故郷の景色:造船所、野島、海の公園
3/12/2018/MON
Destiny 鎌倉ものがたり、堺雅人、高畑充希出演、山崎貴監督、2017
江ノ電ものがたり - 映画「DESTINY 鎌倉ものがたり」公開記念、双葉社スーパームック、2017

つまらない話ではなかった。むしろ娯楽作品としては十分楽しめた。ただ、途中で死神が語る、「自ら死ぬと地縛霊になる」という台詞が気になった。

製作者の死生観が透けて見えて、せっかくの幻想世界を軽率な雰囲気にしてしまった気がする。

ファンタジーだから細かいことは気にしないほうが楽しめるのだろうけど。


「自ら死ぬと地縛霊になる」という台詞が娯楽映画に使われていることは、自死に対する偏見が広く存在していることを示している。

この台詞を聞いてから冷めた目でしか作品を見られなくなった。

一つの台詞が作品全てを興醒めにすることもある。


後日、鎌倉へ出かけたとき、この映画の苦い後味を消すために映画で重要な脇役となった江ノ電「タンコロ」を特集したムックを鎌倉本がたくさん置いてある駅前の書店で買った。


3/14/2018/WED
白寿記念 堀文子、神奈川県立近代美術館葉山館、神奈川県三浦郡

先週土曜に神奈川県立近代美術館葉山館「白寿記念 堀文子」展を見た。旺盛な好奇心、新しい美を求める探究心、心に描いた美を形にする表現する力。そのすべてをいつまでも維持している生命力に驚嘆した。

いわさきちひろに影響を与えたという初期の画風がいい。雪をかぶった山もいい。王女の衣装をまとった黒柳徹子もよかった。


3/18/2018/SUN
最近の週末

平日に続いて最近の週末の過ごし方について書いておく。2014年以前と比べて大きく違うことがある。それは、酒量が減ったことと夜更かしをしなくなったこと。

前は酒を呑みながらダラダラとYouTubeを見たり『庭』で遊んだりしていた。最近は週末でも早寝早起き。 0時まで起きていることはないし、8時過ぎまで寝ていることもない。

隔週で一人暮らしをしている母に会いに行く。金曜日、定時に会社を出てターミナル駅でちょっと変わった弁当や惣菜を買って行く。二人で酒を呑みながら夕飯。

浦和で過ごした幼少期、東京大空襲のあと小学生時代を静岡で2年間過ごした疎開、高校・短大時代、丸の内OL時代の逸話を聞きながら呑む。

何でも呑む。ビールの日もあれば、白ワインの日やハイボールを呑むときもある

ほとんどが聞いたことのある話。それでも時々ふいに聞いたことのない人や場所の名前がこぼれてくることがある。そういう話はあとでメモ書きしておく。

実家に帰っても前ほど呑まなくなったし、夜更かしもしなくなった。いつも三人で呑んでいたので二人で呑むと何となくさみしい。話も途絶えがち。


実家に帰らない週末は病院、図書館、美術館、ときどき料理


この週末、土曜は葬儀社に位牌を注文して、菩提寺で納骨の際の読経を方丈に依頼した。

日曜は命日に行けなかったので墓参り。

写真は菩提寺、墓地で咲いていた彼岸桜と鎌倉の道端で見つけた沈丁花。


菩提寺 彼岸桜 沈丁花
3/19/2018/MON
福永武彦のこと

3/21/2018/WED
イースター島 ちいさくて大きな島 (月刊たくさんのふしぎ2015年2月号)、野村哲也文・写真、福音館、2014
貨物船のはなし (月刊 たくさんのふしぎ 2014年 04月号)、柳原良平、福音館、2014

イースター島のモアイは謎の古代文明の遺跡か遥か昔に飛来した宇宙人が作ったもの。1970年代に読んだ「学研 ジュニアチャンピオン」シリーズの本にはそう書いてあった。

正月にテレビで特集番組を見るまでそれを信じていた。

何のことはない、古代文明でもなければ宇宙人も関係ない。最近ではどんな民族がどんな意図でモアイを作ったのか、巨大な石像を石切場から海辺まで運んだ方法までわかっているという。

