§.オリックスの”球団転がし”を糾弾する
[エルニーニョの外野席八つ当たり#1]
(Denounce 'Rolling Team' by ORIX corp.)

−− 2004.09.10 エルニーニョ深沢(ElNino Fukazawa)
2005.01.01 改訂

 ■はじめに − たかが野球ですが
 「遂に起こったか!」、これが私の偽らざる感想です。
     ↑
 実はこの書き出しは
  相撲に於ける「日本の魂」(The Sumo, it's Japanese spirit)
の書き出しのパロディーです。章題も「たかが相撲」を「たかが野球」に変えただけです。勿論これは04年6月13日にパ・リーグの大阪近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併構想を初めて知った時の私の偽らざる感想だったのです。何故そう感じたか、と言えば既に”前触れ”(後述)が有ったからです。それはさて置き6月13日〜14日に私が考えた事は当サイトの掲示板にリアルタイムに発表して居ます。その中で私は”先見的”に −「先見性」は当サイトのコンセプトの一つでありモットーが− 「球界の構造改革」を提唱して居ますので、掲示板の議論を定着させた
  「赤パンツ野球の成れの果て」(Red pants caused baseball to quake)
を是非参照して下さい。
 これは大激震でした。しかし私はこの後直ぐに、中国の新疆ウイグル自治区の砂漠の旅に出掛けて仕舞い帰国後も暫く”時差呆け”状態(←否々、本来の自分を取り戻した状態)が続いてノホホンと過ごして居たら何やら世間が騒がしいので四方を見渡して見ると、この球団合併構想を”震源”として日本のプロ野球界は歴史上初めての「ストライキ」が明日の9月11日に決行されるか(?)という程の大津波に見舞われる寸前でした。しかも単にプロ野球界だけで無く社会的事件に迄膨張した今の状況を見たら、両球団の身勝手なエゴイズム(=自己中心主義)(※1)に怒りが込み上げて来たので急遽筆を起こし、否、キーボードを叩き始めたという次第です。
 尚、以下の文章に於いては必要な時に▼下の参照ページ▼をご覧下さい。
  資料−日本プロ野球の用語集(Glossary of J-pro-baseball)
  {このページは経営側と選手会側とのストライキを賭けた交渉の日の04年9月10日に初稿を急遽発表しました。その後9月11日(土)・12日(日)のストライキは回避されましたが、次の週の04年9月18日(土)・19日(日)にストライキが決行されたのを受けて、本文は04年9月23日迄に推敲、加筆・訂正しました。}

 ■ストライキの争点
 既にこの問題の経緯については皆さんも良くご存知だと思いますので、ここでは唯ストライキの争点に成っている9月9日時点での選手会側と球団経営側の対立点だけを下に要約すると、
  選手会側:両球団の合併の1年間凍結を要求、拒否された場合スト決行を決議
        (9月6日の選手会総会)
  経営側 :選手会の要求を拒否し、両球団の合併を正式承認
       来シーズンはセ=6チーム、パ=5チームの変則2リーグ制で開催
        (9月8日の臨時オーナー会議)

ということです。既に両者の主張は決裂して居るのが解ります。
 以上の対立点を予め踏まえた上で、何故私が「遂に起こったか!」と感じたか、について以下に開陳して行きたいと思います。その内容は、掲示板には書きませんでしたがずっと心に引っ掛かっていたこと、なのです。

 ■宮内オリックスが球団を保有した本当の狙い
 世間が言わない事を「敢えて言う」事を、この「個人的見解」のコーナーの一つのモットーにして居る、ということは以前にも書いて居ますが、今回も敢えて言わせて貰います。それはズバリ、オリックス(株)の球団保有の目的に対する”当初”からの疑念、或いは疑惑です。
 その為にはオリックス(株)が一体何時球団を保有 −阪急電鉄(株)から旧「阪急ブレーブス」を買収− したのか、を見れば一目瞭然です。以下にオリックス(株)のこれ迄の沿革を簡単に記します(△1)。

  1964年 オリエント・リース(株)として創業開始
        (旧日綿実業と旧三和銀行が主力、3商社5銀行が出資)
          米国U.S.リーシング社(宮内義彦 現CEOも留学)
            からノウハウを導入
          ●自主独立を目指す
          <64年の東京オリンピック>
           → <日本の高度成長期>
  1970年 大証第2部に上場
  1973年 東証、大証、名証第1部に上場
          <第1次石油ショック> → <高度成長終了>
          ●多角経営と海外進出、各子会社を設立
  1979年   <第2次石油ショック>
  1980年 宮内義彦が社長兼グループCEOに就任
          ●グループ力の強化(=帝国化)
  1986年   <不動産や株が投機的に高騰(=バブル景気開始、※2)>
           → 地上げ、土地転がし、財テク・ブーム
  1988年 旧「阪急ブレーブス」を買収
          89年度から球団名を「オリックス・ブルーウェーブ」
          <この頃、バブル景気のピーク>
  1989年 旧オリエント・リース(株)をオリックス(株)に社名変更
  1991年   バブル崩壊 → <日本経済の低迷開始>
          ●経営の効率化とスリム化を目指す
  1995年   <1月17日に兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)
        オリックス・ブルーウェーブとして初のリーグ優勝
  1996年 オリックス・ブルーウェーブ日本一
  1997年   <アジア金融危機> → <日本経済更に低迷>
  1998年 ニューヨーク証券取引所に上場
  2000年 12月にオリックス・ブルーウェーブの大スター
         イチローが米国マリナーズに移籍
         (高額年俸が球団の重荷に成った)
          <日本経済の長期的低迷は続く>
  2004年 6月13日、大阪近鉄バファローズとの球団合併構想が発覚
          ●今後はソリューションビジネスを目指す

