大きな人事異動があった。
私がとても苦手にしている「仕事大好き」「ボクは偉いぞ」を前面に押し出す部門長がめでたく昇格するので、私から遠ざかってくれる。この発表をするときも妙にうれしそうに「急な発令で皆さんにご迷惑をかけて」などと言い訳していた。
こういう人は仕事を自己実現と重ねているのだろう。仕事を生活するため糧を得る手段と割り切っている私とは接点がない。彼は「配下の人」に私を勘定に入れなかった。そういう人だから縁が切れて清清する。
後釜には私も知っている温厚な人がつくという噂。
そうであればありがたい。とにかく65歳まであと8年、穏やかに過ごしたい。
このままいま働いている会社で会社員生活を終えるとしたら、18年間、障害者枠の非正規雇用の身分ということになる。つまり、会社員人生の半分は正社員の営業職で、もう半分は障害者枠の契約社員で過ごす、ということ。
競争社会から脱落したことは、結果的には私にとって幸運だった。幸運だったのは営業職で働いたあいだにたくさん稼げたこと。それはモーレツに働いたから。そのおかげで、借金はないし、非正規雇用でも以前とほぼ変わらない暮らしができている。
前半に心身を壊すくらいモーレツに働いて、後半は在宅勤務でのんびりと働く。まったく予期していなかった展開ではあるけれど、今はこれでよかったと思っている。
さくいん:労働
暖かくなってきたので、日中家にいるあいだ(=一日中)、裸足で過ごすことにした。
上半身もラグビージャージはやめてTシャツに。涼しければスウェットパーカーを着る。
調べると、一昨年の同じ頃に、同じタイトルで同じことを書いている。
「裸足の季節」という言葉は、言うまでもなく、松田聖子のデビュー曲から。作詞は三浦徳子。
先日、NHKBS4Kでデビュー45周年記念番組を見た。初期の、つまり80年代前半に好きな曲が多い。「Eighteen」「風は秋色」「チェリーブラッサム」、そして「ガラスの林檎」。90年代以降の曲はあまり知らない。
日曜夕方にNHKで放映していた『レッツゴー・ヤング』からの映像が多かった。ちょうどアイドルの曲を聴きはじめた小学校高学年から高校時代まで、よく見ていた。
番組ではシングル曲以外に、私がカラオケでも歌うお気に入りの「愛されたいの」(作詞は松本隆)の歌唱映像を見られたのがよかった。
聖子派か明菜派か、と問われれば間違いなく聖子派。妻も同じなので、二人で見た。
さくいん:NHK(テレビ)、松田聖子、80年代、松本隆
Twitter(現X)でまわってきたタグ。前に「#私を構成する42枚の音楽アルバム」というリストを作ったことがある。そこから4枚、厳選した。
アール・クルー以外は、1978年から79年にかけて姉に教えてもらったアーティスト。さだまさし『印象派』は初めて買ったLPレコード。いや、もしかするとライブ盤の『随想録』が先だったかも。当時はLPレコードを予約して買うと、特典をたくさんもらえた。この頃は、中国公演で配った紙製の双眼鏡やランチョンマットなどをもらった記憶がある。
アール・クルーも、その頃、きっとラジオで耳にしていた。アーティスト名がわかったのは大人になってから。2001年に転職したとき、職場の近くにあった図書館で"Finger Paintings"を見つけた。その後、すべてのアルバムを買ったり図書館で借りたりして、今ではビリー・ジョエルと同じように、私の暮らしに欠かせない音楽になっている。
さくいん:さだまさし、オフコース、ビリー・ジョエル、アール・クルー、70年代
私の好きな「読み終えると博物館を一つ見学した」気分になれる大判で分厚い図鑑をまとめて図書館で借りてきた。平日、仕事の合間と休日にゆっくり眺めて楽しんだ。
『ヒストリー・オブ・インフォメーション』という書名は原著のまま。内容から言えば「メディアの歴史」。原始人が使用した印や絵にはじまり、言葉になり、印刷が発明されて、やがてデータとなる。人間が情報を扱う方法を歴史的にたどる。
