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過食の問題

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過食の問題−その6 2007年6月2日

前章に述べた意味を込めて、無意識に当たる湾を宰領するものを、内在する主体と呼んでおきます。人は、あるいは、それぞれの自己は、自我に拠って存在可能です。その、自我に拠る自己が誕生したときに、大自然の意向を伝えるべく心に及んでいる無意識の首座にあるのが、内在する主体です。

全(または無)である大自然には、全(または無)であるが故に首座にあたる中心はなく、有の存在である心には、有限であるが故に中心があります。従って、湾に当たる心の無意識の領域は、全の性格を担いつつ、有限の性格をも併せ持っているといえます。そういうわけなので、内在する主体は、全の世界の意向を有の世界に橋渡しする使命を持っていると考えることができます。

この主体との関係における自我を、特に主我と呼んでおきます。主我は主体との関係における自我ですが、自我のもう一つの要員は客我です。客我は、他者との関係における自我です。主我と主体、客我と他者とのそれぞれの関係は、いわば心の縦軸と横軸として心を支える機軸です。このことは、心の病理現象を解く上で、あるいは治療の上で、すこぶる重要な意味を持っています。

問題を先取りして結論的にいえば、主我の機能が欠陥状態にあれば、心は病気です。そして、主我の機能が損なわれていなくても、客我に支配される心的状況があれば、主我は自由を奪われ、心の自立性が損なわれています。こうなると、主我と共に、心は機能的な不全状態に陥ります。この場合も治療者の関与が必要になります。しかし、病気という言葉は妥当でありません。主我が客我の支配を受けている心の構造が、主我の自律性を奪い、社会的な自立心を封じているので、この構造を改変して主我の自由を回復させるのが治療上の課題になります。

人生を無限に高い山を登ることになぞらえると、自分からそれを引き受け、自分の意志で登る精神が必要です。そうでなければ強いられた山登りになり、無意味で虚しい苦行になります。

人生には課せられたという側面が色濃くあります。人の誕生自体がそういう意味合いを持っていますし、躾も教育もそういうものです。ですから、強いられた山登りではなく、自ら引き受ける山登りであることが、人生が意義深いものであるための要件です。心に課して来るのは、社会であり、他者であり、そして客我です。その課して来るものを引き受けるのは、主我の役目です。心にとって外的なものが心に課してくるとき、客我がそれに連動します。

例えば、ある小学生が母親に、「遊んでいないで勉強しなさい」といわれるとき、母親は外的な他者ですが、その子の心の、内的な他者である客我がそれに連動するのです。母親のいい分に連動する客我が課してきたときに、主我が客我から自由であれば、「勉強しなさい」という言葉が、この子の心を強制することはありません。

例え母親が命令的にいったとしても、主我は状況を読んで、勉強をするかどうかは自分で決めることができます。先ほどの例に戻れば、主我がこのように活きていることが、自ら引き受ける山登りであるための必須の条件になるのです。

主我が客我から自由であるときに自立心があるということになるのですが、その条件が満たされているときは、自分自身と他者とへの信頼が基本的に備わっているといえます。

上に述べたように、主我が客我に支配されているときは、何らかの心の障害をもたらしますが、その治療の要点は、強いられる心から、引き受ける精神への改変ということになります。従って、それは治療者が外側から加える‘治療’ではなく、本人自身が自らその意味と必要とを察知して取り組む、主体者意識が鍵になるのです。しかしながら主体者意識を持つのも主我の役目なので、当の主我が機能不全に陥っている心の状況では、簡単なことではありません。そうではあっても、心の不全状態を解いていく主役は主我であり、本人自身であり、治療者は介助者ということになるのです。心が病気であれば、治さなければならず、治療者の積極的な介入が必要です。

心の自立性が問題であれば、求められているのは、主我が客我から自由になっていくことであり、それは取りも直さず、心の成長が課題であるということになります。治療上の困難は、前者の場合、治療者の介入を拒否することです。そして後者についての困難は、本人が、「治してほしい」という受身的な依存の姿勢のままでいることです。それは潜在する無意識的な強い恐怖があるために、主我が客我に取りすがっている姿です。その様子は、恐怖に怯える幼い子が、母親に取りすがっているのと酷似しています。「治してほしい」という受身でいるかぎりは、治療が難航しても不思議はありません

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