今年がもう半分終わった。仕事以外で介護と慶事で多忙た6ヶ月だった。
4月と5月は娘の結婚式と息子の顔合わせで終わった。その緊張と疲労の回復にあてていたところ、6月はあっという間に過ぎていた。
ところで、上半期のアクセス数が25,000を超えた。極端な偏りもなく、いろいろな文章が少しずつ読まれている。
本の感想ばかりでなく、箱庭(日記・ブログ)にも少数ながら固定読者がいるみたい。
地道にやってきてよかった。
上の写真は、6月に撮影した花の写真から4枚選んだ。
上半期に読んだ本から5冊。死生観とグリーフケアの良書に出会えた。
さくいん:死生観、グリーフ(悲嘆)
妻が職場でさくらんぼをいただいた。実家が農家の人がいるらしい。
今年はさくらんぼを買っては食べなかったので、ありがたいおすそ分けだった。
たくさんいただいたさくらんぼのなかに、一つ、ふたなりのさくらんぼが混じっていた。
これは珍しい。そう言い合って、なかなか食べられなかった。
珍しい姿を写真に収めて、妻が食べた。
6月初めに嵐のラスト・ライブが見られるという噂を聞いてU-NEXTに加入した。嵐は結局見られなかったけど、30日の無料お試し期間が残った。そこで昨年、息子に勧められたこの番組を思い出した。
ビリー・ジョエルについては、20年前に評伝、"BILLY JOEL: The Life & Times of an Angry Young Man"を原書で読んだ。20年を経て制作されたドキュメンタリーはさらに深く(また生々しく)、ビリー・ジョエルの音楽人生を伝えている。
ビリー・ジョエルの音楽と半生を考える上で重要なポイントを20年前に書いた文章で指摘した。古典教養(classic music)、郊外(suburb)、それから父親の不在(the absence of father)。これら三点は、このドキュメンタリーを見ても間違っていなかったと思い返した。
父の不在、若い頃の入院するほどの重いうつ症状(この頃の心情が初期のアルバム、"Cold Spring Harbor"に反映されている)、スターになってからのアルコール依存症。三度の結婚と離婚。彼の人生は苦渋に満ちている。しかし、人生の喜びも苦しみもすべて音楽に率直に反映されていることに驚かされる。
レイ・チャールズとデュエットした"Baby Grand"にあるように、音楽、とりわけピアノが彼の感情をすべて受け止めてくれたのだろう。
絵でもいい、音楽でもいい。言葉以外で自分の感情を表現する術を持っていたら、きっと楽しいだろう。私にあるのは言葉だけ。それも最近では手書きで誰か宛に書くのではなく、キーボードを叩いて一人つぶやいているだけ。
ビリー・ジョエルを知ってよかった。彼の音楽を聴きながら青春時代を過ごし、子育てをした。彼の音楽を聴くと悲しい気持ちになることもある。それでも、私の心のなかの大きな部分を占めていることは間違いない。
彼の音楽が時代を越えて受け継がれていくことを願う。
さくいん:ビリー・ジョエル、英語、うつ病、レイ・チャールズ、言葉、アメリカ
土曜日、母の様子を見るために帰省した。昼食を食べてから葉山へ出た。行き先は海ではなくて美術館。しかも企画展ではなくて、コレクション展。牛島憲之「タンク」と松本竣介「建物」。二つの作品は並んで飾ってあった。しかも「建物」は撮影OK。大好きな画家二人の作品を見られただけで十分に満足した。
カフェのテラスで潮騒を聴きながら母とハイネケンを呑んだ。照りつけるような暑さではなく、潮風が心地よい。その分、空いは雲が多く、海は灰色で、いい写真は撮れなかった。
それから隣接するしおさい公園を散策した。葉山御用邸の一部が公園になっている。もちろん御用邸の様子は伺えない。
まだアジサイがたくさん咲いていた。今年は猛暑酷暑の来襲が遅くて助かっている。
さくいん:逗子・葉山、牛島憲之、松本竣介
アクリルスタンドなんて、アイドルの「推し活」をしている人やアニメ好きの人だけが買うものと思っていた。ところが、アイドルにもアニメにも興味のない私がアクスタを買った。
葉山美術館でミュージアムショップを一回りしていたら見つけた。松本竣介「立てる像」のアクリルスタンド。