 どうですか?、これをご覧に為れば説明なんか要らない程、”見え見え”の一目瞭然なのです。即ち、オリックス・グループの総帥・宮内義彦にとって1980年代後半のバブル絶頂期最大の大仕事はグループの帝国化であり、その総仕上げとしてのオリエント・リース(株)からオリックス(株)への社名変更と新社名の浸透・知名度アップを為し遂げることに在ったのです。宮内さんはその”道具””広告塔”として、「阪急ブレーブス」を手放したがっていた阪急電鉄(株)から球団を買い叩き、知名度アップに利用したに過ぎません。

 ■オリックスの球団保有は当初から”臭かった”
 宮内さん、中々強(したた)かで鮮やかな手腕です。これはアメリカ仕込の方法論とマネーゲーマー的嗅覚に拠るものでしょう。オリックス(株)が球団を保有した期間は僅か16年間に過ぎません、宮内さんが打った”手”はバブル期の「土地転がし」と同じ”球団転がし”の手法で、最初から「計画倒産」を目論んで買収した疑いが濃厚なのです(これについては後で詳述します)。
 実は、オリエント・リース(株)が球団を買収しオリックス(株)に社名変更した時から、私は或る種の”胡散臭さ”を感じていたのです。即ち、「売名の道具」として球団を利用したのではないか?、何れ熱(ほとぼり)が冷めた頃に球団を売却するのではないか?、と。そしてこれは何も私だけの直感では無く、当時の新聞や週刊誌などもその疑惑について随分書いて居ましたので、興味有る方は当時の縮刷版などの資料を見て下さい。
 オリックス(株)は合併後の球団経営の主導権を握る構えですが、「売名」という最大目標を達成した今、「チーム育成・強化に意欲が無い」という基本的スタンスに変わり有りません。私はオリックス(株)は資本参加だけにして、球団運営やチーム育成を外部委託する様にして貰いたいですね。

 ■近鉄の財政難について
 ここでオリックス・ブルーウェーブの合併の相手である近鉄球団について少し触れて置きましょう。近鉄は「大阪近鉄バファローズ」が現在の正式球団名で、こちらはオリックスとは異なり”老舗(しにせ)”です。これ迄の沿革を以下に纏めます。

  1949年 近鉄パールスの名で創設(親会社:近畿日本鉄道(株))
        11月26日、セ・リーグとパ・リーグの2リーグに分裂
          近鉄パールスはパ・リーグに所属(※3)
  1950年 このシーズンからセ・パの2リーグ制で開催
          近鉄は選手層が薄く下位に低迷
  1959年 近鉄バファローに改名
          (「猛牛」とあだ名された千葉茂(元巨人)を監督に招聘)
  1961年 この年シーズン103敗の日本記録
  1962年 近鉄バファローズに改名
          この頃は下位に低迷、「ボロ鉄」などと呼ばれる(※4)
  1979年 初のリーグ優勝(西本幸雄監督)
  1999年 大阪近鉄バファローズに改名(大阪で地元密着を目指す)
  2004年 1月31日、「球団名売却」案を提出するも後に撤回
        6月13日、オリックス・ブルーウェーブとの
          球団合併構想が発覚

 「地元密着」を標榜する大阪近鉄が「地元」を無視し、自分のエゴのみで財政難を理由に「球団名売却」の”ふざけた案”を提出したのが、今年初めの04年1月31日のことです。後から考えれば、これが言わば大激震や大津波の”前触れ”即ち余震だったのです。結局この”ふざけた案”は撤回されましたが、この時私は2月5日「近鉄は球団経営から手を引け!」と吼えて居ます。▼下の「おちゃらけ議論」▼をご覧下さい。
  スポーツ解体チン書(Anatomical talking about sports)

 更に合併話が発覚した翌日の6月14日には前掲の「赤パンツ」論議の中で「近鉄球団の親会社の財政を圧迫して居る一番の要素はバブル期に取得した土地の値下がりで、これは”不良債権”(※2)です。」と、親会社のバブルの破綻を棚上げして球団に責任転嫁して居る態度に、噛み付いて居ます。
 人間吼えるべき時は吼え、噛み付くべき時は噛み付く必要が有るのです、ムッフッフ!!

