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性格形成に与える母親の影響(摂食障害の症例を通して) H14.2.27

1.人格と性格
2.愛情の問題
3.内在する主体
4.自立と依存
5.見捨てられる恐怖
6.怒り
7.自我の形成
8.終章

性格形成に与える母親の影響−その5

■見捨てられる恐怖

見捨てられる恐怖は,「境界性人格障害」に固有の病理といわれることがありますが、この問題は、むしろすべての乳児が経験する心理特性であるというべきです。つまり、いうならば、人間が人間以前の存在形態から、人間存在へと移行する過程での通過儀礼ともいえるものです。

人間は誕生という形で、あるとき、いきなり個の人間として世界に登場するのですが、人間存在の著しい特徴は、生の個的な開拓者として、既に死を背負う宿命の下にあるということです。後にも述べることになりますが、死は無意味の代名詞ではなく、生の欠かせない対立軸と考えることができます。

つまり力強く生きるためには、意志によって限定化された可能性と、それを阻み、空無化しようとする不可能性とが対立し、せめぎ合う必要が欠かせません。

喩えていえば、算数の苦手な小学三年生にやる気を出させるには、容易に解ける二年生の問題をさせつづけるのも、初めから無理と分かる六年生の問題をさせるのも愚かしく、出来るか、出来ないかというところでせめぎ合わせることに意味があるのとおなじです。

この意味で、生を受けた者の必然として死を背負うので、赤ん坊にしてもその矛盾に満ちた現実に立たされるのです。

そして母親は、赤ん坊にとって‘全’の役割を担っています。

赤ん坊は、次のような気分的なメッセージを母親に向けて発するでしょう。

「あなたは完全な満足と完全な安心とを与えてくれる力を持っているはずです。そうでなければ私の存在は成り立ちません」


ある意味での臨床場面では全員に共通して見られる根本問題の一つです。診療に訪れる患者さんが直接この恐怖を意識していること
はむしろ稀ですが,症状的なものが表面化する理由の根本のところにこの問題が関与しているのです。もっとも,この問題は心の病理的なものに悩むことになってしまった一部の人にだけあるのではなく,心の成長過程の最早期に,この恐怖を経験しない乳幼児はないといえる性格のものだろうと思います。ですから人間に普遍的にある心性といって間違いではないと思います。

一般的にも,日常心理のいたるところにこの恐怖は顔を出します。人に会うときの緊張もそうです。親しく信頼のできる人に会うときは,あまり緊張はしないでしょうが,目上の人,密かに思いを寄せる異性,嫌いな人,あるいは自分が嫌われている人などなどに会うときは,たいていは緊張を強いられます。

自分が愛されているか,受け入れられているかということに,多くの人がこだわりを持つものです。

この問題の基本概念を,E.Hエリクソンが「基本的信頼感」と呼んで提唱しています。エリクソンは,この概念は大人の精神病理学から学んだものだと述べております。その論旨は次のようです。

他人や自分自身とうまくいかなくなると,自分の中に閉じこもってしまう。自分の部屋のドアを閉め,食事や慰めを拒否し,交友関係を没却してしまう。彼らが根底的に欠如しているもの,それは,彼らに精神療法を施すときにはっきりしてくる。つまり,我々は彼らを信頼していることを信じてよいのだということ,および自分自身を信頼してもよいのだということを確信させる意図を持って彼らに接近しなければならない・・・そのように退行している患者の最も幼児的な深層部に接しているうちに,我々は基本的信頼というものを,活力的なパーソナリティの隅石とみなすようになった・・・そういう観点から逆照射して,病的に退行している人の心が,基本的信頼の根底において損傷しており,基本的不信感に陥っている・・・。

基本的信頼感は,赤ん坊が生まれて間もない原初の段階で,母親とのあいだで,母親主導で確立されることになるものです。安心と満足とを貪欲に求める赤ん坊とのあいだで十分な信頼感が醸成されるためには,母親の安定した愛情が頼りです。育児にかかわるこの過程で,母親の愛情に不安定なものがあれば,あるいは赤ん坊の側に特別に過敏で混乱し易い生物学的な事情があれば,赤ん坊の満足と安心は脅威にさらされることになるでしょう。見捨てられる恐怖が体験されるのはこのような母子の関係においてですが,完璧な母親があり得ない以上は,多かれ少なかれすべての赤ん坊が脅威にさらされることにならざるを得ないと考えられます。

ですから基本的信頼感といっても,その程度は個々にさまざまなのはいうまでもないことです。

人と自分とを信頼し,愛することができるための一定の礎の上に,人は成人として社会の一員に足りるように両親に躾けられ,学校で集団的な訓練を受けます。社会の中でときどきの集団の一員としての地歩を占めることができるためには,なかんずく他者との関係を円滑に営める能力の開発が必要です。他者愛と他者を信じる能力が一定程度そなわっていれば,更に重要な意味を持つ自己愛と自己を信じる力も,ひとまずは,それなりにそなわっていると考えてよいと思います。

いま述べた世間向けの顔ともいうべきものは,ペルソナと呼ばれているものです。ペルソナという対人的な一種のテクニックを身につけるための基礎が,基本的信頼感であるといえるのでしょう。

ペルソナの命名者であるC.Gユングは,このことについて次のように述べております。

非常な苦労の末にようやく実現されるこの集合的心(個人の特徴を離れた一般的,普遍的に見られる心)の一切を,私はペルソナと名づけた。・・・ペルソナは,もともと役者がつける仮面で,役者が演ずる役を表している。・・・個人と社会とのあいだに結ばれた一種の妥協である・・・。

つまりペルソナという仮面を身につけることと,それを形成する礎である基本的信頼との確かな醸成がなければ,人は社会的存在として危ういものになるのですが,一方ではそれは本音を隠すものでもあります。その意味での本音とは,社会性とは相反する性格を持つものに違いありません。

おびえ,ひるみ,恐怖,不安,怒り,敵意,妬み,恨みなどなどの感情は,ペルソナによって覆い隠されることになるものですが,これらの対人関係を不安定にさせる感情の根底に見捨てられる恐怖があると考えられます。この恐怖には強い怒りも伴いますので,仮に日常的に’本音で’人と対さなければならないとすると,いわば血みどろの闘争の日々になることでしょう。それでは人間社会そのものが成立しなくなってしまいます。

ペルソナは建前であり,本音を隠すものでもあるのですが,本音は滅多なことでは人に明かせませんし,滅多なことでは明かしてはいならないものでもあります。

見捨てられる恐怖が母親との早期の関係で緩和されていなければ,ペルソナによって装われた自己は内側から脅かされ,自己を保つことが危うくされかねないのです。そうなると自我は防衛のためにペルソナの仮面性を過度に強化し,場合によってはいわゆる心の硬い人ということになるかもしれません。

ペルソナを身につけることの主要な意味は,一般的な人々に受け入れられ,それなりに愛されるに値する性格の形成です。「私は社会でのしかじかの役割と責任を負っています。それをまっとうする力を培った人間です」というメッセージがペルソナに彫琢されます。また彫琢されるべく日常生活を励む必要があります。それは社会の一角に自分を位置させるために不可欠な努力であり,人を安心させるためのものです。しかしペルソナの出来栄えに神経質すぎる人は,ペルソナの仮面性が逆に面に表われてしまうでしょう。それは仮面が心を隠すという意味があるからです。感情を過度に押し殺すと,「能面のような顔」になってしまいます。そこには自己というものの表出が見えなくなっているのです。人に見せられない自己というものは誰にでもあります。意識下に抑圧されている影の分身たちはそういう性格のものです。しかし他人が,なぜそんなことが人に知られたくないのかといぶかしむようなものまで影の分身としてしまっている人は,「何を考えているのか分からない人」,「感情のない人」として敬遠されることになりがちです。ペルソナの彫琢が神経的に過度にわたると,魂が見えない顔になってしまいます。

ペルソナの完成は,自己の完成ではありません。それはまったく別な次元の話になります。それは人を安心させるため,見ようによっては人を欺くための仮面ですが,自分自身を本来的に満たしていく心の作業は,仮面の影に隠れているものを自らあばきたてることによって可能となるのです。いわば仮面の持っている嘘にあきたらず,あるいは偽りの自分であることに不安をかき立てられる人には,真実の自己の探索へと向けた心の旅が現実の目標になるかもしれません。これは大きな行為です。この心の作業,あるいは行為をまっとうするには,強い自我が要求されます。自我が弱ければ,あるいは自我の機能が衰弱すれば,自己と人生とを見失う危険がはらまれています。ですからペルソナに安住している大方の人は,見て見ぬふりをすることになるものです。その意味でペルソナの達人は,ごまかしの達人でもあるのです。

心の病は,いわば偽りの自己と真実の自己とのあいだの矛盾,葛藤の緊張に耐えられず,心にほころびが生じたものといえなくもありません。自己を創出するための演出者は自我ですから,自我が,演出者としての能力を無意識界にある身内から批判されて立ち往生してしまった図ともいえます。そして真実の自己を追究する心の旅に出る人にとっても,その先導者はやはり自我ということになります。この大仕事をするためには,自我が十分に力をつけていなければ出来ない相談です。

また,心の病に悩む人はペルソナの達人とはいえない人たちです。自我が強いとはいえず,ごまかしが利かない人が心の病に陥る危険があるといえると思います。

心が病んでいるとき,必ず自我が機能不全に陥っています。両者はほとんど同義語です。これといった外部的な理由が見当たらず,いわば平地で遭難してしまったかのように発病する場合,自我が自己欺瞞に陥って見るべきものを見ようとしないか,衰弱した別種の様態に陥っているかということになると思います。それとの相対関係で,勢力を強めている無意識界の分身(影と呼ばれるものです)たちによって,機能不全化して無気力になっている自我が実質的に支配されるのです。

健康な精神では,自我が常に主導力を保持しています。悪を働く心は悪人にだけあるのではありません。人間であればだれにでもないわけがありません。悪人と善人とを分けるのは,前者の自我が無意識界にある悪なる影の支配を受けているのに対して,後者の自我は影の上位者であることができていることの違いです。

PTSDといわれる心の病気の場合は,事件として扱われるほどの外的できごとの下で,平均的な強さを持つ自我が機能不全化する心的病理現象です。この場合は大方の人の理解と同情が容易に得られます。この場合も機能不全に陥っている自我との相対関係で,無意識の心が荒れるのです。自我にとっては外的な負荷という前門の虎と,荒れる無意識という後門の狼とに対処が迫られるという事態です。

このように心を病むにいたった人の自我の機能が,自然に回復することも稀にはあるでしょうが,それはかなり難しいことです。ですから一般には,心理治療が必要になりますが,心理的な治療者は,心を病んでいる人の自我がひとり立ちできるほどに回復するまでのあいだの,指導的な伴侶ということになります。

心をいったん病んだ人に,ペルソナ,ないしは自我の強化策を勧めるのが,いうならば認知療法といわれているものです。これに対して自我の機能の不全化に伴って勢いを強めている無意識界の影たちを扱い,影たちの存在を捉え,そのいい分に耳を傾け,いずれはそれらを意識に統合する(影たちを救い出すといっていいでしょう)作業の試みが,精神分析的なアプローチということになります。この試みも自我の仕事ですから,治療者に支えられつつ,機能不全に陥っている自我の強化が図られることになるといえます。認知療法が自我の強化を目指すことによって,無意識の世界のものを相対的に改変させる試みといえるのに対して,分析的な試みは直接無意識を操作することによって,自我の姿勢の本来化を目指すということもできると思います。

繰り返しになりますが,心の病理的な現象は,幼児心性が意識の表舞台に顔を出している側面が色濃くあるといえます。自我を支配するほどの勢力を失うことなく,病理的な意味を持つほどのものである幼児心性が認められる背景には,原初の他者である母親との関係がからんでいる可能性が高いのです。そしてそれが自我の自律性を混乱させ,劣等化させるという連鎖があります。

これらの一連の病理的な連鎖の淵源にあるのが見捨てられる恐怖です。

このように,日常にある対他心理の根本のところに潜んでいる見捨てられる恐怖と呼ばれる幼児心性が,どのように克服されていくかがそれぞれの自己の課題であり,克服の仕方がそれぞれの自己の性格の上に反映されていきます。その克服に向けた最初の努力目標は,まずは両親,なかんずく養育の中心である母親によって掲げられることになります。人間の集団の最小単位であり,人間関係の基本を修練する場所でもある家庭の中が,最初の重要な人生の演習と実践の舞台となります。ここでは指導者としての母親の能力,そして当然父親の能力とがまずは問われることになります。その指導能力は,結論的にいえば愛情と信頼との質にかかっているといえます。そしてそのことがいかに難問であるかということも,精神科の臨床という窓口に立てば痛感させられることです。愛情と信頼が誰が見ても欠落している家庭がたくさんあるわけではないと思います。むしろ傍目にはもちろん,当の両親と子供たちの多くでさえ,自分たち親子のあいだで本物の愛情と信頼とが機動しているか正確な認識を持つことが困難なのです。それは人の心がそれぞれの無意識の心の影響を強く受けるために,自分の認識力が歪曲されていても気がつかないか,気がつきたくないということが起こるからです。

煎じ詰めれば心の病は対人関係に行き着き,その原型は親子関係に行き着くといっても過言ではありません。ここに問題がなければ,機能的な精神障害の過半は問題化されることはないでしょう。

家庭という人生の最初の舞台の上で修練されるものの中で,最も重視されるべきものは他人の心が分かる心の育成ではないかと思います。しかしこれは大きな問題です。人の心が分かるということは,自分の心が分かるということであり,人間について,ひいては人生について分かるという広がり方をする性格のものでもあるように思われます。そうなるとそれが十分に出来ている人は,少ないどころではなくなります。無論,私自身もよく分かっていない一人です。問題が大きく,たいていの大人にも手に負えないほどのものであるので,たじろぎもしますが,しかしやはり子供の心の育成上,大切な問題です。

