昨日に続いてwitter(現X)で流れてきたタグ。これまでに読んできた40冊以上のグリーフケアの本から厳選した。自著が入っているので、選んだのは実質2冊。
選んだ2冊は、どういう点でおすすめなのか。まず、支援する側ではなく、される側に終始立っている。言葉を換えれば、遺族自身の複雑な心理に対しきめ細かく配慮している。それでいて、した方がいいこと、しない方がいいことを明示していてきわめて実践的。
私自身もこの2冊に大いに慰められ、励まされた。
さくいん:自死遺族、悲しみ(悲嘆)、島薗進、高橋聡美
以前、府中市美術館で吉田初三郎の絵地図を見た。本書はそれの拡大版。吉田を含め画家たちが描いた日本各地の絵地図を紹介している。
注目するのはやはり地元、横浜と東京。「鎌倉江の島名所案内」(1929)や「横浜名所案内図絵」(1921)。「大東京漫画地図」(1932)は『少女俱楽部』の付録という点も面白いし、戦後の地図ではわからない軍事施設がイラストで図示されているのも興味深い。
戦前というと暗いイメージが先行してしまうけど、家族の行楽をはじめとして楽しいこともたくさんあったことがわかる。
明るい面もあった時代が、どうして、治安維持法が制定されたり、「一億玉砕」などという標語が生まれる時代に変わってしまったのか。
現代は、その頃と違うと言い切れるか。同じ道を歩きはじめていないか。よくよく、考えてみる必要がある。
さくいん:府中市美術館、横浜、東京
日本は憲法第九条のおかげで長いあいだ紛争に巻き込まれずにきた。
さらに、他国の紛争で特需が生まれ、戦後復興も高度成長も成し遂げた。
そこに日本の欺瞞があると私は思っている。
裏を返せば、憲法9条こそ最強の「日本ファースト」の主柱とも言える。よその国の紛争に巻き込まれず、平和と繁栄を享受できるのだから。
保守派の視点からも憲法9条を擁護できる。「日本ファースト」を唱える人こそ、憲法9条に固執すべきではないか。
それでも軍拡したい政治家は、そこで儲けようという魂胆があるのだろう。あるいは国民を意のままに操りたいという欲望か。ついに武器輸出もできる国になってしまった。
九条の精神はいまや風前の灯。保守だからこそ九条を守る。そういう気骨のある政治家を待ち望む。
前代未聞の結婚披露宴だった。
スピーチは乾杯のときだけ。会社の人、ゼロ。余興なし。
キャンドルサービスなし。両親への手紙の朗読なし。
親しい人との歓談と食事と写真撮影を心ゆくまで楽しむ、とても和やかな時間だった。
飾り気のない宴に、本人も招待客も喜んでいた。
二人の末永い幸せを願う。
さくいん:HOME(家族)
Eテレ「3ヶ月でマスターする西洋美術」で紹介されていた本を図書館で借りてきた。7,200円の専門的な図鑑を読めるのは図書館があってこそ。
書いてあることはもちろんわからないけど、書かれている文字が美しいことはわかる。
現代のグラフィックデザインにも負けない装飾文字も素晴らしいし、活字のように均一な文字にも、あまりに整っているので思わずため息をついてしまう。
番組でも紹介されていたキリストを示すXの装飾文字がとくに美しい。
印刷技術がなかった時代では、書写することが信仰の技でもあった。仏教では今も写経として信仰としての書写の文化が残っている。キリスト教では書写やなぞり書きの本はほとんどない。昨年、クリスマス前に教文館でも尋ねたけれど、書写の本は一冊だけ、あとは子ども向けの塗り絵しかなかった。
カリグラフィーという文化は知っている。でも、信仰と固く結びついているわけではない。仏典の写経が残り、聖書の書写が文化として残らなかったのはなぜだろう。印刷機の発明で吹き飛んでしまったのか。
さくいん:NHK(テレビ)、イエス
娘の結婚式と披露宴。とても疲れた。疲れの半分は花嫁の父。半分は母の介助。
