先週の3連休を家族と石垣島で過ごした。思い出に残るいい旅だった。
本来なら、今年最初の診察日。旅行と重なったので前倒して火曜日の夕方、仕事を早退して受診した。年末年始は大晦日を除いて夜更かしもせずおとなしくしていたので調子は悪くはないとS先生に伝えた。それでも、2月は姉の命日と誕生日があり、毎年不安定になるので、相談のうえ昨年増やした抗うつ薬はもう一月そのままにすることにした。
石垣島へは妻と二人で大学の卒業旅行で旅した。1991年の2月。湾岸戦争の最中でハワイ行きの計画を変更しての旅だった。娘と息子は本島へは行ったことがあり、石垣島は初めて。
私たちにしてみても前回の旅から35年近く経っているので、どんな風に変わっているか、あるいは変わっていないか、楽しみにしていた。
飛行機に乗るのはいつ以来だろう。おそらくは2019年に台北へ旅行して以来。国内では2014年夏の広島出張以来。いや、あの時は新幹線だったかもしれない。よく覚えていない。いずれにしても全日空に搭乗するのもはかなり久しぶり。搭乗手続きのデジタル化と簡素化に戸惑った。
しばらく飛行機にも乗らず、ANAの上級会員クレジットカードもやめてしまったので、あらためて入会するにもかなり手間取った。
Day 1
出発日は朝4時起床。妻がバスが混んだり渋滞したりすのが心配と言うので早く出かけた。バスは混んでおらず、道も空いていたので6時前には羽田空港に着いてしまった。6時開店の店でうどんを食べて朝食にした。
集合時間は7時20分。たっぷり時間があるので展望デッキに上がって朝焼けを眺めた。外はとても寒かったけれど、きれいな朝焼けを見ることができて幸先のいい旅になった。
天気もくもりの予報だったのに、ときおり日差しが強い晴れ間もあった。ただ、雲が出て風が吹くとかなり涼しく感じた。ウィンドブレーカーを持参したのは正解だった。
往路の機材はB777-200。復路はB787。通路側の席から隣の人の顔越しに雲海や富士山を眺めた。
石垣空港に到着してレンタカーを借りた。息子以外はペーパードライバーなので運転は彼にすべてお願いした。35年前はどんな風に観光したのか、妻と二人で思い出そうとしたけど、クルマを借りたかどうかも思い出せなかった。
借りたクルマはトヨタ・ライズ。ドライブしているあいだ、車内ではBluetoothでつないだ息子のスマホからビリー・ジョエルとBEGINが交互に流れていた。
すれ違うクルマはほぼすべてレンタカー(記号が「わ」「れ」)だった。オフシーズンなので渋滞はなかった。夏のあいだは観光スポットの駐車場が混雑するのではないか。
まず最初に向かったのは、妻が職場の同僚におすすめしてもらった八重山そばの店、やまむらし。住宅街にあるふつうの住宅の扉を開けると座敷で客が食べていた。このあと、あちこちで八重山そばを食べたけど、最初に食べたこの店が一番おいしかった。勧められていた炊き込みご飯のジューシーもおいしかった。
次に向かったのは玉取崎展望台。今回の旅では、空港を起点に反時計回りで島の南半分を周遊した。空港が時計の4時。玉取崎だいたいは1時にあたる場所。ここでついにエメラルドグリーンの海を見渡すことができた。ここでは観光客も少なく、のんびり海を眺めた。
クルマは峠を越えて山の西側、9時頃にあたる場所にある川平湾へ。ここを、子どもたちに見せたかった。
35年前と変わらず、川平湾は真水のように透明だった。波打ち際で動画も撮った。グラスボートから何匹かウミガメを見ることができた。今年がいいことがありそうな気がする。
川平湾のあとはホテル(グランヴィオリゾート石垣)に向かい、1日目の観光は終了。
いつも温泉宿でまったり過ごす時間が長い私たちにしては、かなり活動的な一日だった。
ホテルはベッド2台と布団2枚の4人部屋。この宿にしたのはこの広い部屋があったから。広さは十分。バルコニーから海と竹富島が見えて眺望も満点。ただ滞在中、くもりがちだったのできれいな夕日は見られなかった。
予定を詰め込みすぎないのが我が家の旅行。テラスの椅子に座り、一人でぼんやり過ごす時間もたくさんあった。米系企業で営業職をしていたとき、Sales Meetingと称した研修とご褒美を兼ねた社員旅行でペナンやハワイに行ったことを思い出した。
寛いだときにいつも聴く、"Angelina" (Earl Klugh)や"Going Home" (Kenny G)を聴きながら広々とした海を眺める時間は至福のひとときだった。
初日の夕食は焼肉。期待以上においしかった。とくに最初に出てきたローストビーフの握り寿司と追加で頼んだ子牛のタンが絶品だった。地ビールも呑んだ。
地元限定の番組を楽しみにしていたけれど、テレビをつけたときには放送していなかった。テレビは東京にいるときと同じように首都圏の流行や店を紹介していた。東京で当たり前のように見ていた光景を離島のテレビで見ていると、東京がとても遠く感じた。こういう番組ばかりを見ていたら、若い人は行ってみたいという気持ちになるだろう。
逆もまた真なり。リゾート地を紹介する番組を見て、イメージをふくらませてここへ来た。真の姿が簡単には見えないのはどちらにいても同じこと。
Day 2
朝食はブッフェ。チャンプルーやミミガー、ジューシーなど、郷土料理が並ぶ。こここでも八重山そばを食べた。