人の心は,ある意味では分かるわけがないものです。そして,ある意味では一挙に分かることができるものです。これらは互いに矛盾していますが,矛盾こそがこの問題の特質なのです。

それは自我の機構に拠っていると思われる,自己の構造に由来するのです。他者は犬や猫とおなじように,他なるものとして意識にとって外部に存在しています。赤ん坊が成長していく過程で,犬や猫をしだいに認識していきます。それらは物と違って動くもの,命があるものとして,生物体である自分との類縁性において理解をすすめていきます。そしてそれらが何を感じ,何を考えているのか,そういうことも理解できるようになっていきます。そしてそれらの理解や認識は,外部からの学習と研究によって獲得されるのです。それは人間の心と絶えず比較されながらの理解ということになるでしょう。人間の理解とは,人間的な理解以上ではあり得ないのです。

ところで他者はこれらの動物たちとは違った認識のされ方をします。

生まれたばかりの赤ん坊について,M.Sマーラーは,「乳児はあたかも自分と母親とが全能の組織(共通した境界を持つ二者単一体)であるかのように行動し,機能する。・・・母子単一体という共生球を形成している」と述べております。

このように生まれたばかりの赤ん坊は,原初の他者である母親を,他なるものとして捉えていないのです。この段階の赤ん坊の自我はまだ機能を開始しはじめたところで,いたって未熟で自律性がありません。ですから母親の自我に絶対的,全面的に依存しています。人間には,あるいは自我には,絶対とか全部という存在形態はなく,赤ん坊のこの段階での母親依存が特別の例外といえるでしょう。

対自意識と対他意識とが渾然として一体になっていると考えられる生まれたばかりの赤ん坊は,簡単にいうとすべてが主観的である世界の住人なのです。そうした状態にある意識の黎明期にあっては,赤ん坊は誇大感と万能感の中にあると考えられております。つまりあらゆることが可能な力を持っているという感覚的意識と,大きな力によって護られているという感覚的意識の中にいるということです。

それは赤ん坊が人間になる以前の存在形態を暗示しているようであり,自我に拠る人間存在への最初の移行を安全に遂行させる役目を持つものであると思われます。

生まれたばかりの赤ん坊は,自然の中にまだまどろんでいるかのように思われますが,意識活動が開始される以前の沈黙の様相がうかがえます。そして沈黙は自然の特性の一つです。自然の特性は全ないしは完全というふうに考えられます。そして人間は,というよりは自我の能力はいうまでもなく不完全です。

人間は自我に拠る存在です。その活動がまだ不十分な意識の黎明期にある赤ん坊の自我機能は,母子一体の機能的な空間の中で,すべてが可能であるという幻想の中に保護されているようです。そして,また,その自我機能は,完全なもので護られているという幻想の中にもあるようです。つまり自我機能の能動性と受動性とがもろともに完全であるという幻想の中に,赤ん坊はまどろんでいるだろうと想像されます。しかしそれらは分離しており,従ってそのどちらもが不完全であるという不安があればこその誇大感と万能感の共存であるといえると思います。かつ,その存在形態は自然にかぎりなく近く,しかし自然から決定的に分離しているのです。つまり未成熟とはいえ自我の機能は最初の活動を開始しているのす。ということは自我の活動によって光(生)を意識し,従って闇(死)を感覚的に意識しないわけにはいかないはずなのです。

マーラーによれば,生後3ヶ月までの赤ん坊は,「正常な自閉」の中にあります。それはフロイトの,「閉じられた精神体系の見事な例としての鳥の卵」に相応するものです。その状態にある赤ん坊は,「刺激防衛壁に護られて外部刺激に対して反応しない」のです。そのように胎児期に近い状態で,過度な刺激から,活動を開始したばかりの未熟な自我の機構を護っているのです。

もっとも自我心理学の立場に立つマーラーのこの見解に対して,D.Nスターンが独自の乳児観察の経験に基づき,根本から否定的な見解を述べています。マーラーが,生後間もなくのあいだは,刺激防護壁に守られながら恒常的な平衡状態を維持する生物学的過程が優勢であると述べたのに対して,スターンは母子相互の関係性を無視してはならないという趣旨のことを主張しています。この対立は,本家フロイトに端を発する古典的精神分析を受け継ぐ自我心理学と,コフート以降の自我心理学への異議申し立ての一連の流れとの対立に伴うものです。

自我心理学の立場は,他なるもの,外なるものとの関係を考慮することなく,専ら病者個人の内的空間のみに限局して,起こっている歪曲を問題化しようとします。分析者は,自身をまったくの客観的立場に位置させ,あたかも外科医が外側から患部を調べ,病巣を摘出しようとするのに似て,治療者と病者との関係性は問題外なのです。これに対して,コフート以降の流れをくむスターン他の分析医たちは,それぞれ別個に存在する自己と自己とのあいだの関係性において問題を捉えようとします。

スターン他が主張する,関係性の視点で問題を捉えるべきであるというのは,改めて主張するのが奇妙に感じられるほどに当然のことと思われます。それはアメリカの地に根をおろした古典的精神分析の発展の歴史が,いかに重たいものであったかということの裏返しになるのでしょう。いまや教条主義に陥っているというしかないものに対する挑戦が,コフートの勇気と決断によって口火が切られたという形になっているのです。

スターンの主張によれば,生まれたての赤ん坊が専ら生物学的な過程の中にいるわけではないということですが,とはいえマーラーの観察が無意味だったということにはならないと思います。そこで観察されていることの理解と解釈の立場の相違はあるでしょうし,スターンの主張にその意味では分があるように思われますが,赤ん坊が生物学的な保護を必要としていることに異議を申し立てる根拠はあまりないようにも思われます。

スターンがいうように,生後間もなくから母子相互の関係で何かの感覚的意識のうごめきがあるとしてもまったく不思議はないでしょうし,大いにありそうなことです。であればこそ,赤ん坊の感覚的な意識は大きな脅威の中にあると考えないわけにはいかないのです。何らかの意識が活動するということは,繰り返しになりますが,闇の圧倒的な脅威を意識しないではすまないはずのものです。その脅威に対抗するために,赤ん坊の自我は,母親の自我とほとんど一体化するほどに密着している生物学的な理由を必要としていると思います。つまり生まれたての赤ん坊の自我は,母親の自我の中にまどろむように一体化して守られているのでなければ,無化する闇の脅威の前にひとたまりもなく粉砕されてしまうだろうと想像されるのです。

人間は人間以前の全なるものから,自我に拠る存在として生誕することに伴って,意識という光の世界と無意識という闇の世界に二分割された存在者であり,それら二つの存在形式のあいだに横たわる埋め得ない非連続的な深淵を,赤ん坊は前経験的な感覚的意識において通過しなければなりません。この経過の原初の存在形態として赤ん坊の自我は,他者なる母親の自我とほとんど渾然として一体であると考えるのが合理的であるだろうと思われます。

以上に述べたことによっても,自己は構造的に他者を内に含んでいると考えることができるのではないでしょうか。従って,他者は内なるものと外なるものとがあることになります。ここに犬や猫との関係と,人間相互の関係との存在形態が根本的に異なっている理由があります。

外部にある他者は,他性として結局は不可知の存在であり,しかし内なる他者との関連において一挙に会得されることが可能な存在でもあるという両面を持っているといえます。

そしてしだいに赤ん坊の自我が機能を進化させていく過程で,母親を他なるものとして認識することができていくのです。このことは,生まれたばかりの赤ん坊の自我が未熟すぎて,他なる存在である母親を他者として認識できないと考えることも可能だと思いますが,とはいえ,母親を自分の一部,内なるものとして捉えている事実を否定する理由にはなりません。赤ん坊の未熟な自我が,母親の自我をほとんど自分自身のものであるとする存在構造上の理由があって,はじめて母子一体の共生球が存在できると考えるのが合理的ではないでしょうか。それは赤ん坊の錯覚というようなものではなく,母親が内なる他者として自己と一体で区別がつかないところから,赤ん坊の自我の機能の進化に伴って,おもむろに外部にある他なる母親を認識的に捉えることができるようになっていくと考えられるのです。

犬や猫は学習と研究によって,いわば外部から認識できるのですが,他者についてはあらかじめ内的な会得があり,その投影が外部にある他者におよぶので,あらゆる存在者の中でも,他者は特別に親和的な存在であるといえます。外部にある他者は,外的な自己でもあるのです。

見捨てられる恐怖が根源的な意味を持つ理由は,以上のような人間に宿命づけられている存在構造にあると思います。

つまり自然の一部であったものが,どういう理由によってかあるとき自然から乖離され,自我に拠る特殊な存在として人間の生誕があったと考えるのは,なんら突飛なことではないと思います。人間以前の存在形態が何であるかは不可知ですが,不可知であることが,既に人間の知性,認識力を超越したものの存在を指し示しているのです。そのような超越的な存在をどのように命名するかは個々によるでしょうが,ここではそれを自然と呼んでおきたいと思います。

自然の特性は,一つには全または無といえます。これは矛盾したいい方のようですが,自我の能力が有限であることからくる必然です。全も無も,自我が捉え得ないものです。自我はかぎりなく全を目指すが全にいたることはなく,究極において自我の消滅という無に帰するのです。

人間の精神の内部にある自然が無意識の領域です。その領域には自我の光は限定的にしか届きません。そして人間を人間たらしめている自我は,無意識の世界,無意識の力とのあいだに有機的な関連を持っています。いうならば内なる自然である無意識の力を拠り所とする自我は,無意識の意向を受けているはずです。しかし無意識の意向をそのまま実践するだけのものであるのなら,あえて自我が存在する意味があるとは考えられません。自我は無意識に拠りつつ,無意識から独立したものでもあると考えるのが妥当だろうと思います。

自我の無意識との関係でのそのような依存性と独立性が,人の一生を,個々に大きく分ける理由だろうと考えられます。

いわゆる自己実現とか真の自己と呼ばれる人生行路をたどる人は,特別に恵まれたたくましい自我の持ち主ということになると思いますが,彼らの自我は,自然に通じる無意識の力の意向に忠実に即して人生の舵取りをすることができるのだろうと思います。

そして大方の人間の自我は,広大無辺である上にしばしば荒れ狂う海を,いわば自力で小舟を操って航海し通す自信と勇気とを持てません。危険に満ちた,なにが起こるか分からない人生という海路を,人と助け合って航海するにしくはないのです。

無意識という自然から独立しているものでもある自我の能力の寄る辺なさが,特別に親和的な関係にあるもの,他者の存在を必要とし,事実,他者を自己の構造の内に含み,’全’の性格に一歩近づいた存在形態となっています。そうすることで,恐ろしい孤独を慰めることが可能となっていると考えることができるように思います。

しかし一方で他者は外なるものです。他者とのあいだの親和性は,単に有力な可能性にとどまります。他者は頼りになりますが,人間の常として絶対の保証はありません。それは自我に拠る人間の宿命です。

赤ん坊のとりわけ寄る辺のない自我は,寄る辺がないだけに貪欲に安心と安全の保証を要求します。それに母親がどう応えるかが,いわば赤ん坊の一生の命運を担っています。赤ん坊は内なる母親との一体感の中にあり,それを拠り所にして万能感と誇大感が存在しているのだろうと考えられます。これら二つの誇大な感情は,赤ん坊が自我を付与される以前の全である自然に匹敵する代理的な防具としての意味があると思います。その幻想的な感情は生得的なものに基づくものに違いありません。そしてその原基の所在は,赤ん坊の自我の機構以外には考えられないと思います。いうならば赤ん坊を,自然のものから自我に拠る人間存在へと,ソフトランディングさせるための装置として原基があるのだろうと想像されます。

しかしながら先ほど述べたことと関連しますが,内なる母親との一体感の中にある赤ん坊といえども,母親の他性は感覚的意識に映じないわけにはいかないだろうと思います。内なる母親との関係で成立している全を要求する赤ん坊の貪欲さに,他なるものである母親が応えることができる能力は,いうまでもなく限定的です。自然の中にまどろむようにして存在していた赤ん坊の全的な安心と満足への期待と要求と,現実の母親の能力とのあいだには,埋めきれない深淵があるのです。この深淵は無を予感させます。これが見捨てられる恐怖が存在する根源的理由であり,人間には等しく避け難いものである理由です。この恐怖の深淵性が,あるとき母親の表情に投影されて映し出される瞬間がいくらでもあるだろうと思います。そういうときの母親体験は,母親が冷酷な他人に匹敵するほど遠方に感じられ,無の深淵の渦中にただ一人取り残された恐怖を感じる体験でもあるのではないかと想像されます。母親との関係でのその種の恐怖体験は,一種の外傷体験として刻印されることでしょう。それはさまざまな程度で,おそらくはすべての赤ん坊が体験するに違いないと思われます。

成人してからの病理性である完全癖,’全か無か思考’の心的傾向は,この幼児心性が克服されず,自我を支配し脅かしている様相です。人間の人間らしいところは,ほどほどの満足で自足することです。それをもたらすためには,先にも述べたように母親が一貫した愛情で応える必要があります。赤ん坊が求める,不安と恐怖と怒りに裏打ちされた全的な安心と満足への要求に対して,母親にできることはこの程度のことでしかないということを,精一杯,身をもって教えることが必要です。全的な要求をする赤ん坊は,しばしば不満と怒りで一杯になることでしょう。しかしやがては一貫した愛情を示す母親に,感謝の感情を持つようになります。それは現実を認め,受け入れる気になったということです。全的な安心と満足を要求する心から,現実的なほどほどの安心と満足で我慢する心に移行することで,母親との関係が落ち着くことができるのです。母親としては首尾一貫した愛情を,精一杯示してあげるのが,真の愛情ということになります。

