中国のケッタイな人々(Chinese Strangers)

−− 2003.04.01 エルニーニョ深沢(ElNino Fukazawa)
2005.02.06 改訂

 ■はじめに − 中国のケッタイは”ほんまもん”

 ベラ・バルトークというハンガリーの作曲家に「中国の不思議な役人」(※1)という曲が在ります。この曲は役人と娼婦とゴロツキ共の”不健全”な三つ巴を組曲にしたものですが、さて、中国では不思議なのは役人だけでは無いですぞ。ちょっとした街中の路地を一歩入ると、そこはもう摩訶不思議、実にケッタイ(※2)な人々で満ち溢れたワンダーランドなのです。当サイトのコンセプトが日本語表現で@想像力のワンダーランド@ですから、これはもう当サイトにピッタリです。
 という訳で私が今迄中国を経廻った中から、これはケッタイだぞと思われる写真を独断と偏見で選りすぐり、これに又もや独断と偏見の解説を付けたのがこのページです。
 しかし大阪も日本の中ではダントツにケッタイですけども、中国のケッタイには負けてますね。大阪のケッタイは若い奴が屁のツッパリで思春期の一時期ケッタイぶるだけで、時期が過ぎれば皆背広にネクタイ締めてやがて社会の”体制”に組み込まれて行きますが、中国では中々どうして、可なり”ほんまもん”でっせ。
 それでは「中国のケッタイ」あれこれを見て行きましょう。

 ■市場の雑踏の中で

写真1:胡弓売り。 さて左が広州の清平市場の路地を胡弓を弾き乍ら歩いて居る兄ちゃん。背中に胡弓背負ってる所を見ると胡弓を売っているのでしょうが、売る為に声を掛けたりしません。ひたすら弾き乍ら路地をあっちこっちウロウロ歩いて居ました。私も市の立っている路地をウロウロ歩いて居たのですが、その間に3回彼と出くわしましたが、背中の胡弓は減って居ませんでした。売る気が有るんかいなと思い乍らシャッターを切りました。
写真2:山猫の毛皮売り。

 右の写真は昆明の花鳥市場です。何やら山猫の毛皮の様なモノを着て歩いて居ますが、これも売り物。しかし売っている気配は有りません。市場の中をうろついて居るだけ、の様に見えます。

 左下も昆明の花鳥市場。大きな鷹か鳶(とんび)みたいな物を肩からぶらさげて歩いて居ます。「何かいな?」と思って後を付いて行き乍ら段々近付いて見たら、「凧」でした。日本にも在る奴凧(やっこだこ)の類いですね、多分「とんび凧」だと思います、「とんび凧」は日本にも有りますから。
 そしてこれをぶら下げているのは小姐、早速前に廻り込んでパチリ、右下の写真です。
写真3:凧売りの背中の「とんび凧」。写真3−1:凧売りの小姐の顔。
 ま、外国の市場を歩くとそこに陳列されて居る商品は全て珍しいのですが、商品以上に人間の方も珍しく面白いので、私はついそういった雑踏の中の人間たちを撮って仕舞うのです。
写真3−2:昆明北駅広場の手作り凧。 ところで中国で凧を揚げている情景を見る機会は希ですが、私は昆明空港近郊や北駅近くの広場で凧を揚げているのを見掛けました。右は昆明北駅近くの広場で老人が揚げていた手作り凧です。
 

