・大倉・内倉・隅蔵・古書倉・大工倉・南離座敷・納屋・表門・中門・管理人部屋・現像室・外便所・下腹雪隠・内腰掛待合・茶室しづの舎 公開状況/非公開 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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田中家住宅 | 登録有形文化財 (平成19年12月5日登録) 兵庫県南あわじ市賀集立川瀬字居屋敷28-1 建築年代/明治14年(1881) 用途区分/農家 登録範囲/主屋 公開状況/非公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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瓜生原家住宅 | 兵庫県登録有形文化財 (平成26年3月6日登録) 兵庫県佐用郡佐用町平福字南新町東側439 建築年代/文化7年 用途区分/鋳物業 登録範囲/主屋・土蔵1・土蔵2・川座敷・納屋 公開状況/蕎麦屋として営業中 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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旧芝辻家住宅 | 無指定・公開 兵庫県たつの市 建築年代/天保8年(1837) 用途区分/武家(鉄砲師・鍛冶職・2人扶持) 残存建物/主屋・離れ・物置2棟・井戸上屋 公開状況/公開 たつの武家屋敷 |