商品を手にしてレジ前で思わず、「スゴいもの作りましたね」という言葉が出てしまった。「コアなファンがいらっしゃるので」と店員さん。確かに神奈川県立近代美術館では一番に有名な作品かもしれない。
真正の作品を買うことはできなくても、ささやかな「推し活」を体験した。
さくいん:松本竣介
遅ればせながら、モバイルSuicaに変更した。しない理由は特別なかったのに、長いあいだカードを使っていた。充電切れの場合を心配したり、スマホに対する不信感がまだあったのかもしれない。
同時に、障害者手帳もミライロIDに登録してデジタル化した。手帳を写真に撮ってスマホアプリに登録するだけ。これで手帳はカバンにしまったまま、スマホを見せるだけでバスに割引料金で乗れる。
思えば、以前からこうしておけば、手帳とボールペンを紛失することはなかった。
デジタル化が進んで便利になった一方で、困っていることもある。モバイルSuicaとJRE POINTの連携ができていない。どうもアトレとえきねっとで二つのJRE IDを作ってしまい、メールアドレスなど個人情報が重複して混乱している。
サポートに電話して30分以上話してようやく解決した。ナビダイヤルでしていたので、これまでに貯めていたポイント以上に費用がかかったかもしれない。とほほ。
『悲嘆と脳科学』を読んで、最先端の脳科学が「悲しみ」という漠然とした感情について、脳内で起きていることを実証していることにとても驚いた。
その一方で、実験の前に立てている仮説の多くは、多くの人が日常的に感じていることが少なくない。つまり、まったく新しい発見をしたというより、多くの人が信じている常識を科学的に裏づけた印象が強い。
生物学的に悲嘆を分析した功績が画期的であることを認める一方で、本書を読みながら、正反対の感想も持った。ここに書かれていることは、すでにわかっていたことではないか、ということ。要するに、本書で開陳されている悲嘆にかかわるさまざまな知見の多くは、これまでに書かれた悲しみを主題とする文学作品に表現されてきたのではないか。
うつ病という病名がつけられる前からその症状はあった。そして文学者はそれを発見し、描写し、作品に仕上げた。
夏目漱石『行人』はその一例。悲しみ、とりわけ死別に伴う悲嘆、という文学が探求してきた一大テーマについても同じようなことが言えるのではないだろうか。
さくいん:悲嘆、うつ病、夏目漱石
今週はまるでダメだった。月曜日から毎日呑んだ。ビールにジンに、それからハイボール。食べないほうがいいとわかっているのに、コンビニの揚げ物も菓子パンも買って食べた。
本も読んでいないし、英仏語の勉強は年初から怠けている。ギターもずっと弾いていない。金繰り、つまり株投資もうまくいっていない。ユーウツの原因は、お金のこと。昇給がないのだから、物価高に対しては自力で備えなければならない。
株のことでユーウツになるのは、すべて自己責任だから。待ちきれないのも自分、欲深いのも自分。誰も責めることができないことがツラい。
水曜日。朝、遠い公園まで歩いて少し運動をした気になった。それで夕方、図書館までも歩き、それを言い訳にしてコンビニの前で500mlの缶ビールを呑んだ。
帰る途中、呑み足りないので家の近くにあるコンビニで角を一本を買った。ゆっくり呑むつもりだったフロンティアはとうに空けていた。
思い出すと、一人で出張に出たとき、こんな夜があった。無性にたくさん呑みたくなり、店に入らず、コンビニで酒とつまみを買い漁り、ホテルの部屋で一人、泥酔するまで呑んだ。
仕事がとても忙しくて、うつの症状もひどかった頃。希死念慮も強かった。借金を返して、子どもを独り立ちさせて、両親を看取ったら、もうこの世ですることはないと思っていた。
あの頃ほど心が荒んでいるわけではないし、生きる希望がないわけでもない。とはいえ、これは最近のなかではあまりなかったかなり深い落ち込み。
再来週には健康診断が控えている。来週は節制しなければならない。
唯一、継続しているのは筋トレ。体重も落ち着いている。今年はメタボを脱出できるか。結果がよければ、気持ちも梅雨明けするだろう。
さくいん:ジン(マティーニ)、英語、うつ、自死