 ■少年僧と文明の利器

 さて、下の2枚は何れも若い少年僧の日常生活の一端です。上はダイ族、下はチベット族の僧です。
写真4:ダイ族の少年僧。 左は雲南省パーリャン東木村のダイ族の農家での1コマです。ダイ族は仏教(小乗仏教)の信仰心が厚く、少年は小中学生位の時に寺に入りそこに寄宿し乍ら修行します。私たちが訪れた時、左の少年僧たちは偶々実家に帰宅して居たのでしょう、ご覧の様に2人の少年僧高床式住居の居間のカラーテレビを熱心に見て居ました。もう1人は昼寝をして居ました。
写真5:チベット族の少年僧。
 右は雲南省の中甸(※3)の街での光景です。中甸はチベット族の自治県で、従ってチベット仏教(=あのダライ・ラマのラマ教)を信奉し、日本にも通じる密教の揺籃地(=所謂マンダラの世界)の一つです。
 チベット仏教は非常に戒律が厳しいのですが、この日は自由時間を貰えたのでしょうか、街のパソコンショップで食い入る様にキーボードのセットを見詰めて居ました。ラマ修行僧とパソコンという取り合わせが面白く、私はこのスナップを撮った後も少年がどうするのか見て居ましたが、少年は5分位見ていただけで買わずに黙って出て行きました。
 

 ■夜の裏町

 夜の裏町が昼とは別の”怪しい”顔を見せて呉れるのは、洋の東西を問わず世界共通の様です。蛾の鱗粉の様に白粉を撒き散らし誘惑する女性たちも、低い呻き声で囁く魑魅魍魎(ちみもうりょう)たちも、全て「夜」を舞台に徘徊します。

写真6:「浴足」の勧誘。 右が桂林の船着き場・陽朔に数軒並んで営業して居た「浴足」店です。看板に「浴足」って書いて在るでしょ。見ていたらねえちゃん(小姐)が出て来て何やら私たちを誘って居ます。怪しい感じですね?!

 そして左下が「浴足」店の中の様子です。小姐たちが7、8人居ます、ムムム、興味有りますね!!
        (-_*)
写真6−1:「浴足」の中の様子。
 ところが「浴足」は怪しいものでは無いのだそうです。何故ならば、「浴足」とは足首から下を漢方薬入りの温湯で浸し、足首や足裏マッサージをすることなのです。
 しかし、しかしです。大抵の「浴足」店は単に足のマッサージだけで無く、”別料金”で小姐たちが全身マッサージもして呉れます。
 ムムッ、中国に於いて小姐が全身マッサージ...、やはり怪しいですね!

写真7:インターネット・バー。 さて右はどうでしょう、何か”怪しそう”ですね、思わず期待して仕舞うでしょ!
 ところが、これは”健全な”お店でした、写真の字を良く見て下さい、英語の部分です。
  XINLONG INTERNET BAR
と書いて在るのが見えるでしょ、そうこれは雲南省中甸のインターネット・バーだったのです。
 中甸は夜の8時に成ると主だった店は皆閉じて仕舞い、街のメインストリートも真っ暗な状態に成って仕舞います。そんな中でこの照明は可なり目立ちました。私はもしや小姐たちが居るカラオケバーかな、と思いドアを開けて覗いたら子供が2、3人居るではありませんか?
 ムッ...(一瞬面食らう)、子供がパソコンを操作して居ます、大人も7、8人居て結構繁盛して居ます。私はその儘ドアを閉めて出て来ました、これだからオジサンは嫌ですね!

 ■蛇売りは蛇遣い


写真8:蛇売り。 ということで、「ケッタイで怪しい人々」を色々見て来ましたが、極め付きは右の写真。蝮(マムシ)を掴んで広州の清平市場の路地をウロウロして居ます。
 このお兄さん、ニヒルな雰囲気が漂っているでしょ。蛇遣いではありません。食用の蛇を見せびらかして売っているのです。そう、ここ広州は中国の中で蛇食が盛んな所なのです。
 中国の運転手が修理工を兼ねている様に、中国の蛇売りは蛇遣いも兼ねて居ます。
 このお兄さんが背広にネクタイ締めて”体制”に組み込まれることは終生無いでしょう!! 

