昆明の「清真」通り
[中国「食」文化論#2:”豚の壁”
('Qingzhen' street of Kunming, China)

-- 2004.03.08 エルニーニョ深沢(ElNino Fukazawa)
2015.02.24 改訂

 ■はじめに - 「清真」とは何ぞや?

 中国雲南省の省都・昆明のヘソ(=中心)は百貨大楼が在るロータリー式交差点でしょう。このロータリーの北側大通りを正義路、東側大通りを南屏街そして東風東路、南側大通りを三市街、西側大通りを東風西路、と言います。ロータリーから南の三市街を少し南に進むと、西の雲南省博物館に抜ける裏通りが在ります。つまり東風西路の1筋か2筋南の裏通りで、ここが今回ご紹介する昆明の「清真」通りなのです。
 2002年10月26日(土)、午後に広州に飛ぶ前の午前中に私は昆明の「清真」通りを通り抜けてみました。本題に入る前に、この日の旅程を、雲南桃源旅行(真髄編)の全旅程から下にコピーして置きます。Cとはグループ構成で小池・松岡・私(=桃源倶楽部「食み出しトリオ」)の事です。因みにAは北山塞翁、Dは唐さんです。

        ...<前半略>...
                 <宿泊>
 10/26(土) 昆明滞在                B-->*:中川夫妻は別行動
       <昆明の「清真」通り>          C
       昆明 → 広州  華南農業大学招待所  A,C,D
        ...<後半略>...

 では「清真(Qingzhen)」とは一体何ぞや?、...『中日・日中辞典』を引くと「イスラム教の」「イスラム教」(※1)と在ります。因みにイスラムには伊斯蘭の字を当て、イスラム教は回教(※2) -日本も回教を使う- 或いは伊斯蘭教(※2)と言います。
 Why?、何故なの?、...ムフフ、直ぐにはお教え出来ません。ヒントは、「清真」の元来の意味は「純朴な」「混じり気の無い」などです。
 では何故「清真」の「純朴な」「混じり気の無い」「イスラム教の」に成るのか?(=問題1)、それは以下を見てのお・楽・し・み!

 ■昆明「清真」通りの風景

   変わった屋根の形(イスラム風)
    ↓     ↓
写真1:昆明「清真」通りの風景。 左がその時の風景です。木造のゴチャゴチャとした古い建物が並んで居て、古い建物の向こうに近代的な大きなビルがニョキニョキと見えている所が、如何にも”大通り近くの裏通り”を表して居ます。
 しかし変わった屋根の形をした家屋が見えますね、これがイスラム風です。そしてパラソルが幾つも通りに並んで居ます。
 そうです、ここは食べ物屋が多く、主に回族(※2-1)が住んだり商売をしたりして居る通りなのです。「回(hui、フイ)」とは回教(=イスラム教、※2)の「回」です。これは回族が古くは「回回」と自称しイスラム教を信奉して居たので、「回回の宗教」→「回回教」→「回教」と詰まってイスラム教を指す様に成ったのです。

写真2:省博物館。

 右が「清真」通りを西に抜けた所に在る省立の雲南省博物館です。1964年の建造で、中央の7階建ての塔部を3階建ての湾曲した陳列館が取り囲んで居て、中華ロマネスクとでも言える折衷的なデザインです。
 雲南省の歴史学・人類学・考古学・民族学などに関する資料や美術工芸品など6万点以上を収蔵し、合わせて雲南省に住む25の少数民族に関する資料も展示して居ます。
 私もこの日1時間位見学しました。
 

 さて、「清真」通りを歩いてみましょう。下がイスラム的惣菜を作って販売して居る姉ちゃんと、買いに来たお客です。色々な炒め物やヤキソバが並んで居ます、ピーナッツも在ります。
 そして、売り子の姉ちゃんが被っている白地に刺繍をした鍔(つば)無し帽子にご注目下さい、これがイスラム風です。この姉ちゃんは「中国名花集」にも登録されて居ます。{このリンクは05年3月24日に追加}
写真3:「清真」通りの惣菜屋。

 左下がラーメンや豆腐スープなどを売っている店です。やはり白い鍔無し帽子を被って居ます、これがイスラム風です。手前の看板には「豆腐」の字も見えます。
 そして右下が私が食べた羊肉入りのラーメンです。中国では「拉面」と書きます。日本の醤油ラーメンの様な感じで、さっぱりしてとても旨かったです。因みに面(=麺)は「手打ち」です。半月形に見えているのはカブかダイコンか、忘れました。羊肉はやはりイスラム風です。
 雲南では米線(ビーセン)(※3)という米の粉で作った細ウドンの様な麺類が主流で、昆明では特に熱々に煮出したスープに後から麺と具を入れて食う「過橋米線」というのが昆明名物ですので、昆明ではラーメンはこの「清真」通り以外では見掛けません。小麦粉で作るラーメンは北の食文化の産物なのです。
写真4:「清真」通りの豆腐料理の店。写真5:羊肉の拉面(ラーメン)。

写真6:順城清真寺。写真6-2:順城清真寺の表札。






 「清真」通りの西の外れに、「招待所」を兼ねた「順城清真寺」が在りました。左が玄関前の光景で、上が玄関上部の表札を拡大したものです。「清真寺」とはイスラム寺院のことです。モスクでは無く簡易的な施設ですが、この界隈のイスラム教徒は、ここでコーラン(※1-1)を読みアラー(※1-2)への祈りを捧げるのでしょう。
 建物の前に座っている人が居ますが、やはり白い鍔無し帽子を被って居ます、これがイスラム風です。
 

  ■■2004年 - 昆明「清真」通りは取り壊されて居た!

 ご覧戴いた昆明「清真」通り2004年11月10日(水)に来て見たら取り壊されて居る最中でした、これはショックです!
 ここでちょっと断って置きます。私が雲南に来る旅は一つが「雲南桃源倶楽部」の人と、もう一つが「パーリャン村の小学生を支援する会」の仲間ですが、2002年に昆明「清真」通りに来たのは前者、2004年にここに来たのは後者の旅です。しかし私からすると、どちらも雲南の旅なのです。
 2004年11月10日という日はパーリャン小学校が完成し竣工式に出て竣工記念ツアーも終えて、明日の飛行機で日本へ帰るという日でした。他の人たちは午後から睡眠を取った人が殆どでしたが、私と武田先生は昆明の街へ繰り出し、昆明北駅、花鳥市場(景星街)、そして偶然にも昆明「清真」通りに来たのです。花鳥市場と清真通りは歩いて10分位しか掛からないという事が解りました。因みに、武田先生は花鳥市場か何処かで椅子が気に入り1つ買ってそれを抱えて持ち歩いて居ました、呆れます、否々ご立派!!
 そして変わった屋根の形に出会いました、その瞬間に私はここが2002年の昆明「清真」通りである事を思い出しました。しかし取り壊し真っ最中だったのです(下の2枚の写真、17:25頃)。


 建物は取り壊されて居ますが、道路には左上の写真の様に羊肉が吊るされて居ます。もう嘗てのイスラム的惣菜ラーメン屋は有りませんでした。しかしイスラムの女の子 -この子は回族では無いがイスラム教徒- がケバブ(※4)を焼いて居ました(右上の写真)。ケバブとは「焼鳥」為らぬ「焼”羊”」、イスラムの食い物の典型です。
 新たな清真通りに衣替えするのでしょうか??

