御殿場から見た富士山
1/1/2026/THU
今年の目標
元日の青空

基本的には昨年と同様、ソロ活を継続する。孤立無援になることを恐れず、孤独を深化させたい。外面的なことだけでなく、内省を深めて、精神的にも孤独を極めて自分と向き合う年にしたい。

といっても誰にも会わないわけではない。受験生を抱える友人が何人かいるので、彼らには春に会いたい。

  1. 1. 怠惰な生活をあらためる(QOLを自力で向上させる)
  2. 2. 英仏語の学習とギターの練習を再開する
  3. 3. 資産を殖やす
  4. 4. 本当に気に入った"モノ"を買う
  5. 5. 本(電子版)を1冊制作する

1.は生活習慣の改善。5時で在宅勤務は終了。通勤もなく、即、好きなことができる、はずなのに、何もしていない。こういう暮らしを変えたい。Twitter(現X)には、目標を掲げて努力している人がたくさんいる。そういう人を見習いたい。

2.は1.の具体案。実現するには、重い腰を持ち上げるモチベーションが必要。

3.について。長いあいだ苦しんでいた株投資が昨年ようやく上向いてきた。これについては今年飛躍したい。NISA枠を上手に使うこと。

4.は3.がうまくいったとして進める。文房具やインテリア雑貨などを購入して自分の空間をより快適にしたい。

5.はまだ願望。過去の文章からテーマを一つ決めてアンソロジーを作りたい。


さくいん:孤独


1/2/2026/FRI
昨年のアクセス解析と販売・既読実績

昨年のアクセス数。初めて総アクセス数が3万を越えた。読んでほしいと持っている文章も読まれた。この結果で十分に満足。

昨年の販売数。電子書籍では、『過去相に生きる』が4冊。『自死遺族であるということ』は2冊。紙の本は『自死遺族であるということ』が1冊。


参考:2025年のアクセス数ランキング、50位まで

さくいん:山村良橘『海街diary』いわさきちひろApple中井久夫


1/3/2026/SAT
今年行きたい展覧会
芸術新潮 (2025年12月号) :これだけは見ておきたい2026年美術展ベスト25、新潮社、2025
日経おとなのOFF 2026年絶対見逃せない美術展、日経BP、2025
芸術新潮 (2025年12月号) 日経おとなのOFF 2026年絶対見逃せない美術展

年末に雑誌を2冊買い、2026年の展覧会訪問計画を立てた。2冊を読み比べてみると、毎年読んでいる『日経おとなのOFF』のほうがどの展覧会が、いつ開催されて、何が見られるか、分かりやすく整理されていて読みやすい。

『おとなのOFF』の付録、A5のクリアファイルもうれしい。このクリアファイルが新しいカバンにちょうど合う。チケットや目録を入れるのに活躍しそう。カレンダーも、毎年使っているので二月分が横に並んでいる『おとなのOFF』のほうが、縦に並んだ『芸術新潮』の付録よりも見やすく感じる。来年は一冊でいいだろう。

以下、雑誌の記事からピックアップした今年行きたい展覧会。

  • オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語、西洋美術館(開催中)
  • トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで、三菱一号館美術館(2月)
  • オルセー美術館所蔵「いまを生きる歓び」、東京都美術館(4月)
  • NHK日曜美術館50年記念展、東京藝術大学大学美術館(4月)
  • 百万石! 加賀前田家、国立東京博物館(5月)
  • マリー・アントワネットを追いかけて、横浜美術館(8月)

まず最初に行く予定にしているのは「モダンアートの街・新宿」(SOMPO美術館)

毎年年初には遠いところも行きたいと計画するけれど、なかなか遠出はできない。今年、再訪したいのは、大川美術館(桐生)と歴博(佐倉)。泊まりがけの旅行で行きたいと思っているのが清春美術館(小淵沢)。

東洋文庫ミュージアムのリニューアルオープンも楽しみ。去年、「3か月でマスターする古代文明」を見て大阪の民博にも行きたくなった。


さくいん:国立西洋美術館川瀬巴水小林清親三菱一号館美術館横浜美術館東京国立博物館NHK(テレビ)大川美術館東洋文庫ミュージアム大阪


1/4/2026/SUN
年末から大晦日まで
煮しめを作る 刺身盛り合わせ

29日午後に移動して、上大岡駅で母と待ち合わせた。百貨店のおせちは頼んであるので、かまぼこと伊達巻きを買い足し、煮しめとお雑煮の材料を買った。ごぼう、レンコン、水菜、こんにゃく、鶏肉(合わせて2Kg)。この日は百貨店のレストランでカキフライを食べた。