自死遺族の文学、イーユン・リー『自然のものはただ育つ』を興味深く読んだ。感想に引用したいくつかの文を原文で確かめたくて購入した。
英文で読むと、和文で読んだときよりさらに著者の気性の激しさが伝わってくる。
I am not a grieving mother. I am the mother who will live, every single day, for the rest of my life, which the pain of losing Vicent and James, and with the memory of bringing them up. (XXI Minor Comedies - for James)
ここでは、はっきりと"grieving"をネガティブな意味で使用している。「グリーフ」という言葉も嫌悪しているようだから、「グリーフケア」という言葉にも否定的だろう。
悲しむことは悪いことだろうか。私はそうは思わない。悲しむことは後ろ向きなことではないし、そもそも前向きでないからといって、「後ろ向き」であることは未来を向いていないことではない。
深い悲しみがあるということは、それだけ故人と深いつながりがあったということ。深いつながりを誰かと持てるということは、その人が今生きていようとなかろうと、それだけで幸せなことではないか。
亡くした人とのつながりを心に抱いて、深い悲しみを感じながら生きることは不幸な人生ではない。むしろ、幸せなこと。
著者にとっても、亡くなった息子たちを記憶に留めて強く生きることは、十分悲しむことになっていると思う。"Grieving"という言葉のとらえ方が違うだけだろう。
さくいん:英語、自死遺族、悲嘆、言葉
梅雨と夏のあいだ。ハスの花の季節が来た。昨年も来た。今年は土曜日に行ってきた。
まず朝一番に病院へ行った。受付開始の15分前だったのに、すでに待合室には人がいた。S先生に最近、睡眠時間が短くなっていることを伝えた。「日中、眠くならなければ、時間は気にしなくよい」と言われた。薬にも変更なし。
薬局で薬をもらったとき、まだ9時半だった。ちょうバスも来たので、10時過ぎには植物公園に到着した。
暑い日だった。日傘を差していても、汗は止められない。日陰のない芝生広場の隅に並んでいるハスの鉢のまわりにはたくさんの人がいた。きっとそれぞれ種類が違うのだろう。札が見つからなかったので去年のように名前はわからない。
白よりも薄紅色のハスが好き。茎の近くの白いところから花びらの先に向かって赤くなっていくグラデーションが美しい。
ハスの花を写すとき、いつも思い出す写真がある。入江泰吉『大和路百景』の1ページ目に掲載された唐招提寺の「はす」。この写真集は、小学六年生の誕生日に買ってもらった。そういえばあの「はす」も赤い花だった。あの写真のような、美しい一枚が撮りたくて、何度もハスの花と向き合ってきた。
暑いので無理はせず、そのまま植物園を出ていつものそば屋へ向かった。炎天下を散策したあとの冷たいビールはおいしかった。
最近はそば屋での昼食をはさんで二回入園する。正門から入り、深大寺門から出てそば屋へ行く。食べたあとは深大寺門から再入場し、無料Wi-Fiのある大温室で一休みしながら写真をTwitter(現X)に投稿し、朝通った道を戻って正門から出る。
こうすることで植物園を二度楽しめるし、深大寺の手前のバス停で乗るので必ず座れる。この日も足が疲れてほろ酔いだったので吉祥寺駅の手前まで眠っていた。
ついに夏が来た。週明けに少し雨が降ったらいよいよ梅雨明けだろう。今年は5月から6月まで猛暑日が少ななかったので助かった。
さくいん:S先生、神代植物公園、名前、入江泰吉
先週の土曜日。めずらしく妻が職場の吞み会に出かけたので、夕飯を一人で食べることになった。妻は酒を呑まないので3時間呑み放題という会に不承不承出かけて行った。
ひとりで夕食を食べるのは最近では珍しい。いつでも妻か母か、どちらかが目の前に座っている。一人は2年前の年末以来か。営業職をしていた頃は出張先で、国内でも海外でも一人で食べる機会はよくあった。