 [ちょっと一言]方向指示(次) イスラム教徒の女性が顔を隠す為に使うスカーフを「ヒジャーブ」と呼びます。イスラムの女性はヒジャーブスカーフか、回族の様にイスラム帽子を必ず身に着けます。
    {この章は04年12月16日に追加}

 ■「清真」を解く - 真相から深層心理へ

 以上をお読みに為ってイスラム風という内容が或る程度イメージ出来たと思います。そこで冒頭に提出した問題1を解明して行きましょう。
写真7:清真料理の献立の看板。
 右の看板をご覧下さい。これはこの昆明の「清真」通りの食堂のメニューを書いて店の入口に掲げて在った看板です。1行目に「清真」と在り2行目に「中晩餐飯堂」と在ります、つまり「イスラム風の中華食堂」ですよ、と言っている訳です。3行目の「供応」、これは日本語の「饗応」に同じで、持て成す酒食の内容、つまり献立(=メニュー)ですね。このメニューの内容をご注目!、これを抜き出して下に書いてみましょう。

  海鮮婁:海鮮料理
      (「婁」は「鏤(ちりば)めた」という意味)
  鳩鴨婁:鳩と鴨の料理
  魚婁 :魚料理
  鹿子肉:子鹿の料理
  鴕鳥肉:ダチョウ料理
  駱駝肉:ラクダ料理
  牛羊肉系列:牛・羊系統の肉料理

です。どうですか?
 回族の料理は美味しいので他の民族にも人気が有ります。私はダチョウラクダを是非是非食べてみたいですね、これこそイスラム風ですゾ。私は日本でダチョウの肉は食いましたがラクダは無いですね、話にも聞きません。昆明には又訪れる機会が必ず有りますので、この店はチェックして置きましょう。その際はダチョウやラクダの味をレポートしましょう。これは決して「ゲテモノ食い」ではありません、文化理解の第一歩です!

 本題に戻りましょう。問題1:何故「清真」の「純朴な」「混じり気の無い」「イスラム教の」に成るのか?
 もう一度上のメニューを良くご覧下さい。フーム、...アレレッ?、...(※4-1)は無いの?、ブタは?、...「食」に於いては、いや「食」以外でも中国は「豚の国」でっせ。何で?、どうして??

    ++++ 「清真」の真相 ++++
 ブタを”不浄な動物”として忌み嫌うイスラム教徒はブタを絶対に食べません、つまりゲテモノ以下の存在なのです。ブタ肉丸ごとで無く、例えば肉饅の様に挽肉にして判らない様にしてもダメです。ブタが少しでも混じったら”不浄”なのです。もし間違って口に入れてからブタだと判ったら、喉に指を突っ込んで吐き出します。
 もうお解りでしょう、つまり

  ブタの「混じり気の無い」 → 「純朴な」 → 「清真」

という訳です。これが「清真」の真相だったのです!!
 イスラム教徒は「豚の国」中国の中で、自分たちの食習慣を守る為に真っ先に料理の技術を身に付けたと言います。その為か今でも中国のイスラム教徒は料理や食材関連の職に就く人が多いのです。即ち、豚を忌み嫌うイスラム教徒が、「豚の国」中国の中で「豚を食べる人々」に囲まれて暮らす為に考え出した”自衛手段”、それが「清真」街 -イスラム教徒のイスラム教徒によるイスラム教徒の為の食堂街- なのです。つまり食文化から見ると、イスラム教徒と他の中国人の間には、目に見えないが越え難い”豚の壁”が立ちはだかって居るのです。因みに、”豚の壁”とは最近流行りの本の名から借用した私の造語です(△1)が、詰まる所は民族性の違いに起因する壁です。
    -----------------


 [ちょっと一言]方向指示(次) ここで「豚の国」について一言付言して置きます。豚は世界で馬と同様に最も古く馴化された動物で世界中に広く分布して居ますが、一番最初に何処で馴化されたかの確定は難しい様です。しかし古代中国エジプトについて記した文献に登場して居る点から、その辺りがルーツと考えられます(△2のp112~115)。特に今日的な状況から見れば中国こそ「豚の国」に相応しいと言えます。
 [ちょっと一言]方向指示(次) 序でに”豚の壁”の実例を紹介します。私は知人のイラン人(=イスラム教徒)を中華料理店に連れて行き、わざと餃子を食べさせたことが有ります。彼は一口食べてから餃子の皮を剥き、これはブタ肉か?、と訊くので私が平然と牛だと答えたら、今度は店の主人に同じ事を訊き、私の魂胆を知らない主人がブタだ、と答えたら彼はトイレに行って吐き出しました。その後は彼が主人に直接注文し、牛肉と鶏肉の料理だけを食べました。
 又、新聞で読んだ話では、外国人を収容して居る刑務所も食事係が大変だそうです。即ち、肉類は牛・豚・羊・鶏・魚と在りますが、人種や宗教に依って食べる肉が異なるからです。で、鶏(にわとり)が一番無難という話です。


    ◆豚便所の深層心理

 ところで、豚は定住する農耕民族に特徴的家畜で、移動する遊牧民族は飼育しないという文化的差異(△3のp650~651)は重要です。更に豚を飼う目的が専ら「食肉用」に限られて居る点が、他の家畜(牛・馬・羊・鶏など)と大きく異なります。唯一の使用価値は”人糞の清掃屋”としての用途で、人間の大便所をその儘豚舎にした施設(=豚便所)は中東・近東から中国に掛けて古代から存在し、中東起源のイスラム教徒が豚を不浄視するのは、このトイレの構造が大きく影響して居ると私は考えて居ます(△4のp122)。しかし同書には「同じ中近東でもキリスト教徒は豚肉は大好きと書いて在ります(△4のp125)。
 同じ様なトイレの構造を持ち乍ら、イスラム教徒は豚を忌み嫌い、中国の多数民族である漢民族は何とも思って無い点が面白いですね。目に見えない”壁”、それは心理的”壁”です。「坊主憎けりゃ袈裟迄憎い」の諺の様にイスラム教徒が「豚を食べる人々」である漢民族を腹の中でも不浄視して居るかどうかは、深層心理を読み解く民族心理学の主要テーマの一つです。