披露宴お開きのあと、母を実家まで送り、一晩泊まった。久しぶりによく眠れた。
その翌日。4日ぶりに自宅へ帰った。妻と引菓子を食べて小さな慰労会をした。
その晩、久しぶりに自分のベッドで寝たので熟睡できた。
その翌日。朝食のあとにずっと眠り、納豆だけのランチのあと、さらに眠った。
しばらく中途覚醒が多くて、点数が低かった快眠度も元に戻った。
緊張と興奮と疲労がこんなにも大きかったとは、自分でも気づかなかった。
連休中の晴れた日に、妻と小金井公園へ出かけた。娘の結婚式も終え、娘を産んだときに住んでいたところを訪ねたかったらしい。先月行ったときより天気がよく、新緑はさらに深くなっていた。
ツツジの花壇も終わっていて、咲いている花は少なかったけど、輝く日差しを受けて新緑は映えていた。公園のなかはいくら歩いても疲れない。心地よい森林浴になった。
小金井公園は広いので、来園者がたくさんいても混み合っている感じはあまりない。公園を一回りしてから30年前に暮らしていたアパートがいまもあるか、見に行ってみた。
ここへ来るのは6年ぶり。アパートは変わらずにあった。人が住んでいる気配もしていた。いわゆる第二新卒で就職して先のことがまったく見通せないでいた、あの頃を思い出した。
公園を出てから武蔵小金井駅へ向かって歩いた。ここに住んでいた頃、ときどき買っていた手作りドイツソーセージの店、ケーニッヒがあった場所を通った。店があった場所はきれいに更地になっていた。
店舗が移動していたのは知っていた。中央線沿いにある新店舗まで歩いて、2階のカフェでソーセージの盛り合わせをランチにした。私はシメイとヒューガルテンの白ビールを呑んだ。公園でも缶ビールを呑んでいたので、ちょっと呑みすぎか。連休だからと自分に言い訳した。
さくいん:小金井公園
今年は大型連休のあいだに、娘の結婚式と披露宴があった。事前には緊張、最中は高揚と興奮、事後には疲労と虚脱感が大きく、特別なことはしないで家で寛ぐか、せいぜい近所で静かに過ごした。紛失して再発行を手配中の障害者手帳が届かないので、映画にも美術館へも行かなかった。
ほかに連休中にしたこと。
連休の締めくくりは、妻と初入店のイタリア料理店でランチ。味もおいしく雰囲気もいい。セットのサラダもパスタも大盛り。ランチタイムはコーヒーのおかわりができるところが加点ポイント。いいお店を見つけた。
さくいん:ビリー・ジョエル
ー 恋愛結婚とは「どんなに乱されても、この人となら耐えられる」ということか。
ー 私の場合、書いてるその瞬間からチラシの裏ほどの価値もないと思っている。
ー いつの時代でもどの分野でも、調子よくやって脚光を浴びる人もいれば、ゴッホの例を出すまでもなく、コツコツ地道にやってもずっと日の目を見ない人もいる。
ー 私には絶対に許せない人が何人かいる。声で罵倒されただけでなく、大した理由もないのに何度も殴りつけてきた奴ら。でも、きっと、私のことを絶対許せないと思っている人も何人かいるだろう。思い当たる節もある。
ー 統一教会は日本人絶滅を目標にしていて、まるで「日本人は邪魔っけだ」と連呼する『レインボーマン』の敵、「死ね死ね団」のよう。反共という主義で一致しているとはいえ、日本人を絶滅させようという魂胆をもつ団体に保守政治家はなぜ選挙応援を頼むのだろう。保守ですらなく、単なる私利私欲のためならというならわかる。
ー 『アド街』の「逗子・葉山特集」。行けつけのイタリア料理店、ラ・ヴェルデは、味はよくても積極的に売り出すような店ではないから、テレビに出ることはないだろう。と思っていたら、シラスピザを最初に提供した店として登場したのでとても驚いた。
さくいん:ゴッホ、体罰(教員による暴力)、『レインボーマン』、逗子・葉山