母親の気分が不安定であったり,病気で入院するなどして愛情の剥奪,中断があったりすると,赤ん坊は大いに混乱するでしょう。幻想的な主観世界の中にある赤ん坊は,当然のこととして客観的にできごとを捉えることができません。混乱させられ,不安と恐怖とを鎮めてもらえない心的環境にあっては,いつまでも全的な安心と満足とをもとめつづけることになるのです。そういう折に強く叱られるなどすると,赤ん坊によっては更なる恐怖で沈黙するでしょう。そのときもとめつづけていた全的な要求は引っ込められますが,それは母親の怒りを恐れての非常手段であり,問題が解決したわけでは勿論ありません。問題は自我によって抑圧,封印されて,意識下で幼児心性としてのエネルギーをいつまでも温存されることになります。この抑圧する自我は,怖い親の自我に密着して傀儡化すると共に,自己の自然な欲求を不当に扱ったことになります。親との関係において無力であるしかなかった自我は,恐怖をもたらした親に怒りを向けることができません。

心的なエネルギーは大きく分けて,生の方向に作動するか,死の方向に作動するかだと思われます。自我が主導的に機能しているかぎり,エネルギーは原則的に前者のものであり,機能不全化すると後者のものになると思います。そして後者のそれは,怒りの形で表われます。幼い子が親に恐怖をいだいたために満足をもとめる欲求を抑圧するとき,自我が主導する力を示せなかったことになります。主体性を欠いた自我は親の自我の支配を受けて傀儡化してしまいます。その自我によって,親に向けられるはずであった怒りが抑圧されます。満足を求める欲求は,本来は自然のものとして自我によって受け入れられ,生の方向に自己を発展させていくものであり,かつ発展させていく力を増強するはずのものです。それができるためには,自我が親のしたことへの反応として生じた適応的な怒りの正当性を認め,自我の主導の下で親に対してアピールをする必要があります。ところが生へのエネルギーが,やむを得ずとはいえ自我によって阻まれ,そぎ落とされることになるときは,親に向けられて然るべきであった怒りもまた,自我によって抑圧されることになります。生の世界に羽ばたくはずであったそれらのエネルギーは,一転して心の闇に内向して怒りのエネルギーに姿を換えるのです。このときの怒りは,最初に親に対して向けられるべきであった適応的な怒りとは違う性格を持ちます。それは生の世界の開拓者である自我に対して,自己の中の異分子となった抑圧された分身たちと共に異議申し立てをし,やがては自我の世界の破壊者になる可能性を持っています。自我は不自然な,無理のある解決策を講じてしまったことになります。それに伴ってエネルギー論的にも自我は弱く,抑圧を蒙っている分身たちは強い負のエネルギーを抱え持つという歪んだ配分となります。そして歪んだ自己の構造に基づく圧力を,たえず無意識から受けることになる弱い自我は,ますます親の自我の傀儡でありつづけることで機能を守るしかなくなるのです。こういう自己の構造の下にある自我は,親の自我の支えを失うと無意識の圧力に抗し切れない不安を強く持つことになります。

H.コフートが次のように述べております。

・・・女性性器を目にした少年が見せる戦慄は,体験全体のうちで最も深い層ではない。その背後に,それに隠されてさらに深く,もっと恐ろしい体験が横たわっている。それは顔のない母親の体験,我が子を見てもその顔の輝くことがない母親を体験することである・・・。

生まれて早々に,あるいは生まれて早々であるからこそ,このように激しい他者への恐怖と不信との基になりかねない過酷な体験を強いられる赤ん坊を,両親,なかんずく母親は,人の心が分かる子供に躾けていかなければならないのです。それは何といっても,原初の他者である母親自身とのあいだで,根源的であるこの恐怖を癒していく心の交流がもとめられるのです。その決め手は母親の愛情と信頼が,真正のものにどれだけ近いかということです。いわばごまかしの愛情,愛情に似た母親の欲求充足などは,赤ん坊には通じないと考えるべきです。そのような偽りの愛情は,母親には理解できない形で赤ん坊の心をいびつにさせてしまうと考えなければなりません。赤ん坊も,成人となってからも,自分にそういう問題が起こっているという認識を持てません。たとえていえば,気がつかないうちに何らかの被害にあい,しかし実際にはその事実は知らないままでいるのにいくらか似ているかもしれません。これらのことについては,母親自身がその母親からどの程度質の良い愛情を注がれていたかに,かなりの程度左右されることになると思います。そういう前提の上に立って,いずれにせよ母親自身が自我の姿勢を好ましく整えていなければ,母親の自我は無意識の潜勢力の悪しき影響を受けることになるのは必至で,それが育児に反映されるのも避け難いでしょう。よい母親であろうと知性的にいくら注意を払っても,盲点はできてしまうと思います。

賢い母親とは知性的に高い人ということではなく,赤ん坊という自然のものであるが故に無垢である存在者に,母親自身も母性の自然の発露で応じることができている人ということになるのではないでしょうか。そういう母親であれば,赤ん坊と一体となって自然的な心の充足感の中にいると感得し,至福の感情にひたることがことができるのだろうと思われます。それは母親にだけ与えられた特権です。そういう役割と立場を与えられていることを喜べる母親は,賢いという名に値するのではないでしょうか。

母親である人が母性的でないことは不幸なことです。神経症に類する心の不自然化の表れであると考えることもできます。しかし他人がとやかくいうことではないかもしれませんし,人がさまざまに神経症的であるといわれていることでもあり,何も母性だけが問題でないのも確かです。

しかしながらここでのテーマは,性格の形成の基盤に当たる乳児期の問題に関してです。赤ん坊の命運を母親が担っているというのは,大げさないい方ではないと思います。問題の性格から母親の責任論という側面があり,母親によっては不愉快かもしれません。しかしそのことは,見方と受け取り方を少し変えれば,母親が赤ん坊にとって余人には変えがたい,唯一最大の拠り所であるという名誉ある問題についての議論です。一人の人生を左右するほどに大きな役割を与えられた立場に置かれて,それを誇りと感じない精神は貧困であり,不幸です。そしてそれは母性の欠落を即座に意味するものです。ですからこのテーマは母親の仕合せ論でもあると思います。人の問題について,特に不幸かどうかについて,他人がいうことではないのも確かですが,そういう客観的な性格を持っています。また母性に関しては母親個人の問題にはとどまらないことなので,別格なものとして議論されてしかるべきです。ともあれ大きな役割を与えられるときに,それを名誉であり,誇りであると捉える精神は豊穣であるといえます。しかし物事にはすべて裏と面があるように,母親が余人には味わえない豊穣と至福の感情を持つことができる立場にあるということは,逆に一転してストレスと被害感の源泉にもなる可能性があるということになるでしょう。母親が子供に対して愛情の名を借りて過干渉になるのは,後者の精神においてです。

それにしても人の心を知るというのは大きなことです。生易しいことではないと思います。そしてそれは,自分自身の心をどのくらい深く知ることができているかということと,パラレルな関係にあると思います。自己を知ることは,他者を知ることであり,人との関係性を知ることです。それはそれぞれの自己の世界を知ることであり,ひいては人生や人間についての理解を深めていくということでもあると思います。

汝の敵を愛せという言葉があります。この言葉の内に含まれている精神は上質すぎて,大方の人の笑いものになりかねないほどのものです。だれにもそんなことが出来るわけがない,言葉だけだ,偽善者のたわ言だということになりかねない言葉です。

端的に,「あなたの子供が殺されたとして,犯人を愛せますか」という反問があるときに,「愛せます」という心境になるのはほとんど困難です。偽善的な響きになりそうなそういうことより,「犯人を殺したいと思うかもしれない」と感情を表す方が共感を呼ぶのかもしれません。

問題は理念と実際との違いということだと思います。’汝の敵を愛する’精神は理念です。その極致にまで到達するのはおそらく困難でしょうが,実践が困難なほどのものでなければ理念にはなりません。

理念は自我がおのれに課す,到達されることのない到達目標です。理念は,自我がそれに向けて現実的な行為を編み出す力をもたらします。ですから理念は自我に内在するものではなく,自我を超越するものです。従ってそれは無意識に係属するものであり,自我がそれによって啓発されおのれに課したものという正確を持っています。理念はいわば自我に提示された光であり,その光の照射を受けて,自我が心の内外の暗部をあからさまにしていく力を得るのです。

人に向かってこれ見よがしにする’善行’の実践はいただけません。それはほとんど愚行です。人から揶揄され,謗られても仕方がないでしょう。しかし’汝の敵をどこまで愛せるか’と密かに自己に沈潜する精神は,理念によって照らし出されるものに向けて,可能なかぎり自分の暗部を探り,最奥にまで至ろうとする行為を導きます。その沈潜する行為の過程で,他者への激しい怒り,憎しみに遭遇するかもしれません。というより遭遇しないわけがありません。心の内部の闇の帝王の手先である怒りに遭遇したとき,自我がそれをどう受け止めるかは,自我の器の大きさが試される正念場です。早々に蓋をして退散しなければ,自我が粉砕されかねないほどのものであるかもしれません。怒りは弱気の自我にとっては,自我が演出者として構築する,自己の世界を世界たらしめている心の内外の諸対象との関係を破壊しかねない,悪なるものです。しかし立ち向かい,受け止める自我にとっては,怒り,憎しみは,もはや闇の帝王の手先ではありません。闇の帝王として自我を脅かすかぎりは悪として潜行するものですが,自我の手の中にあり,既に光の中に取り出されたそれは,善に衣替えしたのも同然のものです。

怒り,憎しみの力を恐れ,自我がそれによって支配されているとき,それらの感情は自我を傀儡化して悪性の働きをします。心の外にあっては他人に対してさまざまな形態の悪を働きますし,内にあっては健康をさまざまに害します。しかし自我が怒りの上位に立ち,それを従えているとき,怒りは悪の牙を抜かれたも同然です。場合によっては人に向けて怒りを露わにすることもあるでしょうが,それは防衛的,適応的な怒りで,自我が怒りを利用したことになり,つまりは自我に主体性があるのです。

自分を深く知るということは,自分の暗部にある悪をより深く知ることです。自分の内部の悪をおそれず捉えたとき,悪は既に悪ではありません。もっとも,それで心の深部に潜む悪の全貌を捉えたことにはなりません。人が善であろうとすること,自己自身であろうとすることを心がけるかぎりは,その前進を阻む力である悪は立ちはだかりつづけるでしょう。つまり悪の存在がなければ善もないのです。

自我が下位にあるものを捉えることは,常に可能です。捉えたかぎりで自我は上位に立ちます。まだ正体のはっきりしない怒りについては,自我は上位にはありません。それを意識し,捉えようという意志があれば,少なくても自我は下位にはありませんが,その意欲を失くしている自我は,本来は下位のものとしなければならないものの下位につくことになります。そのような状況にある怒りは悪の性格を持ちます。これは病理的な心的状況といえます。

怒りは悪の手先です。自我は怒りと,怒りをもたらしたものを捉えてその上位に立たなければなりません。それをあきらめて自我が怒りの下位に甘んじるとき,怒りの根源にあり悪の支配下に置かれます。悪は闇の帝王であり,自我の姿勢によっては自我の世界の破壊,回収を使命とするものであるように思われます。

自我はより上位にあるものは捉えることができません。怒りは自我がその上位に立たなければならないものですが,怒りの根源(悪)は捉えることができません。つまり怒りは必ず無意識の中に存在し,悪性のものとなる可能性を持っています。そしてそれらの根源となっている悪そのものにまでは,自我の追求が及ぶことができません。従って根源にある悪は上位に立つものです。そしてそれは善と区別がつかないものでもあると思います。つまり自我の上位者は一つであり,自我の姿勢によって悪が現前化するのでしょう。悪の尻尾を捕らえようと極限まで追求することができるとすれば,そこには善と区別がつかないものの存在があったということになりそうです。つまり善と悪は二律背反の関係にあるのだと思います。

以上のように自己に沈潜する行為を揶揄したり,非難したりする者はないはずです。第一,最初から他人の眼は問題外なのです。自己自身との関係で悪は真に問題とされることが可能であり,’汝の敵を愛せ’という設問が意味を持つのです。ですから悪をなす者は,自分の悪を知らない者のすることです。あるいは自我が悪によって支配しつくされた者のすることです。「俺は悪人だ,それがどうした」と,そのとき彼らはいうでしょう。

パニック障害を病むある女性が,次の内容の夢を報告してくれました。

どこかのホテルのロビーにいる。私がパニック障害で悩んでいるのを知っているらしい女性が,それを治す方法を教えてくれるという。別室に連れて行かれ,しつらえてある仏像に向かって鈴を振れば治るという。鈴を振ると,脇のところから大きな身体の相撲取りが出てきて,私の方に向かってくる。その眼がとてもこわい。たちまち投げ飛ばされる・・・。

そして,「私を案内していた女性に,力士の身体を押さないといけないといわれていたように思う」という補足がありました。しかし相手が大きすぎて押すどころではありません。

彼女は薬の助けもあって,症状的なものは一応は収まっています。しかし薬に頼っているかぎりは,ふつうの人ではない,と感じています。はたして薬をやめることができるのかという不安もあります。占いや祈祷の類に関心を持っている彼女は,魔術的に治ることはできないかというほのかな希望を持ってもいるようです。

夢に現れた巨大な身体と力を持つ力士は,彼女のパニック障害をもたらしている何ものかのようです。

夢によるかぎり,たちどころに投げ飛ばされる無力な彼女の自我が,巨大な怒りでもあり,彼女にとっての悪でもあるらしい力士に対抗する力を持つのは,現時点では到底無理なようです。一見すると案内した女性は,彼女をだましたことになります。何か悪辣な意図をいだいて彼女に接近したように見えます。これは夢の特性のようです。つまり立ち向かう意志を持っていない自我に対しては,このようにいいかげんなことをいってあしらうのです。しかし,夢の意図はそれにとどまらないものがあります。この夢では,夢を見ている主人公に,その夢舞台に現れた女性が,「力士の身体を押しなさい」といっているようです。つまり自我が対抗するようにといっているのです。ところが端からそんな力が自分にあるとは信じていない本人は,祈祷によるマジックを期待するしかない気分なのかと思われます。そういう意味合いでいえば,案内した女性はいい加減なことをいっていることになります。