30日。母に指示してもらい料理は私がすることになると思っていたのに、材料をまな板に並べると母は手際よく料理を始めた。調味料が見つからなかったり、強火のまま別のことをしようとしたりするので、そこだけ見守った。

夜は金沢文庫の海鮮居酒屋。小田和正の生家、小田薬局のあるすずらん通り。店を出ると思わず"MY HOME TOWN"を口ずんでいた。彼と同郷であることは誇らしい。

31日。ドラマ『ふてほど』を見ながら掃除をして、夕飯の買い物へ。毎年、多勢集まってすき焼きをするのが恒例だった。この日は崎陽軒のシウマイとスーパーで買った寿司。安物のスパークリングワインで無病息災の一年を祝った。

紅白歌合戦は、娘も姪もいないので誰が誰だか、わからない。それでも、いいステージが多かったと思う。矢沢永吉、郷ひろみ、Vaundy、back number。『あんぱん』のステージもよかった。知らなくても見せる演出、聴かせる歌があった。

大トリは松田聖子。5年ぶりの出場という。ひとり娘を亡くして出場を辞退してから5年が経った。彼女の悲嘆はどれだけ癒えただろうか。昨夜の歌唱に、弔いの気持ちが込められていただろうか。そんなことを考えながら声援を送った。

興奮していたのか、0時過ぎに目を閉じたのに2時過ぎまで眠れなかった。


さくいん:小田和正横浜『紅白歌合戦』郷ひろみ松田聖子悲嘆


1/5/2026/MON
元日から三が日まで
雲ひとつない空 鶏肉のうま煮 野菜の煮しめ お雑煮

大晦日の夜、よく眠れないまま新年の朝を迎えた。外に出ると雲ひとつない快晴。今年はいい年になりそうな予感。

朝、おせちを食べながら純米酒を呑んだら、午前中にソファで熟睡してしまった。そうこうしているうちにお客の来る時間になった。

妻と息子と娘。甥は受験生なので中学一年生の姪が一人で来てくれた。

パートナーと暮らす息子も娘も、大晦日の夜はすき焼きだったという。娘は雑煮も作ったらしい。「おばあちゃんの味にできたよ」「なるとは寿の文字入りにした」。

伝統は受け継がれた。「ここの習慣しか知らないから」。そう言って、二人とも笑っていた。老母も孫が訪ねてきて、みるみる顔色が明るくなった。ありがたいこと。

百貨店のおせちも用意してあったけど、母の作った煮しめからどんどん減っていき、重箱はきれいになった。皆、「おばあちゃんの味」を求めている。これもまたありがたいこと。

おせちと雑煮をふるまってから、中学生とアラサーの解説付きで『紅白』の復習。CANDY TUNEは苦労人とか、ILLITの国籍別人数とか、ちゃんみなは元高校生ラッパーで、出産したばかりとか、いろいろ教えてもらった。

こちらからは堺正章はドラマで悟空を演じたこと、布施明が歌った"My Way"の大元はシナトラと伝えた。我が家では『紅白』は世代間交流の場として機能していた。

皆、帰ると二人になって急に静かになった。テレビも見慣れたものが多く食傷気味。前夜眠れなかったので、10時には床についた。

2日。予定を早めて駅伝がゴールしたところで帰ることにした。

長く一緒にいると「できることを褒めて、できないことを責めない」という昨年セミナーで教わった介護の掟が守れなくなってくる。

そもそも、今回は母の予測不能な行動にイライラしっぱなしだった。なかなか落ち着いて対応できない状況になってきた。今年は次の段階を考えなければいけないかもしれない。

3日の朝はもうコーヒー&トースト。正月気分が薄らいだ。午後は妻の実家にご挨拶。

休みも最後なので、帰宅してからスパークリングワインを1本空けた。


冬休みのおまけ写真

左の写真は妻の手土産。武蔵小金井のフランス料理店、TERAKOYAのオリーブ・サンド。JALとANAのファーストクラスでも採用されているという。皆に好評だった。

右は、帰京するときに乗車した京急のレアなブルー車両。今年はいいことがある予感。

TERAKOYAのオリーブ・サンド 青い京急、600形

さくいん:『紅白歌合戦』京急


1/6/2026/TUE
小林徳三郎 - 詩のような日常宇宙、東京ステーションギャラリー
小林徳三郎展 夕景 All the Beauty in the World 早矢仕ライス