前から読みたかった本。高橋祥友は自死の予防や自死遺族のケアのパイオニア。これまでに監修した本や訳書は読んだことがあったものの、著書を手に取ったことはなかった。著書を読みたいと思いつつ時間が経ってしまった。本書は図書館になく、少し古いけれど気になっていたので、購入して読むことにした。本を開いてから、前に読んで良い印象を持っていた下園壮太も著者の一人であることを知った。
本書は職場や学校で自死が起きた場合を想定している論考が多い。これまで、その視点に限定して書いた本は読んだことがなかった。自死が起きた職場やグループへのケアについて、専門家のチームによる対応方法が詳しく書かれている。本書の特徴と言えるだろう。
専門家による介入は、事後、1、2週間後と書いてある。ちょうど葬式などが終わった頃。
1981年冬に自死遺族となった私は、専門家によるケアを受けることはできなかった。そのために悲嘆は長引き、拗れた。遷延性や複雑性などと呼ばれるような状態が何十年も続いていた。これはほんとうによくないことだった。
本書は迅速な対応を促しているため、私のような長患いの悲しみに対するアプローチには詳しくない。焦点が違うのだから仕方ない。
自死の総数は年間3万人以上だった最悪期より少なくなっている。ただし、若年層の自死はむしろ増えていると聞く。ポストベンションの必要性も増している。
最近は無料電話相談など、自治体による自死遺族への支援もある。本書が出版されたのは21世紀初頭。著者たちのような専門家による努力の積み重ねが支援の拡充に寄与している。
ふと思うことがある。姉の親しい友人たちはどのようにして生きながらえてきたのだろう。青春期の真っ只中で自死遺族となり、本書のようなケアがまだ整っていない時代にどのように暮らしてきたか。そして、いま、姉のことをどう思い出しているか。訊いてみたい気がする。
さくいん:自死・自死遺族、高橋祥友、下園壮太、悲嘆
連休明け。休み前の仕事でミスがなかったか、不安だった。案の定、ミスが複数あり頭を抱えている。自分では注意深く行動しているつもりなのに、最低限の仕事さえできていない。
情けない。悔しい。恥ずかしい。ミス防止のための工夫もいくつも考えたけど、それでもミスをする。メールの見落としやデータの誤入力。どれも大したことではないけど、ほかの人の業務を止めている。病気のせいにしたくないけど、影響はやはりあるのかもしれない。
先月は娘の結婚式の前で、仕事も手につかないほど緊張と興奮の只中にいた。今週から、落ち着いて仕事にとりかからなければ。
土曜日。そういう、とりとめのない話をS先生にした。
あなたが心配するほどほかの人はあなたのミスを気にしてはいない
これは前にも言われたことがある。確かに私もほかの人の一挙手一投足に目を配っているわけではない。ほかの人も私のように自分のことで精一杯かもしれない。
わかってはいるけど、他人の目が気になる。悪い意味で自意識過剰なのだろう。
さくいん:S先生
長い一日だった。まず病院。待合室には誰もおらず、すぐに診てもらえた。
そのあと三度、誕生日を祝った。まずランチを一人でイタリアン。銀座に出ておやつは妻と抹茶喫茶店で。
夕食は丸の内で。ベトナム料理店に新婚旅行から帰ったばかりの娘と、オーストラリア旅行から帰国したばかりの息子も来てくれた。
最近の私にしては珍しく夜遅くまで外にいた。
うつ病はまだ寛解してはいないし、仕事もうまくいっていない。万事が快調というわけではないけど、とりあえず入院しない程度の健康と何より家族に恵まれた幸せを噛みしめた。
明けて日曜日。図書館へ行ったあと吉祥寺まで散歩した。誕生日のしめくくりもひとりで。ヴィレッジバンガード・ダイナーで和牛クレソンバーガーを食べた。チーズもたっぷりでベーコンも挟んであり、豪勢なランチになった。
今年は誕生日に何も買わなかった。妻の申し出にも遠慮した。お金を貯めて、還暦祝いで記念になるものを買うつもり。