この切り口がとても新鮮。本の歴史や情報を扱う技術の歴史の図鑑は読んだことがある。人間が何を媒介に情報を扱ってきたか、という視点はなかった。目次を見るだけでこの本の斬新さがわかる。
- 記号
- 言語
- 描画
- 文書
- 印刷
- 科学
- ニュースと新聞
- 通信網
- 放送
- 偽情報
- コンピューター
興味深いことは、人間の成長過程もこのプロセスを踏むと思われること。赤ん坊は表情や身振りで情報(意図)を伝える。やがて文字を覚え、まとまった文章を書けるようになり、コンピューターも扱えるようになる。
生物学で言う「個体発生は系統発生を繰り返す」ということが、意思や情報の伝達に関連する人間の成長プロセスについても言えると思う。
もう一冊のテーマは宇宙と生命の歴史。興味がある分野ではあるけれど、基本的な知識が足らず理解が追いつかない。いつも美しい図版を眺めるだけで終わってしまう。
さくいん:言葉
『世界の戦士図鑑』は正月に丸善で見かけた本。出版されたばかりなのに運よく図書館ですぐ借りられた。
内容はイラストが豊富で武具防具だけでなく、戦士たちの戦い方も解説されていて、コスプレイヤーやゲーム開発者向けに感じられた。図解を眺めていると、革から鉄や鋼まで経験値とともに性能が向上するドラクエの防具を思い出した。
もう一冊の『甲冑・武具歴史図鑑』は情報が詳細すぎるくらい詳細で学術的な内容。単に頑丈という機能面だけではなく、豪華な装飾が施されていることに感心する。戦士の士気を高めるための工夫だろう。戦闘機や軍艦を操縦するのではなく、自分自身を武器にして戦う戦士には機能美だけでは足りない。兵器の対戦と戦士の対決では感覚がまったく異なる。
いずれの図鑑でも、昔、予備校の世界史講義で学んだ戦地の名前から、当時学んだ知識を断片的ながら思い出すことができた。
予備校でも高校でもこういう図版を使って学んだ記憶はあまりない。資料集という副読本は確かにあったけど、古代の戦争をリアルに感じさせるものではなかった。このような図鑑や映画を介した授業があってもよかった。
細かい戦闘の図解や甲冑の写真を見ると、歴史がグッと近づいてくる。
歴史小説はほとんど読まないけれど、こういう図鑑が過去を想像する力を養ってくれる。
ところで、戦争の図鑑を見ていつも思うことは、たくさんの兵隊を進軍させる時、食事とトイレはどうしていたのだろう、ということ。まして鉄製の甲冑を身につけていたときはどうしていたのだろう。私が戦記物や歴史小説を読まないから知らないだけなのかもしれない。
先週の金曜日。月初のレポート作成の日。残業を覚悟していたところ、思いのほか作業は早く終わった。5時1分に退勤ボタンを押して外へ出た。土曜日の天気次第では桜は見納めになるかと思い、近所を一周して花見散歩をした。
夕方で西陽が強かった。いい光の当たり方で撮れなかったので、撮影後に光量を自動調整した。映り込んでいた電線も撮影後に消した。調整したあとの写真は肉眼で見たときよりも映えている。こういう機能をもっと賢く使えるようになりたい。
少しきれいな写真が撮れると、もっといい写真を撮りたくなる。これまでスマホで撮ったそのままで満足していたのに、最近、欲が出てきた。調整機能をもっと覚えたい。そのうちスマホより高性能のデジカメも欲しい。
まずは基本の撮影術の向上から。
予報どおり、土曜日は曇りのち雨。金曜日の夕方にお花見しておいてよかった。
土曜日は月一回の診察日だった。まだ雨は降っていなかったので、歩いて行くことにした。ところが、財布を忘れたことに気づき、バスで帰宅し、出直してバスで行った。
障害者手帳の紛失といい、この日の失態といい、いつもぼんやりしているのに、春になってますますぼんやりしている。
幸い、病院は空いていた。花粉症対策の薬のおかげで鼻水は止まったかわりに鼻が詰まり口呼吸になって夜、目覚めることを伝えた。とはいえ、花粉症もピークを過ぎたので、深刻な心配ではない。もっと心配なのは、夫婦二人とも親の介護で疲れていること。