 ■路線バス

 運転手の話が出た所で序でにバスの話をしましょう。中国の乗り物で面白いのは路線バスです。市内を走る短距離路線バスに始発の停車場から乗っても、客が一定数に満たないと出発時刻を過ぎても発車せず、車掌は呼び込みを遣って居ます。逆に停車場で無くても手を挙げると停車して呉れたり、降車も停車場に関係無く出来たりします。これが長距離路線バスに於いては更にケッタイな場面に出くわします。以下は04年6月〜7月に新疆ウイグル自治区(=中国のシルクロード地域)に行った時の話です。
 長距離路線バスに始発ターミナルから乗った時は一応定刻通りに出発したかと思いきや、ターミナル裏の修理場の様な所へ入り込みタイヤ交換を始めます、客を乗せた後で。これで30分か1時間位は軽く経過し、やっと出発したかと思いきや、今度はガソリンスタンドに入り給油です、客を乗せた後で。これで又15〜30分経過。「そんな”定期的”作業は先に遣っとかんかい、オンドラ〜!」と怒鳴ってもここは日本ではありません、「トホホ!」と泣くしか無いのが現状です。そして5、6時間走ると途中でエンコを良く起こします。エンコの原因はエンジンのオーバー・ヒートが多く、即ちトイレ休憩などで停止した後に発進出来なく成るのです。又、運転手が自分の親戚や知人を優遇して乗せたり喋り乍ら運転し不愉快な思いをさせられることも有ります。
 左下の写真は始発ターミナル発進直後の”定期的”タイヤ交換作業。右下の写真はその間、運転手(右端に立っている人物)が修理場の連中とスイカを食っている所。バックにバス会社の「強化安全生産管理」「執行労働安全法規」と赤い字で書かれたスローガンが空しく見えて居ます。
写真9:始発ターミナル発進直後の”定期的”タイヤ交換作業。写真10:タイヤ交換中にスイカを食う運転手。
写真11:ひび割れフロントガラスで砂漠を走る長距離バス。
 新疆ウイグル自治区のタクラマカン砂漠の真ん中をひび割れフロントガラスで走ったことも有ります(右の写真)。又、通り過ぎて行く車が15分に1台位しか無い砂漠の中で、炎天下に2時間以上エンコしたことも有ります。それでも現地の乗客は”慌てず騒がず”ヘッチャラです。順番待ちの列に並ぶことを極端に嫌い、常に特権階級であるかの如く大声出して威張り散らす漢族の人々(※4)でさえ、エンコの時は大人しくして居て、このヘッチャラと割り込みの使い分けもケッタイです。
 まあ、エンコは仕方無いにしても、予め予定の立つ”定期的”作業 −即ちルーチン・ワーク(routine work)− は出発前に済ませて貰いたいですね。こういう経験は観光バスやチャーター・バスでは余り味わえないものです。先進国は押し並べてサービス型社会ですが、北京オリンピックを控え先進国入りを目指す中国に於いて、「お客」とか「サービス」という概念が全く欠落して居るのはケッタイを通り越して不可解と言うべきでしょう!
  {この章は04年9月12日に追加}