冬休み最終日の日曜日。休みが終わると在宅勤務で家にこもる暮らしがまたはじまるので出かけることにした。

本展はEテレの展覧会情報番組、『アートシーン』で見て興味を持った。東京ステーションギャラリーは3年前に「鉄道と美術の150年」を見て以来。

とても気持ちのいい展覧会だった。柔らかな線で描いたイワシやタイ、屈託のない柔和な子どもの表情、穏やかな自然の風景。新年初めに心温まる絵を見られた。

「詩のような日常宇宙」というタイトルがいい。本展の核心を突いている。

作品の優しさとは別に堅い心情もあったようで同時代の芸術家に対して、「人格的に真実が不足」していると批判したこともあったという。雑誌の挿画から舞台芸術まで幅広い活動に驚いた。MOMATが最初に買い上げた日本画家の洋画ということにも驚いた。

東京ステーションギャラリーでは、創建当時に積み上げた煉瓦を見ることができる。この美術館の魅力の一つ。売店に立寄ると、マティス「イカロス」の絵はがきがあったので買って、自室に新しく買ったコルクボードに貼った

美術館のあと丸善本店へ初詣。せっかく来たので何か買おうと思案して選んだのは、昨年読んだ本のうちのベスト1、『メトロポリタン美術館と警備員の私』原書を買った。今年はこれを英語学習の教科書にする。

店内だけで歩き疲れたのでランチも丸善のなかで済ませた。「元祖」ビーフ早矢仕ライス。カレーとも違うスパイスが効いていて、食べたことのないおいしさだった。

妻への土産に吉祥寺ではらドーナツを買って歩いて帰った。


さくいん:東京ステーションギャラリー


1/7/2026/WED
年末の爆買い

昨年、11月末のブラックフライデーから12月初旬の楽天スーパーSALEにかけて、ふだんしないような爆買いをしてしまった。

昨年のベストバイはiPad Airトートバッグ

iPad Airは妻へのクリスマスプレゼント。妻が外出しているときには私も使う。

ふだん使いや前々から欲しいと思っていたものを、ポイント倍増期間に合わせて買った。温湿度計やコルクボードは部屋を快適にするために前から欲しかったもの。

いずれ買うと決めてあるものはこういうときにまとめ買いするのは賢い買い物だろう。そのためには、ふだんから「欲しいものリスト」をこまめに更新しておくことが大事。


さくいん:Apple


1/8/2026/THU
英国の邸宅遺産 ロンドンの華麗なる館(The Great Houses of London), James Stourtron、ダコスタ吉村花子訳、河出書房新社、2024
英国の邸宅遺産

冬休み前に図書館で借りた図鑑。年末年始の閉館のおかげで、長く借りてゆっくり眺めることができた。写真が美しい。

「館」と呼びたくなるロンドンに残る豪奢な邸宅は映画『日の名残り』を思い出させた。『刑事コロンボ』にも金持ちの豪邸がよく登場するけど、ロンドンの邸宅には歴史が育んだ趣きがあるように感じる。

貴族や富豪はここでどんな暮らしをしているのか。写真には人が写っていないのでかえって想像をかきたてる。

ダウニング・ストリート10番地も紹介している。歴代首相はここでどんな暮らしを送っていたのだろうか。

Tシャツにスェットパンツでソファに寝転がり、缶ビールを呑みながらテレビを見るなんてことは絶対にしないだろう。それが私の日常世界。だから私には無縁な生活世界を想像する時間が楽しい。


さくいん:イギリス日常


1/9/2026/FRI
マジカル博物館ツアー 不思議で珍しい、世界の個性派ミュージアム100(Curieux musées), Patrick Baud、神奈川夏子・藤村奈緒美訳、日経ナショナルジオグラフィック、2025
マジカル博物館ツアー