                (>v<)

 ■私の主張・その1 - イスラム教徒の豚忌避思想はユダヤ起源

 それでは豚を”不浄な動物”とする豚忌避(又は禁忌)思想は、果たしてイスラム教が起源なのか?(=問題2)、次はこの問題について突っ込んで考えてみましょう。その為にはイスラム教の成り立ち(※1)を検証する必要が有ります(△5のp238~240、△5-1のp97~113)。

 イスラム教はA.D.6世紀前半にムハンマド(※1-3)に依ってメッカに於いて創始された唯一神アラー(※1-2)に絶対帰依する戒律宗教です。日本の大乗仏教の様に唯単に念仏を唱えれば良いという軟弱なものでは無く、イスラム教徒には生活全般に亘って戒律が課せられるのです。
 ところで、今日「三大宗教」の一つとしてキリスト教・仏教と並び称されることがイスラム教の理解を狂わせて居る、というのが私の主張です。確かに今日的信者の数からすればその通りですが、その成立や宗教の性格を考える場合に、この言い方は”誤解”の基です。ではイスラム教とは一体どんな宗教なのか?

    ++++ イスラム教はユダヤ教から派生した民族宗教 ++++
 先ず成立過程から見てイスラム教はユダヤ教(※5)から派生して居るという認識を持つ事が重要です。即ち、A.D.6世紀に出現したムハンマドは新宗教を興すに際し、B.C.6世紀に成立したユダヤ教を

  唯一神ヤハウェ(※5-1)    → 唯一神アラー(※1-2)
  カリスマ指導者モーセ(※5-3) → 預言者ムハンマド(※1-3)
  旧約聖書のモーセの律法      → コーランの五行六信
  (※5-2、※5-4、※5-5)   (※1-1、※1-4)

という対応関係で転写したのです(△5のp338~343、△5-1のp158~174)。
 従ってその性格もユダヤ教に近く、どちらも律法宗教(※6)でエルサレムを聖地(※7)として居ること、割礼(※8)や断食をすること、そして豚を不浄視すること、これらは皆ユダヤ教がルーツです。つまりムハンマドはユダヤ教を”砂漠の民”たるアラブ人用(※9、※9-1)に再編成したのです。ところで割礼とは「ふつう陰茎の包皮を環状に切りとり、陰茎に環状の溝をつけることを指す。」と在ります(△5-1のp296)、陰茎とは「ちんぼこ」の事です。
 そしてイスラム教は初めはユダヤ教と同じく中東のセム系(※9-2)の遊牧民族に受容されアラビア人や古代ベルベル人やベドウィン族などに定着しました。しかしその後はユダヤ教と異なり他の民族にも浸透し、交易イスラム商人の活躍でアフリカを経由してヨーロッパへ、トルコやイランを経由してロシアや中国やインドや東南アジア各地に広がり、更に奴隷として移住させられたアフリカ系黒人を媒介してアメリカにも普及し世界的広がりを持つに至りました。
 しかしユダヤ教 -ユダヤ人(※9-3)の民族宗教- を手本としたイスラム教は本質的にはアラブ系の民族宗教であり、信者数が世界規模に成ったと言っても仏教やキリスト教の様な世界宗教とは根本的に異なるという点を押さえて置く必要が有ります。それ故に豚忌避思想も保持されて居るのです。
    ------------------------------


 以上のことから、この章で提起した問題2の答えは"No"です。即ち豚を不浄視する豚忌避思想はユダヤ教が起源です。因みにユダヤ教を”宗教改革”したキリスト教徒には豚を食べる人々は沢山居ます。この点からもイスラム教はキリスト教からでは無くユダヤ教から派生したと考えるべきなのです。
 これでお解りの様に、現在の信者数から仏教・キリスト教・イスラム教を「三大宗教」などと単純に並列させて解釈する”誤解”(=”勘違い”)を払拭しないと、豚一つを取ってみてもイスラム文化を正しく理解することは出来ませんゾ。

  を理解出来ずして、況んやイスラム文化をや
  イスラム文化を理解出来ずして、況んや中東の諸問題をや

    {当初この章は単に「私の主張」でしたが、2013年5月8日に「私の主張・その2」を追加したので本章を「私の主張・その1」としました。}

 ■私の主張・その2 - イスラム教は内部から”豚食革命”を!

 本章の議論の萌芽は

  北斗七星は天の茎嚢だ!(Big Dipper is heaven's PENIS and SCROTUM)

という「掲示板のおちゃらけ議論」に於いての「独言」の中の「宗教の独立軸を正しく捉えよ!」(→後出)で、日付は2010年6月10日の事です(→その後2011年1月27日に最終更新)。この時は”豚歓迎思想”でしたが、今回は”豚食革命”に更に一歩進めます。
 「掲示板のおちゃらけ議論」とは、インターネットで掲示板を通して議論した内容を話題毎に纏めたもので、これは「快楽主義者のお喋り集目次」から参照出来ます。議論は全て「ちゃらけ」て居て、それを読み解くキーワードは「言葉遊び」です。
 特に「世界の宗教の独立軸」の理論は非常に重要なのと、当ページがイスラム教を扱って居る事から「イスラム教は内部から”豚食革命”を!」の理論を当ページに載せる事とし、これを「私の主張・その2」にしました。
 先ずは発端と成った「掲示板のおちゃらけ議論」をここにコピーしますので、どうぞ。

    「掲示板のおちゃらけ議論」のコピー(「北斗七星は天の茎嚢だ!」より)
                ▼▼▼

--マリアとマヤ
++ エルニーニョ深沢
.. 2010年03月29日 05:55 No.202001
<新新板-1>

    <...前半略...>

  ◆◆◆世界の宗教を正しく理解しよう
       - イスラム教はユダヤ教の孫、キリスト教の子

 ところで、君(←私の弟子)もやっとイスラム教に開眼した様ですな。そもそも世間の連中は現在の信者の数を以てキリスト教・仏教・イスラム教の三教を世界の三大宗教などと考えてるから宗教の本質を把握出来ないのです。貴君の理解通り、イスラム教は言わばユダヤ教の”孫”でキリスト教の”子”に当たります。聖地も戒律も聖日もユダヤ教を受け継いで居ます。この事は既に▼「昆明の「清真」通り」▼の中で言っとるよ。(←ここで当ページの「私の主張・その1」をポイントして居ます)