一人暮らしをしたことがないので、一人の夕食は私には特別なイベントになる。ちょっと贅沢をするときもあれば、思い切りジャンクフードを楽しむときもある。
土曜日はちょっと贅沢をした。植物公園の帰りに、吉祥寺で滅多に行かない(買えない)店でキッシュとラザニアを買ってきた。野菜は前の晩に炒めた玉ねぎとピーマンの残り。
夕方、ひとり宴会を始めた。まず缶ビールでのどを潤し、料理を食べながらスパークリングワインを1本空けた。料理はいずれもとてもおいしかった。特別な日にまた食べたい。
7時前に翌日の天気だけ確認して、YouTubeで2006年のビリー・ジョエル、東京ドーム・ライブを見た。ちょうどいまの私と同じ年齢。この熱量に完全に負けている。その後、20年近く経ってもライブをしているのだから驚くほかない。
それから、無料で公開されていた『未来少年コナン』の最終盤、第25話と第26話を見た。第25話は何度見てもハラハラするし、第26話では、モンスリーのあまりの変わりようについ微笑んでしまう。
ちょうど見終えたところで妻が帰ってきた。いい気分で10時過ぎに寝た。
さくいん:孤独(ひとり)、ビリー・ジョエル、『未来少年コナン』
「今度この展覧会に行くよ」とポスターの画像を妻に見せると、「こういうの好きだよね。オペラシティーで見たのに似てる」と言われた。そうか、私は抽象画が好きだったのか。これまで意識したことはなかった。むしろ現代アートは苦手と思っていた。
言語化されていなかっただけで、私の感性は現代アートの抽象画を好んでいた。とはいえ、直線が引いてあるだけとか、ただ混沌としているだけの作品は好まないし、理解もできない。
松本の作品は抽象的というよりは具象的だった。色彩がうねっていて雲のような、あるいはガス星雲のような作風。青や緑もあったけれどポスターにもなっているピンクがよかった。ある展示室の中心にあるソファに座ると、と四方をピンクのうねりに囲まれていて、色彩の世界に放り込まれたような錯覚に陥る。不快ではない。むしろ、別世界に没入した浮遊感がある。
今回、企画展の図録はあったけれど、絵はがきは販売なし。部屋に飾りたかった。
コレクション展もよかった。長谷川利行や小林清親の、見たことがない作品を見ることができた。感情のない顔をした大勢の人が行き交う街角を描いた相笠正義「交差点にて 夏」も不気味な雰囲気でよかった。牛島憲之の展示室では、私の好きな、樹木の上に時計台が乗っている「ある日」があった。
朝早く家出て開館前に着いたので、美術館に隣接する府中の森公園を一周した。気持ちのいい雑木林だった。ランチは美術館を観て駅に戻ってから。もちろん、らいおんラーメン。みそらいおんに味玉と海苔を追加。しっかりスープまで飲み干した。
この日は家から駅まで歩いて、府中でも駅と美術館を往復歩いた。歩数は13,660歩。まだまだ足りないだろうけど、私にしてはよく歩いた。帰りがけ、明大前駅のホームで土産にはらドーナツを買い、帰宅して妻とおやつにした。
一人で美術館や植物園へ出かけてのんびり過ごす。一人のランチを楽しむ。帰宅して写真を整理して感想を書く。htmlに落とし込んで公開する。この一連のプロセスがいまの暮らしのなかで一番楽しい時間。
さくいん:府中市美術館、難波田龍起、小林清親、長谷川利行、相笠正義、牛島憲之
『悲嘆と脳科学』に、悲しみを直視するようなグリーフワークより日常生活でできることを継続していくことがかえってグリーフケアになり、日常生活を取り戻す近道になる、と書いてあった。『自然のものはただ育つ』の著者、イーユン・リーはまさにそれを実践している。
振り返ると、私もそうだったかもしれない。小学六年生の卒業間近に姉を亡くしたあと、中学入学、部活、高校入試、高校生活、大学受験と入学。そのあいだ、姉のことはほとんど忘れていたかのように目の前の課題に集中しなかればならなかった。
例えば、姉の死後、そのまま残されていた彼女の部屋を、私は早く自分一人の部屋にしたくて母を急かした。そして、自分の持ち物だけを持ち込み、部屋にあった、あとで考えれば思い出になる品物も、何の感情もなく処分した。