冬休みに眺めた図鑑の続き。

本書は前に読んだ『世にも奇妙な博物館』の海外版。

奇想天外な展示を見せるミュージアムがこれでもかというほど数多く紹介されている。なかには直視したくないグロい展示も少なくない。

興味を引いた博物館は以下の通り。

日本からは、砂の美術館(鳥取)カップヌードル・ミュージアム(横浜)目黒寄生虫館(東京)が紹介されている。

行きたい、と書いてはみたけど、今後、定年退職記念のパリ以外、海外旅行をする予定はないので、せいぜいウェブサイトを眺める。

いまはウェブサイトが充実しているので、訪問しなくても博物館に行った気になれる。


さくいん:ニューヨークシンガポール鳥取パリ


1/11/2026/SUN
E・キューブラー・ロス 『死ぬ瞬間』12月 (100分 de 名著)、島薗進、NHK出版、2025
E・キューブラー・ロス 『死ぬ瞬間』12月 (100分 de 名著)

読んだことがあるつもりだったけど、読んだ本にたくさん引用や紹介がされていただけで著作を直接読んではいなかった。今回も、番組を見てテキストを読んだだけで、『死ぬ瞬間』じたいは読めなかた。

死を迎えるまでの5段階についても、紹介されたどこかで読んだことがあった。紹介される彼女の考えに違和感を感じるところはなかった。

かつて人々の死生観を支えていた宗教の力や共同体の絆が弱まっていき、反比例するように科学が発展し、無宗教の感覚が広まっていく時代にあって、いわゆるターミナル・ケアの必要性を訴えたキューブラー・ロスには先見の明があったと思う。

いまはホスピスなどに宗派にこだわらず、死を迎える人を精神的に(あるいは霊的・スピリチュアルに)ケアするチャプレンがいると聞く。キューブラー・ロスが強く訴えた言葉が具現化したものと言えるだろう。

いま、私の身近には三つの死がある。一つは、そう遠くはない母の死。二つ目は、いつか迎える自分の死。そして三つ目は、私を遺して旅立った姉の死。

老いていく母にどう接していけばいいか。キューブラー・ロスが示した末期患者への対応が参考になるだろう。寄り添い、意志を尊重し、残された時間を大切にともに過ごしたい。

自分の死について。

キューブラー・ロスとともに、指南役である島薗も「希望」を強調していた。死後へ向けた「希望」が安らかな死を迎えるために必要という。

いまのところ、死は無、と私は考えている。眠るとき意識がなくなるように「私」という意識は消滅する、と。先に逝った人に再会できるとも思っていない。

本当に死に直面した時、この考えは変わるかもしれない。

だから、何も決めつけずに、どんな死後でも受け入れられるようにしておきたい。それが私の「希望」。

そして、姉の死について。孤独のなかで思いがけずに亡くなった姉のことを考えるとき、「もう一度会いたい」「魂はどこかにいるはず」「彼女の無念を救いたい」。そうすることで、私が救われたい。そんな気持ちになる。姉のことを考えるとき、私は死について「希望」を持ちたくなる。

私の死生観は矛盾している。だからこそ、何も決めつけずに心を広げておきたい。


さくいん:NHK(テレビ)島薗進死生観自死遺族孤独


1/12/2026/MON
『石原吉郎全集Ⅱ』を購入
『石原吉郎全集Ⅱ』

年末の爆買いの続き。

『石原吉郎全集Ⅱ』は衝動買い。「日本の古本屋」を眺めていたら、セットでは高額になる石原吉郎の全集が1冊だけなら安く出ていたので全3巻のうち、第2巻だけ購入した。

私が好むエッセイは第2巻に収録されているのでこれで満足。よく知られている詩は手元にある『詩文集』で読むことができる。

本は函入りで布装。こういう豪華な装丁は最近なかなか見かけない。状態も非常にいい。定価より安く買えたのは幸運だった。

帯に書かれている文章がとてもいい。

シベリアの収容所体験から生まれてきた〈位置〉への執着、そして〈断念〉にいたる過程を明らかにする全評論。これまでに刊行された全評論集と、単行本未収録の十篇を加えて、詩人の苦悩とその精神の全貌を伝える。

石原吉郎は、森有正と同じくらい、『庭』を始めた40代以降の私の精神生活に大きな影響を与えた人。とりわけ「ある〈共生〉の経験から」「ペシミストの勇気について」は脳天を打ち叩くような衝撃があった。