 ■「合併」の齎(もたら)した多大な影響
 以上の様な両球団の内実が私には引っ掛かっていて、それ故に大阪近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併のニュースを知った時に「遂に起こったか!」と感じた訳です。オリックスも既にフランチャイズ球場の神戸スタジアムを「ヤフーBBスタジアム」という形で、「名義貸し」料を取って居ましから、”身売り”は時間の問題と考えて居ました。但し予想外だったのは、「売却」では無く「合併」だったことです。
 この「合併」が多大な影響を齎(もたら)したことは皆さんご存知の通りです。これが何処かの会社への「売却」であったなら、問題はこれ程大きく且つ深刻には成らなかったでしょう。
 何故ならば、もし「売却」であれば、選手の雇用に関する地位保全の問題は同様に発生しますが、基本的には球団経営者が替わるだけでほぼ横滑りにバトンタッチされる筈で、又、パ・リーグの球団数=6も維持されます。ところが、複数球団の「合併」と為ると
  [1]「選手のリストラ」が発生し選手の地位保全の問題はより深刻に成る
  [2]球団数が1つ以上減少しパ・リーグの球団数=5以下に成る
    → プロ野球の「在り方(=存続の仕方)」自体の問題に成る
ということです。現在、ストライキ騒動に迄紛糾して居るのは、正にこの[2]が原因なのです。
 球団の「合併」は「売却」とは違い、プロ野球の「在り方」自体に影響を及ぼすのだ、という認識が全く欠如して居た近鉄・オリックスの無神経さには驚き且つ呆れるばかりです。それ故に”エゴ丸出し”の利己的な合併構想と言わざるを得ませんが、これをシーズン中に一方的に強行した事は許せませんね。影響力の大きい「合併」を取り決める前に当然、機構側 −主に「日本プロフェッショナル野球組織」を指す− や経営側や選手会側に打診し、その後のプロ野球の「在り方(=存続の仕方)」の問題を先に詰めるべきだった、と私は考えます。つまり球団の「合併」は、銀行の「合併」とは次元が違う問題を含んで居るのです。

 ■「合併」に踏み切った本当の理由
 では何故これ程の影響の有る「合併」を選択したのか?、それを解く鍵は「新参加球団の新規加盟料60億円、球団保有者変更に伴う追加加盟料30億円」を規定した改訂版「野球協約」に在ります。この「高い参入障壁」は、1991年に改定されて設けられたものです。91年という改定時期から「バブル期の遺物」とも言われて居ますが、そうでは無くこの時期に障壁を高くした本当の狙いは「オリックス(株)の身売り防止」に在った、ということは当時から一部の球界関係者が明言して居ました。(→当時の新聞などの記事を見て下さい)。
 [ちょっと一言]方向指示(次) 加盟料については「野球協約第36条」で規定されて居ます。「高い参入障壁」はナベツネ(=渡辺恒雄、当時の読売ジャイアンツのオーナー)主導の下で設けられました。その背景には1973年の1年間だけで身売りした日拓ホーム・フライヤーズ問題 −数社の急成長企業が結託して「1年ずつ球団経営を”タライ回し”即ち”球団転がし”して互いの売名に利する」計画が進行、しかし発覚し未遂に終わる− や太平洋クラブ・ライオンズ(73〜76年)やクラウンライター・ライオンズ(77〜78年)などの”短期保有”の苦い経験が有りました。

 前出の沿革に記した如くオリックス(株)は89年から現社名に変更し”野球ビジネス”を展開し、バブルが崩壊した91〜93年頃には既に売名の成果を得ていたので、本心では「客の入らない球団」を身売りしたかったのですが、この改訂版「野球協約」に縛られ身売り出来なかったのです。その意味では障壁を高くした効果(=拘束力)は有ったのです。
 然う斯うする内に95年1月に阪神淡路大震災が起こり、被災地・神戸に本拠を置くオリックス・ブルーウェーブは一転して「善良な被害者」を代弁する立場に立たされ身売りの機会を失いました。そこへ毎年首位打者を続けるイチローの年俸の高騰が重荷に成り”顔で笑って腹で泣く”状態に陥ったのですが、ポスティング・システムという”救いの神”が98年に現れ2000年暮れにイチローを高額で大リーグに売り飛ばすことが出来て一時は持ち堪えました。しかしイチローが抜けて「益々客の入らない球団」の経営は更に悪化、かと言って球団を身売りすれば「売名目的の”短期保有”」と批判されるので身動き出来ない状態が続いて居たのです。そこで捻り出された苦肉の作戦が「オリックスの名を残す合併」だった、という訳です。
 従ってオリックス(株)が引き続き保有するから”球団転がし”には当たらないというタテマエ論の弁解は成り立ちますが、こうしてオリックスの目論見のホンネを見て行くと実態は明かに”球団転がし”に該当するのです。
 以上の様な経緯を見て来ると、現在選手会が主張して居る「合併の1年間凍結」要求には一理有ると思います。しかしこの要求には経営側は応じられないでしょう。それではどう成るのか?