この場合,本人の自我は自分の問題と対決する勇気も意志もないかぎり,夢舞台の女性は,本人にとっての悪の手先であるらしい力士と一連の者であるようです。しかし本人が夢の意味するところに気がついて,力士と対決する姿勢を見せれば,一転して夢の舞台の演出者の真の意図が汲み取れるのです。そのように自分の問題と正対しようとする自我に対しては,演出者が差し向けた女性は悪の手先ではなく,問題を解決する方法を教えようとするものの使いということになります。つまり夢の演出者は本人にとって善をほどこすものでもあり,悪をなすものでもあり,それは自我の姿勢によって変わるということになります。

この女性の母親は,結婚したときから夫の実家に住み,気難しい舅,姑に黙々と仕えてきました。夫は自分の両親に頭が上がらない人で,妻の苦労を見てみぬふりをしていたようです。そして夫自身が妻に依存的な性格です。母親の辛そうな顔をいつも見ながら女性は成長しました。祖父母や父親には,強い不快感を持っています。外出しようとすると後ろから黙って見ている視線をしばしば感じ,気味の悪い思いをしてきました。このごろでこそ,「何か,用?」と怒りを表すことができますが,最近まで何もいえずにいたのです。

女性の夢に現れた力士は,祖父母,父親,母親などとの関係があるようです。

案内した女性が,「力士を押すように」ということに促されて夢のイメージを見据えると,それらの家族の人たちとの関係が表われてくるかもしれません。夢のイメージを解剖してそれらの人たちを客観的に捉えることができれば,彼らに対して嫌悪感はあるかもしれませんが,もはや恐れるに足らないものになるでしょう。そうして見ると,彼女の夢に現れた力士の恐ろしげなイメージは,彼女の感情の彩色によるものが大きかったということになると思います。人が恐怖するイメージを持つときは,大いに主観的になっているものです。

夢は多重構造になっていて,一見すると卑近な日常の些事が現れているのに過ぎないように見えても,掘り下げていくと日常の意識のおよばない叡智が現れてくることがあります。夢というイメージは,現実の世界にあるものから無意識の深部にあるものにまでおよぶ広がりを持ちます。

童話には元型的なものが表われているといわれますが,「眠れる森の美女」というドラマは童話をもとにして創られています。このドラマでは王子が,悪魔によって100年の眠りに就かされているお姫様を救い出すことになっています。その過程では悪魔の手先と戦わなければなりません。このドラマを夢の舞台に置き換えると,王子は夢を見ている神経症的な苦悩を持つ本人の自我であり,それを癒すためには無意識下に我知らず追いやってしまった命の源泉であるお姫様を救い出さなければなりません。お姫様は心に生気をもたらす力です。そのお姫様を100年の眠りに就かせてしまったのは,王子自身の臆病だったでしょう。悪魔の存在を忘れてしまった父王の臆病が悪魔を怒らせたということになっていますが,王子にはその父王との関係でそれと類似の臆病があったために,かけがえのないお姫様を失ってしまったのです。王子である自我は,発奮して死を恐れずに悪魔と戦う気構えを見せました。その勇気があるかぎり勝利は王子のものです。王子は次々と繰り出してくる悪魔の手先を撃退し,最後には悪魔自身と戦い勝利を収めます。

自我の臆病は,してはならない抑圧をして無意識下に分身たちをとじこめます。それら分身たちは自我の価値規範に合わないということですから,自我に敵対するもの,つまり怒りと一体となった悪という性格を帯びることになります。ドラマではかけがえのないお姫様を意識の地下に幽閉してしまいました。悪魔とその手先たちは,お姫さまの怒りと悲しみとを受けて自我に敵対するのです。自我は不始末をしてしまった理由である不安や恐怖に改めて立ち向かわなければなりません。その不安は,基本的には母親や父親との関係で生じてくるものでしょう。そういう不安に負けてかけがえのないお姫様を抑圧してしまったのです。

王子である自我に起死回生の勇気を与えたのは,イメージの際深奥にある内在する主体です。先の女性の夢で,女性にパニック障害の治し方を教えようとした女性は,もしかするとこの主体に使わされた者かもしれません。彼女が王子のような勇気を持てば,悪である力士と戦って勝利することができるでしょう。

イメージの最深奥には,このように,自我の世界の歪みをただしたり,指針を与えたり,叡智を示したりという可能性をたたえて自我の様子を見守っている,無意識の世界の王である主体の存在があると思われるのです。

Sさんは,他人との意志の疎通がしばしばうまくいかない悩みを持っています。彼女は母親に大変依存的です。母親が少しでも自分が望んでいるような対応をしていないと感じると,大いに感情が乱れます。

彼女は,「関係のあるあらゆる人を大事に思っており,そのように対している」と自分では信じています。

しかし彼女は,家族や他人の言葉や態度を受け止めることがしばしばできないのです。自分が望んでいるような反応がないと,「どうして!」と動揺します。「私がよかれと思って出来る限りのことをしてきたのに,どうしてなの?」と思うばかりです。

この心を要約すると,私はあなたが大事なので,しかじかの努力をしてきました,ですからあなたも私を同等に大事に扱ってくださいということになるかと思います。この姿勢は相手側から見ると,私を大事にしてくださいというところに主眼があり,その心が満たされないかぎり不満を持たれることになります。そんな不満を持つのなら,あなたに気を使ってもらう必要がありませんということになりがちで,相手が去っていく十分な理由になり得ます。事実,友人たちが次々と去っていくのです。彼女にはその理由が分からず,不安が募ります。去って行った友人たちは,彼女の気遣いをむしろ要求がましく,自分本位と取っていることになるのでしょう。そういうことでは人との関係を大事にしていることにはならないのですが,その分,その理由が分からない彼女の心には大きな盲点があることになります。

子供は親の助けを必要とします。基本的に親の支持があって安心できます。大人は,大人といえる心は,自分を支える力は基本的に自分自身であるのが前提です。そういう意味での大人でない人は,一般的にいって少なくないように思います。Sさんも,本当の意味で自分を助けることができるのは自分自身でしかないということが理解できません。「私はとても寂しく,一人で居られる人間ではありません,だから分かってください,私を助けてください・・・」という心が切実すぎて,他人のことが念頭になくなるのです。一人ではいられないほどに孤独感と寂しさが強い彼女は,人の心が分からなくなるのはもとより,被害的な気分にすらとらわれがちになります。それはほとんど幼い子供の心です。安心と満足の全的な要求を持つ赤ん坊の心性が,そっくり残っているといえるようです。無意識下に強く布置していると思われるその幼児心性のほかに,見捨てられる恐怖もそれと並存していると考えられます。彼女の自我はそれらの力に支配され,自我としての自律性,主体性がほとんど奪われているのです。そのために人との関係を安定して保つ主体が不在であるに等しく,必死に人にしがみつこうとしては疎んじられることを繰り返しているように思われます。

幼児心性に支配されている彼女には,人から疎んじられ,陰口をたたかれる現実的な理由が皆目見当がつかず,しばしば死にたくなるほど落ち込みます。

では彼女はどうすればよいのでしょうか?

うつ状態に落ち込んでいる人に,私は,「私は元気になりたいの?と自問してみてください」と問いかけてみています。この問いかけは一見愚問です。元気でいたくない人があるはずがないと,誰もが思って当然です。通院するという行為は,元気になりたい心があってこそといえるでしょう。

しかし実際はそれほど単純ではありません。少なからぬ患者さんが,「そういわれてみると・・・」と首をかしげるのです。遷延しているうつ状態の患者さんには,決してこれが愚問でないことが珍しくありません。

この問いが意味を持つとすれば,それによって自我の自律機能が賦活され,活性化しはじめたときです。首をかしげるとき,自我はうなだえたまま立ち上がる力を感じていないことになると思います。自我の機能が途絶えたはずはないのですが,幼児心性が活性化してその支配を受けつづけている自我は,他の助けによってこれまで’元気でいれた’ために,苦境をはね返す力が自分自身の内部にあるとは信じられないでいるのです。他の圧倒的な助けがなければ立ち上がれないという気分は,幼児心性の支配を受けている姿そのものですが,そのことは自我が自律性を抑圧しつづけてきた性格形成のプロセスを物語っているのです。

発病という形で露呈した性格形成上の大きな問題に,自律性を欠いた自我は対処の仕様がないと感じているのだと思います。

繰り返し,「私は元気になりたいの?」と問いかけることによって,自我の自律性を鼓舞したいところですが,人生の重たい問題に押しつぶされそうになっているときに,自我の奮起よりはあきらめの方が先に立つことになりがちのように思います。

初診以来長期にわたってしまっているある主婦は,反復的に再発を繰り返しています。結果としての病状はうつ病の相ですが,根本の問題は,’自分の問題’として問題をとらえることができない性格的な特性が関与しています。再発すると常に焦っています。子供をせかし,家事に急き立てられる思いがし,病気を即座に治してほしいと焦ります。

通院をはじめて間もないころに,人の勧めもあって祈祷師にみてもらったことがあります。魔術的な解決を期待できないと分かっていながら,常に望んでいるところがあります。

この方の場合,「元気になりたいですか」という自問は,二重に意味をなしません。一つには「元気になりたい」と常に焦っているので,それはいうまでもなく,愚問です。一つには「治してほしい」という意識が強すぎるように,自分の問題としてとらえるという意味がどうしても理解できないのです。といっても知的な問題があるわけではありません。心の盲点がそうさせているのです。

彼女は自分の苦しみは親の悪影響の結果であると考え,恨んでいます。受容的な義母を頼りにし,常にそれと比較して実の両親に攻撃的な気分を持ち,実際に電話等で怒りをぶつけるのです。おそらくはこの被害的気分が,’自分の問題’としてとらえることを阻んでいるのです。病状が悪化するといつもそうであるように,子供を急かし,時間に追われ,家事をふつうにやっていれば問題がないと分かっていながら気がかりで仕方がなく,結局は何もしないで寝てしまいます。そして自己嫌悪に陥ります。

「治してほしい」という被害者心理をはらんだ要求的な気分は,大人の心性とはいえません。自我の力の一つが受け止めることであり,責任を持つことです。病的になったときに,そういうものが影を潜め,幼児心性が自我を支配するようです。

治療者に治してほしいという希望があるのは当然のこととして,患者さん本人の中に治りたい意志がなければ心理的な治療は空転します。もっとも幸いにして薬が奏効してくれれば話は少々別になりますが。

ユング派の論客であるJ.ヒルマんは次のような意味のことを述べています。

「治療者と病者との双方の心の無意識層に,癒す心と病む心とがある。治療者は自分の心に潜む病む心によって病者の心を共感的に理解することができ,病者は自分の中にある癒す心で癒し手である治療者に反応する・・・この無意識にある病む心と癒す心とは元型である・・・」

元型とは生得的なものであり,個人的に経験によって体得したものではないというような意味です。

いま述べた,「元気になりたいですか?」という質問に対して,「そういわれてみると疑問がある」とする場合,遷延しているうつ状態の患者さんには重要な意味が含まれているのです。つまり,「元気になりたい」ということの中には,いま述べたように,患者さんの無意識にある癒されたい心がある程度は活性化されていることになり,自分を助ける意志があるという意味が含まれているのです。そういう意志があれば,治療者との協力関係がより進展するはずですし,日常の生活の中の工夫や,考え方の転換などの対策も心に浮上してくる下地ができていると考えてよいと思います。

もっともそうした意志がしっかりしていれば健常の心であるわけで,何らかの程度にその意志が薄弱化しているのも明白ではあると思います。その薄弱な意志を掘り起こし,励ますことが大切なのだと思います。

私は,「仮に,そうは思わないという反応が心内から返ってくるようであれば,いまの状態はつづくと思ってください」ということにしています。そのように伝えて,「突き放された」と感じる人はいないようです。

Sさんの場合も,「元気になりたいですか」という問いに,「私はよくなりたいと思っていないかもしれません」という返事が返ってきました。彼女の説明によれば,「よくなると心配してもらえなくなるから」ということでした。彼女の自我は,幼児のようにしがみつく自我なのです。無意識下に強力に布置していると考えられる見捨てられる恐怖に支配されて,自我はほとんど自由に活動できていないように思われます。人に見放されないようにとしがみつく自我は,この恐怖の虜になっているのです。

彼女が,「私は人の助けを当てにしすぎていたようだ」という反省をすることができるまでは,苦境から抜け出ることは難しいのではないでしょうか。現状の心理構造で’元気になる’というのは,彼女が望む通りに周囲の人たちが応えてくれるのでなければ難しいのです。そういうことは不可能です。

彼女が時間をかけてでも,ある意味であきらめて(ほどほどの満足を受け入れて),人を当てにすることの間違いに気づいたときに,自我の機能が動き出すことになると思います。心内の手ごわい恐怖が彼女の自我を圧倒しているあいだは,彼女は幼い社会人として社会恐怖の心を免れることができないでしょうが,恐怖をともかくも従えることができたときに,彼女は自己の回復と,社会人としての新たな出発がはじまることになります。

問題は受け止められたときに,解決への第一歩を踏み出したことになります。いわば人にしがみつく自我から,受け止める自我への変貌は,それだけで子供の心から大人のそれへと脱皮しはじめたことを意味します。受け止める自我は大人のものです。そしてしがみつく自我は子供のものです。

自我がそのように本来化して自律性を回復すれば,人の気持ちをも捉えることが可能になっていきます。いたずらに主観的に問題を捉えるのは,幼児の心の世界でのことです。大人の自律的な自我は,客観的に存在しているものとの関係が確かなものとしてあるのです。

人の心が分かるというのは,このように自己の世界の関係性が豊かに保たれているという総体的な枠組みの中にあるときに,自ずから可能になるといえるだろうと思います。それが可能であるためには,自我の力が十分に強いということが必要であり,かなりの程度素質が要求されるかもしれません。一般的には性格発達の早期に,乳児の自我を好ましく守り育てることで過重な負荷がかからないようにすることが望まれます。資質として強い自我であれば,負荷(主に母親の愛情提供に何らかの問題,歪みによって生じるものです)によって苦しみながらはね返すことも可能でしょうが,資質として弱い自我であれば負荷によって機能不全化します。いうならば前者の自我は鍛えられて更に強くなることも可能ですが,後者の自我はさまざまにつぶされてしまいます。