妻をどう支えればいいか、相談した。直接、手助けしなくても、「多愛ないことでいいから会話を重ねること」という助言をもらった。
写真は、夕方、買い物の途中で見かけた桜。強風に耐えて桜吹雪を舞い散らしていた。
さくいん:S医院
日曜日のこと。辻邦生展を見ようと学習院大学まで行くとまさかの日曜休館。仕方がないので、前川國男が設計した建物をバックに桜を一枚撮影して引き返した。
そのまま帰るのも悔しいので、神田川沿いで桜を見てから明治通りに出て、高田馬場のHOMEY'Sへ寄った。
このハンバーガー店は2年前の夏に来た。前回、食べたのはベーコンチーズバーガー。ベーコンだけ先にスルスルと抜けてしまい上手に食べられなかった。
今回はマッシュルーム・チーズバーガーを食べた。これは上手に食べられた。キノコはハンバーガーによく合う。病みつきになりそう。
よく冷えたハートランドビールが悔しい気持ちを流してくれた。近いうちに再訪したい。
さくいん:辻邦生、前川國男
久しぶりにアクセス解析を公開。
総アクセスが初めて3ヶ月で12,000を超えた。この調子なら12月までに5万アクセスにも到達できるかもしれない。
箱庭(毎日のブログ)も読まれているし、長文のエッセイも読まれている。
電子書籍も、数は多くはないものの、毎月、読まれている。
うれしい。ありがたい。長く続けていれば、いいこともある。
さくいん:山村良橘、『海街diary』、森山啓、森有正、エッセイ
空いた時間にNotebookLMを使って過去に書いたブログを校正している。
誤字脱字も見つけるし、ファクトチェックもするので有能と感心していたら、『舟を編む』(三浦しをん)の「舟」が「船」になっているところを見逃していた。
さすがに万能ではないらしい。
もう一つ、見逃したのが「新国立美術館」。正確には「国立新美術館」。これは、私もよく間違える。
AIにも見落としはあるので、校正をかけてから、再度、自分で読み返している。
GoogleのAI、Geminiには株取引の手助けをしてもらっている。条件を入力して有望銘柄を探させたり、板やチャートを分析させたり、指値の相談もしている。
投資で一番大切なメンタルが弱いので、取引指示を出す前に入力する。すると何かしらの反応があり、感情の暴走を抑えてくる。
有益なアドバイスもよくくれるGeminiだが、取引時間をよく間違える。3時近くになると「もうすぐ大引けです」と言ってくる。いまは3時半まで取引は続く。延長になってもうずいぶん経つのにいまだに間違える。
AIは便利な道具。あくまでも道具。パソコンやスマホと同じで上手な使い方は学んだり、自分で試したりして覚えていかなければならない。
追記。
ひとまず、過去の4月のブログとよく読まれている長文の校正は終わった。
こんなことができるのも在宅勤務のおかげ。往復で3時間以上使っていた通勤時間を自分の自由に使えるのはありがたい。
さくいん:三浦しをん
中東の産油国周辺で紛争が起きていることから思い出したことがある。40年以上前。私が小学生の頃のこと。
石油と天然ガスの技術者だったからか、父がある日『ペトロポリス』というボードゲームを買ってきた。一言で言えば、モノポリーの油田開発版。
サイコロを振りながらボードを回り、止まった国で油田タワーを建てる。最高値の土地がサウジアラビア、次がイラン、最安はガボンだった。
中央にジュネーブ空港があり、そこに止まると指令カードを一枚引く。「カジノで勝利」という指令なら高額の「ペトロダラー」をもらえる。負ければ没収。
何度か、家族で遊んだ記憶がある。父は、少しでも自分の仕事について知って欲しかったのだろう。
図書館で見つけた2025年刊行の新しい大型図鑑。DK社は大型の図鑑を多数出版しているイギリスの会社で、私もよく読んでいる。
この1冊で世界を目撃! 美しい写真がキミの好奇心を刺激する!