 ■「新規参入障壁」の引き下げは危険な賭け
 9月10日の臨時オーナー会議で経営側が選手会側の「合併の1年間凍結」要求を私の予想通りに拒否し、
  [1].現行の新参加球団加盟料60億円、球団保有者変更に伴う追加加盟料30億円の、「新規参入障壁」の引き下げを検討する
  [2].セ・パ交流試合の導入を検討する

という代替案で目先を躱(かわ)して来ました。まあ、一定程度の”譲歩の姿勢”を示しては居ますが。
 先ず[1]から論じましょう。[1]に対し、新規参入障壁を低くすれば今より多くの企業が参加出来る様に成りプロ野球界は活性化する、という賛成意見が多く聞かれます。一応は正論の様に耳に響く論理です。しかし[1]は明かに、現在取り沙汰されて居るライブドア社に依る球団保有問題を想定してのもので、これは場当たり的な対処療法、情勢に迎合した応急処置、姑息な手段で、こんなものに乗っかっては為りません。既に前章で指摘した様に軽々しく参入出来ない「高い参入障壁」は有効に作用したのです。前章で過去の”球団転がし”の事例を挙げて述べた様に、「新規参入障壁」の引き下げは”ぽっと出”の新興企業に依る第2、第3の”球団転がし”を生む危険性を多分に含んで居るのであり、球団を単なる企業の「売名の道具」即ち「マネーゲームの掛け金」(※5)としてしか考えない企業の出現を誘発するものです。将来的にも、この点を能く能く吟味する必要が有ります。
 [2]のセ・パ交流試合の導入は、次章で論じる「問題の本質」を考えると私が提唱する1リーグ制(後で詳述)の部分導入という側面が有り、又一定程度のパ・リーグ救済措置には成るので評価出来ます(→交流試合実施については「その後」の章を参照)。

 ■「問題の本質」は何処に在るのか
 今回のスト騒動の原因は経営側が示した代替案で解決される様なものでは無い、断じて違うと申し上げましょう。つまり代替案は「問題の摩り替え」です。多くのプロ野球ファンもその点を見落として居ます。もう一度、近鉄とオリックスが何故合併せざるを得ない状況に至ったか?、を考えてみて下さい。両球団は赤字経営に苦しんで居たからではないですか?、参入障壁を下げて別の「A社」が保有したら解決するとお思いですか?
 私の考えを言えば、現在の形の2リーグ制の元では、例えライブドアが球団を保有しようと、或いは「東京三菱銀行+UFJ銀行」の巨大メガバンクが保有しようと、その球団が現状のパ・リーグに所属する限り、球場に足を運ぶ人は少なくテレビでの放映も無く、やがて経営難に陥ることは必定です(←IT企業(※6)であるライブドア社はインターネットでの放映を目論んで居る筈ですが)。それは何故か?、その答えの中にこそ「問題の本質」が潜んで居るのです(→ラ社の球団保有問題の顛末は「その後」の章を参照)。
                (-_@)

 その答えは「何故、パ・リーグの球団が経営的に苦しく成るのか?」という問題を考えれば自ずと導き出されて来ます。現在のプロ野球の経営上・興行上の問題点は、巨人偏重というマスメディアの体質が、「競争原理」の大前提である「機会均等」の原則を疎外して居る、という点に最大の原因が在るのです。つまり、巨人と対戦しないパ・リーグは「機会」に恵まれず何処迄行っても日の当たらない”裏リーグ”であり、パ・リーグの各球団は慢性的経営危機状態に在るのです。
 これこそが今回の騒動で突き付けられた「問題の本質」です。公平な「競争」には「機会均等」の確保が大前提なのですが、その前提が崩れて居るのですね、オッホッホ!

 ■マスメディアが生んだ「巨人」という宗教
 では何故、巨人偏重の体質が生まれたか?、以下にそれを述べましょう。マスメディアの”巨人偏重体質”は、プロ野球ファンなら疾っくにご存知と思いますが、プロ野球に興味無い人には少し説明が要るかも知れませんね。それは日本プロ野球の誕生と発展の歴史に深く関わって来るのです。
 前掲の「資料−日本プロ野球の用語集」に記した通りなのですが、日本のプロ野球を創始したのは正力松太郎という、読売新聞社長(後に社主)・日本テレビ社長・衆議院議員などを歴任した”政商”です。即ち彼が1934(昭和9)年「大日本東京野球倶楽部」 −現在の読売ジャイアンツ(通称:巨人、読売球団とも)の前身− を創設したのが日本のプロ野の始まりで、彼は読売球団のオーナーとして長い間プロ野球界に君臨して来ました。現在では正力賞に名前を残して居る人物です。
 [ちょっと一言]方向指示(次) 世間一般に巨人、巨人と言いますが、私も通常は言いますが、実は厳密には「巨人」という球団は存在しません、阪神タイガースを猛虎と呼ぶ場合が有りますが「猛虎」という球団が存在しないのと同じです。巨人の正式名称は飽く迄「読売ジャイアンツ」であり、巨人という通称はニックネーム「ジャイアンツ」の和訳に過ぎないのです。