さくいん:HOME(家族)、ひとり
58歳になった。還暦が近づいてきた。誕生日を迎えてそう思った。
58歳になっても、私は18歳の姉の弟でいる。私のなかには、いつまでも12歳のままの私がいる。
心のなかでは、いつも「お姉ちゃん」と呼んでいる。「お姉ちゃん」は18歳のままだから、私も12歳のまま。
そういう心境について、苦しく思うこともあった。そもそも、2002年に『庭』をはじめるまで、「姉が自死した」という事実と向き合っていなかった。
苦しい気持ちは、姉を亡くした気持ちと向き合うようになってから芽生えた。悲しい、という気持ちはさらにあとになって感じるようになった。
そして、グリーフケアに関する本を読んだり、カウンセリングを受けたりして、気持ちは徐々に変化していった。
心から悲しめることが幸せ
そう思えるようになるまで、20年以上の歳月が必要だった。適切なケアを受けていれば、その時間はもっと短くすることができたかもしれない。
58歳になっても、私は18歳の姉の弟でいる。私のなかには、いつまでも12歳のままの私がいる。だから毎年、歳を重ねた自分と同じように、12歳のままでいる自分を祝う。
いつまでも「あの頃」の自分でいられる。それは悲しいことではない。
さくいん:自死遺族、悲嘆
憲法第九条の話の続き。
「平和」の根源は、国家による武力をどうするかという問題以前に、個人の心に潜んでいる暴力性をどう抑制するか、という点にあると思う。
政治と個人の心理は同列に議論できないと言う人がいるかもしれない。
個人の暴力性を制御できずに集団の暴力性を制御することはできないと私は考える。
言葉を換えれば、人の心が平和でなければ、家庭も街も国も平和にはならないと思う。
こういう考え方は社会科学的ではないだろう。修士課程で研究者を目指したこともあったけど、自分の関心を社会科学に方向づけることが最後までできなかった。
上司にチェックしてもらったうえで提出したデータに不備が見つかり、関係部門まで問題が波及した。こういう場合、前職での上司からの叱責やその前の職場でのカスハラ体験を思い出して気持ちが不安定になる。
自己保身のためだけに「上司のチェックを受けています」と釈明するのも体裁が悪いし、そもそもどう問題を解決したらいいかも考えられないので、ただドキドキするばかりで何もできずにいたら、上司からメールが来た。
やり直せばいいんじゃないの
呑気なのか強心臓なのか、わからないけど、どちらにしても助かった。
今回は、いつも意地悪な対応をする人も絡んでいたけれど、問題が大きくなり、他部門の人も入ってきたら急におとなしくなり、提案された解決策をすぐに進めてくれた。
私一人で依頼していたら、難癖をつけて拒んでいただろう。
解決したのはありがたい。でも、相手を見て対応を変える人を見て嫌な気持ちになった。
関わったり、考えたりするだけ無駄。何の得にもならない。気にしないこと。
トラブルのせいで、気を紛らすために今週は月曜日からビールを呑んでいた。マティーニもたっぷり作って呑んだ。
パワハラとカスハラを受けてからすっかり心臓がノミのようになってしまい、ちょっとしたトラブルでも胸はドキドキするし、口は渇くし、不安が強くなるし。ストレッサーに弱い。逃げ道が酒しかないのもよくない。
もう二度と昔のような性格には戻れない気がする。
さくいん:マティーニ
今年の大型連休は娘の結婚式という今年最大のイベントがあったので遠出をしなかった。そのかわりに、図書館でパリとウィーンの本を借りてきて旅行気分を味わった。
2冊ともガイドブックとはちょっと違う。名所を駆け足でまわるだけでは見落としてしまうような街の魅力を丁寧に紹介している。