 ■ホータンの玉石売り

 タクラマカン砂漠の南西部にホータン(和田)という紀元前から栄えていたオアシス都市が在ります。あの玄奘三蔵も天竺(=インド)へ行く途中ここを訪れて居ます。ここでは崑崙山中から採れる「玉(ぎょく)」が有名で、紀元前5000年頃には「絹の道」よりも早く「玉の道」が西はメソポタミアからヨーロッパへ、東は古代国家・殷(=商)の首都・安陽迄通じていたと言います。
 漢族に限らず凡そ中国の人々は「玉」、それもダイヤモンドの様な硬い宝石類では無く、翡翠や碧玉や黄玉や白玉の様な、比較的柔らかく彫刻出来る美しい石類に太古から、異常な愛着と崇拝を示して居ます。中でも白玉は珍重され、その熱中振りは「玉フェチ」=玉フェティシズム(precious stone fetishism)と言っても過言では有りません。
 玉を産出するホータンでは毎週日曜日に開かれる「玉のバザール」が有名で、私も04年にホータンを訪れた際に行ってみたら、路上に庭石の様な大きな石から小さなビー玉みたいな物迄、所狭しと陳列されて大変な賑わいです。そしてここでも多くのケッタイを感じました。しかし時系列的に第1に感じたケッタイは最後に取って置きます、その理由は後で解りまっせ。
写真12:玉石の売買交渉か?
 有名な「玉のバザール」ですが、見た目には”タダの石”が殆どで、「玉」らしき物は少ししか無く、正に「玉石混淆」、糞味噌一緒、これが<第2に感じたケッタイ>でした。
 そこでバザール自体に興味を失った私は陳列物からそこに集まった人々に眼を転じると、ややっ、何をしとる〜??、男達が路上で10数人小さな円陣を組み何やら真剣な表情でボソボソ話し合って居ます、しかもこの様な円陣が所々に数組出来て居ます。「これは怪しい!」と直感した私は手近かな円陣に駆け寄って覗いて見たら右の光景、これが<第3のケッタイ>です。汗臭い男達が円陣の輪の中で手に手に”石ころ”を持ち交渉して居たのです。物物交換でもするんでしょうか?、彼等は金持って無さそうなので!
 ここで”取って置き”の話、この日の朝私は、崑崙山脈に登ること無く手っ取り早く崑崙から流れ来た玉を採取出来る、という玉龍喀什河(ユーロンカーシー河)に仲間と行ってみました。既に現地人が”石拾い”をして居ましたが、岸辺で或る”違和感”を感じたのです。
 何か匂う?、犬では無い...?、ムムッ!、人間のウンコの匂い!、それも何処かの一点からでは無く長〜い間辺り一面に浸み着いた匂いです。この日最初に感じた<第1のケッタイ>とはコレだったのです。
ウンコボーイです、こんな格好で失礼します。

 ぼくはウンコボーイだよ。
こんな匂いかい??
 ぼくのことをもっと知りたい人は、
左の写真をクリック(Click photo)!!


 私は<第3のケッタイ>を目撃した時、「あの川辺で毎朝ウンコしてるのはコイツ等かあ?!」と妙に納得して仕舞いましたね。しかしこの日晩飯を食い乍ら<第4のケッタイ>に思い至りました。つまり

  「”石拾い”でも飯が食える」という実に中国的な”懐の深い”ケッタイ

にです!!

  {この章は04年9月12日に追加}

 ■虎舞台


写真13:昆明の民族村の虎舞台。 さて、ケッタイな人々では無いのですがケッタイな物を最後にご紹介しましょう。
 このページと対を成す「浪速のケッタイ」で難波八阪神社の大獅子殿を取り上げましたが、これと良く似た大きな虎舞台を昆明の湖の邉に在る雲南民族村の中で04年10月30日に偶然見付けましたので、これを載せて置きましょう。日本の大獅子殿と見比べてみて下さい。
 ここに日本一ケッタイな人種である阪神タイガース・ファンが押し寄せ「六甲おろし」をカマしたら、さぞかし中国人も唖然とするケッタイな光景に成りまっせ!!
  {この章は05年2月6日に追加} 

 ■結び − ケッタイとは何ぞや!

 「ケッタイ」とは広辞苑に拠ると【脚注】※2に在る様に、元々関西の方言で「卦体」とか「希代」の転じたもの、と在りますが、少し古い小説などでは「奇体」とか「怪体」とかも使われて居ます。そして最近の文章ではこのページと同じく「けったい」「ケッタイ」という仮名が多く使用され、それと共に漢字や元々の意味は忘れらつつ在ります。
 私の新解釈では「奇態」(※2−3)と同様な意味合いで「奇体(きたい→けったい)」という語が現在の使われ方(=現代用語)に近いのではないかと思います、即ち「奇妙な体(てい)」ですね。皆さんはどう思われますか?

 このページに掲載した「中国のケッタイな人々や物」は日本人から見ると、何れ劣らず「奇妙・珍妙」で「摩訶不思議」で「怪しい存在」です。しかし「所変れば品変る」と言いますが、彼(彼女)らは中国の現地では極々普通の「目立たない存在」、ということを最後に付け加えて置きましょう!