出版社の紹介に偽りはない。扱う分野は、宇宙、地球、生物、人体、科学、歴史、文化。一冊で百科事典のような大図鑑。文字にはルビが付してあり、対象は中学生くらいまでか。子どもが小さいときに買ってやることができたらよかった。大人には『ビジュアル大事典』のほうが面白いだろう。
興味がある分野は、宇宙、地球、科学、歴史、文化。生物と人体にはあまり関心がない。こういう本は好きなところを選んで読むだけでもいいだろう。実際、それだけでも十分に満足した。
探したいことはネットで検索できる。こういう図鑑はパラパラ眺めているうちに、新しい世界との偶然の出会いがある。廃れないでほしい。
『世界航空機文化図鑑』は20年以上前に読んだ図鑑。過去の文章を校正中に見つけて再読したくなり、借りてきた。
次々出てくる新しい図鑑を読むのも楽しいけれど、面白かった図鑑は再読をしてもいい頃。大型図鑑をパラパラ眺めながら過ごすのが、私のお気に入りの休日。
2003年刊行の本書には、現在ウクライナや中東で盛んに使用されているドローン爆撃機がまだ掲載されていない。兵器の進歩は恐ろしく早い。
ブクログ:図鑑
先週の日曜日、閉館を知らずに行った展覧会。金曜日の午後を休みにして行ってきた。
この展覧会はTwitter(現X)のポストで知った。このポストを見なければ見逃していた。学習院に行くのも初めてで、ミュージアムがあることも知らなかった。
辻邦生は好きな作家と言えるけれど、小説は『夏の海の色』と『背教者ユリアヌス』しか読んでいない。そのかわりに彼のエッセイはほとんど読んできた。私にとっては小説家というよりも、大好きなエッセイスト、そして森有正のよき理解者として記憶されている。
展示はスペースこそ狭いものの、辻文学の世界がそうであるように、中身がぎっしりと凝縮された密度の高い展示だった。とにかくノートが多いことに驚かされた。Journalと呼ばれる日記、創作メモ、そして作品に仕上がる原稿。
「絶えず書く人」という佐保子夫人の言葉がよくわかった。原稿は鉛筆で書いていることは知っていた。展示を見ると、日記やメモはインクで書いていたみたい。
『背教者ユリアヌス』の原稿にとても興奮した。
何度も書いていること。優れた表現者は限界を設けない。好きなことを、好きなように、好きなだけ、飽きることなく続ける。芸術家の本性とはそういうものだろう。妥協する人は芸術家とは言えない。
入館料は無料。障害者手帳を紛失しているので助かった。
さくいん:辻邦生、エッセイ、森有正
金曜日の午後。目白から母と待ち合わせいている上大岡まで移動して、時間が来るまでカラオケをした。
今回は作詞家、松本隆特集。ひとりなので、女性の歌でも、下手でも、全部歌えなくても全然平気。以下、曲名だけで歌手名は省略。
あゝ青春、忘れ雪、Woman、ルビーの指輪、A面で恋をして、風をあつめて、さらばシベリア鉄道、青春試考、君は天然色、スタンダードナンバー、てぃーんずぶるーす、やさしさ紙芝居、マーガレット、セプテンバー物語、夢色のスプーン
男心、女心、求愛、失恋、青春。歌ってみてあらためて松本隆の世界の広さを感じた。
なるべくたくさんの歌手の曲を歌うように選んだ。それでも松田聖子が一番多くなった。愛されたいの、流星ナイト、天国のキッス、水色の朝、風立ちぬ、ガラスの林檎、Sweet Memories。
最後は、Sunset beach。この歌はキーを自分に合わせて歌うととても気持ちがいい。
土曜日は母を連れて横浜そごうまで出かけた。下の写真は、そごう美術館で開催されていた写真の展覧会、「KAGAYA 天空の歌」展から。没入感の高い大判写真を眺めて、しばし都会の喧騒を忘れた。
さくいん:松本隆、松田聖子、そごう美術館
新年度が始まった。心機一転、しばらくサボっていたことを再開した。
毎朝、NPRニュースを聴く。とりあえずはただ聞き流すだけ。
健康増進:ダンベルを使った筋トレを朝1回から朝昼夕の3回に。ダンベル+エア縄跳びの回数とセット数を増やす。
『石原吉郎全集Ⅱ 全評論』を再読。「私が「ここに在る」ことにより罰せられているとしか思えない」という言葉を軸に、詩人としてでなく思想家として石原の言葉を読み解きたい。