 新聞とテレビ、即ち「活字と映像」の両方のメディアの”主(ぬし)”ですから、当然正力は読売球団(=巨人)を最大限自社メディアに登場させました。プロ野球に於いてはこれに対抗するメディアは他に存在しなかった、と言うよりもNHK始め他の民放も読売に追随或いは迎合して、何処のメディアも巨人の記事や巨人の試合中継を奪い合う様に成り、テレビでは巨人戦以外は殆ど放映されない時代(=”暗黒時代”)が暫く続き、巨人と対戦しないパ・リーグはマスメディアの埒外(=蚊帳の外)に置かれて仕舞ったのです。私が前章で「機会均等」の原則を疎外して居る、と言ったのは正にこの事なのです。
 その結果、メディアに洗脳され易い人や大メディアしか届かない辺境地方に育った人に巨人ファンが多いのです。そういう意味で「巨人」というアイテムは宗教アイテムの一つと考えられます、即ち”巨人教”ですね。そしてこの”教団”の創始者が上記の正力松太郎という訳です。
 マスメディアは本来ならば特定チームに偏らずに均等に扱う必要が有る、と私は思うのですが。サッカーJリーグの川淵会長が嘗てのチェアマン時代に「Jリーグに巨人を作らない!」と言ったのは、この事を指して居るのです。尚、この”巨人教”については掲示板で議論したのが最初で、前掲の「赤パンツ野球の成れの果て」の中にその詳細が在ります。

 ■今後のプロ野球の「在り方」の提言
  ◆1リーグ制のすゝめ
 前章迄に述べて来た事を踏まえれば、プロ野球の「在り方」を根本的に改革する道は、前述の「機会均等」の原則を確保することが中心課題であり、その為にはパ・リーグの”裏リーグ”的イメージを払拭する必要が有るのです。
 私は既に近鉄・オリックスの合併問題発覚直後の04年6月20日に当サイトの掲示板の議論の中で、今後のプロ野球の「在り方」を提言して居ます。例の「赤パンツ」の「球界の構造改革」論議からその内容を以下に引用します。

 (1)2リーグ制で遣る場合は人気球団の阪神がパ・リーグに移籍する(巨人が移籍しても良い)。
しか道は有りません。残るは

 (2)1リーグ制にする(その際は10チームが適当)。
です。この二者択一しか改革の道は無いのです。
 そして(2)の1リーグ制を採用した場合には、無くなる日本シリーズに替わり台湾や韓国やオーストラリアなど野球の盛んな国とアジア選手権を遣れば良いのです、そして4年に1回位はアジアの覇者と米国のワールドシリーズの覇者との太平洋選手権を遣る方向で、どんどん構造改革すべきです。日本もそろそろ外国から、特に近隣のアジア諸国から「目標にされる国」に成らなくては行けません。

 この考えはスト騒動真っ最中の今も全く変わって居ません。そして(1)案は阪神も巨人も99%拒否するでしょうから、(2)案即ち「1リーグ制」を私はお薦めします。
 [ちょっと一言]方向指示(次) リーグ制に関しては、日本プロ野球の創始当初の1936年〜49年は1リーグ制だった、という事実を思い出す必要が有ります。1リーグ制スタート当初は春季・秋季の2シーズン制で、年度選手権(=現在言う所のプレーオフ、※7)で日本一を決めて居ました。

 実を言うと、この案はもっと前の04年2月5日球界再編成 −それは「球界の構造改革」に直結する− も視野に入れた「パ・リーグ改革私案」を原案として居ます。原案の中では現在のプロ野球問題の根底に、”巨人教”を生んだ「メディアのエゴ」、巨人との対戦数を減らしたく無い為に現状の2リーグ制に固執する「セ・リーグのエゴ」が有り、そしてこれに球団を単なる”道具”としてしか考えて無い「近鉄とオリックスのエゴ」が絡んで居る、と疾っくに指摘して居ます(←私の「先見性」がお解りでしょう!)。
 シーズン中の球団合併発表から社会問題に迄発展した今回の一連の騒動は詰まる所、様々に錯綜した「エゴイズムの成れの果て」と結論出来そうです。

  ◆新規参入チームについて
 エゴで固めたプロ野球の垣根を壊すには新規参入球団が新風を吹き込むことは有効でしょう。但し、一時的勢いの成金企業や売名目的の企業が参入して来る可能性も大いに有る訳で、それを防ぐ意味で私は次のことを提案したいですね。
  [1].新規参入チームはフランチャイズの分散化を図り、現在プロ野球の空白地域の四国・東北・山陰などに拠点を置く
  [2].新規参入チームは地域密着型を目指し、倒産や”球団転がし”を防ぐ為に地元市民或いは県民が1口=10万円程度の一株株主として参画する