 キリスト教はゾロアスター教(※10、※10-1)の影響を受け世界宗教、つまり汎人種・汎民族に脱皮しましたがユダヤ教はユダヤ人の、イスラム教はアラブ人の民族宗教的要素を色濃く残して居ますな。因みにユダヤもアラブも遊牧民族です。
 宗教はやはり教義や修行形態で理解すべきです。三大宗教と言う場合は教義・修行形態の独立性、つまりx軸・y軸・z軸ですな、この基本軸に相当する宗教を念頭に置くべきです。すると今は殆ど廃れましたが古代に於いて他に先駆けて世界宗教に脱皮したゾロアスター教が一軸を担うのです。後はキリスト教仏教です。この3つが宗教の独立軸なのです。ユダヤ教・イスラム教はキリスト教の軸に射影出来る、即ちキリスト教の従属宗教(※11)です。
 世界の教団宗教が勃興した時期は大きく分けて2回在ります。第1回目は紀元前6世紀頃、第2回目が紀元後6世紀頃です。第1回目に属するのがユダヤ教(←それ以前から在るがバビロン捕囚で結束)、ゾロアスター教(←それ以前のペルシャ民族宗教を改革)、仏教(←それ以前のヒンドゥー諸派を統合)です。
 第2回目に属するのが密教(←カーマ・スートラ(※12)の影響を受けて誕生)、禅宗イスラム教です。
 この2回の中間にイエス・キリストに依る”性教徒革命”(※13)が起き西暦紀元(※11-1)が始まったという訳です。因みにイエス誕生前に東方から遣って来た東方三賢人はゾロアスター教のマギ(司祭者、マジックの語源)とされて居ます。尚、”性教徒革命”の詳細は▼下を参照▼して下さい。
  一卵性双子、又は玉子焼きの研究(About identical twins or omelet)

 つまりゾロアスターの改革が世界宗教の端緒です。その証拠に古代ペルシャ人が信仰した「光と盟約の神」ミトラ(或いはミスラミシュラとも)(※10-2)が西伝してメシアに成り東伝して弥勒に成ったのです。何れも衆生救済、即ち救世主ですな。ゾロアスター教の天国への階段とユダヤ教のバベルの塔、仏教の須弥山も共通のイメージですな。尤も天への憧れは人間本来のものらしく、殷の霊台、エジプトのピラミッド、日本の神籬(ひもろぎ)なども同類です(→ここで、上で述べたことを▼下の図▼で示します。但しこの図は後で挿入したものです)。

    <...後半略...>


  ◆◆◆<世界の宗教の独立軸(Independent axis of world religion)>

        キリスト教(A.D.1年頃)
              メシア ユダヤ教(古い、B.C.6世紀以前)
                  │イスラム教(A.D.6~7世紀)
    カトリック(ヴァチカン市国)│(割礼・豚忌避思想などは
    プロテスタント         ユダヤ教起源)
                  
                  
                     ゾロアスター教(B.C.6世紀、
                      拝火教とも、中国では祆教)
                     (ササン朝で全盛、
  キリストは「マリアの処女性」       7世紀イスラムに因り衰退)
   という絶対公理から生まれた       ミトラ(光と盟約の神)
        → ”性教徒革命” ●───────────────→
         (生物学と矛盾)
                
               <道教(非常に古い)、儒教(B.C.6世紀)>
              密教(A.D.6世紀)
              (チベット密教/タントラ密教/真言密教など)
     仏教(B.C.6世紀)禅宗(A.D.6世紀)
        弥勒 ヒンドゥー教(非常に古い、牛を神聖視)
          

    {この図は2010年6月10日に追加。キリスト教と仏教の軸は太字に対し、ゾロアスター教の軸が普通字なのは現在は廃れて仕舞った為。}

 ■独言...(*_-)

  ◆◆◆宗教の独立軸を正しく捉えよ!
 フムフム。この図は解り易いのう。つまりイスラムが割礼(※8)をする、豚を不浄視する事から豚を食べない(=豚忌避思想)などは、何れもユダヤ教起源でイスラム独自のものでは無いんじゃよ。つまり[ユダヤ教-キリスト教-イスラム教]は同軸なんじゃ、お解りかのう。それからもう一つ、ユダヤ教もイスラム教も民族宗教なんじゃ。それを皆さん方も、イスラム教が単に信者数が多いからとイスラムの軸を独立軸と勘違いして居るのじゃ。今、イスラム教が色々問題を起こして居るが、アメリカ大陸にも大勢の信者が居て本来なら世界宗教に脱皮をせにゃならぬのに相変わらず民族宗教の儘じゃ。イスラムは当分問題を起こすじゃろうて、困ったもんじゃ。
 ではイスラム教が世界宗教に脱皮するには如何(どう)したら良いか?、それは豚を食うこと、即ちイスラム内部に”豚歓迎思想”を流行らせ革命を起こすことじゃ、キリスト教も”性教徒革命”を経て居る訳じゃからのう、ブワッハッハッハ!!
 まぁ、そういう事で是非▲上の図▲を理解して欲しいとワシは思って居るのじゃ。この様に宗教の独立軸という概念は極めて重要なのじゃよ。ここで述べた宗教観はワシの基本的考えを表して居るゾ。

    <...後半略...>

                ▲▲▲
           「掲示板のおちゃらけ議論」のコピー

    ◆イスラム教の矛盾 - 信者の数は世界宗教並で教義は民族宗教

 と、いう事です。ここでキリスト教の”性教徒革命”ですが、【脚注】※13を読めば解る筈です。「何で処女が子供生めるんや?」という小学校高学年の問題です。唯、キリスト教はこの不条理な公理を堂々と掲げて居る所に逆に世界宗教に成れたとも言える訳です。その為にヴァチカンや教会組織など、気の遠くなる程莫大なエネルギーを費やして来たのです。
 キリスト教は元はユダヤ教の改革派です。最初はユダヤ教と同じく豚忌避思想や割礼なども有ったと思います。しかしキリスト教は世界宗教へ向かって行き次第にユダヤ教とは離れて行きました。今日キリスト教は割礼の義務は無く豚を食べても一向に構いません。最低限の義務はミサ(カトリック)/礼拝(プロテスタント)への出席でしょう。

 仏教もインドの宗教ですから当初は牛を神聖視し牛を食べなかった筈です。しかし今日仏教徒はステーキを食べても酒を飲んでも構いません。私の知っている某宗の日本の坊主は大酒飲みです。日本の場合は殆ど葬式仏教で、仏を信じようが信じまいが全く関係無く葬儀の”便利屋”です。民衆の方も同じで「ウチは○×宗です」と言った所で葬儀で読み上げる経文が違うだけで、それが○×宗の経文か違いの解る人は殆ど居ません。聞く所に拠れば客の要望に応える”坊主の派遣”が在るそうですよ。要するに世界宗教は禁止事項は非常に緩いのです。況してや食べ物の制限など有りません

 翻ってイスラム教はどうか?
 イスラム教は、殆どユダヤ教から受け継いだ豚忌避思想に捉われて居り女性に対し制限が多く、ユダヤ教と共に民族宗教に留まって居ます。ですからもう一度言いますが、ユダヤ教・イスラム教はキリスト教の軸に射影出来る、即ちキリスト教の従属宗教(※11)なのです。故にイスラム教が幾ら信者の数が多いからと言って、これを世界宗教と見做せ無い訳です。ここに問題が在るのです。
 ユダヤ教は今日民族宗教であっても信者の数も民族宗教並に少ないので問題は無いですが、イスラム教は信者の数は世界宗教並教義は民族宗教である点に矛盾が有るのです。これを解決するには

  イスラム教は内部から”豚食革命”を!