ゆっくり時間をかけて熟読、味読したい。


さくいん:石原吉郎森有正


1/13/2026/TUE
ホームゲートウェイ交換
新しいホームゲートウェイ

以前からネットがときどき落ちる現象があった。昨年、Wi-Fiルーターを買い換えた。それでもときどき落ちる。原因が長いあいだわからなかった。

ふと、目に留まったのが、光回線につながっている大元のルーター、ホームゲートウェイ。

見ると2009年製とある。これが原因か。AIに尋ねてみると、ホームゲートウェイの寿命は5年程度。15年前の製品はさすがに古過ぎる。さらに尋ねるとISPに依頼すれば最新機に交換してもらえるらしい。

さっそくISP(Biglobe)に電話してみた。すると機器を扱っているNTTに聞けと言われ、NTTに聞くとISP経由で依頼しろと言われた。再びISPに電話して、ようやく技術サポートに取り次いでくれた。

ここからは早かった。最新機器を手配してくれてクリスマスの日に到着した。交換と接続に手間取り、少々焦ったものの、ISPの技術サポートの人が助けてくれて交換は無事終了した。古い機械は新しい機械に同梱されていた袋に入れて着払いで発送して処分完了。

息子がコロナ禍の学生時代、ネットが頻繁に落ちるのでリモート講義が途中で見られなくなるとクレームしていた。そのとき気づくべきだった。息子には申し訳ないことをした。

インターネットは家庭でも電気ガス水道と同じくらい重要なインフラ。正しい知識と定期的なメンテナンスが大切と痛感した。


1/14/2026/WED
新しい手袋
手袋

新しい手袋を買った。革の手袋の左を失くしてしまい、極寒用はふだん着けにくい。

最初はスマホ対応と書かれているものにしようと思っていくつか試した。確かにアイコンはタッチできるものの、文字盤までは押せない。結局、手袋を外すことになる。

店頭で見つけたのは指の部分が露出している手袋。寒いときは浅くはめて手を握っていれば暖かい。スマホを使うときは指を出せばいい。これはとても便利。写真を撮るために頻繁にスマホにさわる植物園では重宝した。


1/15/2026/THU
百日紅の木立
サルスベリの木立

神代植物公園にはいくつかお気に入りの場所がある。ここもその一つ。

ここへ来るといつも思い出す。

  私はその百日紅の木に憑かれていた。
(中略)
  それは気味悪く枝々を宙にさらけ出していた。裸の、死んだような、すべすべした枝。私はその側まで魅せられたように近づくと、どうしてもそれを撫でてみないわけには行かなかった。それはまったくすべすべして、赤ん坊の肌のようだった。それでいて、厭らしいように年を取っていた。(福永武彦『草の花』

私もここで百日紅を見かけると、つい手で幹に触りたくなる。


さくいん:神代植物公園福永武彦


1/16/2026/FRI
暴力の記憶

高校生の暴力事件。動画の一部も見た。動画を見て、苦い記憶がよみがえってきた。

中学時代は毎日、ああいう光景を目にしていた。

しかも、暴力をふるっていたのは、生徒ではなく教員だった。教員が生徒を殴り、蹴り、罵倒していた。

いまの人には想像できないだろう。でも、それが現実だった

私は、暴力で生徒を支配していた教員たちを許さない。絶対に許さない。

同時に、私は自分も許せない。暴力を通報も告発もせず、暴力を黙認していたから。

そして、黙っていることで教室で優位な立場を確保し、内申点を獲得し、望み通りの進路を選ぶことができた。

私は被害者であると同時に、加害者であり、暴力の受益者だった。

自分のことを許せないような自分にした暴力を私は絶対に許さない。

こういうとき「思想は加害者の側からしか生まれない」という石原吉郎の言葉が胸に突き刺さる。告発でもあり、慰めでもあり、励ましにも聞こえる。


さくいん:体罰石原吉郎


1/17/2026/SAT
南国帰りの寒さと眠気

南国から帰京してからというもの、寒さと眠気が強くてとても辛い。

寒い身体を動かすためだけでも相当なエネルギーを消耗している。

今週は毎日早めに布団に入り、暖かくなってから目を閉じている。

北国の人たちは、毎年、何ヶ月もこういう環境で暮らしている。

こんな季節に全国的に受験とか国政選挙とか、とても公平には思えない。

何とかならないか?