"All the Beauty in the World"(『メトロポリタン美術館と警備員の私』の精読も一度は再開したものの、最近はまたサボっている。
フランス語とギターはまだ再開できていない。
一度にいろいろ始めると挫折してしまうので、タスクは少しずつ増やしていく。
さくいん:英語、石原吉郎
昨日はTwitter(現X)の開始記念日。今年で15周年。最初にTitterに言及したのは2011年4月23日。初めはブログの校正・推敲用のメモだった。
Twitter(現X)を続けていてよかったと思うこと。
- 展覧会やテレビの特番の情報を得られる
- 世の中に自分に似た境遇の人がいることがわかる
- 世の中に自分と同じ趣味の人がいることがわかる
- 世の中に自分と同じ本を読んでいる人がいることがわかる
リアルな世界にはほとんど友人がいないので、サイバー空間でも同士がいると思えることが心の支えになっている。
Apple、50周年。ちょうど30年前の1996年、Appleとすれ違いがあった。
修士課程を終えたあと、進学も留学もできず、就職活動を始めた。最初に内定をくれたのがAppleの業務部門、サプライチェーンのバックオフィスだった。
ところが業績悪化で増員凍結になり、数日後、内定は取り消された。ジョブズが復帰する前の話。iPodもiPhoneもまだない。独自OSのパソコンメーカーに過ぎなかった。
その後、別の米系電子部品メーカーに営業職で入社できた。その会社では米国でAppleにも納品していた。
以降、ステップアップを重ねて2014年末まで5社で働いた。いずれの会社もAppleと取引のあるハイテク製品のメーカー。私自身は日本支社にいたのでAppleと取引したことはない。本社のあるシリコンバレーに出張したときは、アップルの本社があるクパチーノのあたりを運転することもあった。
Appleの業務部門で働いていたら、そういうキャリアを歩むことはなかっただろう。
営業職は辛いことが多かったけど、ありがたいことに報酬は人並み以上だった。ただし、心身の崩壊と引き換えにして。
さくいん:Apple、スティーブ・ジョブズ、シリコンバレー、うつ病
今週、昇格する部門長が主催する最後の全体会議があった。
一人ずつに「何か共有したい情報はあるか」と尋ねながら、私だけ呼ばれもしなかった。
派遣社員ではない。契約とはいえ会社に直接雇われている社員なのに。
「バカにしてるのか」と息巻くような大人気ないことはしない。
黙って透明人間のままやり過ごす。会社の人たちは私のことをどう思っているのだろう。
心の病気になって、安月給の非正規社員になったかわいそうな人
おおかたそんなところだろう。それならそれで構わない。
借金で首が回らないということわけではないし、二人の子どもは独立して結婚相手もすでに見つけている。私自身は通勤のない在宅勤務の暮らしを満喫している。
会社でどう思われようと気にしない。私はヘンリー・ダーガーを見習う。
さくいん:バカ、ヘンリー・ダーガー
何の世界にも専門家や評論家がいる。ハンバーガーのことだけで、200ページを超える本になっていることにまず驚く。
本書はファストフードにもページを割いているけど、話の中心はいわゆるグルメバーガー。そう感じるのは、興味がないので飛ばしているせいもある。
一つ、1,000円以上で、店内で手作りしているハンバーガーをグルメバーガーと呼ぶ。ハンバーガー専門店は(ファストフードを除いて)アメリカにもあまりないらしい。高価で凝ったハンバーガーがあるとすれば、ステーキハウスがランチに提供しているハンバーガー。
グルメバーガーは私も好きで、ファストフードは行かないかわりに、グルメバーガーはあちこちの店に行って食べている。とはいえ、本を一冊書けるほどの知識も情熱もない。正直、店ごとの違いはそれほどわからない。好みかどうかくらい。
本書によれば、具材を重ねる順序を変えるだけでも味は変わる。肉やソースの味は気にしているけど、具材を重ねる順序を気にしたことはない。これから食べる前に注意してみる。
芯が通っているように縦方向のバランスがいいハンバーガーは味もいいというアドバイスも参考にしたい。
確かに、アメリカの大衆的なレストランでは、どこにでもメニューにハンバーガーはあったけど、ハンバーガー専門店は記憶にない。日本のフード・ビジネスにはこだわりのある店が多い。値段は高くても、「こだわり」が成功の鍵なのかもしれない。