パリとウィーンへはそれぞれ3回行ったことがある。学生時代にロンドンからパリやミュンヘンを経由してウィーンまで西ヨーロッパを横断したときが一回目。そのあと、20代後半でアンジェに2回、仕事で行ったときにパリへ立ち寄った。行ったことがあったので、取引先の人を連れて弾丸でパリ観光をした。
ウィーンへは、1992年のクリスマスに新婚旅行で滞在したのが2回目。それから1999年の夏、両親を連れて行った。このとき娘は2歳で、息子は12月に産まれる予定だった。
いずれの旅行でも、ブリュッセルに立ち寄っている。ウィーンとブリュッセルに孫と一緒に両親を連れていけたので、親孝行は十分にできたと思っている。
いずれの旅も短い時間だったので街を十分に知り尽くしたとはいえない。それでも、「街の考現学」と呼ぶようなこうした本を読むと、ヨーロッパの古都を旅した思い出がまざまざと浮かんでくる。
もう一度、パリとウィーンに行けたならば、2冊の本が取り上げているような細かいところまで観察できるくらい長い旅がしたい。そうは思っても、実際は名所をまわるだけで精一杯だろう。実際、もう一度行けるかどうかもわからない。
当面は紙上旅行が続きそう。
さくいん:パリ、ウィーン、ブリュッセル
横浜に帰省していた先週末、暇な時間に映画『海街diary』のDVDを見た。見返しながら、すずはまさに「親と死別した子ども」だったことにあらためて気づかされた。これまでは、すずが再生する過程に目が行ったために、死別により彼女が深く傷ついていたことに思いが至らなかった。本作はグリーフケアの物語でもあった。
この映画では顔が出ない登場人物が多い。幸田姉妹の父親、すずの母親、二宮さんの弟。彼らの姿が観客の想像に委ねられているところは面白い。
鎌倉の映画を見たので鎌倉の海を見たくなった。そこで、母を連れて日曜日に出かけた。この季節はいつも混雑しているので心配だったけど、思い切って出かけてよかった。
鎌倉で江ノ電に乗ると混んでいるので、横浜から東海道線で藤沢に行き、藤沢から鎌倉行の江ノ電に乗った。予想通り、こちらの方角のほうは空いていた。運よく最新の700形に乗り、クロスシートに座ることができた。
海を眺めながら七里ヶ浜と鎌倉高校前を過ぎて稲村ヶ崎で下車した。海岸近くのカフェでビールを呑んだ。四方が開放されていて吹き抜ける風が心地よい店だった。
夜は逗子のラ・ベルデ。しばらく前に「アド街」で逗子が特集されたとき、積極的に宣伝していないこの店が紹介されたので驚いた。紹介されたシラスのピザを初めて食べた。いつも食べるマルゲリータのトマトソースと違い、さっぱりした味でおいしかった。
母は相変わらず健啖で、スプマンテを呑みながら、カルパッチョ、ミネストローネ、ピザ、ペンネ、子羊のグリル、すべてを平らげ、そのうえ食後にジェラートも食べていたので店員に驚かせていた。
さくいん:『海街diary』、鎌倉、グリーフ(悲嘆)、逗子
娘の結婚式前後、3泊4日のあいだ母を介添して疲労困憊してしまった。自身の両親を介護している妻とケアマネージャーに相談して、介護の方針を変えることにした。
これまで隔週で二泊、実家で過ごしていたところを隔週は同じまま、泊まりは一晩だけにする。代わりにデイサービスに月曜から金曜まで5日間通い、風呂に3回入れてもらうことにした。
これで、週に5日は昼にしっかり食べてもらえる。浴槽の深い実家の風呂にはもう入らないようにしてもらう。施設で入浴することで、健康面と衛生面のチェックもしてもらえる。
一人で抱え込まない、ということは大切。プロに助けてもらえるところは助けてもらう。
月曜日には休暇をとってケアマネージャーと面談をした。「デイサービスは楽しい」と母が話したのでケアマネさんも安心していた。
昨日の朝。早く目が覚めた。気分がよかったのでサボっていた朝の散歩へ。
公園にはたくさん人がいた。太極拳をする人。ジョギングする人。サッカーをする子どもたち。キャッチボールをする妹弟もいた。みんな元気で楽しそう。