要するに一般論としては,両親が子供の心の自然な成長(それは親自身とは独立した個の確立を目指す心の成長ということになります)を望み,喜べるという意味で,真実の愛情と信頼とに値する育児姿勢の中から,子供の自我の歪みの少ない発達が得られるといえます。逆にいえば,子供の心の自然な成長を喜べない親が,さまざまに介入して子供の自我の自律性を混乱させるのです。

しかしながら穏やかに成長した自我は,無意識との相克に悩まされない分,おおむね日常の生活に満たされるので,創造的な大きな仕事をするには向いていないようです。

このあたりのことを比喩的に説明すると,以下のようになります。

人生を無意識という海の上を行く自我という小舟の船頭になぞらえると,次のようにいえるかと思います。

いわゆる健康な心の人の場合は,暗黙のうちにどことなく定められている海路の航海です。そこかしこに小舟の姿があり,みな一様におなじ方向に進んでいます。海はおおむねおだやかで,空はたいていは晴れています。ときに空模様が怪しくなると波が荒くなりますが,仲間のベテランの船頭が小舟の操り方を教えてくれるので安心していられます。

一方,混乱しがちな自我なる船頭に操られている小舟は,いわば安全海域を離れてしまった海路を進むのを余儀なくさせられます。そういう海路を選んだ理由は,海なる無意識にあります。無意識の力が,船頭に安全な海路を取ることを許さなかったのです。そのために船頭は,自分が船団を組むようにして航海する多くのものたちの仲間の異分子であると感じるのです。船団を組む者たちによって,その仲間になる資格がないと拒絶されているように感じられるのです。いつの間にかはぐれたしまった海路は,独自のものです。天候はおおむねわるく,海はしばしば荒れ出します。操船術を授けてくれる信頼できる人もありません。暗い空の下の,荒れる海の,どこへ向かおうとしているのかも分からない果てしない航海を,無事にしとおせる見通しを持てません。なんとか確保した入り江に避難したとしても,人生は航海です。ひと休みはいずれ航海に乗り出すためにのみ許されるのです。入り江でのひと休みは,それなりに安心で気楽ではあっても,多くの仲間たちからはぐれてしまった,それに匹敵する独自色を出すことは不可能だという船頭の気持ちは自分を助ける力を持てません。人とのあいだで信頼関係を築けなかったからには,自分で自分を助ける以外には道はないのですが。

本当は船団を組む者たちにとっても,どこへ向かおうとしているのかは謎なのです。それを考え出すと船団の一員であることが怪しくなるので,考えない方が身のためともいえます。ともかくも天気は晴朗で,波は静かで,仲間たちと共にある安心は保証されています。

一方,独自の海路を取らざるを得なかった人の中には,あえてその独自の人生を引き受けようとする人も出てきます。そういう人は,船団を組む人たちが難路にさしかかったときに相談するだれかがいるわけではないので,いわば自分自身に相談する以外にありません。自分で自分を助ける以外にありません。そういう力を発揮できた人は,いわば人生の開拓者としての立場に立ち,一種の英雄として船団を組む人たちに対しても指導的な立場に立つことになります。いうならば一旦は船団を組むものたちからはぐれ,改めてそこへ別格な形で回帰したことになります。

ボクサーはハングリーでないと強くなれないといいます。作家は日常に満足してしまうと作家である理由がなくなるといいます。そういえばドストエフスキーや太宰治は,いつも金に困り借金をしていたということです。

人間は自我に拠る存在として,最も特徴づけられています。自我は人生を切り開き,自己を形成していく上での拠り所です。自我は自己と人生の光の世界の演出者といえます。そしてそれは話の半分です。残りの半分は(半分以上です),自己と人生の闇の世界の話になります。闇は,無,沈黙,死に通じるものです。光の世界のものである自我ないしは意識の力がとうてい及ばない世界です。

人間は光を知ることになった者として,必然的に闇を意識する者となったということでもあるのです。闇がなければ光もないのです。闇は光を無化する力を持っています。自我が力強く機能しているかぎりは,自己と人生は自我のものですが,機能が不全化すると自己と人生に翳りがさしていきます。

人が自我に拠って光の世界を切り開くことができているかぎりにおいては,人生は喜びです。自己は誇りに値するものです。そして自我の衰弱に伴って光の世界が翳りはじめると,不安,暗鬱,無力などの重苦しい気分に傾き,それは闇の無化作用が意識に及んでいる証拠です。自我がなんとか力の回復をはかれないかぎり,自己と人生は絶望とあきらめの境地に追い込まれていきます。

それらの意味で人生は過酷です。生まれたばかりの赤ん坊は,自然のものから自我に拠る人間への移行形として,自然の特徴といえる全ないしは完全の様相に準じるものを身にまとっているかのようであり,その具体的な防具が誇大感と万能感といわれているものであるようです。赤ん坊は母親との共生関係(母親と共に「共生球」の中に自閉するが,母親を他として意識しない)を機軸にして,おもむろに自我の機能が活動していくことになりますが,しばらくのあいだは誇大感と万能感とで移行期の不安が生物学的に保護され,緩和されると考えられるのです。

赤ん坊の自我は未熟とはいえ光の世界のものです。その発光体の存在根拠であり,後見人でもある無意識は闇の世界のものです(意識の力がおよばないという意味です)。闇にすっかり捉えられると光のものである自我は消滅するように,闇には無化作用があります。生まれたばかりの赤ん坊の心もとない自我が闇を意識するときに(意識しないわけにはいかないはずです),その無化作用によって粉砕されかねないほどの怯えを持つと思われます。ですからとりわけ時間をかけて,慎重に馴化させる必要があるでしょう。しばらくのあいだは,生物学的な装置によって,本能のレベルで自分で自分を護らなければなりません。そしておもむろに母親の助けを借りて自我の活動がはじまっていくことになりますが,心の発達,成長の過程で,誇大感や万能感の基となる心の防護装置は取り除かれていかなければなりません。成人になってもそういう心理が色濃く残っていれば,明らかに病的です。

病的な心は空虚感や無価値感に悩まされますが,誇大と万能の幼児心性の支配を受けていると,怒りと羨望と被害者意識とに捉えられます。自分は誉められてしかるべきだという気分があり,一方ではそんな人間は一人も居ないという絶望感と被害感と怒り,憎しみを覚えるのです。

被害感,怒り,憎しみは,周囲の人たちが,自分の中にある誇大感を認めようとしない,するわけがないという感情と,それと関連しますが自分が賞賛に値する人間であることを認めようとしない,するわけがないという感情に端を発するものです。どことなくそれが満たされることを当てにする気分の中にいるために,あたかも周囲の者が当然のものを自分に与えてくれないという被害者意識になってしまうのです。

自我を支配するほどの勢力を持つ幼児心性は,病的な心の孵卵器なのです。それらは対人関係を損なうもとになるものです。

万能感に応える立場にあるのが母親です。母親に課せられている役割は,赤ん坊の欲求の高さと母親が現実に応えることができる能力とのあいだの落差を埋めることです。赤ん坊が母親の助けによって,誇大感と万能感とを要求することが現実的でないことを体得し,それらの旗を撤去する気になったときに,一定の安心感と共に母親の現実的な愛情を受け止め,感謝する心が形成されていきます。それは母性が十分に機能したことを意味します。しかし貪欲な要求をする赤ん坊に対応しようとする代わりに,母親が自分の都合に赤ん坊を従わせようとするときに,赤ん坊の自我の形成は危機的な状況に置かれることになります。

このような意味で赤ん坊の期待と母親の受容力とのあいだに隔たりがあれば,赤ん坊は大いに混乱することになると思います。赤ん坊の自我はしがみつく自我になり,自律機能を自然的に発達させることができません。そして赤ん坊は,誇大欲求と万能欲求とを手放せず,いつまでもそれらを要求しつづける子であるか,表面はおとなしく,しかしながら無意識の中にこれらの欲求を保持したまま大人になってしまうということが起きるのです。

このように大人になって心の病気に苦しむときに,その人の幼いころの問題が表面化していると考えられる具体的な事例が大変多く,それは少なくても機能的な心の病気については,一般的にいえると考えてほぼ間違いがないように思われます。大人が人に見捨てられる恐怖を持つというのは,どこか不可思議な感じを与えるかもしれません。見捨てられるという言葉には,人間の上下の関係が込められており,生殺与奪の権力を持つ者によって人生を切断されるというふうな強い表現があります。この言葉は,幼い子と親の関係にこそふさわしいのです。乳幼児にとって,親に見捨てられるというのは,生死に関わる恐怖です。子を守る力を持っているはずの親と,その親の力を当てにする子との関係は,一方的なものです。ですから子供の立場では,いうならば絶対的に確かな信頼感がなければ,危ないのです。信頼の感覚が怪しくなったときに,この恐怖感情に強力に見舞われることになると思います。

実際に親に嫌われた幼い子は,悲惨なことになります。どこにも助けを求めようもありません。捨てられたり,虐待されたりということも現実に起こります。それほどでなくても,幼い子が愛されず,嫌われると感じると,精神的に抹殺される恐怖を持つと思います。

Tさんは50歳を過ぎた主婦です。子供はありません。高校を卒業してすぐに結婚しました。夫は,学校で相談に乗ってもらっていた教師です。家庭の事情をよく知っている男性と,助けを求める形で結婚しました。

夫は大変優しく,よくできた方です。Tさんにはこの上もない伴侶といえるでしょう。

結婚して十年ほど経ったころに,うつ状態を伴う強迫性障害を発症しました。入院も経験しました。私のクリニックに転じてきたのは,発症して15年ほど経ったころです。火の元,鍵などの確認行為や,トイレに一度入ると10分ほども手洗いをするなどの強迫行為があり,家事は夫の手助けなしには不可能でした。「料理,洗濯,掃除などは苦手という以上に,嫌なものは嫌なんです」と強い口調でいいます。一人でいることの寂しさに耐えられず。といって出かけるところもあまりありません。荒れる無意識と無力な自我の反映として,無為に寝て過ごす日々がつづきました。

一番の問題は以前からあった買い物依存でした。安い物には関心がなく,高価な洋服を買いつづけ,一室が洋服で一杯になっているということでした。「欲しいものは必ず買ってしまう。我慢することはできない。お金がなくなると万引きするかもしれない。いつもは家にこもっているが,外出すると必ず買ってしまう」といっています。そのときの心理は,「駄々をこねている子供とおなじ。後でまずいと思うが,そのときは家計のことは考えない」ともいっています。一方では老後のことも含め不安で一杯といい,死にたい気持ちが波のように襲ってくるといいます。夜中にパジャマのまま飛び出したことがあります。車に当たって死ねばいいと考えていたそうです。薬を過量に飲み,救急車で運ばれても胃洗浄を拒否するということもありました。

ある時期夫に対して攻撃的になり,「この人(と傍らにいる夫をそう呼びます)と一緒にいると我慢しなければならない,それを脅かされる,逃げるしかない・・・」などといいます。後々落ち着いてからのTさんには信じられない口の利き方ですが,当時は夫に何か不満があるのかという雰囲気でした。やがて幻覚,妄想が現れ,夜中に雨の中を戸外に飛び出し,連れ帰ろうとする夫から逃れようと大声を出すなどするようになりました。夫と別れたいともいいます。しかし夫はいかなるときも冷静に対処しているようでした。

Tさんは親子関係に大変問題がある家庭で育ちました。幼いころに,母親と外出すると,母親はどんどん先に行ってしまうのが当たり前のようでした。学生のころには鞄の中をチェックされたり,何かと干渉されたと思っています。「母親が死んだときに涙が出なかった,義母のときは泣いたけど」といいます。

父親のことは自分勝手,嘘つきといいます。両親は喧嘩ばかりしていたそうで,早く家を出たい一心で結婚したといいます。

一方,夫はゆるぎなく受け止める人でした。それに助けられて,Tさんは最悪の危機からしだいしだいに脱していきました。初診のころは生理的に無理といっていた家事全般も,ほぼこなせるようになっています。夫としばしば旅行を楽しみ,旅先で知り合った人の生き方に接して心を動かされたり,自宅を訊ねてくる夫の友人たちとの語らいを楽しんだりしています。

そういう現在でも,夫が毎朝仕事に出かけるときは不安になります。毎朝,毎朝,「今夜は帰って来ないのではないか」という不安と猜疑に悩みます。理性の上ではそんなことはないと分かっているのですが,どこか信じ切れないのです。夫に,「今夜,帰ってくる?」と何度となく訊いてしまいます。夫は,「他に行くところがないよ」とその都度返事をします。

夫は教師としての仕事のほかに,講演やボランティアなどで忙しい人です。自宅でも何かと仕事をしています。Tさんはそういう夫が羨ましく思います。夫と比較して,自分には何にもないという気持ちになり,しばしば落ち込みます。焦りも感じます。羨望し,僻む心が夫との関係にひびを入れかねないという客観的事実があり,それが更に夫に見捨てられるのではないかという不安を増幅するのです。そのように最も信頼し,頼りとする夫にすら,関係破壊的な心がしばしば頭をもたげます。関係を切断しかねないのは潜在する強い怒りですが,その原点は,母親に見捨てられるのではないかと怯えていた幼児心性にあります。その恐怖が強い分怒りも強いのですが,Tさんは直接的に怒りを表す性格ではありません。怒りは意識の奥深くに潜行して,吐き気,過食,買い物依存などを,抑えがたく引き起こす動力となっています。

人を信じることの基本のところで,身をもって教えられるものが希薄だったTさんの心を,支え,励ました夫の助けによって,Tさん自身の心に癒す力がすこしづつ賦活してきたといえると思います。