という命題は当然の如く出て来るのです。況してや東南アジア地域は牛・羊食では無く元々豚食文化の地域で、そこに豚忌避とはアラブ人の食生活を押し付けている訳で所詮無理(=道理が通って無い)が有ります。イスラム教はイスラム内部からこの宗教革命を成し遂げる必要が有るのです。つまり上の命題の実現無くしては世界宗教には成れないという事です。キリスト教と仏教が世界宗教に成る為に宗教改革/革命を成し遂げて来た、という事実に思いを致すべきです!!
 それとイスラム教はムハンマド(※1-3)からしてA.D.6世紀頃に出来た”新しい宗教”である点は押さえて置くべきです。そしてこの宗教改革/革命を成し遂げた暁には信者が守る最低限の義務として、月に一度のコーラン朗誦ラマダン(=9月の断食月)の緩やかな実行(※1-5)、一生に一度の巡礼など「五行六信」を改革(※1-4)し余り信者の日常生活に支障を来さない程度にすべきです、今はそういう時代なのです。イスラムは今こそ真の「寛容」が求められて居ます。
 以上が本章の論旨です。しかしイラン人やイラク人が豚をガンガン食い出したらオモロイですな、そして一番喜ぶのは中国人(漢族)でっせ。「来々豚猪、歓迎光臨伊斯蘭!!、ブワッハッハッハ!
 ところで「私の主張・その1」の最後は実は「歎異抄のパロディー」(※14、※14-1、△6のp45)だったのですが、「私の主張・その2」もやはり「歎異抄のパロディー」で締める事にしましょう。

  イスラム教の豚食革命を理解出来ずして、況んや世界の協調をや
    {「私の主張・その2」は2013年5月8日に追加}

      (>_<)(>o<)(>v<)(>_<)(>o<)(>v<)(>_<)(>o<)(>v<)

 折角私がイスラム教が今後成さねば為らぬ事を提示したのに2014年頃から急進過激派組織IS(Islamic State)=イスラミックステート(※1-6)の時代錯誤した連中 -NHKはつい最近前記の表現に変えましたが、それ迄は「イスラム国」と呼んで居ましたが、国家なんですか?、違うでしょ。私は以前から「イスラム国」と呼ぶのは可笑しいと思ってましたよ。同様にイスラミックステートも可笑しいですね、これは「イスラム国」を英語で言っただけですから- が自爆テロとか拘束した人間を処刑したりと活動が活発化して居ます。
 急進過激派組織ISについて私見を述べると、一言で言えばインターネット技術イスラム原理主義・教条主義・聖戦思想(=ジハード)(※1-7)に被(かぶ)れゲーム感覚自爆テロを行なう心の捻くれた連中」です。私はオタクの一種(=インターネット・オタク宗教オタクだと思って居ます。オタクと同じく現代の行き場の無い精神病理の一つです。
 この後段を追加した為、その間に私は本を出版し、上記の「掲示板のおちゃらけ議論」は私が2014年秋に出版した『文化スケベ学のすゝめ』(△7のp210~212)に載って居ますので、ちゃっかり宜しく!!
    {後段は2015年2月24日に追加}

 ■結び - イスラムは西域から

 このページは[中国「食」文化論]シリーズの1つとして書きましたが、どうでしたか?
 最後に私の肉食論「「肉を食らう」ということ」から、私の持論を引用して置きましょう。

 『民族性(=民族の特性)や個人の性格や文化を理解する手っ取り早くて確実な方法、それは「食」である、というのが私の持論です。何故ならば、「食」の嗜好(=指向性)こそ理屈を超越した民族の環境適応の結果であり、直ぐには”越え難い壁”だからです。』

 この肉食論は肉食に於ける忌避或いは禁忌思想に対し「肉食とセックスの相似性」に関するエルニーニョの小定理を打ち立てて深層心理分析から論じて居ますので、是非一度「「肉を食らう」ということ」をお読み下さい。

写真e:トルファン人の乾葡萄売り。 前述の様に中国から見ると、イスラム教やそれを担った人々は殆ど皆西域(※15)から入って来たのです。
 右をご覧下さい、再び2002年10月26日撮影の写真です。昆明の「清真」通りで乾葡萄(レーズン)(※16)を立売りして居たオッサンです。例に依って白い鍔無し帽子を被っていてイスラム風ですね。
 トルコ系の顔というか如何にも西域っぽい顔をして居るでしょ?、何処から来たのか訊くと、トルファンと答えました。トルファンから遥々「出稼ぎ」です。多分ウイグル族です。私は写真のグリーンのレーズンを日本のお土産に買い、その内の一袋を食べ乍ら歩きました。
 【脚注】に記した様に、葡萄も元々は西アジアの原産でヨーロッパに伝わりワイン文化を生み出しました(←しかし西アジアはワイン文化を生み出さなかったのです)。そうです、昆明の「清真」通りは”西域の香り”がするのです!!

 そして左の写真を見て下さい、私も02年10月26日白い鍔無し帽子 -回族のイスラム帽子- を買いました(小池さん撮影)。値段ははっきり覚えて居ませんが、多分20元(=約300円)位です。先程イスラム的惣菜を作って販売して居る姉ちゃんと同じ帽子です。
 私の耳にはこの時の「トルファン」という一言が、ブドウの甘味と一緒に強烈に焼き付いて居ます。
 次は「西域」だぁ...(^O^)/~~~
 と叫びましたが、2004年に本当に西域(※15)の旅をするとは、2002年の段階では夢にも思いませんでした。回族のイスラム帽子は幸運を呼び込むアイテムだったのです!!
 西域の旅は▼下▼からご覧下さい。
  2004年・新疆とタクラマカン砂漠の旅(Travel of Xinjiang and Taklimakan Desert, China, 2004)

 当ページはシリーズに成って居ますが、それぞれの話は単独で完結して居ます。
 尚、[中国「食」文化論]シリーズの他画面への切り換えは最下行のページ・セレクタで行って下さい。(Please switch the page by page selector of the last-line.)