1/19/2026/MON
ワーク・介護・バランス
bubby'sのステーキ

先週の金曜日、午後を休みにした。横浜の実家でケアマネージャーとの面談があり、そのあと、母の新しいマイナンバーカードを受け取りに行くことになっていた。

ところが昼前になってトラブルが発生して家を出るのが遅くなった。問題はまだ解決できていなかったのでパソコンを持って家を出た。

新宿まで出ると駅は大混乱だった。横浜方面へ向かう湘南新宿ラインは次にいつ来るか、わからない状態。来た電車に飛び乗り、渋谷で東横線に乗り換えて横浜まで行った。

何とかケアマネージャーとの面談には間に合った。彼女の方では公休日なのに、こちらの都合に合わせて来てくれたようだった。

母は認知症は間違いなく進行している。でも、食欲旺盛でお酒も呑む。土曜日汐留で、アメリカン・ダイナー、bubby'sで夕飯を食べた。ステーキとフライドチキンをしっかり私と半分ずつ食べ、ワインも半分呑んでいた。

90歳でも自分の歯が26本残っていて噛む力が衰えず、胃腸も強い。ここに長生きの秘訣がある。これは見習いたい。先日もテレビで噛む力が寿命を左右すると報じていた。

いま、窓際の契約社員だから時間の融通がきいている。もし、今も10年前と同じ働き方をしていたらとても介護はできなかっただろう。毎週、新幹線か飛行機で出張。夕食までには帰宅しても食後に部屋で残業。3ヶ月に一度の海外出張。

現役の役職者の人や、親が遠方に住んでいる人はもっと苦労しているだろう。早期に第二の人生を生きることになったのは実は運がよかったのかもしれない。


1/20/2026/TUE
美しいユートピア - 理想の地を夢みた近代日本の群像、汐留ミュージアム
モダンアートの街・新宿、SOMPO美術館
美しいユートピア展 モダンアートの街 新宿展 松本竣介「立てる像」

週末に続けて展覧会を見た。どちらも1920年代から40年代に焦点をあてている。

1920年代。建築家も画家も自由な表現を求めて、それが追求できると夢想していた。その一方で世の中は全体主義に傾いていた。芸術家たちの運動が政治的な抵抗運動に結びつかなかったのはなぜだろうか。そして、表現活動と政治状況が「ねじれた」潮流は現在の風潮と似てはいないか。民藝運動の展示を見ながらそんなことを考えた。

この週末は松本竣介「立てる像」のことをずっと考えていた。汐留で下絵を見て、新宿では神奈川近代美術館でも見た作品に再会した。

戦時下の1942年にこれほど「個」を前面に出した作品を制作することは、かなりの勇気がいることではなかったか。同じ頃、松本は全体主義に抵抗する文章「生きてゐる画家」も書いている。

強い精神を持っていた人と想像できる。

ほかにも、大川美術館所蔵の「ニコライ堂の横の道」やアーティゾン美術館所蔵の「運河風景」を汐留で見ることができた。

松本俊介が下落合に暮らした戦前から戦中にかけて、下落合には多くの芸術家が居を構えていた。今ではとても信じられないのどかな田園風景の下落合を佐伯祐三、吉田博らが描いた作品で時間旅行することができた。

川上澄生「大隈侯記念大講堂」と木村荘八「新宿駅」もよかった。松本竣介の作品では、「N駅近く」と題した西武線の中井駅付近の風景を描いた作品が、青い「街」と同じモンタージュの手法を使いながら、赤みの色合いで「街」とは異なる独特な雰囲気をたたえていた。

汐留で、宮沢賢治「農民藝術概論綱要」の手稿も見ることができた。忘れないように書き添えておく。


さくいん:汐留ミュージアム松本竣介大川美術館東京宮沢賢治


1/21/2026/WED
石垣土産のミンサー織
青いミンサー織コースター ミンサー織の説明

石垣島で滞在したホテルの売店でミンサー織のコースターを買った。

ミンサー織りは八重山の名産品。紋様には通い婚が通例だった時代に由来すると言われている。「五つ」と「四つ」の模様が「いつの世までも末長く」という意味が込められていて、両端の紋様はムカデの足を示していて「足繁く」通ってほしいという願いが込められていると説明文にある。