南太平洋、ポリネシアからイースター島へ渡った人たちが文明を築いた。モアイは族長の墓。マナという光を照らして村を見守っているという。

本書は大人向けドキュメンタリー番組のエッセンスを子どもでもわかるような文と写真に凝縮している。

「たくさんのふしぎ」シリーズは子どもを子ども扱いしないところがいい。大人にも十分勉強になる。


柳原良平『貨物船のはなし』は昨年、横須賀美術館で原画を見て絵本を探していた。

こちらも詳しい。貨物船の歴史からいろいろな種類の貨物船、さらには未来の貨物船まで書いてある。

思い出せば、読み聞かせのために初めて買った絵本は柳原良平『かおかお どんなかお』(福音館、1988)だった。


3/24/2018/SAT
日常を深く掴む、掘り下げる、

最近書いた自分の日常生活を読み返して底の浅さに思わずため息をついてしまった。

張り合いもなければ、楽しみもない。目標もない。惰性で時間を浪費しているだけ。


第六部を書きはじめたとき「日常」という主題を意識することにした。具体的には三人の言う「日常」を念頭に置いていた。一人は西田幾多郎。

我々の最も平凡な日常の生活が何であるかを最も深く掴むことに依って最も深い哲学が生れるのである

もう一人は斎藤環

われわれの「日常」を深く掘り下げること。身体に「記憶」を刻み込むこと。パートナーをみつけ、事後的に「愛」を見いだすこと。そうしたことのなかには「治療」の契機すら潜んでいるかもしれない。

最後は、戦中の生活と精神を反省する吉田満

静かに緊張した、謙虚に充実した日常生活が欠けていたのである。

こんな日常のどこをどう掘り下げればいいのか、皆目見当もつかない。自分の日常を振り返り、そう思わないではいられない。でも間違いなく、そんな平凡な日常だからこそ、深く掘り下げ、深く掴まなければならない、と上記の三人は言うだろう。


一つ、はっきりしているのは、余裕はあるということ。

帰宅途中の駅のホームで仕事の電話をすることもないし、真夜中にベッドでメールを見ることもない。

収入と会社的地位を捨て、平凡すぎるほど平凡な日常を手に入れた。それだけははっきりしている。


西田風に言えば、心と時間に余裕のある日常は「深く掴まなければなない」。

”しなければならない”、ではない。時間と心に余裕があれば、「静かに緊張した、謙虚に需実した日常生活」(吉田満)が自ずから深まっていく”はず”。いまはまだ暗中模索であっても、必ずそうなるに”違いない”。


3/25/2018/SUNß
もりのちいさなしたてやさん、こみねゆら、風濤社、2017
こみねゆら原画展、丸善本店、東京都千代田区

究極のこみねゆら的世界。可愛くて綺麗で美しい。

物語にはグリム童話のような起伏や驚きはない。意地悪な継母もいないし魔法使いも出てこない。それはそれでいい。

こみねゆらの描くお姫様のドレスはどれも模様が細やかで美しい。

『シンデレラ』でもそうだったし『白いねこ』でもそうだった。本書は物語も作者のオリジナル。話と絵の両方でこみねゆら的世界が満喫できる。


原画を見ると小さな星や刺繍が丁寧に描き込んである。

原画展に置いてあったサイン本を買った。


さくいん:こみねゆら


3/26/2018/MON
深夜の電話

先週末、久しぶりに夜の0時にアメリカ東海岸に電話をかけた。相手は初めて話す取引先。

数週間、もめていた問題が5分の会話で週明けには解決の見込み。

やはり直接話すことは大事。

“Have a good weekend. I will”と電話を切った。

結局はこういう仕事が好きなのかな?

でも、心身を壊したのこういう仕事だった

よくわからん。


3/27/2018/TUE
本の新聞広告

週末の新聞は本の広告が多い。

書名だけの広告で読みたくなる本もあれば、推薦・絶賛している人の名前を見た手を引いてしまう本もある。

本の広告は書名と内容の要約一行で十分。過剰なほど読む気をなくす。


3/29/2018/THU
神曲 地獄篇(La Divina Commedia, Inferno, Dante Alighieri)、14世紀、原基晶訳、講談社、2014

三篇からなる『神曲』の第一部を読み終えた。

全篇を読み終えればまた違う感想を持つかもしれないので、とりあえず第一部の感想。

想像していたほど強い衝撃はなかった。それでも、自分で思う以上にのめりこんでいたのだろう。

眠りの前の祈りのように毎晩読むことが習慣になり、遅読の私にしては思いのほかはやく読み終えた。

これほど残酷な場面を書くまでに追い詰められた心境はどういうものだったのか。そんな疑問が第一印象。この作品を書き上げて詩人に心境の変化は起きたのだろうか。これがこれから読み進めるにあたり気になること。

いつしか私は凄惨な描写に2007年あたりから眺めてきた自分の心象風景を重ねていた。