-- 完 --

【脚注】
※1:イスラム教(Islam, Islamism)は、(イスラム/イスラームは「神への服従・帰依」の意)世界的大宗教の一。610~632年頃、ムハンマド(マホメット)が創始、アラビア半島から東西に広がり、中東から西へは大西洋に至る北アフリカ、東へはイラン/インド/中央アジアから中国/東南アジア、南へはサハラ以南のアフリカ諸国に、民族を超えて広がる。サウジアラビア/イラン/エジプト/モロッコ/パキスタンなどでは国教と成っている。ユダヤ教・キリスト教と同系の一神教で、唯一神アラーと預言者ムハンマドを認めることを根本教義とする。聖典はコーラン。信仰行為は五行、信仰箇条は六信(五行六信)に纏められる。その教えは、シャリーア(イスラム法)として体系化され、教徒の日常生活や人間関係の在り方、種々の社会制度から国家の統治迄を規定。法学・神学上の違いから、スンニ派イラクシリアなど)とシーア派イラン)とに大別される。中世には、オリエント文明やヘレニズム文化を吸収した独自の文明が成立、哲学・医学・天文学・地理学などが発達し、近代ヨーロッパ文化の誕生にも寄与した。三大聖地はメッカ/メディナ/エルサレム。回教マホメット教
※1-1:コーラン(Koran)は、(Quran[アラビア]、「読誦されるもの」の意)イスラム教の聖典ムハンマドの受けた啓示を結集したもの。イスラムの世界観・信条・倫理・行為規範をアラビア語の散文詩体で述べ、114章から成る。現行の底本は第3代カリフのオスマンの結集(7世紀)に基づく。クルアーン
※1-2:アラー(Allah)とは、(「神」の意)イスラム教徒の信仰する全知全能にして唯一の神。アッラー。
※1-3:ムハンマド(Muhammad)は、(「賞讃される者」の意)イスラム教の開祖(571~632)。アラビアのメッカ生れ。40歳頃アラーの啓示を受け、預言者として唯一神の信仰と偶像崇拝の排斥、人間の平等性を訴えて新宗教を提唱したが、支配者の迫害を蒙り、622年ヤスリブ(現在のメディナ)に聖遷(ヒジュラと言う)、教勢を拡張して630年メッカの征服を達成。勢力は全アラビアに及び、632年10万の信徒を従えてメッカ巡礼を行い、有名なアラファート山上の説教の後、間も無く病没。マホメット(ムハンマドの訛)。
※1-4:五行六信(ごぎょうろくしん)とは、イスラム教に於ける五つの信仰行為、即ち信仰告白・礼拝・喜捨・断食・巡礼と六つの信仰箇条、即ち唯一神・天使・啓典・預言者・終末と来世・定命(運命)。
※1-5:ラマダン(Ramadan)は、イスラム暦第9月を指す。この1か月間は、日の出から日没まで飲食を禁じられ、唾を飲み込む事も喫煙する事も、性行為も許されない。五行の勤めの第4に位置付けられて居る。<出典:「学研新世紀ビジュアル百科辞典」>
※1-6:[急進]過激派組織IS([きゅうしん]かげきはそしき、Islamic State)は、イラクとシリアを拠点とするイスラム教スンニ派の過激派組織。2014年6月に国家樹立を宣言し自称イスラム国(Islamic State)を一方的に名乗るが、承認した国は無い。ISはイスラム原理主義教条主義と、聖戦思想(=ジハード)で都市部を制圧し、自爆テロや処刑場面の公開などで文明圏の国を脅かして居る。一時は勢力を可なり伸ばしたが、周辺諸国の軍事作戦で制圧部は減少した。しかし周辺諸国に足並みの乱れが有り、尚先行きは不透明。イスラミックステートISIL(Islamic State in Iraq and the Levant)。<出典:「フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)」>
 補足すると、特徴としてインターネットを中心とした技術(=テクノロジー)を信奉して居り、何処かゲーム感覚的な所が有る。彼らの考えに同調する者は、フランスやイギリスの非イスラムの文明国にも居り、現代の名状し難い精神病理の現れであろう。
※1-7:ジハード(jihad[アラビア])とは、イスラム世界で、信仰の為の戦い。宗教的な迫害や布教妨害に対して武力を行使すること。聖戦

※2:回教(かいきょう)は、(回紇民族(ウイグル―)を通じて中国に伝播、回回教(フイフイ―)と称したのに基づく)中国語圏でイスラム教伊斯蘭教)。
※2-1:回族(かいぞく、Hui zu)は、中国に於けるイスラム教を信仰する少数民族の内、特定の地域に集住せず、特殊の民族集団にも属さない人々(=主にアラブ系やペルシャ系)に与えられた民族名。現在は自らの申告によって回族と認定される。
 補足すると、寧夏回族自治区を始め中国西北部に多く居住し、少数民族の中ではその分布は最も広く殆どの市や県に居住し、人口も多い(約860万)。文献上では北宋代(960~1127年)に「回回」として登場するのが最初で宗教はイスラム教。中国や日本でイスラム教のことを「回教」と呼ぶのは彼等の古名「回回」に由来する。
 回族のルーツは、第1波は7世紀中頃から海路で広州や泉州に住み着いたアラビアやペルシャの商人、第2波は13世紀初めに陸路で中央アジアから中国西北部に移住して来たアラビアやペルシャ系の人々。何れも中国人からは「色目人」「胡人」と呼ばれたアラブ系やペルシャ系のイスラム教徒が土台で、その後漢族やウイグル族(トルコ系)や蒙古族と融合・混血して一つの民族が形成された。広州・泉州では「蕃客」とも呼ばれた。
 回族はイスラム教の独特の食事や生活習慣を維持する為、回族同士纏まって居住区(=清真街)を作り、数10戸~数100戸単位にイスラム教会に相当する清真寺を建て教長を置き、宗教事務や徴税事務を独自に執り行なう「教坊制度」を築き、教坊を管轄する為に回族の富裕な頭目が世襲した。
 言語は次第に漢語を使う様に成り教育レベルも高く、商人・製薬業・製革業・学者・詩人・政治家などを輩出して居る。<出典:「縮刷版 文化人類学事典」>

※3:ビーフン(米粉)/ビーセン(米線)は、(福建南部・台湾での発音)粳米(うるちまい)を原料とした麺の一種。主に台湾・中国南部で食する。雲南地方ではビーセン(米線)と言う。

※4:シシカバブ/シシュケバブ(shish kebab)とは、(シシは「串」、カバブは「焼いた肉」の意)トルコなど中近東諸国の料理。羊肉の角切りを串焼きにしたもの。現地では単にケバブ(kebab)と言う。
※4-1:豚(ぶた、pig)は、哺乳綱ウシ目イノシシ科の家畜。イノシシ(猪)を家畜化したもの。体躯は良く肥え、皮下脂肪層が良く発達し、鼻は大きく、尾は細く短い。脚は体の割に小さい。貪食で、繁殖力が強く1回に10頭位産む。肉はその儘、又は加工してハムベーコンなどとして重要な食品。白色のヨークシャー種、黒色のバークシャー種など多くの品種が在る。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