さくいん:アメリカ
金曜日、日が伸びたので、終業後、久しぶりに大きな公園まで散歩をした。
歩きながら数えてみたら在宅勤務が始まってから6年目。最初は戸惑いもあったけど、いまではこの働き方しか考えられない。
良くも悪くも、大きな出来事が滅多にない、この平凡な暮らしが私の性に合っているように思う。いや、年齢と経験を重ねてそういう性質に変わってきた。がむしゃらに働いて、それが自分らしいと思う時期もなかったわけではない。
電話一本で顧客の工場へ駆けつけたり、昼過ぎに命令されて、夕方の便でロサンゼルスへ飛び、重要な試作製品を受け取り、一泊だけして翌朝のフライトで帰国したこともあった。
毎週、羽田から伊丹へ飛んでいた時期もあったし、3ヶ月に一度以上の頻度で海外出張していた時期もあった。国内では、京都と広島へ頻繁に出張していた時期もあった。
そういう多忙な生活はもう十分にした。幸い、いまはマイペースで暮らしている。
土曜日、娘の結婚式が近づいてきたので、床屋へ出かけた。途中の公園でメタセコイアを見上げた。この公園は、桜が少ないかわりにメタセコイアで季節がよくわかる。冬の景色を比べると一目瞭然。季節はすっかり新緑の季節。
一番好きな季節。
さくいん:ロサンゼルス、大阪、京都、広島
新緑が萌える小金井公園。子連れがたくさん。
皆、平日の疲れもあるはずなのに、休日に子どもと過ごす時間をちゃんと作っている人は偉いとしみじみ思う。もちろん、その時間を楽しんでいる人がおおかただろう。
苦労はあっても、あとになればきっと幸せな思い出になる。経験者の実感。
桜の名所でもある小金井公園。楊貴妃という名前の遅咲きの桜がまだ咲いていた。
この季節に小金井公園へ来ると、娘を授かり、名前を考えたときのことを思い出す。あのときも、この日と同じようにベンチに腰かけ、缶ビールを開けて、まぶしい緑を眺めていた。
緑あふれる公園があまりにも心地がいいので、新緑にちなんだ名前をつけたいと思った。あれこれ考えた結果、漢字も読みもありふれた名前をつけた。
最後の写真は昨日撮ったもの。最近、夜に何度も目が覚めて、早くに完全覚醒してしまう。そこで思い切って外へ出た。大きな公園まで30分程度の散歩。朝の散歩は爽快。体力増進に効果的で、疲れてよく眠れるようになれば一石二鳥。継続する。
今朝はキャベツ畑のまわりを歩いてきた。
さくいん:小金井公園、名前
まだ考えがまとまらないでいるけど、思いついたことを書いてみる。
生き方に前向きとか後ろ向きとか、方向はあるのだろうか。
生きている。それだけで前向きなのではないか。
ペシミストにはペシミストなりの生き方があり、反出生主義にはその主義なりの生き方がある。、そうではないのか。
たとえば、負債を弁済するために生きることも十分に前向きなことであり、後ろ向きではない。叶えた夢の代償を払いつづけた白瀬矗の生き方はずっと前向きだった。
罪を償うために人生の半分を費やすことがあっても、それはそれで前向きな生き方。
原発を廃炉するための技術を開発をすることも、多くの人を救うのだから、けっして後ろ向きな仕事ではない。
要するに「ズルしても真面目にも生きていける」(スピッツ「チェリー』)ということ。
むしろ、負債を弁済せず、罪も償わない生き方のほうがよほど「後ろ向き」に思える。
負債と罪から逃げないこと。自暴自棄にならないこと。
それさえしなければ、どんな生き方でも前向きと言えるのではないだろうか。
さくいん:白瀬矗
戦後に貴重な体験をした母の愚痴を書いていて妻の祖父のことを思い出した。
結婚する前に妻の祖父に会った。義祖父は浅草で町医者をしていた。とても裕福な家庭で育ったらしい。養子だったと聞いた覚えがある。
その義祖父に、親族縁者はもう聴き飽きた話を聴いた。
関東大震災のときには火だるまになった畳が転がっていた、三越に入る時には草履を脱いでいた、小学校へはクルマで送迎してもらっていた。戦時中は調布という「田舎」に疎開した、だから東京大空襲のことは知らない、などなど。
私は初めて聴く珍しい話ばかりだったので、驚きながら聴いていたらとても喜ばれた。
母の話も貴重な体験なので、誰か喜んで聴いてくれる人がいるといいのだけれど。