人を信じる能力は自我のものです。Tさんの自我は,人を信じるという一点においても,発育不全だったといえるのでしょう。荒れる海に打ち破られる防波堤のように,発育不全の弱い自我が,無意識の圧力に抗しきれずに破壊された様相が,Tさんの統合失調症に類似した心の病理現象です。この上もない支え人である夫にすら怒りと不信感を露わにしたのは,そういう事態においてでした。そのような強い怒りと不信を抱え持つ無意識の圧力の下で,自我の力は相対的に心許ないものがあります。ずいぶん穏やかになった現在でも,夫が帰ってこない(見捨てられる)のではないかという不安が拭い切れないのは,そのような事情に基づいています。

正月に実父の家に行きました。実家には父親が一人で住んでいます。Tさんは父親から父親らしいことは何もしてもらっていないと思っています。それなのに父親は,当然のように世話をやいてほしがるのです。高齢とはいえ,自分でできることがいくらでもあるのに,子供たちを呼び寄せようとします。姉を通じて声がかかると,できるだけ断るようにしていますが,いつもというわけにもいきません。なんといっても父親だから,できることはしてあげないといけないとも思っています。しかし父の所へ行くたびに,嘔吐感に悩むのです。

正月の集まりは,四人の姉妹とその家族も含むので,かなりの大人数になりました。きつい性格という妹二人は途中で帰り,姉もしばらくは他用がありました。一人で山となった汚れた食器を洗っているうちに,ひどい吐き気に襲われました。Tさんには,こころに障害を持っている事情を姉が知らないわけではないのにという怒りがあります(この姉と会って話しをしたいという私の申し出は,「親でもない私が何のために行かなければならないの?」と拒否されました)。夫が口添えをしてくれなかったことにも怒りを覚えます。無意識に潜行する怒りがそもそも相当なエネルギーを持っていると思われ,いわば火薬庫に点火されたような心的状況が生まれてしまいました。

翌日から過食と買い物依存が激しくなりました。過食はふだんもあります。買い物依存もときどき起こります。しかしこの正月のあとは,なりふり構わずといった買い物依存になってしまいました。夫への不満,怒りも,意識にのぼってくるのです。

そういう折に,「無性に母親が欲しいんです」といいます。そしていまは亡き母親を求めているという意味ではないと,あえてつけ加えるのです。それを夫に求めているように思うといいます。

この言葉からは,過食も買い物依存も,幼いときの情緒的に満たされなかった心と密接な関係がある様子が窺われます。

信頼と愛情との観点から,ほとんど唯一といえるほどに重要な夫との関係は,夫のふところの深い愛情によって保たれているといえるでしょう。しかしいま述べたように,心が怒りで荒れると,その夫との関係も不確かになってしまいます。そういうときに心を繋ぎとめるのが,過食であり,買い物への依存なのです。

これらの病理的な心理現象は,対他者関係が自己を正常に保つ上でいかに重要であるかを示しています。Tさんの例を通じても窺われるように,病的な心理と行動化が表われるのは,対他者関係が危殆に瀕しているときです。最も重要である夫との関係さえもがTさんの心を現実世界に繋ぎとめる力を失いかけたときに,無意識なる海は波高く荒れ,自我なる海に浮かぶ小舟の船長は,自己と人生とを支え,かつ創出する操船術に著しい困難を覚える状況に置かれるのです。漂流しかねない小舟を操る能力(自我の機能)が凝固し,不全化したときに,満足と安心とを激しい怒りを込めて求め,無意識なる荒れる海の破壊的な圧力を前にして,自我がせめても自己を現実世界に繋ぎとめようとする窮余の策が,過食であり,買い物依存であったと思われます。

TさんをTさんの世界に繋ぎとめておくのは,ふだんはなかんずく夫との関係です。一般に安定した心情でいる人の心の世界では,両親をはじめとした重要な人たちとの関係がゆるぎなく成立しているといえます。Tさんの場合,人格発達の早い時期に,両親との関係が不確かでした。典型的な悪しき依存の関係でした。見方を換えると,見捨てられる恐怖が和らげられることがないまま成長し,その強力なものは無意識の世界に布置しつづけたことになります。それは自我が,心を世界に繋ぎとめるための最大の拠り所を欠いたがために,世界から転落し,あるいは世界を粉々に砕かれてしまいかねない脅威を内に抱え込んでしまったということを意味します。そしてそれは,無化される意識,闇の恐怖,死の恐怖といったものにつながるものでもあります。

実家での正月の集まりでのTさんの経験は,見捨てられる恐怖を活性化させるものでした。たった一人で山と積まれた汚れた食器を洗う作業は,そういう経験でした。受け入れ難い父親のための集まりで,Tさんは孤立無援の心的状況に置かれたといえるのでしょう。幼児心性が一気に賦活したTさんの心は,小児的,主観的な世界に埋没してしまったのです。夫さえもTさんを刺激したことになるほどに強力な怒りは,Tさんの客観世界とのあらゆる関係を破壊しかねないほどのものでした。それはTさんを発病に導くことになった,心の原風景(幼児心性)であったといえると思います。

活性化した見捨てられる恐怖は激しい怒りを伴い,Tさんの心的世界を粉砕しかねないものであり,世界を保持するために自我が取った窮余の策が,過食であり,買い物依存であるといいましたが,それらのものに必死に助けを求めなければ,世界は粉々に砕けそうな恐怖,一切のものとの関係が失せる恐怖(統合失調症に見られる世界崩壊への恐怖),あるいは無化する闇へとまっさかさまに転落していく恐怖といったものに対処できなかったといえるのでしょう。

依存の対象へのTさんの激しい没入は,母親を強く求めているというTさんの言葉とも符号するものです。Tさんは,実際の母親を求めているという意味ではないとわざわざいうのですが,母なるものの不在形として実際の母親との関係があったということであり,それは見捨てられる恐怖と直結するものです。そして夫がいくら母親的な存在であっても,母なるものへの欲求が夫によって満たされるのは無理というものです。そうしてみると,Tさんの心が望ましく満たされることは相当に難しいといわざるを得ないことにもなります。ですから唯一,最大の良い依存の対象である夫にさえ怒りを向けたのです。これまでに,夫に助けられて徐々に自己の回復がはかられてきたといういきさつもありますが,Tさんの心の飢えが活性化すると,夫の存在すらが無意味化する危機に立たされるのです。

いま述べたような耐え難い心的状況では,心の飢えを封じられていた幼児心性が,強い怒りとともに意識の表面に浮上してくることによって,客観世界との関係が粉砕されかねない恐怖を持つことになると思います。それはまた,それによって心の病理現象の原点を明らかにするという意味合いを持っています。それは幼い時代の自我の自律性の根の保護を,当然してもらえるべきであった両親によってしてもらえなかった強い怒り,悲しみ,口惜しさ,虚しさなどが抑えようもなく表明されているということでもあります。

Tさんは家庭から逃れるように,高校を卒業すると同時に結婚しました。家庭がTさんには安心できる場所でなかったのは明らかですが,見捨てられる恐怖から逃れるための結婚というのとは,少し違う側面もあるようです。

乳幼児が母親の愛情を期待し,要求するのは自然なことです。それが適えられなければ怒りを覚えて当然です。赤ん坊の怒りは自然的,適応的なものと考えられるので,見捨てられる恐怖に捉えられ,それが母親の愛情によって緩和されなければ,その怒りは撤回され,意識の上から引っ込められることになると考えられます。それが生存本能に即した適応的な心の動きといえるからです。それは自分の,生存にかかわる正当な主張を犠牲にし,母親に取り入ったことを意味します。自我は自律性を犠牲にし,母親の自我の支配の下に入るのが安全という選択をしたことになります。

見捨てられる恐怖という強力な脅威の下で,そのような策を講じた自我は,母親の自我にしがみつくことになるのです。それは母親にとっても,かなりの程度望むところだろうと思われます。赤ん坊がおとなしくなり,聞き分けの良い子になるのは,家事や育児に追い回される母親にとっては悪いことではないだろうからです。更に,それ以上に,半ば意図的に赤ん坊の怒りを緩和せず,沈黙させた母親は,母親自身が脅かされつづけてきただろう見捨てられる恐怖を抱え持っている可能性があります。そうであれば母親自身が心の奥深く,情緒的に満たされない思いを持つ分身を抱え持っていることになります。そしてそういう場合には,もう一つの分身である赤ん坊によって情緒的に満たされ,見捨てられる恐怖を緩和させたいという強い要求を,内々で正当化させる理由を持つことになるのです。

赤ん坊が自己の自然に即して成長していくことは,母親の下から離れていくことを意味します。それを喜べる母親であれば,赤ん坊の怒りを受け止める愛情を持つことができるのでしょうが,それを喜ばない母親もいて不思議はありません。そのような母親は,赤ん坊をいわば道具にして,母親自身の見捨てられる恐怖を恒久的に緩和させようと無意識的な意図を持つことになります。そのような母親の下で,母親から容易には離れられなくなった幼児の心は,母親が望むように機能するしかなくなります。両者は分離しがたい一対の心となり,場合によっては大変仲睦まじく見えさえするのです。

Tさんの場合は,親にしがみつく自我ではありませんでした。内在する強い怒りと共に,Tさんに親元から逃れるように促した心の動力は,別種の恐怖でした。それは母親ないしは父親に呑み込まれる恐怖だったようです。親の都合のいいように利用され,自由が奪われ,呑み込まれてしまう恐怖から逃れたのです。自己が失われる恐怖でもあったと思います。

良い子の姿勢は親の一定の評価が得られて,親子関係がそれなりに安定するのに比べて,呑み込まれる恐怖をも併せ持つ子供の場合には,親の暗黙の要求を拒否する心理力動が働くことになると思われます。それは自主独立の心にも見えますが,内在する強い怒りの支配を受けています。それを克服できていない以上は,怒りと恐怖に支配された行動になり,親から独立した心には程遠いのです。これもまた悪しき依存の一つの形です。つまりTさんの自我は,母親に甘えたい強い欲求と,それを強く拒否する心とを無意識下に潜め,その支配を受けている幼児心性の様態にあるといえるのです。

さきほど述べた父親との関係で生じた感情の乱れと過食と買い物依存とは,Tさんの怒りが,自分を自分の世界に繋ぎとめておくはずの,客観的なもろもろのものとの関係を破壊してしまいかねないほどに強力だった心的状況で起こったことです。これ以上にない伴侶と思われる夫との関係さえ粉砕されかねないほどの,怒りと対人不信が一気に浮上したのです。

彼女を現実世界に健康的に繋ぎとめることができるかぎり,Tさんは大人の心を保つことができます。つまり自我がそれなりに機能しているのですが,父親と姉妹たちとの関係で味わわされた疎外感は,彼らによいように扱われる(呑み込まれる)ことへの強い怒りを浮上させました。それは自我を恐怖させるものでもあり,本来は自我の力の下で,意識の地下にあって人目に触れてはならないはずのものをも浮上させることになりました。信頼と愛情とで与えてくれるはずの安心を,誰もが保証しようとしないことへの怒りに駆られて,なりふり構わずに満足を求めて過食と買い物に走ることになりました。誰もが自分を助けず,見捨てようとしていると被害的な怒りに駆られたときに,Tさんを世界に繋ぎとめることができるのはそのようにしてでしたが,それは幼児の世界への退行という様相になりました。

それは自我の世界で起こることではなく,いわば裏の自我の世界でのできごとです。裏の自我の営為では破壊的な怒りが発動します。そこでは社会性がまったく配慮されることがありません。おもむろに自我の機能が回復されるまでは,他者の支配を被害感に駆られて拒否するTさんは,裏の自我の支配を受けることになるのです。そして時間の経過と共に自我の機能が回復していくことができるためには,夫の動じることのない母親的な愛情が不可欠です。仮に夫がTさんに愛想尽かしをしてしまったとすれば,Tさんの自我の機能の回復のために必要な,現実的な拠り所を見出せなくなる危険性が高くなるでしょう。

呑み込まれる恐怖については,逆に相手を呑み込もうとする甚だしい例がかつてありました。自分の要求をあくまでも押し通そうとするので,地域でのトラブルが絶えないのです。両親は耐え切れずに,行方が分からなくなってしまいました。治療者に対しても,幼児的な万能欲求に裏打ちされているかと思われる期待感を持っているらしく,何かと要求をしてきます。幼児的な誇大欲求を満たすべく,相手を呑み込み,支配しつくそうとする姿勢は,相手にとってこの上もなく厄介で迷惑なものですが,その心理の背景にあるのは,大きな不安と恐怖と怒りです。その幼児心性の根底には見捨てられる恐怖があり,和らげられることのなかった赤ん坊の誇大欲求と万能欲求とに裏打ちされた被害感が,相手を支配しつくす(呑み込む)ことによって,それらの欲求をなにが何でも手に入れようとするのです。その被害感と過大な権利の要求は甚だしく現実感を欠いており,反社会的な行動になってしまいます。

この種の反社会的行動に走る精神病質者について,J.Fマスターソンは次のように指摘しています。

「幼いころに愛情剥奪を経験している子供たちは,対象からすべての情動投資を引き上げ,感情を持たなくなる,病的な自己愛を満たすために,治療者を操ろうとする」と。

40代の男性会社員Yさんの例です。

Yさんは一人っ子です。父親はYさんが十代のときに病死しています。2児の父で,妻と実母との5人家族です。会社には在勤10年になりますが,大学までの学校生活も含め,最近までほとんど元気に過ごしてきました。初診の一ヶ月ほど前から会社をしばしば休むようになり,受診にいたりました。欠勤の理由は,不眠,気分の乱調,食欲不振などですが,その他に会社の上司や同僚への不信感の増幅があり,それがストレスになっているようでした。背景として会社の再編問題があります。一部上場企業に就職したのですが,Yさんの職場は切り離されて別会社に移行することが決まり,本社に残りたければ遠方へ移住しなければならないことになりました。他の多くの同僚が選んだように,Yさんも今までどおりの職場に残ることに決め,受診した半年ほど前に再出発という形になりました。Yさんは社会的な名聞にこだわる傾向がありますので,一部上場企業に見切りをつけるのは,苦渋の決断でした。