※5:ユダヤ教(―きょう、Judaism)は、イスラエルに興った啓示宗教の一。モーセの律法を基礎として唯一神ヤハウェを信奉し、イスラエルの民の為に神の国を地上に齎すメシアの来臨を信ずる。バビロン捕囚以後に教団として発達し,BC6世紀末に成立。今日もユダヤ人の多くはイスラエルや世界の各地で、この信仰伝統に生きる。聖典は「旧約聖書」の他、律法・教訓・慣習などを5世紀末迄に集大成した「タルムード」
※5-1:ヤハウェ/ヤーウェ/エホバ(Yahweh)とは、(「私は現存する者」の意)「旧約聖書」のイスラエルの神で天地創造神。出エジプトに於いて初めてイスラエル民族の前に現れ、シナイ山でモーセを通じてイスラエル民族と契約を結んだ。万物の創造主で、宇宙の統治者。上帝。天帝。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>
※5-2:旧約聖書(きゅうやくせいしょ、The Old Testament)とは、(「旧約」という名称はキリスト教からの呼称で「イエスが現れる前の神との契約書」の意。)元来はヘブライ語で書かれたユダヤ教の聖典。キリスト教徒に依っても受け継がれ、新約聖書と区別してこう呼ばれた。古代イスラエル史、モーセの律法、詩篇、預言者の書などを含む。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>
※5-3:モーセ/モーゼ(Mosheh, Moses)は、ヘブライ人の指導者前14世紀頃エジプトに生れ、ヤハウェに拠り苦役の同胞を率いてエジプトを脱出(出エジプト記、シナイ山に於いて神と民との契約(=旧約)を仲保し、律法を民に与え、約束の地へ導いた。モイゼ。「モーセの十戒」で有名。
※5-4:モーセの律法(―のりっぽう、Torah, Law of Moses)とは、〔宗〕ユダヤ教で、神から与えられた宗教上/生活上の命令や掟。モーセの五書を指し、広義には口伝のものも含める。キリスト教は律法の替わりに福音(Gospel)を説く。
※5-5:モーセの五書(―ごしょ、Pentateuch, Five Books of Moses)とは、旧約聖書巻頭の5書、即ち「創世記」「出エジプト記」「レヴィ記」「民数記」「申命記」のこと。モーセの著作と言われてこう呼ばれたが、実際は幾つかの資料の編集されたもの。

※6:律法宗教/律法教(りっぽう[しゅう]きょう、Law religion)とは、所定の律法、又は戒律を遵守することを中心とする宗教。代表的なものはユダヤ教イスラム教

※7:エルサレム/イェルサレム(Jerusalem)は、パレスティナの中心都市。1949年ヨルダンとイスラエルに依って東西に分割、67年イスラエルは東エルサレムを占領し併合を宣言。イスラエル国は1980年同国の首都としたが国際的には未承認ユダヤ教キリスト教イスラム教の聖地。人口57万3千(1994)。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

※8:割礼(かつれい、circumcision)とは、男子の陰茎包皮を環状に切り取る風習。女子の陰核の一部を切除する場合も有る。古来、諸民族間に広く行われ、現今でもユダヤ教徒(生後8日目の男児に施す)・イスラム教徒の他オーストラリア・アフリカなどの諸族で宗教儀礼・通過儀礼などとして行われる。

※9:アラブ人(Arabian)とは、本来はアラビア半島に住むセム系の遊牧民族の総称。現在ではアラビア語を使用する人々の総称。西アジアから北アフリカに掛けて居住。人口は1億人以上。
※9-1:アラブ(Arab)とは、[1].アラブ人。又、アラブ諸国の総称
 [2].アラビア馬
※9-2:セム語族(―ごぞく、Semites)とは、〔言〕アフロ・アジア語族の一語族。北アフリカから西南アジアに掛けて分布。現在用いられているヘブライ語アラビア語などの他に、古代フェニキア語が含まれる。
 セム(Sem)は、旧約聖書の創世記の中のノアの長男。大洪水後、親に孝を尽くした。アッシリアアラムイスラエルユダヤ又はヘブライ)人の祖先とされる。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>
※9-3:ユダヤ人(Jew)とは、(ヤコブの子の「ユダ(Judah)の子孫」の意)ユダヤ教徒を、キリスト教の側から別人種と見なして呼ぶ称。現在イスラエルでは「ユダヤ人を母とする者又はユダヤ教徒」と規定している。十字軍時代以降、ヨーロッパのキリスト教徒の迫害を受けた。近世、資本主義の勃興と共に実力を蓄え、貴金属商人・金融の他に学術・思想・音楽方面にも活躍。

※10:ゾロアスター教(―きょう、Zoroastrianism)は、前6世紀ペルシャの預言者ゾロアスター(Zoroaster)の創始した宗教。善神をアフラ・マズダ悪神をアフリマン(アングラ・マイニュ)と称し、勤倹力行に依って悪神を克服し、善神の勝利を期することを教旨とし、善神の象徴である太陽・星・火などを崇拝アヴェスタ教典を奉じ、古代ペルシャの国教として栄え、中国には南北朝の頃伝来、祆教(けんきょう)又は拝火教と称。7世紀来、イスラム教の興隆と共に急速に衰微。インド西海岸に残る信徒はパルシーと呼ばれる。マズダ教。ザラットラ教。
※10-1:ササン朝(―ちょう、Sasanian dynasty)は、西アジアの大半を支配したイランの王朝(226~651)。ササン(Sasan)家のアルダシール1世がパルティアを倒して創建し、アケメネス朝の正統な継承者を自任し、クテシフォンを都とした。その子シャープール1世はローマ軍を破り(260)、中央アジアからメソポタミアまで領有。6世紀半ば、ホスロー1世のとき最盛期を迎えたが、7世紀にイスラム勢力のため滅亡ゾロアスター教を国教にした。又、ギリシャ・ローマ文化などをイランの伝統に総合して、優れたササン朝美術を生んだ。<出典:「学研新世紀ビジュアル百科辞典」>
※10-2:ミトラ(Mithra[ペルシャ], Mitra[梵], Mithras[ラ])とは、インド・イラン人の神。リグ・ヴェーダでは契約と友愛の神ペルシャに於いても契約の神であったが、次第に曙光神太陽神戦闘神と成り、ローマに入ってミトラ教の主神と成った。ミスラミトラス

