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断片集

1.子育てについて
2.患者さんは先生です
3.騎手と馬
4.病気がなかなか良くならないのは何故ですか?
5.引き受ける精神−1
6.引き受ける精神−2(雄雄しさと女々しさ)
7.引き受ける精神ー3(死にたがるあなたへ)
8.白い満足、黒い満足−1
9.「頑張る」ということ

断片集−その3

■騎手と馬

意識と無意識の関係を,騎手と馬の関係にたとえると分かりやすいのではないかと思います。競馬に,障害レースというのがありますが,柵や水溜りを次々と飛び越えてゴールを目指します。騎手が馬のパワーを最大限に引き出してレースをする様子が,意識という騎手が無意識という馬のパワーをうまく引き出して,人生の関門をクリアする様子に似ているのです。

馬はなかなか利口な動物らしく,騎手がどういう能力を持っているか,愛情と信頼を豊かに向けてくれているか,おそらく敏感に察知していると思われます。騎手と馬との関係が十分で,いわゆる人馬一体になれば,馬は持っている力を最大限に発揮できるのでしょう。逆に馬の心を知らない駄目な騎手は,まともには相手にしてもらえないわけです。

無意識という馬は,ほんものの馬よりはるかに利口です。自我という騎手よりはるかに利口です。というより,自我がなにを考え,どういう方向へ導こうとしているのか,それは正しい判断なのか,すべて見抜かれていると考えてよいようです。つまりこの馬のほうこそが本来の主体なのです。ですから,自我―騎手は,無意識―馬にうかがいを立てつつ,指揮をとる必要があります。この馬は,沈黙したままでなにもいいませんが,指揮のとり方(判断)が正しければ,勇気,元気,やる気が出てくるでしょう。逆に見当違いであれば,不安,おじけ,暗澹,あせりなどの感情に悩まされるでしょう。しばしば人は,この馬にうかがいをたてる(自分自身との内的な対話を心がける)よりは,親の顔色をうかがい,人や世間に気を使い,占いにかけ,あるいはどうだって勝手だろうとばかりに,やけくそな行動に走ります。

そんなことなら無意識ー馬が直接に人生行路の指揮を取ればいいようなものですが,実際には自我に人生が託されているのです。無意識はいわば自然そのものですが,自我は人間が人間である理由,あるいは根拠のようなものといえるでしょうか。

無意識―馬の奥深い知恵は,夢を通じて示されることがあります。古代人は夢占いを重視しました。占い師は高い地位をあたえられ,国家的な命運を託されました。占いは,現代では科学的な根拠を欠いているとして,当たるも八卦当たらぬも八卦とうさんくさい目で見られがちです。たしかにそういう側面は大いにあるので,眉に唾をつけてかからねばなりませんが,すべてがそうだとはいい切れないようです。占いの技術を通じて,無意識の心を直感的に読み取る特殊な才能の持ち主がいるとしても,不思議はないと思います。

夢に無意識の叡智が示されることがあります。一見すると,夢は“わけのわからないもの”ですが,よく見ると,透かし絵のように深い意味が現われてくることがあります。それは人生劇場を演出している自我の仕事のゆがみを,夢という別次元の舞台での演出家(無意識界の主体―内在する主体)が,それとなく教え,補償し,あるべき自己に導こうとしているように見えます。ただし,禅問答の導師のように,自我の姿勢のいかんにより態度を変えてきます。真剣に教えを請う姿勢が継続されれば(人生や自分の問題に本気で取り組もうとしているか,夢の意味を真剣に読み取ろうとしているか),夢の内容もしだいに変わっていき,まともな対応をしてくれるけれど,あいまいであればそれに相応した対応しかしてくれません。

自我―騎手は,社会的な存在である人間のコントロールタワーです。置かれている状況の全体の見渡し,的確な判断,行動がもとめられております。前線での指揮官が判断ミスをすれば部隊が全滅するかもしれません。オーケストラの指揮者が楽団員の信頼をもらえないでいると,よい演奏ができません。自我―騎手も社会という舞台で演じる人生劇場で,よい演出をしなければ惨憺たる人生になってしまうわけです。

人生の航海で方向を見失い,途方にくれることもあるでしょう。空が曇っていると,星を頼りにすることもできません。しかし,あわてないのが肝要です。羅針盤(内在する主体)は心の内,無意識―馬に備えられております。見えるまでは見えませんが,そのあいだは不安に満ちるでしょうが,なくなることはありません。そういうことですから,自分を信じてください。信じつづけるかぎりは,やがては羅針盤が作動しているのがわかるときが来ます。あきらめずに,やけを起こさずに,自分のためによいと思われることを,一日一日,少しずつ,少しずつ継続することが大切です。こういうときは,あまり遠い過去も,遠い将来も見ないほうがいいと思います。その日その日を,足元を見つめるように生活することが大切です。

H14/03/26


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