さくいん:東京
空いた時間に、NotebookLMを使って校正・校閲を続けている。売り物でもない文章を、それも過去に書いた文章に、なぜ校正や推敲を施すのか。理由は過去を振り返りたいから。
行動や旅行の記録は日記、感想文は読書や展覧会鑑賞の記録になっている。過去の文章を読み返すと、書いた当時の気持ちもわかる。
記憶はいい加減なもので、過去の感情は忘れていることが多い。書いた文章を読み返して、「あのときはそんな風に考えていたのか」と自分を再発見することも少なくない。
とくに過労とうつで行き詰まっていたときの心境を読み返すと、現在の穏やかな暮らしのありがたみが深まる。
NotebookLMでは、一日のチャット(依頼)に上限がある。読み込ませる文章を増やせばチャットの回数は抑えられる。でも、いまは一つずつ文章を読み返しながら、ゆっくり校正している。それが楽しみでもあり、暇つぶしの手遊びでもあるから。
もう一つ、過去に書いた文章を校正する理由がある。それは、来訪してくれる新しい読者に完成された文章を読んでもらいたいから。書いたときは過去でも、初めて私の文章を読む人は現在の文章として読む。だから誤字脱字や勘違いのない文章を読んでもらいたい。
言葉を換えると、単に書き捨てられた〈記録〉ではなく、書き上げられた〈作品〉を私は目指している。
最近、咲坂伊緒を「伊織」と勘違いして書いたことをAIが見つけてくれた。咲坂さんには申し訳ない。全文とさくいんを修正した。
さくいん:うつ、咲坂伊緒
ふだんは呑まないが、私が帰省すると母は呑む。ワインでも日本酒でも、何でもいける。
外で食事をしながら呑むこともあるし、刺身や焼き鳥を買ってきて家で呑むこともある。
呑む量は、二人で缶ビールを一つずつ。追加でワインか日本酒を1本くらい。
何とかして聴いたことのない話を聴き出したいのだけれど、酔えば酔うほど聴いたことのある話しかしてくれない。これは結構、せつない。
なので、おなじ話を聴くのも辛いから、母をエンターテインするために、YouTubeで昭和歌謡を選んで聴かせる。
歌手でいえば、藤山一郎、岡本敦郎、霧島昇、堺正章がお気に入り。戦後から昭和30年頃までの歌が響くらしい。この時代で私が好きな歌は「北帰行」と「雪が降る街を」。だから、この2曲も必ず聴く。
古関裕而作曲の軍歌もよく覚えているようで、動画に合わせて歌っている。
さくいん:小関裕而
図書館で借りてきた図鑑、2冊。
日曜日の夕方、TBS系で放送されている『世界遺産』をときどき見る。自然の絶景よりも人間が造った都市や城、宮殿などの回を見ることが多い。野生動物の特集のときは見ない。図書館で街並みの世界遺産に絞った写真集を見つけて借りてきた。
ちょうど先週の放送がエディンバラ(放送ではそう呼んでいた)を紹介する回だった。
エジンバラには行ったことがある。大学三年生の夏休み。ロンドンに入り、ウィーンまで60日かけて西ヨーロッパを横断した。エジンバラへはロンドンから一泊二日で行った。
街の美しさと公園の緑の美しさは忘れられない。あまりに感動したので、レストランでフルコースを食べた。フランスチームの青いラグビージャージを着ていたので、店員に「フランス人なのか」と訊かれたことを覚えている。肌の色で人を判断しないことに驚いた。
いまは世界中どこも物騒なので、美しい街並みを見ても行ってみたいとは思わない。正確に言えば、行ってみたいけれど怖くて行けそうにない。でもパリだけはもう一度行きたい。
日本伝統工芸展を日本橋三越で見て日本の工芸品に興味を持つようになった。『工芸の国、ニッポン。』は、工芸作品の展示が東京から金沢に移転した機に特集が組まれた雑誌。名品がたくさん紹介されている。
工芸館がまだ竹橋のMOMATにあったときはまだ興味が薄くて見に行かなかった。金沢ならいつか行けるだろうか。
当面は、伝統工芸展を毎年欠かさずに観に行く。
さくいん:金沢、ウィーン、エジンバラ、パリ
先日、妻の祖父から聞いた昔話について書いた。今日は、私の祖父、母方と父方の二人について書いておく。
母方の祖父は静岡出身。農家の三男で茶畑を継げないから東京で明治の予科に通い、二級官吏になった。仕事は石炭関係とだけ聞いている。