 先ず[1]については、今年04年から札幌に本拠を置いた「北海道日本ハム・ファイターズ」が良い流れを作っていて、分散化は可能です。これからは東京発信では無く地方発信ですよ、そしてそれぞれの地方が地元の球団を応援し育てて行くべきです。
 これは野球だけでは無く一般論ですが進出企業に地元としてモラルを要求するのは当然の事で、今迄の企業誘致の遣り方に「地元の主体性」が無さ過ぎたのです。
 [2]については、住民の「自己責任」が生ずる訳ですから1口=1万円では無責任体質に成る恐れが有りますので、或る程度高い必要が有ります。球団保有企業とどの程度の比率配分にするかは、具体的検討を必要としますが仮に半々と仮定すれば、1万人参画すれば10億の計算に成りますので、従来の「新参加球団加盟料60億円」の半分の30億円を住民が”参加負担”するには3万人が参画すれば良いのです。これは充分可能な数字です。
 そしてこの3万人が「住民オーナー会議」の様な団体を作り代表を選出して、それなりの発言権を得て、球団運営に積極的に住民の総意を反映させて行く様にすれば、地域振興にも繋がり、企業の不安定さの防波堤にも成り、オリックス(株)の様な企業エゴを防ぐことが出来る筈です。

 ■機構側の無能力
 今回の騒動でプロ野球の機構側 −即ち「日本プロフェッショナル野球組織」コミッショナーセ・パのリーグ会長など− の無能力さも浮かび上がりました。彼等は年間の試合日程を組む以上の仕事はして居ない、何かの式典の単なる”挨拶屋”に過ぎません。一定期間”事勿れ主義”でチンタラ過ごし退職金をゲットしてバイバイよ、という魂胆が見え見えです。
 その試合日程にも、私は苦言を呈さなければ為りません。今年のプロ野球の開幕は、もう詳しい日付けは忘れましたが、確かパ・リーグがセ・リーグよりも1週間前に開幕しましたが、その1週間に米大リーグの日本での開幕やセ・リーグとのオープン戦を組み入れ、こちらを大々的に宣伝し放映した結果、パ・リーグ各チームは誰にも注目されず寂しく開幕せざるを得ませんでした(唯一近鉄・日ハム戦だけが”新庄”効果で客が入りましたが)。私は既に04年3月28日「この日程は問題有り」と指摘して居ますが、付言すれば明かにパ・リーグ無視であり”差別”です。こういう無神経さ、無能力さがパ・リーグ各球団の経営難に拍車を掛けている、ということに機構側は気付くべきです。
 この点は前述の「Jリーグに巨人を作らない!」と言った川淵さんの見識とリーダーシップとは大違い、月とスッポン、豪華な料理とウンコの違いが有ります。ハッキリ言って此奴等は「寄生虫」です!!
 私はこの際プロ野球に関係する全環境から「宗教」「エゴ」「寄生虫」を切除する大手術を行うべきだ、と考えて居ます。そう考えると今回の騒動は、必ずしもマイナスでは無くプラスに転換するチャンスとも言えるのです。

 ■結び − 然れど野球
 しかし見識の無さ、という点では小泉首相も同じですね。スポーツ新聞に拠ると、9月19日頃にアメリカのヤンキー・スタジアムで始球式をするそうです。お目当ては松井秀喜の様ですが、実にミーハー、野球に対する見識の低さを露呈して居ます。尤も、政治に於いて見識が高いとも思えませんが。
 私は米大リーグで活躍する日本人選手の中で、第1に敬意を払わなければ為らないのは野茂英雄(近鉄出身)であり、第2はイチロー(オリックス出身)だ、というのが持論です。野茂はアメリカで2度のノーヒットノーランと100勝を達成し、何よりも日本人が米大リーグに行く、ということに先鞭を付けた選手です、今年は低迷して居ますが。そしてイチローは既に首位打者を獲り、今年は4年連続200本安打を達成し、更に大リーグ記録の257本を抜こうか、という活躍を見せて居ます。そこへ行くと松井は未だ無冠、要するに米大リーグでは松井秀喜は”普通の選手”なのです。従って見識の有る首相なら実績からも、そして水面下でイチローに国民栄誉賞を打診した経緯からも、イチローが居るシアトルに行く筈です。屹度小泉首相も私が言う”巨人教”の信者なのでしょう。
 しかしヤクルトの古田選手は選手会の纏め役として試合に出場し乍ら、良く頑張りますね。