気持ちがいい朝だった。朝の散歩が気持ちいいことはよくわかっている。それでも、毎日はできていない。
帰り道でつぼみがふくらんでいる紫陽花を見かけた。もう季節は次へ移ろうとしている。
一番好きな季節は短い。
ビールばかり呑んでいるとよくないので、カロリーの低いハイボールを呑むことにした。
スーパーでウィスキー売り場を物色していたら、ニッカ、フロンティアに目が留まった。
これが新製品であることは福山雅治が出演するテレビCMで知っていた。好評で生産が追いつかず、飲食店専用品になっていたこと、最近になって個人向けに販売が始まったことは知らなかった。
試しに買ってみて、家でハイボールを作ってみた。メーカーのサイトで謳っているように、シングルモルトウィスキーのようなスモーキーな味がする。悪くない。
癖のないサントリー・オールドに比べると、個性的なところがいい。
もちろん、呑まないでいられるならば、それが一番いいことはわかっている。
今年の夏は、ビールを控えめにしてハイボールで乗り切る。ジンをロックで呑むよりもまだ健康的だろう。
今日は週末なので、寛いだ気分で一杯呑んでいる。
さくいん:マティーニ(ジン)
母の様子をみるために隔週で帰省している。帰省しない週末には、何かしら予定があって、忙しない。
先週の土曜日は珍しく大きな用事が何もなかった。発行を依頼している障害者手帳がまだ来ないので美術館にも行かなかった。
朝、5時に目が覚めて、第四部の箱庭(ブログ)をNotebookLMの力を借りて校正。
近所の図書館で借りていた本を返却し、予約していた本を受け取り。
図書館へ歩く途中で色づきはじめた紫陽花を見つけた。
真夏日近くまで気温が上がったり、土曜の朝のように季節が3月に戻ったり。最近の天候は狂っている。とはいえ、乱高下しながらも季節は梅雨に近づいている。
眼科で緑内障の定期検診。異常なし。眼科の隣にあるそば屋で鴨せいろ大盛りのランチ。
午後はのんびり家で過ごすつもりが、一つ残っていた悩みの種のせいで急に忙しくなった。
さくいん:日常
結婚前の家族顔合わせの会食。頭を悩ませたのは、手土産。娘のときは「手土産なし」と事前に決めてくれたので苦労がなかった。息子の場合、いろいろな段取りをきちんとしたいみたいで、会食の場所も挙式・披露宴と同じホテルで、手土産も慣習通りに用意してほしいと言われた。情報サイトを見ると地元の銘菓がいいらしい。
息子は東京生まれで東京育ち。お相手も同じ。なので、東京の銘菓では土産にならない。さて、どうするか。妻と相談して、私の地元、横浜、鎌倉、逗子・葉山でさがすことにした。祖父母の家があるから、この地域には息子も馴染みがある。
ところが、なかなかいいものが見つからない。この地域は東京に近く、どの銘菓も有名でありきたりな感じがする。ハーバー、鳩サブレー、くるみっ子。どれもよく知られている。
ネットで調べたり、地域に詳しい妻の友人に尋ねてもらったり、手を尽くして答えにたどり着いた。葉山の老舗日本料理店。和菓子もある。サザンオールスターズ「鎌倉物語」の歌詞にあるから、知っている人は知っている。世代的にはわかってもらえそう。
店は決まっても、次に中身を決めなければならない。東京にある店舗まで出向いて、予算に見合う詰め合わせを店の人と相談しながら作った。これに結構、時間がかかった。
それにしても、土曜日はどうかしていた。
久しぶりに餃子を作ったものの、間違えて合挽肉を買ってくるし、白菜を刻みすぎてニラを入れる余地がなくなるし、結局、餡は余ってしまうし。
いつもの通り、ご機嫌なビリー・ジョエルがBGMで流れているのに。まったくどうかしている。たぶん来週の顔合わせのことで頭がいっぱいのせい。
さくいん:逗子・葉山、サザンオールスターズ、餃子、ビリー・ジョエル