コースター用に作られたものだけど、青い色が好みだったので、コルクボードに貼り付けて部屋の飾りにした。

石垣ではさまざまな青を見た。海の色は、緑が混ざった透明からエメラルドグリーンまで、場所によって、また日差しの加減によって変化に富んでいた。空は快晴の青。そしてミンサー織の青。

竹富島で水牛車に乗った記念としてもらったコンドイ浜の写真データも、気に入ったのでiMacの壁紙にした。西桟橋の写真iPadの壁紙にした。

これでいつでも石垣ブルーを思い出せる。


さくいん:石垣島Apple


1/22/2026/THU
飛行機に乗って驚いたこと
飛行機の窓から見た黄昏

先日、飛行機旅行のメリットについて書いた。今日は久しぶりの飛行機旅行驚いたことを書いておく。それは乗客がスマホを持っていることを前提にしていること。

以前は、一人一人の座席にディスプレイがあり、Wi-Fiは有料だった。

いまは反対。個人用のディスプレイがなくなり、音楽も映画も機内エンターテインメントはすべてWi-Fi経由でスマホに届く。天井に吊られた共用のディスプレイは小さくなったような気がした。

座席数だけディスプレイを外したら、Wi-Fiを無料にしてもかなりのコストカットになるに違いない。

そのWi-Fi。何度も落ちて音楽も映画も楽しめなかった。こういう技術は日進月歩だから、次回、搭乗するときには改善されていることを期待する。

機内雑誌も、上級会員だった頃には、搭乗していない月でも家に送られてきていた。今回は機内の隅にあるラックに数冊置いてあるだけ。機内アプリから電子書籍で読めるようになっていた。いずれ紙の雑誌は無くなるのではないか。

情報弱者にとっては住みづらい社会になっている。私自身もいまはついていけてるけど、20年後に最新のデジタル技術に対応できているか、自信はない。


1/23/2026/FRI
飛行機旅行のメリット
飛行機から見える風景

今回の旅行。遠いところへ行ったのに移動は楽だった。理由は飛行機だったから。

タクシーで最寄駅まで行き、バスで空港へ直行できるので途中で乗り換えはない。

新幹線から目的地までの乗り換えもない。

通勤ラッシュのなかを大きな荷物を抱えて歩くこともない。心理的にも、通勤ラッシュにもまれて旅気分が壊されることもない。

個人的にも、飛行機のほうが新幹線よりも思い出したくない嫌な記憶が少ない。

空港の展望デッキは広々としていて気持ちがいい。いい写真がたくさん撮れた。いい席に座れば機内からも雲海や山並み、街の夜景を眺望できる。

飛行機旅行にはメリットがあることが久しぶりに搭乗してわかった。

LCCやセールの航空券を上手に使えば、コストも抑えられるだろう。

写真は今回の旅行で往路に撮った翼と空。富士山もよく見えた。その写真はいずれ使う。


1/24/2026/SAT
冬の石垣旅行Tips
竹富島、コンドイ浜

石垣旅行の興奮と旅のあとの寂しさも和らいできたので、旅行に行く前に気づかなかったことを書いておく。

  • 天気(気温と風)が頻繁に変わる
  • 重ね着で調節
  • 風が強いのでウィンドブレーカーや薄手のコートが必須
  • 現金が使えない観光スポットがある
  • 朝と夕、どちらの光景を見たいかを考えて宿を選ぶ
  • 川平湾の駐車場は冬でも混んでいる
  • 50代以上の世代なら具志堅用高記念館は一見の価値あり
  • 東京から旅したならば、帰ってから寒さが身に染みる

写真は竹富島のコンドイ浜。素人がスマホで撮ってもきれい。


さくいん:石垣島具志堅用高


1/25/2026/SUN
重力と恩寵(La Pesanteur et la Grâce, 1947)、Simone Weil、田辺保訳、1995
『重力と恩寵』

ヴェイユのことは以前から気にはなっていた。どれから読んだらいいのかわからないので、冨原眞弓の入門書を手に取ったところ、『重力と恩寵』はアフォリズムで書かれていると紹介されていたので、それなら読みやすいかもしれないと思い、文庫本を購入した。

形式は読みやすいものの内容は難しく、文体にも波長が合わず、なかなか読み進めることができなかった。そこで編者による解題と訳者あとがきを先に読んで、輪郭をつかんでから読むことで何とか読み切ることができた。