診療が始まってしばらくは,会社の問題にだけ目が向き,家族間の葛藤が語られることはありませんでした。そのことに気がつかなかったということになりますが,気がつきにくい心理的な事情もしだいに明らかになっていきます。

初診の数ヶ月前に,母親の名義になっている土地にYさんの金策で家を建て,母親と同居する計画が決まりました。そして実際に同居することになったのは初診の2ヶ月ほど後のことですが,そのころから急激に精神状態が不安定になりました。

診療を重ねるにつれ,母親の問題が主題になっていきました。母親が孫であるYさんの子供に接する様子を見ていて,自分の幼かったころの記憶が蘇りました。母親によく叱られ,勉強を強制され,何かと干渉されたのです。しかし子供のころはそういうことに殊更な意識を持たず,一貫して母親に従う良い子だったといいます。

同居してからは母親の声を耳にするだけで怒りがこみ上げてきます。しばしば衝突もします。荒れ狂うような怒りの他に,母親にそういう態度を取ってしまう自分への怒りも強く,罪悪感に悩まされます。

母親との同居問題が浮上し,現実化することに伴ってYさんの不調がはじまっているのが明白であり,病状の改善には母親と一定の距離を取る必要があると判断されました。妻をもまじえてこの問題を話し合い,母親に近くのマンションに移ってもらうことになりました。このことをYさんが理解し,実行に移すまで相当な逡巡がありました。「母親と一緒に暮らしながら解決できることだし,母親があまりに気の毒だし,世間がどう見るかということもあるし・・・」と抵抗感が強かったのです。しかしなんとか納得して自分で母親に別居を申し出るということになり,実際にそのように行動しました。しばらくはYさん自身は母親と会わないほうがよいと思われ,母親とうまくつき合っている妻が,母親とのあいだの仲介役をすることになりました。

それでもしばらくは気分の動揺がつづきましたが,しだいに落ち着いてきて会社にも行けるようになりました。

しかし妻がしだいに疲れてきました。妻は事情を理解していましたし,姑とのあいだは悪くはなく,気さくな人柄でもありました。しかし本心ではまったく理解していない義母の相手をするのが苦痛になってきたのです。妻はYさんが長期の休職中にも動揺する素振りを見せず,Yさんを支えてきました。その妻の憔悴,苛立ちは新たな難題でした。

妻から伝え聞くかぎり,母親は不満で一杯のようです。「なぜ自分が家を追い出されなければならないのか」と母親は思っているようです。古い土地柄ということもあり,母親は近所の目を気にするのですが,その点はYさんもおなじです。「母親は,自慢の孝行息子となぜ別々に暮らさなければならないのか,近所の人が理解できないだろうと考えていると思う」とYさんはいいます。Yさん自身もそう思うのです。想像される近所の人の目で自分を見,「自分はなんてひどいことをしているんだ」という罪悪感に,しばしば責め苛まれます。「自分がしっかりしていれば,同居しながら母親を困らせるようなことをしないですんだ」とも思います。依存関係にある両者は,一般になにかと似てしまうものです。しかしYさんは,一方では母親が身勝手だとも思うのです。果てしない堂々巡りになってしまいます。

母親はYさんを,「とてもよい子です。しかし心の底がよく分かりません」と評しています。その母親は息子の深刻な事態を前にして,表面的には理解を示して別居生活に踏み切りました。しかし心の底では理解も納得もできずに,強い不満のままでいたようです。そういう母親をYさんの立場でいえば,「母親はよく理解して別居に応じてくれました。しかし心の底ではよく分かっていないと思います」ということになり,両者の関係は相似形になっています。

母親がいう「とてもよい子」というのは,子供時代のYさんのことであり,いまもそういう側面があるということだと思います。そして「心の底が分からない」というのは,結婚してからの息子の様子が少年時代とは違うといっているのだと思われます。それは結婚によって,Yさんの自我が幾分か自由を回復させたということなのでしょう。

一方,少年時代のYさんは,自分自身が「心の底が分からなかった」のです。それは母親に気兼ねをしない,自分自身の自由な感情,思考であり,母親への恐怖によって強く抑圧されていたのです。そのような形で昔からあったものです。そのように抑圧された心の要素は,母親が受け入れるはずのものではなかったので,Yさん自身が幼いころから習慣的に,無意識的に,いわば見捨ててきたのに違いないのです。

母親が「分からない」といっている「Yさんの心の底」は,元々はYさん自身にも「分からない」形になっており,いわば見捨てられる恐怖を仲立ちにして,「良好な親子関係」があったのだろうと想像されます。いうならば母親から見捨てられないために,Yさんはかけがえのない自分自身の重要な分子を見捨てたといえるのでしょう。その意味で依存する母と子は共犯関係にあったといえます。両者の犯意が何に対するものかといえば,無垢なる自然のものであるYさんの分身に対してです。母親に向けた良い子の顔は,一方で,自分自身に対しては無慈悲な顔を持っていたことになります。

Yさんの父親は会社が忙しく,家庭は妻にまかせきりだったようです。母と子の関係は密接になる状況がありました。母親に「心の底が分からない」といわせるようになった現在のYさんには,幼いころは叱られ,何かと強制された思い出だけが残っています。ずっと良い子だったと思うとYさん自身もいっており,怖い母親に取り入るしかなかったことに,今は気がついています。それらのいきさつから,いわば母親の自我に憑依された自我の形成があったと思われます。

極論すれば,母親を安心させ,母親の心を満たすためだけに存在を許されたともいえる幼いYさんは,良い子であることによって安心を手にすることができていたのです。それは一方では情緒的な満足を犠牲にされた分身たちを,無意識下に閉じ込める必要をもたらしたのですが,Yさんが手にした安心は,そこからの圧力に脅威を受けることなく,すっかり意識から遠ざけていられるほどの力を持っていたようです。しかし意識下には強力な恐怖心と満足を求めて怒っている心が潜在していたのです。それらのことは結婚をして,母親から独立した生活をするあいだに,少しずつYさんの意識に上るようになったと思われます。改めて母親との同居問題が持ち上がったときに,Yさんが大いに混乱しはじめたのが,その証拠です。

一方の母親は,半ば無意識ででしょうが,幼い時代のYさんの,そういう弱みを存分に利用してきたといっても過言ではないと思います。自分自身の安心,満足をもとめて息子を巧みに操作してきたといえば,酷ないい方になるでしょうか。しかし「心の底が分からない」という不満は,Yさんの心の一部が,自分が望み,求めてきたものではないという意味以外の何ものでもないだろうと思います。

Yさんを何がなんでも自分に従うように仕向けたと思われる母親の心も,たぶん無意識的な力に操られていたと思われます。無意識下に布置する大きな力の支配を受け,母親の自我は自由ではなかったと見なければ,かけがえのない息子への支配的で身勝手な心のあり方の説明がつきません。自由な自我であれば,他でもない自分の大切な息子に対して,より余裕のある柔軟な心でいられないわけがないのです。そういうふうに考えれば,母親の自我も無意識下にある大きな力に捕捉され,なにものかに憑依されていたということになります。そうであれば自由な自分自身の立場,考えを持つのが困難だったと思います。Yさんの母親は,彼女自身が,おそらく見捨てられる恐怖とそれに伴う怒りとを,強く持っていた人ではないかと思われます。悪しき依存関係にある親子は,互いに似たもの同士という側面を持つのです。

実際に母親に会ったときに,ある種の威圧感と怒りをたたえた表情が感じ取られました。もしかするとそのときの母親の心には,大切な息子を奪い取られる怒りがあったのかもしれません。そのときに感じた迫力は,幼い子を怯えさせ,威圧し,望むように従えるには十分なものでした。

怯えを持った幼い自我が,いわば保護色で身を守るように,母親に取り入るのが安全と感じただろうことが理解できるよう思われました。

母親の支配を受け,憑依された自我にとって,憑依しているものは守り神でもあります。幼い息子の怯える心を利用したのが母親なら,怯える心を鎮めるために幼い子は母親を利用しました。つまり母親を安心させ,少しでも母親の心を満たすように心をくだけば母親の庇護をもらえるのです。まだ子供といえる時代には,母親を必要とする公然の理由もあり,問題は表面化しないのです。

結婚し,頼りにできるよい妻に恵まれ,しばらく母親とは離れた生活がつづきました。この間に,妻との関係でよい依存を体験したことになります。

Yさんの心が荒れ出したのは,母親との同居問題が持ち上がった時期に重なります。従来は無意識だった母親への依存が,こんなにも強かったのかと,Yさんは驚きを込めて何度か語っております。そして制御し難い怒りと罪悪感とが交互に現われ,心の沼が激しく揺れる日々がつづきました。

人間は何ものかに依存しないではいられない存在です。前章でも述べましたが,依存にはよい形とわるい形とがあります。一人一人の中でそれらは入り混じっていると思います。見捨てられる恐怖は,わるい形の依存へと発展していく素地となるものです。わるい依存の形が顕著になると,自我の自律性が育たず,主体性と責任意識も未発達になります。

悪しき依存関係にある親子は,二人組みの内部にあるかぎり問題はないかもしれませんが,共に社会的な自立を果たせない未熟な自我の姿でもあるので,それ自体が心の病理現象といわなければなりません。

Yさんは心理的に紆余曲折しながらも,会社での左遷をも経験しながらも,それにめげない自我の主体性の確保と,社会的な立場の確保とをほぼ自分のものとしています。今後は母親との同居が現実の課題になるでしょうが,自分の心の内部に拠り所を得たYさんは,母親から自由になった主体者としての自己を確立しつつあり,かつてのような混乱に陥ることはないだろうと思われます。

以下は長期にわたり規則的な通院をしているにもかかわらず,病状がまったく改善しない中年女性Wさんの例です。

Wさんは夫とふたり暮らしで子供はありません。もともと仕事や習い事でずいぶん頑張る人です。気力をふるって精一杯励んでいるときは,生きている実感があります。しかし,一段落つくと落ち込みます。そういうことが繰り返されてきました。やれることはやってきたという思いがあり,これ以上はどうすればいいのか,とても虚しいということで受診にいたりました。

両親はWさんが幼いころに別居しています。母親が家を出て行こうとしたときに,夫がとめてくれるかと思っていたのが,別居するのもいいかもしれないといわれて別居になってしまったと,母親から聞かされたといいます。Wさんにとっては,その以前から母親には捨てられたに等しい心理状況だったといいます。それでも後に正式に離婚になったときには,冷静ではいられなかったそうです。離婚をするような夫婦であれば,自分は生まれてくるべきではなかったと改めて考えるのです。

Wさんは父の元に残りました。Wさんは「母親に捨てられたと思っている」といったり,「母親と一緒になるのを拒否した」といったり,「拒否ではなく,どうせ父親が許してくれないと思ったから」といいかけて,「それでは父親に愛情があったことになりますね・・・」と自分で首をかしげていたり,「母子家庭がいやだった」,あるいは「父には経済力があり,自分を扶養する義務がある。将来は大学へ行きたいという計算が働いた」といいます。そのときどきでいい方が変わり,混乱しがちです。

別居後,近くに住む母親のところにしばしば行っていました。母親を求めてではないそうです。義務感からのように思うとも,行くと物や金をくれたからともいいます。いずれにせよ母親は愛情深い人ではないといいます。母親が近所に住んでおり,生殺しにされていると感じていたともいいます。

父親は自分中心の人だったといいます。自分のためにだけお金を使い,母親には十分なお金を渡さなかったのも離婚の理由だったともいっています。

両親は母親がしている仕事が縁で結婚しましたが,Wさんは母親がしている仕事を軽蔑しています。それは母が死んだ今も受け入れ難いといいます。

父親のイメージを絵に描けば般若の顔になるといます。体罰もあったが,それ以上に精神的に怖かったそうです。自分の意見が認められなかったということですが,両親に対する怒り,憎しみ,恨みの感情が激しくあるように見える一方で,具体的に訊いていくと,説明が一貫しない様子がうかがわれます。

母親については,何かのことで自分が有名になったときに,母親がしている仕事が恥ずかしいと一貫して思ってきました。

母親が死んで十数年になります。母が死んだとき落ち込み,立ち直るまで二,三年かかりました。Wさんがいうには,「ふつうの親子関係では母親が死ねば素直に悲しみ,そして悲しみから立ち直るまでにそんなには時間がかからないと思うが,私の場合ははるかに屈折したものだった。母の死後に見た日記で,それまでは自分とまったく性格が違うと思っていたのが,意外と似ているのに気づいた」といいます。

母親が家を出たのは,同居していた父親の妹にそれを促されたからである,あの人に家庭を壊されたともいいます。そして父親と二人の父方の叔母は,それぞれに問題のある性格で,そういう子供を育てた父方の祖父母には会ったことがないが,誰よりも憎しみを覚えるといいます。

父親については,絶対に再婚させてやらないと考えていました。自分だけ仕合せになるのは許せないと思ったそうです。父親への激しい羨望がうかがわれます。父親が肺疾患で死んで数年になります。病床にある父親の様子は苦しそうでした。看病をつづけ死を見取って父親への怒りが和らぎました。そして父親にも認められるものがあると思うようになりました。読書家であること,音楽や絵画への造詣が深いこと,頭がいいことなどです。そして頭がいいのは母親もおなじとつけ加えます。

両親が好きだと思ったことは一度もないといいます。母親に抱かれた記憶がまったくないといい,しかし一人っ子だし,実際にはそんなはずはないとも思っています。

あるとき受診したWさんが沈み込んでいるように見えました。理由を訊ねたところ,「意識にはないのですが,もしかすると両親が死んだことと関係があるかもしれない」といっております。両親はたまたまおなじ月に亡くなっています。

Wさんには生まれてきたことへの根強い恨みがあります。どうしてもその気持ちを払拭できないといいます。初めのころはその理由はなんといっても両親にあるといっていましたが,ある時期からは,死んでしまった両親を恨んでも仕方ない,神様を恨みたい気分といい方に変化がみられます。