最初の赴任地だった札幌で祖母と結婚し、昭和6年に叔父が生まれて、福岡に転勤して母が昭和10年に生まれた。その後、本省に転勤になり、浦和に居を構えた。
戦前に地方出身で札幌、福岡、東京を転勤したのは今の海外赴任くらい大変だったのではないか。「たいへんな苦労だったに違いない」と母は繰り返して話す。
晩年は糖尿病に苦しみ、私が小学四年生の夏に亡くなった。
父方の祖父は横浜の外れの生まれ。農家を継げず、小学校を出て郵便局に丁稚で入った。
長年勤め上げて最後は港郵便局の貯金課長まで出世。退職後も横浜銀行に10年勤めた。
40歳の夏、招集され本牧の練兵場に行ったところで終戦を迎えた。
お酒もタバコもやらない真面目な人だった。祖父からは昔話は聞けなかった。
私が中学三年生の冬に亡くなった。
さくいん:北海道、横浜
サギ電話がかかってきた。
警察を名乗り、私の名前を告げて、「いま、お時間よろしいでしょうか」と言ってきた。
私は即座に「ダメです」と応えて電話を切った。
もっと話をして犯人逮捕に協力すればよかった。あとからそう考えたけれど、そのときは断るだけで精一杯でそういう判断はできなかった。
高齢者や若い人がダマされるのも無理はない。いきなり自分の名前を告げられたら、それだけで狼狽してしまう人もいるだろう。
考えてみると、毎夕、「首都圏ニュース」で啓発コーナー「STOP詐欺被害!」を見ているから冷静な対応ができたのかもしれない。
さくいん:NHK(テレビ)
『絶望名言』の続編。前著は主に文学作品から「絶望」になる言葉を集めていた。本書は戦後の歌謡曲から最近のJ-Popの歌詞から「絶望」を集めている。
一つ一つのフレーズは短いので軽い気持ちで読みすすめていたら、3月まで読んだところで気が滅入ってきた。さすがに苦しい。一度に読むような本ではない。手元に置いて絶望に浸りたいときに開くのがいい。
はしがきの「なぜ絶望的な歌詞を集めたのか?」で頭木は次のように書いている。
- ●80〜90年代のJポップ全盛期は、落ち込める曲は少ない。
- ●2010年代からはSNSの苦しみを唄った歌が目に付く。若い層で、息苦しさを歌うことに共感が集まっている。
- ●「自死」「死」に関する歌詞は、昔より現在のほうが多い。
いずれもこれまで気づかないでいたこと。絶望の歌というと中島みゆきや山崎ハコ、森田童子などを思い浮かべてしまう。実際は現代でも絶望的な歌詞は多いらしい。2010年以降のポップスに疎いので知らなかった。選択が難しかったのか、中島みゆきの歌詞はない。
「自死」や「死」さえイメージするような「絶望ソング」が広く受け入れられているということは、いまという時代が若者たちにとって生きづらいことを示しているのだろうか。「死のカジュアル化」があるとしたら、それも怖い。おそらくは、どちらの傾向もあるのだろう。
あるいは違う見方もある。集団での自死や嘱託自死など自らの命を軽く考える風潮はないだろうか。
1ページごとにアーティストと楽曲について簡潔な紹介文が添えられている。巻末に歌手と曲名の索引もあり、とても親切。大晦日は鶴田浩二「傷だらけの人生」(藤田まさと作詞)。個人的にいい締めくくりと思った。
いまはYouTubeや無料配信があるので、気になる歌詞の曲はすぐに聴くことができる。
さくいん:頭木弘樹、自死、死生観、中島みゆき、鶴田浩二
Twitter(現X)のタグから。
まず、子どもの頃に読んだ本
『ちいさいおうち』は母に何度も読み聞かせてもらった。
『ドリトル先生』は金沢区に一つだけある図書館へ自転車で通い、『月へ行く』の手前まで読んだ。松田道雄も図書館で借りて読んだ。たぶん六年生のとき。ほかにも『君たちの天分を活かそう』や吉野源三郎『君たちはどう生きるか』も同じ頃に読んだ。思春期に入った頃だった。
次に、子どもの頃に読んでおきたかった本
最初の2冊は、子ども向けの本であるけれど、大人になってから読んでよかった本。子ども時代の私では内容を理解できなかったかもしれない。
最後の一冊は私が子どもの頃にはまだ出版されていなかった。姉が亡くなったときにこういう本があったらよかったのに、という願望。
さくいん:バージニア・リー・バートン、『ドリトル先生』シリーズ、松田道雄、『クオ・ヴァディス』、ユリ・シュルヴィッツ