※11:従属宗教(じゅうぞくしゅうきょう)という意味は、親子関係では
    ユダヤ教(祖父、ユダヤの民族宗教、B.C.6世紀成立)
  → キリスト教(父、世界宗教、A.D.1年頃成立(西暦紀元の開始))
  → イスラム教(子、アラブの民族宗教、A.D.6世紀成立)
で、父性原理に依る遺伝です。
※11-1:西暦紀元(せいれききげん、era of Christian era)は、現在世界的に使用されている、キリスト誕生と考えられた年(歴史的には紀元前4年頃に誕生したとされる)を元年(=A.D.1年)とする西暦の紀元。

※12:カーマ・スートラ(Kama Sutra[梵])は、(「性愛の経典」の意)古代インドの性愛論書の一。ヴァーツヤーヤナの作。成立は4~5世紀頃(=グプタ朝期)とされる。ヒンドゥー教はカーマ(性愛)を、ダルマ(宗教的義務)アルタ(実利)と共に人生の3大目的とする。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

※13:性教徒(せいきょうと、Sexual Puritan)は、清教徒のパロディーです。特に「性教徒革命」はイエス・キリストの「母マリアの処女性」という自然科学に反する公理を持ち出している点を揶揄し、キリスト教の出現はそれ自体が「性教徒革命」(Sexual Puritan Revolution)に他為らない、という立場を表して居ます。

※14:歎異抄/歎異鈔(たんにしょう)は、親鸞の語録。1巻。弟子唯円の編と言われる。親鸞没後に起って来た異義に対し、師の真意を伝えようとしたもの。蓮如に依って禁書とされたが、明治以後広く読まれる様に成った。
※14-1:「歎異抄のパロディー」とは、「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。」という文章を指します。即ち「善事を為す者は善人、悪業を離れる事の出来ぬ者は悪人である。」という意味で、この文章が良く引用される訳です。

※15:西域(せいいき/さいいき、Western Territory of Chinese)とは、中国の西方諸国を中国人が呼んだ汎称。広義にはペルシャ/小アジア/シリア/エジプト方面まで含む。狭義にはタリム盆地(東トルキスタン) -新疆の天山南/北路地方- を言い、漢代にはオアシスにイラン系諸族が分散・定住して小都市国家が分立、西域三十六国と総称され、唐代に掛けて東西交通の要衝。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

※16:葡萄(ぶどう、grape)は、(西域の土語に由来すると言う)ブドウ科ブドウ属の蔓性落葉低木の総称。特に果樹及びその果実を言う。ペルシャ・コーカサス地方の原産とされ古くからペルシャ/インドで栽培されたヨーロッパ系と、北米原産の系統が在る。茎は枝の変形した巻髭で他物によじ昇る。葉は心臓形。初夏、花穂を出し、淡緑色5弁の細小花を開く。花後、円い液果を房状に生じ、秋熟して暗紫色又は淡緑色と成る。甘くて美味。生食或いは乾葡萄にし、又、ジュース・葡萄酒にする。日本での栽培の歴史も古く品種が多い。エビカズラ。

    (以上、出典は主に広辞苑です)

【参考文献】
△1:『バカの壁』(養老猛司著、新潮新書)。

△2:『家畜系統史』(コンラット・ケルレル著、加茂儀一訳、岩波文庫)。

△3:『縮刷版 文化人類学事典』(石川栄吉・梅棹忠夫・大林太良・蒲生正男・佐々木高明・祖父江孝男編、弘文堂)。

△4:『はばかりながら「トイレ文化」考』(スチュアート・ヘンリ著、文春文庫)。

△5:『歴史読本特別増刊・事典シリーズ 世界「宗教」総覧』(新人物往来社編・発行)。
△5-1:『世界の宗教と経典 総解説』(自由国民社編・発行)。

△6:『歎異抄』(親鸞著、金子大栄校注、岩波文庫)。

△7:『文化スケベ学のすゝめ ~「文化の地下水脈」に光を当てる~』(エルニーニョ深沢著、蛙ブックス)。

●関連リンク
参照ページ(Reference-Page):西域のタクラマカン砂漠の地図▼
地図-中国・タクラマカン砂漠(Map of Taklimakan Desert, -China-)
参照ページ(Reference-Page):中国の少数民族▼
資料-中国の55の少数民族(Chinese 55 ETHNIC MINORITIES)
参照ページ(Reference-Page):イスラム暦の断食月やユダヤ暦について▼
資料-「太陽・月と暦」早解り(Quick guide to 'Sun, Moon, and CALENDAR')
補完ページ(Complementary):02年の雲南桃源旅行(真髄編)の旅程▼
2002年・雲南タイ族民家宿泊記(Homestay at Dai's-house, China, 2002)
補完ページ(Complementary):肉食に於ける忌避(禁忌)思想と私の肉食論▼
「肉を食らう」ということ(Carnivorous life)
補完ページ(Complementary):「イスラム教は”豚歓迎思想”で
真の革命が必要」という理論を最初に提唱したページ▼
北斗七星は天の茎嚢だ!(Big Dipper is heaven's PENIS and SCROTUM)
補完ページ(Complementary):”性教徒革命”とは▼
一卵性双子、又は玉子焼きの研究(About identical twins or omelet)
補完ページ(Complementary):憧れのトルファン、そして西域の旅▼
2004年・新疆とタクラマカン砂漠の旅
(Travel of Xinjiang and Taklimakan Desert, China, 2004)

補完ページ(Complementary):民族性や民族心理学について、
特にユダヤやイスラムは元々は遊牧民族▼
民族占い(Comparative Ethnologic approach)
横顔(Profile):「雲南桃源倶楽部」について▼
雲南桃源倶楽部(Yunnan is Shangri-La)
横顔(Profile):パーリャン小学校支援の活動▼
パーリャン村の小学生を支援する会
(Support team for Paliang's schoolchildren)

イスラム的惣菜を作って販売して居る姉ちゃん(回族の帽子を被ってる)▼
中国名花集-花の写真館(Chinese Flowers)
民族に依る「食」の忌避や禁忌の違い▼
民族変わればゲテモノ変わる(About the bizarre food)
言葉遊びのすゝめ▼
「言葉遊び」と遊び心(The 'play of word' and playing mind)
ミトラ神とは▼
古やんのドイツ便り-2004(Letter from Germany by Furuyan, 2004)
パロディーやジョークで構成されて居る
「快楽主義者のお喋り集」の目次画面▼
快楽主義者のお喋り集目次(Chat of epicureans)
イスラム原理主義・教条主義・聖戦思想(=ジハード)とは▼
理性と感性の数学的考察(Mathematics of Reason and Sense)
急進過激派組織ISはオタクの一種
(=インターネット・オタク+宗教オタク)▼
旧石器発掘捏造はマスコミ犯罪だ
(Mass media led the paleolith fabrication)

回族や少数民族については「中国の少数民族」からどうぞ▼
外部サイトへ一発リンク!(External links '1-PATSU !')


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