−− 完 −−

【脚注】
※1:ハンガリーの作曲家(1881〜1945)。東欧、殊に自国マジャール人の民謡を研究し、個性的な技法で作品の中に生かした。作「弦楽器・打楽器・チェレスタのための音楽」、六つの弦楽四重奏曲、ピアノ曲集「ミクロコスモス」など。
 補足すると、「ミクロコスモス」は現代ヨーロッパではツェルニーやバイエルと並ぶピアノ教則本に成って居ます。「中国の不思議な役人」は元々バレエの為に書かれた組曲ですが、内容の”不健全さ”から作曲家の存命中には祖国では演奏が禁止されて居ました。

※2:ケッタイは、(「卦体(けたい)」の転(※2−1の[3])とも「希代(きたい)」の転(※2−2の[2])とも)(上方方言)風変りな様(さま)。奇妙な様。不思議な様。忌々しい。嫌な感じである。
※2−1:卦体(けたい)は
 [1].元々は、易の卦(け)に現れた算木(さんぎ)の様子。占いの結果。狂、居杭「先づ今日は、きやつの―が、ちやうどこれに当つて居りまする」。
 [2].転じて、縁起。
 [3].(普通「―な」の形で)忌々しい。嫌な感じである。根無草「あた―な、いまいましい」。
 そして[3]の意味を強調する語として、卦体糞(けたいくそ、けたくそ、けったくそ)という語が在り、関西では「非常に忌々しい」時に卦体糞悪い(ケッタクソわるい)という言葉がごく日常的に使われます。
※2−2:希代・稀代(きたい、きだい)は
 [1].世に希なこと。珍しいこと。伎、韓人漢文手管始「―な。とつと手が見えぬわい」。平家物語10「天竺・震旦はしらず、我朝には―のためしなり」。「―の豪の者」。
 [2].怪しむべきこと。不思議なこと。伽、物くさ太郎「かかる―のことはなし」。「―なことを言う」。
※2−3:奇態(きたい)は、風変りな様(さま)。不思議な様。「―な言動」「―な人物」。

※3:雲南省中甸県は2002年1月に香格里拉(シャングリラ)県と名称変更されました。

※4:漢族は中国国内では絶対多数民族の支配勢力であり”漢族であること”だけで特権階級なのかも知れません。

    (以上、出典は主に広辞苑です)

●関連リンク
参照ページ(Reference-Page):ウンコボーイとは▼
ウンコボーイ(Unko-boy)
補完ページ(Complementary):日本のケッタイ▼
浪速のケッタイ(Strange spots of Naniwa, Osaka)
雲南省の省都・昆明について▼
昆明の「清真」通り('Qingzhen' street of Kunming, China)
雲南省パーリャン東木村訪問記▼
2002年・パーリャン小学校視察の旅
(Report of Paliang's primary school, China, 2002)

雲南省中甸訪問記▼
2001年・紅葉の中甸(Red leaves of Zhongdian, China, 2001)
広州の市場訪問記▼
2002年・”脱雲南”桃源紀行(Travel piece of Huanan, China, 2002)
中国の蛇食について▼
中国のヘビーなお食事−”食狗蛇蠍的!”(Chinese heavy meal)
中国人の「玉フェチ」や漢族の特権意識について▼
ミドリコの2004年・タクラマカン周遊記
(Around the Taklimakan by Midoriko, China, 2004)

「六甲おろし」を歌う(Webカラオケ)▼
エルニーニョの「六甲おろし(六甲颪)」(The Rokko-Oroshi)
ウンコボーイの故郷▼
陽朔インターネットカフェのねえちゃん・黄運萍(Hello, Huang Yunping !)
@想像力のワンダーランド@に生きた日本の忍者▼
2003年・伊賀忍者村訪問記(Iga NINJA-village, Mie, 2003)
@想像力のワンダーランド@は当サイトのコンセプト▼
ようこそ【エルニーニョの世界】へ(Welcome to ElNino's world)
中国の少数民族について▼
外部サイトへ一発リンク!(External links '1-PATSU !')


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