小学生のころから,死にたいと思っていました。大人になると,何かの犯罪を犯すことになるかもしれないと考えたこともあります。この時代を振り返っても,信じることができた人の顔も,尊敬できる人の顔も浮かびません。しかし明るく元気に,人に嫌われないようにと心がけていました。同年代の子には,気が強いためか疎んじられるところがあったのですが,大人好きがする子だったと思うといいます。

高校生のときに,夫となった人と知り合いました。Wさんがいうには夫は自己中心の人で,友人がいなかったそうです。「私がいないと彼は人と接点を持てなかった,私によって彼は生きる楽しみ,喜びを知ることができた,その彼が一生かかってでも償えないほど,私を傷つけることをいった,彼はそういうことをよくよく分かって結婚した」といいます。

夫は会社員ですが,自分の世界を大事にし,会社の仕事の犠牲になりたくない人だといいます。Wさんは自分の方をだけ向いていてほしいと思い,夫が会社員として成功してほしいとは望んでいません。二人でしみじみと人生を語って暮らすことができれば,それで満足なのです。その夫がときに,「自分の世界に閉じこもってしまう」のです。Wさんは取り残されてさめざめと泣いてしまいます。夫は見かねて傍に寄り添ってくれます。

そういうところを見ると,「名もなく,貧しく,美しく・・・」といった類の仕合せな生活があってもよさそうに思われますが,隣の空き地に家が建つと分かってから,その種の平和が脅かされ,同時にWさんの不穏な心が表に表われてきます。

Wさんはあふれるばかりの陽光を何よりも大事に思っていました。それが隣の家の建築で奪われることになるのです。まだ会ったことがない隣人に激しい敵意を感じます。建築がはじまるととても大きな家と分かりました。相当な金持ちだろうと思われます。建築中の家を一家で見に来たときに,幼い子供たちの騒ぎ立てる声が聞こえてきます。

Wさんは苦労をして手に入れた我が家が,「この程度のものでしかない」と改めて落胆します。自分たちは子供を望んだことはないが,子供がいるふつうの仕合せを羨む心があるのは否定しません。隣家への怒りは,太陽を奪われたこともさることながら,物心両面での羨望があるのも否めないのです。周りの平凡に生きる人を軽蔑してきたのが,一転して自分が誰よりも惨めで,認めるべきものがなにもないという心に転落してしまうのです。

最近になって夫に変化が生じました。会社での責任が重くなったのです。それに伴って帰る時間が遅くなり,その分,「二人だけの語らい」が犠牲を蒙るのです。遅くまで話したがるWさんに,夫が苛立つようにもなってきました。帰りが遅い夫を詰問して(Wさんには詰問しているつもりはありませんが),夫が怒り出すということもあります。夫を会社に奪われた,夫に裏切られたという思いが,Wさんの理性をしばしば圧倒し,混乱させます。

夫が楽器を手に入れました。元からその種の楽器が好きでした。夫が目をつけたそれは音が外に漏れないように細工してあるもので,インターネット・オークションに出品されていたのです。「金額の提示は高くできないのでたぶん無理と思うが,入札してみたい,どうか」と,事前にWさんの了解を取ってありました。夫にもそういう気晴らしが要るのは分かると思っていたので反対はしませんでした。そして落札はきっと無理だろうという気持ちもありました。

ところが落札してしまったのです。Wさんは,楽器に夫を奪われたと思いました。怒りがこみあげて夫に当り散らしました。自分が理不尽なことをしているのは分かっています。しかし,「私を放っておいてそんなことをしていいのか,許されるのか」という怒りがどうしようもなく立ち上がってくるのです。夫を会社に奪われたという焦りもあったので,怒りに火がつきやすい状況もありました。

夫は唯一理解のある人とWさんはいいます。夫との良好な関係が唯一生きる支えになっているといいます。しかし交際のある友人たちも含め,一人として信頼できないという思いが強く,夫も例外ではないいいます。自分には人を愛する心がないともいいます。Wさんは,表情などから受ける印象は,決して冷淡には見えない人なのですが。

両親を頼りにできなかったWさんは,怒りをこめて両親を心から排除し,幼いころから自分を恃む心が強かったようです。明るく,活発にと心がけ,人に負けないように,人に認めてもらえる(見捨てられない)ようにと,精一杯頑張って大人になりました。一息入れると自分には認めるべきものは何ひとつない,生きている資格も意味もないという気持ちに苦しめられます。ちょっとひと休みというわけにはいかなかったのです。より強く,より正しく,より好ましくと自分自身に鞭打って自己形成に励んできたのですが,その様子には,どこか追いすがろうとする影から逃れようと懸命になっている姿が感じられます。Wさんもそういう捉えかたを否定しません。

生活の中に小さな楽しみ,喜びを見出せるように,いろいろな提案をしましたが,無益です。家事がまったく苦手といって,実際にも夫まかせのようです。なにか大掛かりなことが必要で,「小さなことでは動けない」人なのです。

あるとき,「先生が提案してくれることが,小さなことなのにできない。自分は病気ではないのではないか。ただの怠け者ではないか。こんなことでは通院する意味があるのか,疑問に思うときがあるんです」といいます。このときに,「自分を恃む気持ちが強すぎて,問題を医者に託していないということはないですか」と訊いてみました。彼女はしばらく黙っていました。無言の肯定のように思われました。そして,「人を信じきれないというのは確かにあります。だれであっても私の病気は治せないだろうという気持ちがあるように思います。・・・・・それと,こんなことをいうと見捨てられるのではないかと怖いのです」といいます。

治りたい心がないわけがありません。現に長期にわたり規則的に通院しているのです。しかし一方では,治りたいと本当に思っているのか疑問だといいます。むしろ,この世から消えてしまいたいのだといいます。彼女によると,治ってしまうと怠けている口実がなくなるのです。Wさんは,怠けるという言葉が誰よりも当てはまらない人なのですが,なにかの目標に向かってまっしぐらに進んでいないと,怠けているように感じてしまうようです。いわゆる「全か無か」の人で,「ほどほどの満足」ができません。

実際にWさんもいっておりますが,治療者に自分を委ね切れないのは,見捨てられる恐怖が一因になっているようです。自己不信が強く,しかしおのれを恃む心もそれに劣らず強い彼女は,人を信じることが怖いのです。自分の本心をさらけ出すと(信じると),相手は受け止めかねるほどの厄介な荷物と感じるに違いないという恐怖が湧いてくるようです。彼女自身が,自分の内面には受け止めかねるほどのものがあると感じていることの裏面です。

また根拠のはっきりしない自負心が人一倍強く,一方では現実が伴わないので,逆にそれが無能感を呼び込んでいるようです。おそらく根拠のはっきりしない何らかの能力への感覚があると思われます。そしてそれだけの根拠が,無意識の領域には実際にあるのだろうと思います。

自分の力をそれなりに発揮できていれば,人は自分に納得できるものです。自分はだめな人間だ,何一つ取り柄がないと思っている人は,いわば持てる力をほとんど発揮できていないのです。そして評価の基準点が自己自身にはなく,何らか他なるものにあるのです。

それにしても何を基準にして自分を評価するのでしょう?人の価値を計る客観的な基準が何かあるでしょうか。

個々の価値は人さまざまでしょうが,結局は自分らしく生きているかということになると思います。それはなかなか困難な課題ですが。

Wさんが自分には価値がないと考えるのは,価値の基準点が,万人が感心し,賛美するものという甚だしく高いものだからであるといえるようです。その心理の背景にあるのは,幼児的な誇大欲求です。もう一つの幼児の幻想的欲求である万能感が,現実の両親などによって満たされることがなかったので,いわば万人が認めるほどの大きな価値を手に入れないかぎり,くつろぐのに耐える安心,安全もまた手に入らないという意識が働いたのではないかと思われます。それは両親から見捨てられた感覚と,逆に両親を拒絶した感覚とに起因する幼すぎる自立の試みだったように思われます。

Wさんが隣家に羨望の眼を向けたように,金持ちか,貧乏かということは一般的に小さな問題ではありません。お金はあるに越したことがないと思うのがふつうでしょう。本当にそういうことに恬淡としていられる人は,よほどの人物といえるのでしょう。そういう人であれば,おそらく自分らしく生きている人に違いありません。

Wさんは,お金にとらわれるのは愚かなことだという意識の強い人です。そのWさんがはからずも隣家の住人によって,富への羨望が強いことが暴露されています。しかしだからといってWさんの心が,実際に富によって満たされるものでもないだろうと思われます。Wさんには他人を見下ろす心があります。「その辺にごろごろしている人」といういい方をしてはばかりません。そういう自分を傲慢と認め,たとえようもなく醜い自分といいます。おそらくは富に恵まれているらしい隣人を蔑む心があり,その蔑む理由が精神的な豊かさに関連するものであり,しかしながらその隣人が少なくても自分より富において勝っている,自分にはそれすらないという心が働くのです。Wさんが精神的に満たされていれば,おそらくそういう羨望からは免れることができているはずです。実際にはWさんには,「自分には何もない」感覚があります。全力を出して目標にまっすぐ向かっている自分以外は認められない,という要求を自ら突きつけている人です。自然の意志の発動を喜び,楽しむ精神はなく,誰よりも高く,遠くへという精神性への要求があります。まるで誰かに命じられてそうしているかのように見えます。

自分が掲げた目標であれば,自分の力と相談した目標設定になるでしょう。途中で間違っていることに気がつけば,訂正することもできるでしょう。うまく進まないときに悩むこともできると思います。それは自己の責任において機能している自我の姿です。

Wさんの自我は,何ものかに憑かれた自我です。自我を強いて一途の前進を要求する他なるものがあるのです。

Wさんは人を信じることができないと自分でいいますが,人の評価を大変気にする人でもあります。その一つが母親の仕事を認め難いという,不可解なほどのこだわりように表われています。彼女の自我が自由であり,自律的であれば,好悪はともかく,より柔軟な姿勢でいられるのではないかと思われます。そういうことも含めて,人の全幅の承認を得たいというのが,Wさんが躍起となって自己を飛翔へと駆り立てているように思われます。

ある日,次のような内容の夢を見ました。いま述べたことが象徴的に表われているように思います。

カラフルな玩具のような自転車で,ある家の屋根から空を飛ぼうとしている。周りに人が一杯いて期待して見ている。しょっちゅうトイレに行く。

客観性を著しく欠いた無謀な内容です。Wさんの世界が,いかに客観的なものとの関係が育たないままでいるかということの表れのようです。Wさんはしばしば赤ん坊のように夫に甘えたがるといいます。玩具のような自転車というのは,その心と関係がありそうです。空を飛ぶ,周りで大勢が期待して見ているというのも現実的ではなく,退行的,小児的心性の表れのように思われます。この「期待している大勢の者」というのが,彼女の自我に憑依しているものに通じるように思われます。それによって自我肥大を起こしているようです。心の成長過程で,何らかの無理な心理力動が働いたことに伴うものに違いありません。

この夢からも,Wさんの無意識の領域に,自我を支配するほどの勢力を持つ小児心性が潜んでいることがうかがわれます。それは幼いころの親子関係に端を発するのはいうまでもないことです。

Wさんは幼いころから両親に怒りを持ったようです。「母親は別居をはじめる以前から私を捨てていた,だから別居とその後の離婚によって決定的に確認できたということであって,その流れは一貫している,だからそもそも私は生まれてくるべき者ではなかった」と考えています。おそらく見捨てられる恐怖とそれと関連する誇大感,万能感などが母親によって和らげられる体験を持たなかったのではないかと想像されます。それは愛される体験,信頼される体験の不在の感覚と,そうしたものを求めることへの警戒心とを招いたと思われます。

愛し,愛されること,信じ,信じられることを母親との関係で達成することをWさんは拒否し,空想的な母親に託しました。それらの感情のほかに,和らげられることなく持ち越された誇大欲求,万能欲求なども母親との関係からは怒りをこめて撤収し,空想上の母親に託しました。そのような感情と欲求の撤収と移動の主な動因は怒りでした。

彼女の自我に憑依したものとは,怒りによって呼び出された空想上の母親とその人に託した二大欲求です。憑依され肥大化した自我は,誇大欲求という全的なものに引きずりまわされ,元気で,明るく,正しく,だれもが認める蜃気楼のような人物像に向かって休むことなく疾駆しつづけました。疾駆しているかぎり,彼女は見捨てられる恐怖に端を発する,もろもろの恐怖や空虚感などを意識しないで済むのです。

万能欲求は夫に託されました。この欲求は現実的な対象が必要です。夫は楽器で遊ぶことさえ許されない,完璧な受け手の役割を担わせられています。いつか夫が同席しているときに,「まるでご主人は奴隷のようですね」といったことがあります。後でWさんは,そのことを,「夫はやけに気に入ったみたいです」という形で,半ばその意味を認めながらも不満をいっておりました。

自分としては精一杯頑張ってきた,これ以上どうすればいいのか分からないとWさんは思っています。疲弊した精神を跳ね返す気力がわかない日がつづいています。いくら頑張ってもだめだ,自分にはなんの価値もないという気持ちが支配しています。

Wさんの負の依存は,なにか絶対的なものを追い求めるという形になって現われています。それは両親への依存を拒否する心の裏面です。同時にそれは両親をもとめる心が未処理だということです。人一倍大人であろうと背伸びした子供でしたが,その自我は,本来依存するべきものを見出せず,怒りをこめて拒否し,目に見えない自分の力を信じようとしたように思われます。そこにおのれを恃む心の病理性があります。まだ甘えを必要としている時期にその欲求を封じたことに,心理発達上の無理があったのではないでしょうか。

治療者に自分を託すことができるとすれば,よい依存の対象にかけてみる気になれたということになるでしょう。それは確かに冒険です。治療者が本当によい依存の対象であるか未知であるかぎり,期待が失望に変わる危険への感覚があって当然です。その意識がWさんには人より大きいのでしょう。恃むにあたいしないと分かったときの失望は,Wさんをして自らの意志で治療者を見切らせるように促すのではなく,自分が見放されたと感じさせる人なのです。未発達な自我は再びまずい判断をしたことになります。


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