あの頃は、悲しみに深く沈み込むような暇はなく、自分の精神状態を維持するためにも、そうするよりなかったのかもしれない。
しかし、その反動はあとになって倍返しのように大きく私を揺さぶった。
さくいん:悲嘆、自死遺族
西田幾多郎が哲学の動機について残した言葉はよく知られている。
哲学の動機は『驚き』ではなくして深い人生の悲哀でなければならない
この言葉に私は強く共感してきた。ただ、最近になって少し受け止め方が変わってきた。
まず、西田幾多郎の「でなければならない」という言葉遣いには注意が必要。「でなければならない」は英語の"must"と同じように二つの意味を持っている。一つは当為。そうである必要がある、という意味。もう一つは当然。そうであるはず、という意味。西田の場合、二つ目の意味で使っていることが多いように感じる。
そう考えると、「哲学の動機は」の一文は、すべての哲学がそうでなければならないという意味ではなく、「哲学の動機は悲哀のはず」と読むことができる。そのように読むと、西田は他の哲学者に「悲哀」を要求しているのではなく、控えめに自分の哲学がそうであることを指摘しているに過ぎないのではないか、と思われてくる。
実際、西田が何を意図していたかはともかく、私個人は、すべての哲学が悲哀を動機にしなければならないとは思わない。
なぜなら、痛切な悲哀や悲嘆を感じない人生を送る人もいるから。そういう人にとっては、哲学の動機は悲哀にはならないだろうし、驚きであってもいいと思う。
西田は明治・大正・昭和の敗戦の年までの長い人生のなかで多くの身内や弟子を失った、まさに悲哀の人だった。
最近、世の中にはそういう人ばかりでないことに気づいた。死別体験のない人はいないとしても、心が痛むほどの苦しい悲嘆を感じずに一生を終える人もいる。そして、最近強く思うことは、そういう人には、悲しみとともに生きる人の気持ちはわからないのではないか、ということ。悲しいかな、それが現実ではないか。私の周りには、想像力に欠けた人が多い。
さくいん:西田幾多郎、明治、悲嘆
長い署名にさらに副題がつづく。「iPhone&アンドロイド対応 写真編集者が教えるスマホ写真の撮り方ガイド」。
スマホで写真をよく撮る。ここにもたくさん掲載している。自分で満足のいく写真はなかなか撮れない。だから、こういう本を探していた。アラ還の私にはうってつけの一冊。
読んでみると、実践的なアドバイスが1ページごとにまとめられていてわかりやすい。
とくに参考になったのは「露出補正」「長時間露光」と「編集機能」の使い方。いずれも、今まで使ってなかった機能。Live Photosから長時間露光を作成できることも知らなかった。
試しに葉山しおさい公園にある滝をLive Photosで撮影し、それを長時間露光に変更して、さらに白黒にしたところ、ちょっと日本画のようなタッチになった。この撮影・編集方法は試し甲斐がある。
後日、同じ著者の別の本も借りた。『まるごとわかる!撮り方ブック iPhone&スマホ編』
構図と光の取り入れ方が最も要項ということがよくわかった。構図は意識しているけど、採光はあまり。ここが今後の課題。編集アプリの使い方も今後学習が必要。
吉祥寺の大型書店で見かけて図書館で借りてきた。どの写真も私の知らない「にっぽん」の風景だった。というのも、私は首都圏育ちで、祖父母も首都圏に住んでいたから。
昭和50年代には、私が暮らしていた横浜郊外の新興住宅地も、祖父母の住んでいた横間の小机はかなり田舎だったけど、この写真集にあるような風景ではなかった。
どちらかというと自然よりも歴史が好きだから大自然を目的地にしたこともない。草花に興味を持つようになったのは、結婚してから東京で暮らし、緑の多い都立公園や植物公園へ行くようになってから。私が知っているのは人の手が入った自然で、この本に掲載されているような手つかずの大自然にはほとんど触れたことがない。
どの景色も素晴らしい。でも、そこに住んでいるか、長逗留をしなければ、こんな景色には出会えないだろう。とくに桜や紅葉の季節は人も多そう。
写真集のおかげで旅気分を味わえた。プロの写真はさすがに上手い。いいカメラを持っていたら、もう少しいい写真が撮れるか?