深いところまで理解できなかったので、以下、表面的な印象。

本書はまず怒りにも似た強い批判にあふれている。ユダヤ教批判、キリスト教批判、カトリック批判、教会批判。全体主義批判にマルクス主義批判。およそあらゆるイデオロギーに「否」を突きつけている。

そのうえで、ヴェイユは孤独にただひとりで、どんなイデオロギーにも寄りかからない立ち位置で神の存在を模索する。神の存在に期待をかけているのでペシミスティックではない。その一方で、自分が生きているこの現実社会とどこかで折り合いをつけようという柔軟さも見られない。純粋無垢な探求は悲痛にさえ聴こえる。

本書を読んでいて、「若い」という印象を私はぬぐえなかった。純粋なもの、真なるもの、その向こう側にあるはずの神。それらを突き詰めていく姿は美しく映る一方で、孤独を深めるだけの旅路にも見える。こうした思考を突き詰めると現実と妥協することができず、「ひとり/ただ/くずれさるのをまつだけ」(岡真史)になってしまう。

若い純粋な心情の吐露を読みながら、奥浩平や高野悦子の文章を思い出した。この連想はきっと的はずれだろうだろう。哲学教師の有資格者の思索ノートと大学生の日記では違いは大きい。でも、私はこの連想をせずにはいられなかった。同時に、真実の探究を究めようとして若くして挫けてしまった二人と比べて、39歳まで思索と労働を続けて、希望を捨てずに生きたヴェイユが持っていた精神の強さを感じた。

さらに、私はまったく個人的な連想をした。奥浩平や高野悦子に傾倒していた18歳の姉が本書を読んでいたら、彼女も孤独と苦境のなかで希望を見出すことができたのではないか。

命日と誕生日がある2月が近づいているから、そんな想像をしてしまうのかもしれない。


さくいん:シモーヌ・ヴェイユ孤独岡真史奥公平高野悦子


1/26/2026/MON
梅林、小金井公園
ロウバイ 白梅・八重冬至 紅梅・緋の司 白梅・水心鏡

土曜日。朝、眼科で白内障と緑内障の経過観察。いまのところ心配はなし。次に隣の駅にある床屋まで歩いて散髪。

それから、まだ少し早いかもしれないと思いつつ、小金井公園の梅林に咲き具合を調べに出かけた。思っていたよりも咲いていた。ランチは花小金井駅前の松屋で牛丼。

ロウバイはほぼ満開。いい匂いをふりまいていた。白梅と紅梅は木によってさまざま。満開近い木もあれば、まだ堅いつぼみだけの枝もある。

写真は左上から素心蝋梅、八重冬至、緋の司、水心鏡。咲いている花はきれいに撮れた。動画も撮影した。

公園入口近くにファミリーマートがあったので「たっぷりクリームデニッシュ」を食べて、コーヒーを飲み、一休みした。

どのルートで帰るか、しばらく悩んだ。武蔵小金井駅に出て中央線に乗るか、公園の東端まで歩いてバスに乗るか。はたまた頑張って緑道を通って家まで歩くか。

結局、往きに降りた花小金井駅まで歩いて帰った。それでもとても疲れた。帰宅までに12,000歩。全ルートを歩くという無謀な選択をしなくてよかった。

たくさん歩いたとはいえ、菓子パンを食べてしまったのでプラスマイナス・ゼロか。


さくいん:小金井公園


1/27/2026/TUE
梅林、神代植物公園
紅梅と白梅 雲の曙 一重寒紅 八重野梅 寒桜 スノードロップ

早咲きの梅はもう見頃という投稿を見たので、梅の咲き具合を調べるために植物園へ今年初めて出かけた。連日の梅探し。前日より天気がよく、いい写真が撮れた。

ロウバイは見頃を過ぎていた。白梅が満開。紅梅と枝垂れ梅がこれから。右上から雲の曙、一重寒紅、八重野梅。見頃の八重野梅一重寒紅は動画も撮った。

公園の片隅に寒桜とスノードロップも咲いていた。

午後に卓球の全日本選手権をテレビ観戦したかったので、そばを食べて早々に帰宅した。

我が家の梅はまだ一輪も咲いていない。去年咲いたのが2月中旬だから期待して待つ。


さくいん:神代植物公園