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性格形成に与える母親の影響(摂食障害の症例を通して) H14.2.27

1.人格と性格
2.愛情の問題
3.内在する主体
4.自立と依存
5.見捨てられる恐怖
6.怒り
7.自我の形成
8.終章

性格形成に与える母親の影響−その1

■人格と性格(外国の症例)

M子さんが治療を受けることになったのは,19歳のときでした。母親は若いころに多数の美人コンテストで優勝するという経歴の持ち主でした。娘にその夢を託そうとしたのでしょうか, M子さんが3歳になると早くも美人コンテストに参加させました。そしてコンテストに出すために,M子さんの体型をスリムに保つように仕向けました。

一方,幼い娘は美人コンテストなどには関心がなく,母親の期待をとても負担に感じておりました。また幼いころは病気がちでもありましたが,それはM子さんには好都合な面がありました。というのは,病気になれば美人コンテストなどには出なくてもいいからです。それに病気になれば優しくしてもらえるからです。とはいっても母親は,身体を心配してくれるよりは,コンテストに出られないことのほうを気にしました。それはM子さんにとっては腹の立つことでしたが,母親に怒りを直接ぶつける勇気はありませんでした。

M子さんは,母親の期待にこたえられないことにつよい自責の念を持ちました。自分がだめな人間であり,生きる価値がないと思い続けてきました。そして過食と拒食に加え,自傷行為を繰り返してきたのです。

この症例に即して,問題をどうとらえ,どう考えればいいのか検討してみます。

M子さんの主訴は,母親の期待にこたえられないことへの自責の気持ち,自分が生きるにあたいしないだめな人間であると考える自己評価の低さ,自傷行為,摂食障害などです。

この問題を考えるに当たっては,発病したときの状況はどうか,状況の病理性はどの程度かが重要です。これらは心にとって外的な事情ということになります。

それから本人の側のストレスへの耐性が問題になります。こちらは心の内的な事情ということになりますが,具体的には,生まれたときからの人格形成の歴史を知ることが参考になります。

心の病気は,身体の病気とはだいぶ違います。身体の病気では,人格とは無縁とはいえないものの,たいていは局所の所見だけを診て解決します。一方,心の病気ではそういうわけにはいかず,本人も気がつかないでいる心理的理由を探っていく必要が出てきます。

人間はすべてなにがしか神経症的であるといわれるように,人格は,相当に無理を重ねて形成されます。というのは,人格は,人との関係での影響をつよく受けて作られるからです。人の中でも,特に両親の影響を受けます。それらの影響の下で,心がしだいに成長し,しかし,ときにはさまざまに傷つきます。それら傷ついた心は,幼なすぎるものには解決するすべもなく,その体験と,怒りや,恐怖や,落胆やの耐えられない感情とを,そのまま無意識の心に預けることになります。それらは未解決の問題として堆積され,沼のように無意識の心にたまります。これが人格に影を落とします。あの人は暗いなどといわれるのはそのためですが,この沼のように広がる不気味な気配のものはだれにでもあります。ふだんは意識にのぼることはないでしょうが,過去を振り返るときに,無意識的にそこに触れることがあります。そういうときは,不安,恐怖,苛立ち,落胆などのネガテイブな感情が,乳幼児期に体験したのとおなじようによみがえり,湧き起こって来るかもしれません。沼の情景は暗く,不気味なので,近寄りたくない気持ちになると思います。明るいといわれる人も例外ではありません。それが人格に宿すかげりが,暗い人として他人から敬遠される理由になることがある一方で,人間的な魅力を深める理由になる場合もあると思います。また,明るさが沼の気配を忘れていたいがための反動であるかもしれません。そのために軽薄な印象を人に与えることもあるかもしれません。だれにでもある犯罪への暗く,根強い関心も,この沼の存在に起因するといえると思います。

この一文では人格形成にあたえる母親の影響を取り上げます。もちろん父親の影響も考えないといけないのですが,この症例報告では父親のことに触れておりませんので,いまは割愛します。

人格という言葉を使いましたが,むしろ性格のほうが的確かもしれません。人格といえば「あの人は人格者だ」,「彼は人格ができていない」,「人格が破綻している」などなどといわれるように,人間のあるべき姿に即しているとか,道徳的に正しいとか,そのような価値意識がこめられているように思います。一方,性格という言葉には,そういう価値意識が入っておらず,現にある,良くも悪くもそのままの,事実としてのその人の人間の姿とでもいえばいいのか,そんな感じがこめられているのではないでしょうか。そういうわけで,ここでは性格と呼び直すことにします。

性格は,一つには生物学的に規定された,もって生まれた気質という面があります。そのほかにもう一つ,生まれたあとに形成された面があります。後者については,特に人間関係の影響が大きいといえます。植物でいえば根っこの部分,建物でいえば基礎の部分がしっかりしているかどうかが肝心なのとおなじように,人の心も,幼いときほど環境がおよぼす影響が大きいのです。また人間関係といっても,父親,母親以上に大きな影響力を持った人物はありませんから,事実上,親の影響が基本といえます。(このあたり,たとえば不登校の子について,学校に問題があるのか,家庭に問題があるのかという議論がしばしば起こりますが,これは台風で建物が被害を受けたときに,台風が原因か,基礎に問題があったかというのと似ているようです。要するに基礎をしっかりさせて,台風が来ても被害を受けないように対策が講じられている必要があるのです)

母親が三歳の子を美人コンテストに出すなどということは,日本では極端に過ぎる例だと思います。しかし,たとえば幼い我が子を受験競争に駆り立てるというおなじみの現象は,それに似ているものがあります。


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