さくいん:東京
ブクログ:画集・写真集
妻のリクエストで観に行った。前作も一緒に見ているはずだけど記憶にない。
娯楽作品としては面白かった。映像も美しい。
年齢を感じさせないメリル・ストリープのキレのある演技、20年、第一線で活躍している俳優たちのすばらしいファッションの着こなし、きらびやかなニューヨークの街並み。そういうものを楽しむ作品なのだろう。
その一方で、パワハラを肯定するかのような設定は残念に思えた。この20年で労働をとりまく環境はずいぶん変わった。ときどき秘書がとがめる場面で面白く描いていたとはいえ、現在では、ミランダのような振る舞いは一発退場になってもおかしくない。
ビジネスの世界は厳しい。わずかな勝者の蔭に数えきれない敗残者がいる。そして、私もその一人。
映画を見ながら、かつて出世や成功を夢見ていた自分を思い出した。実際、途方もない金額の取引をしたり、世界初の製品を誰もが知る大企業に売り込んだり、華やかな世界にいたこともある。一刻を荒そう商談のためにその日に指示されてLAまで飛んだこともある。そういえばファーストクラスで出張したこともある。
そういう自分を「充実している」「カッコいい」とさえ思っていたことも否定はしない。
しかし、そのすべてから私は去った。映画にも出てきたように、整理解雇も経験したし、倒産も経験した。最後には、顧客へのあいさつも許されず、追われるように会社を辞めた。
エンディングで、ニューヨークの夜景や、ガラス張りの広々した個人オフィスを見ながら、敗北者がたどった道のりを思い出さずにはいられず、私は、何とも複雑な気持ちになった。
妻は十分楽しんだようだった。「面白かったね」。私もそう返しておいた。この屈辱感は、ほかの人に押しつけていいものではないと知っているから。
さくいん:アメリカ、ニューヨーク、労働、ロサンゼルス
マンゴー、3件。
その1。台湾に住む妻の高校時代の友人がマンゴーをたくさん送ってくれた。
彼女に初めて会ったのは大学一年生のときだから30年以上前のこと。そのあとも、頻繁に日本へ旅行しているので何度か会っている。私たち家族が台北へ旅行したときにも親切にしてくれた。
前にも、大きな箱にいっぱい詰まったマンゴーを送ってくれたことがあった。今回も大きな箱に大きなマンゴーが10個も入っていた。完熟で頬が落ちそうになるほどおいしい。
実は、私は果物ではマンゴーが一番好き。誕生日に「好きなケーキを」と訊かれるとついマンゴーのケーキを頼んでしまう。
というわけで、妻のおかげで私は大好きな果物をご相伴にあずかることができた。
その2。日曜日のランチ。ハンバーガーを食べるつもりで井の頭通りのヴィレッジ・ヴァンガード・ダイナーへ行った。するとマンゴー・パンケーキ期間限定メニューで宣伝してあったので注文した。この店へ来てハンバーガーを食べないなんて初めて。ふわふわのパンケーキにホイップクリームといマンゴーがたくさん盛りつけてある。罪悪の濃いのランチになった。
その3。海の日で休みだった月曜日。マンゴーを娘夫婦におすそ分けするために出かけた。場所は彼女の家の最寄駅。彼氏は来ずに娘が一人で来た。
持っていったのはマンゴーばかりではない。妻が友人におすそ分けしたところ、自家農園のトマトやきゅうりを倍返しされたのでそれもおすそ分けした。