朝、竹富島へ渡る船の出る港へ行く途中で、具志堅用高記念館を訪ねた。ここも35年前に来た。タイトルを勝ち取ったグスマン戦のファイトマネーは300万円で、滞納していた家賃を払ったという。その後、快進撃を続けてファイトマネーも増えていく。結婚式に届いた祝電も展示されていて面白い。具志堅用高、BEGIN、夏川りみ。石垣から大舞台へ飛び立った人は少なくない。路面電車もない島から大都会へ出て、どんなに驚いただろう。
記念館にいるあいだも何人も訪れていて、彼の人気ぶりがわかった。私のように70年代に子ども時代を過ごした者には王貞治と具志堅用高は特別な存在にいまでも感じる。
石垣港には具志堅用高の銅像も建っていた。小柄で細い人だった。
石垣島出身の有名人で忘れられないのは、大浜信泉。石垣から上京、早稲田大学を首席で卒業、弁護士となり、のちには大学総長にもなった。今回、記念館には行けなかったけど、通りがかった図書館の入口に彼の言葉が掲げられていた。
人の価値は生まれた場所によって決まるものではない。
いかに努力し自分を磨くかによって決まるものである。
この言葉を、沖縄からさらに離れた石垣島で読むと重みを感じる。首都圏で生まれ育った私は、環境に甘えて、それでいて不平を重ね、努力を怠った。とても恥ずかしい。
具志堅用高記念館のあとは、一日、竹富島で過ごした。遊園地のアトラクションのように揺れる船に乗り、水牛車で昔ながらの集落を回り、見晴らしの素晴らしい西桟橋とコンドイ浜でゆったりした海時間を過ごした。
西桟橋は風が強く、息子は帽子を、妻はスマホを飛ばされそうになっていた。
竹富島の海も、川平湾と同じように透明で澄んでいた。子どもたちも「来てよかった」と言ってくれた。水牛車の記念品としてもらった写真データ(最上部の写真)には劣るものの、十分に絶景を楽しむことができた。
ランチはこの日も八重山そば。集落からは少し離れたところにあるやまぼ。店ごとに味が違う。かといって、3日程度では言葉で説明できるほど違いはわからない。
石垣島に戻り、街のスーパーへ立ち寄った。土産物ではなく地元の人が食べている食材を見てみたかった。買ったのは、塩、さんぴん茶、粉黒糖、黒糖ピーナッツ、ラー油など。娘はドラゴンフルーツを買っていた。街の中心にはファミマを何軒も見かけた。ほかのコンビニはなかった。ファミマは「ファミンチュ」と自称して地元に根ざしているようだった。
夕方、夕陽は見られなかったけど、神秘的な黄昏を見ることができた。
ホテルに戻り夕食の鉄板焼。もともと温泉旅館に泊まるつもりだったから、朝夕食付きのプランを選んだけど、街の居酒屋に行ってみてもよかったかもしれない。
Day3
最終日。若い子どもたちは睡眠力があるので遅くまで寝ている。私はいつも通り早く目が覚めたので、大浴場にゆっくりつかった。部屋に戻ると妻も起きていたので散歩に出た。
ホテルの前の海岸に出ると、素晴らしい光景に出会えた。東の空が橙色に染まる、美しい朝焼けと日の出。きっとこの光景はずっと忘れない。
最終日はまず街中へ出た。商店街の土産物店を眺めて歩いた。ちょうど大型客船が着いたところでインバウンドの観光客がたくさんいた。
図書館を見たかったけど、残念ながら休館。隣にある公設市場を見た。
ランチはネットで調べておいたハンバーガー店、Doug's Burger。宮古島発祥のこの店はまだ東京には進出していない。パティが分厚くて、味もとてもおいしかった。ふだん、グルメバーガーもファストフードも同じと思っていて、私のハンバーガー店めぐりにも目をひそめている妻も、この店では「おいしい」と言いながら食べていた。
旅の最後は高台にあるバンナ公園。エメラルドグリーンの海が見える展望台。天気がよくて竹富島や西表島もよく見えた。竹富島が平らなことがよくわかる。
まとめ
今回の旅は3連休を利用したので有給休暇は使わなかった。会社が休みだから、仕事で何かトラブルが起きていないか、心配する必要がなかった。今は重い責任は担っていないくても、かつて旅行中でもパソコンと業務用のスマホを手放せなかったことがあるので、自分だけが休みの日にはつい心配をしてしまう。
今回は仕事の心配をしなかったので、心の底から羽を伸ばせた。絶景を眺めて、おいしいものを食べて、家族で笑い合った。
少しフライトは遅れたけれど、10時前には帰宅できた。4人で過ごす時間は楽しかった。もうこの4人で旅することは、おそらくないだろう。それぞれのパートナーが義両親と一緒に旅してくれるかはわからないし、孫が産まれるかどうかもわからない。
今回の旅行は大切な思い出になるだろう。思い切って遠いところを目的地にしてよかった。
心残りはリゾートと観光が主で歴史や民俗を学ぶような施設を訪れることはできなかったこと。リゾート目的で出かけると深刻な話を見聞きすることをどうしても避けてしまう。
3日間という短い旅行だったのに、気候も違う遠いところへ行ったので、帰宅すると、長い時間、不在にしていたように感じる。
着替えを洗濯かごに入れ、冷たくなっている自室に暖房を入れた。自分の机、自分の椅子、自分のベッド、自分の毛布。旅もいいけど、ここが一番落ち着く。
そう思ったのも束の間。暖かくて、楽しい時間は過ぎてしまった。昨夏からたくさん準備した旅は終わった。今週は、寒さも厳しく感じられて、日中、話し相手もいないひどく在宅勤務はさびしかった。
「石垣ロス」がしばらく続きそう。
おまけ。ブーゲンビリアの花。竹富島で撮影。
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