    ++++ 日本に於ける野球文化 ++++
 「たかが野球」ではありますが、日本のプロ野球が「日本職業野球連盟」という名称で発足したのが1936(昭和11)年 −今から約70年前のこと− で、前述の様に同年から1リーグ制でスタートして居ます。
 しかし、日本での「野球」のそもそもの始まりはもっと古く、1873(明治6)年開成学校 −前身は江戸時代の蕃書調所に発する開成所、現東京大学− でホールス・ウィルソンというアメリカ人教師が、アメリカ生まれのベースボール(baseball)を生徒に教えたのが始まりで、それに「野球」という日本語を当てたのは21年後の1894(明治27)年のことです。正に近代日本の歩みと共に歩んで来た、と言っても過言では無いでしょう。
 以来、ベースボールは日本の「野球」に改良され日本人の中に定着し、高校野球や六大学野球を始め、単なる一介のスポーツでは無く「日本の文化」の一部として、日本固有の相撲や柔道以上に日常的に親しまれて居ます。それは往年の名コンビのエンタツ・アチャコの漫才「早慶戦」が爆発的人気を博したことでも証明されるでしょう。
    {この段は04年9月23日に追加}
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 何故、「野球」が日本人の中にこれ程浸透し得たのか?、私はそれを「間(ま)」(interval)だと分析して居ます。つまり投手が球を投げない限り決して「野球」は前に進まないのです。そして投球前の投手と打者の「睨み合い」ここには団体競技と言われ乍ら1対1の対決が有り、相撲の仕切りに於ける「見合って、見合って!」と睨み合う「見合い」と全く同じ「間合(まあい)」或いは「呼吸」が有るのです。そこが常に動き続けているサッカーとの決定的な違いです。それ故に野球界の頂点に在る日本プロ野球は、日本人にとって「然れど野球」なのです!!

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 >>>■その後
  ●来年からセ・パ交流試合(交流戦とも言う)を実施
 結局、9月10日に示された経営側の代替案が大筋に於いて実行に移される様です。特にセ・パ両リーグの交流試合は来年(=05年度)から各対戦カード毎に6試合(ホーム3試合、ビジター3試合)ずつ、即ち6×6で1チーム当たり合計36試合が他リーグ・チームとの交流試合に当てられる事が決まりました。
 今迄日本シリーズを除けばオープン戦でしか当たらなかった他リーグとの対戦が、公式戦の中で36試合見れるのは楽しみです。以前から私は1リーグ制論者なので大いに楽しみです。
    {この段は04年9月30日に追加}

  ●騒動の顛末 − 大阪近鉄が消滅、楽天が新球団保有
 前段の追加文を書いた後、私は11月1日の中国奥地のパーリャン小学校の竣工式に出席する為に又もや旅に出て暫く空白でしたが、その間に事態は進展した様です。
 結局擦った揉んだの挙句、今回の騒動発端の一つの大阪近鉄バファローズは騒動の相手方のオリックス(株)に吸収される形で04年を以て消滅、05年度からはオリックス・ブルーウェーブはオリックス・バファローズと愛称を旧近鉄のそれに変更、旧近鉄の選手も引き継ぎ再出発する −旧オリックスの神戸球場を第1本拠地、旧近鉄の大阪ドームを第2本拠地とする− ことに成りました。減った1球団の後釜を巡り同じIT業界(※6)の(株)ライブドアと楽天(株)が競ったのも時流の反映ですが、調査やヒアリングの結果、結局楽天のパ・リーグへの新規参入が認められ東北楽天ゴールデンイーグルスが仙台を拠点 −楽天の出資で宮城県営球場を改装して使用− としスタートすることに成りました。既存の他球団からは3名程度ずつ楽天に選手を供出することに成り、初代監督は元中日・元阪神の田尾安志氏に決まりました。
 今迄野球空白地の東北に拠点を構える球団が出現したことは、本文で指摘したフランチャイズの分散化という観点から私は一応は歓迎します。一応と言うのは、楽天が”ぽっと出”の新興企業かも知れず、プロ野球が本当に仙台に根付くかどうかは今後の展開次第だからです。
    {この段は04年11月28日に追加}

  ●騒動とは無関係 − 福岡ダイエーから福岡ソフトバンクへ
 年末の04年12月24日にもう一つ、(株)ダイエーが福岡ダイエー・ホークスをソフトバンク(株)に売却することに決まったというニュースが飛び込んで来ました。これは今回の騒動とは無関係で、元々経営不振の(株)ダイエーが球団売却先の選定作業をして居たのです。新球団名は福岡ソフトバンク・ホークスで、チームスタッフはその儘引き継ぎ王貞治監督が引き続き指揮を執るそうです。04年は日本のプロ野球界再編の年でした。
    {この段は04年12月29日に追加}

  ●●●吃驚仰天 − インドネシアでホンマの巨大地震が発生
 ところで、本文でプロ野球界の騒動を地震に譬えて述べて来ましたが、日本時間の12月26日インドネシアのスマトラ島沖で巨大地震が発生し津波被害が出ているな模様です。私はそこ迄の先見性は持ち合わせて無いと思って居ますが、ムッフッフ!
    {この段は05年1月1日に追加}