軽くランチを済ませてから二人であんみつを食べて、近況を伝えあった。元気にしている様子なので安心した。次回は夏休み。二人で我が家へ初めて来ることになっている。
さくいん:台湾
日曜日の午後。吉祥寺でマンゴー・パンケーキを食べてからバスに乗った。行き先は神代植物公園の北側にある植物多様性センター。無料エリアのこの場所へ行くのは初めて。
植物公園は人の手が行き届きよく整備された公園。対して多様性センターは、東京各地の自然が現地の雰囲気のまま、人の手が入っていないかのように見せている。奥多摩の緑深い森林や伊豆諸島の岩場などがよく再現されている。もっとも、伊豆諸島の風景は見たことがない。『ブラタモリ』で見ただけ。
空は青く、雲は白く、木々の葉は緑。気持ちのいい天気だった。
こういうところへ来ると、つくづく東京は緑が多いと思う。公園が多いし、よく保全されている。私が育った横浜南端では私が小学校低学年だった昭和50年代にはススキの野原や開発されずに残った小山などがあった。そのあと、横浜横須賀道路ができたりして、原っぱも山もなくなり、辺り一面開発しつくされて、いまでは緑はほとんど残っていない。そもそも自然を「残そう」という意識が街づくりに感じられない。
日比谷公園の再開発や明治神宮概念の樹木伐採など、都の自然保護政策には疑問も少なくない。でも、まだかつて大名屋敷の庭園だったり軍の施設だったところが広大な緑地として各地に残っている。これは東京の魅力の一つになっていると思う。
とても暑かったので、帰り道、コンビニでとどめのマンゴーアイスバーを買って食べた。
さくいん:神代植物公園、東京、『ブラタモリ』、横浜
月曜日。娘とランチをしてから、帰り道で新橋で途中下車して美術館に立ち寄った。
長谷川潔との出会いは小さな新聞記事がきっかけだった。それから、彼が横浜出身であることを知り、横浜美術館での回顧展に行った。それ以来、長谷川潔は私の心のアーカイブで重要な場所を占めている。
今回の展覧会では、大のお気に入りの作品、「コップに挿したアンコリの花(過去・現在・未来)」「横顔」に再会できた。いずれの作品も記憶よりも小さかった。精巧に掘り込まれた銅の原板も見ることができた。
病弱で苦労の多い人生だったにもかかわらず、自然の中に調和を見出し、高度な技術によりそれを具現化する気高い精神性にあらためて震撼した。同じように、実生活では苦労を重ねながらも、表現した果実には高い精神性を感じさせる西田幾多郎のことを考えた。私はまだまだ実生活で甘えているから思想を深めることもできず、ましてそれを表現することはまるでできていない。
余韻に浸りたくて、帰りの電車でマリ=クレール・アランのバッハ・オルガン曲集をずっと聴いていた。バッハもまた、実生活の苦労を微塵も感じさせない精神性の高い作品を残した人だった。
前の展覧会で図録は買ったし、著書も持っているので、今回は小さなマグネットを買った。「アレキサンドル三世橋とフランスの飛行船」と「時 静物画」。パソコンデスクの温湿度計の下に貼り付けた。身の廻りのお気に入りがまた増えた。
「コップに挿したアンコリの花」は絵はがきさえ売っていなかった。この作品は、複製画でいいから原寸大で部屋に飾りたい。
さくいん:汐留美術館、長谷川潔、横浜、横浜美術館、パリ、西田幾多郎、バッハ