−−− 完 −−−

【脚注】
※1:エゴイズム(egoism)とは、利己主義。主我主義。自己中心主義。エゴ。

※2:バブル景気(―けいき)とは、1986〜91年上半期の、円高に支えられた「カネ余り」が株・債券、土地の資産価格の高騰を生み出した、投機的な実態経済と懸け離れた相場が引っ張った景気。当時は「超大型景気」と呼ばれたが、実態を伴なわない景気は90年の「バブル経済」という流行語を生み出し、遂に91年下半期に”泡”の様に弾け「バブル崩壊」を引き起こし、以後は「バブル景気」と呼ばれた。結局「伊弉諾景気」を超えることは出来ず、逆に「不良債権」という”負の遺産”を残した。

※3:この時は8球団が
  セ・リーグ:巨人、阪神、中日、太陽
  パ・リーグ:阪急、南海、大映、東急
という4球団ずつに分裂。新球団の近鉄は分裂直後のパ・リーグに所属した。

※4:この頃の特徴として、セ・パ12球団の内の半数の6球団を電鉄会社が保有して居たことが挙げられます。即ち
  国鉄スワローズ(セ、東京)、阪神タイガース(セ、関西)、
  阪急ブレーブス(パ、関西)、近鉄バファローズ(パ、関西)、
  南海ホークス(パ、関西)、西鉄ライオンズ(パ、福岡)
です。実に関西私鉄が4球団を保有して居ました。

※5:マネーゲーム(money game)とは、(和製英語)高金利・高配当を狙って投機的に行う投資や資金の運用。

※6:IT/ITとは、(information technology の略で「情報技術」の意)
 "information technology" という言葉は旧来から使われて来たが、「IT」という略語は旧態の情報技術には用いない(←旧態は、大衆的情報伝達が一方向的で相互交信は特定機関や業者間に限定されて居た)。コンピュータの高性能化・低価格化と通信の大容量化・高速化を基礎に、95年のWindows95と共に急普及したインターネットに依る情報通信の大衆化を受けて登場した、ビジュアル会話的大衆参加を特徴とする1995年以後の大衆参加型情報通信技術を指す語。特に旧態の部門毎の垣根を飛び越えて、企業間のみならず個人でも直接交渉(取引)・直接投書(投票)が可能と成り、産業や行政の構造改革を迫る技術革新として捉えられて居る。「―業界」「―革命」「―バブル」。

※7:プレーオフ(play-off)とは、優勝決定戦
 [1].ゴルフで同スコア同士のプレーヤーに依る優勝決定戦。
 [2].野球などで勝利数や勝率が同じ時などに行う優勝決定試合。
<出典:「学研新世紀ビジュアル百科辞典」>

    (以上、出典は主に広辞苑です)

【参考文献】
△1:「オリックス(株)」公式サイト。

●関連リンク
参照ページ(Reference-Page):先見性は当サイトのコンセプトの一つ▼
当サイトのコンセプトについて(The Concept of this site)
参照ページ(Reference-Page):日本プロ野球の専門用語について▼
資料−日本プロ野球の用語集(Glossary of J-pro-baseball)
参照ページ(Reference-Page):「間(ま)」の意味▼
資料−日本の相撲の歴史と仕来たり(History and custom of Sumo in Japan)
参照ページ(Reference-Page):阪神淡路大震災や地震用語について▼
(今回の騒動も地震に似ている)
資料−地震の用語集(Glossary of Earthquake)
補完ページ(Complementary):先見的に「球界の構造改革」を提唱▼
(日本プロ野球のストライキの模様や”巨人教”について記述)
赤パンツ野球の成れの果て(Red pants caused baseball to quake)
補完ページ(Complementary):先見的に近鉄の「球団名売却」案に吼え、
「パ・リーグ改革私案」を提唱▼
(ナベツネの解剖や「間(ま)」の文化にも言及)
スポーツ解体チン書(Anatomical talking about sports)
書き出しのパロディーに引用した元のページ▼
相撲に於ける「日本の魂」(The Sumo, it's Japanese spirit)
「敢えて言う」のが「個人的見解」のコーナーのモットー▼
片手落ちの綺麗事を払拭せよ!(Sweep away unbalanced virtue !)
イチローの特集記事▼
イチローに於ける”球道者”精神(ICHIRO is a pursuer of baseball)
日本はアジア諸国から「目標にされる国」を目指すべき▼
デフレ論議に疑問を呈す(Is our DEFLATION true ?)
今日の日本人大リーガー隆盛の開拓者は野茂英雄▼
スポーツに学ぶ「引き際」('Timing of Retire' in case of sports)
パーリャン小学校とは▼
パーリャン村の小学生を支援する会
(Support team for Paliang's schoolchildren)

インドネシアのスマトラ島沖の巨大地震▼
2004年・年末のスマトラ島沖地震
(Sumatran earthquake of the end of year, 2004)


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