HALF AND HALF JOURNAL

                                                     

 

 

無 意味 な

破 片

 


無意味な破片

 

 

 

 

           

Fragments

HHJ

             inutiles

 

 

 

 

 

 

。。。

★〈ネコがみんな集まる〉と、にぎやかで、うきうき[A]

☆ ☆       Updated 2010.8.20

 

アトリエ

アロマ―ご希望にこたえて、もう一度メモを読みます---日本で最初に映画が上映されたのは、1896年、明治29年神戸。神港倶楽部。神の港と書いて、神港倶楽部。エジソンが発明したキネトスコープで、スクリーンには映さない。渦巻きのフィルムをのぞいて映像を見る。そのとき陸軍参謀総長小松宮彰仁親王が来てご覧になった。

半分半分放送局長―小松宮彰仁は渦巻きのイメージにどんな連関があるか、知っていたと思うね。神戸でフィルムを最初に回そうと考えた人たちも、もちろん自覚していたにちがいない。渦巻きの歴史と風土から見て、映画は神戸でスタートを切らなければならない、と。

ナモネ氏―偶然の重なりじゃあないな。

アロマ―小松宮彰仁親王という人は、非常に偉いのね。伏見宮邦家親王の第8王子で、明治維新のとき軍事総裁や奥羽征討総督に任命されている。皇族が軍人になるのを奨励したのは小松宮彰仁親王なのよ。

特派員―おもしろいのは、小松宮の妃頼子が有栖川宮の血を引いてるということだよ。

編集長―そうか、線がつながったか?

アロマ―ええ、頼子の母は有栖川宮幟仁の父韶仁(つなひと)親王の王女韶子で、旧久留米藩主有馬頼咸(よりしげ)の妻。半分有栖川宮ね。小松宮が国際親善でヨーロッパ諸国を訪れたとき、彼女は高価なショッピングに夢中になって、明治天皇を怒らせたそうなの。

放送局長―あの地域には、有栖川宮の影がある。何とも言えないニュアンスを感じるときがあるね。

特派員―有栖川宮を継承した高松宮宣仁の日記は、大胆にズームインしてる。フォーカスもぴったり。

アロマ―1940年、昭和151111日の皇紀2600年を祝う式典を終えたあと、17日高松宮宣仁親王は喜久子妃と一緒に列車で奈良に行き、中宮寺と法隆寺に参拝する。中宮寺の墓所には有栖川宮幟仁(たかひと)の早世した子どもたちの墓がある。そのあとのコースを言うと、畝傍山東北陵(つまり神武天皇陵) 、伏見の桃山御陵 (つまり明治天皇陵)、京都東山泉涌(せんにゅう)寺の泉山御陵。これは江戸時代に王政復古運動をした霊元天皇とその皇子東山天皇などが眠る月輪陵のこと。それから桓武天皇を祭る平安神宮、船岡山の北にある大徳寺龍光院。ここは有栖川宮家の墓所。達磨大師坐像がある円福寺と有栖川宮家御位牌所の臥龍庵。自動車で八幡の町を通って大阪の天王寺駅で白浜に行く喜久子妃を降ろして、午後350分神戸の湊川神社に着く。背広姿で参拝。それから、船で別府に出発。別府の近くには皇室の祖先応神天皇と母神功皇后、ヒメノオオカミを祭る宇佐神宮があるが、そこには寄らないで、神話で神武天皇が大和征服を開始した日向国宮崎に行く。

放送局長―おどろいたね。有栖川宮の継承者である高松宮が湊川神社に…

アロマ―湊川神社は天皇親政のために命をささげた楠木正成(まさしげ)を祭る神社なのよ。

ナモネ氏―そうだ。頭が悪くてずるい足利尊氏の軍が九州から反撃してきたとき、湊川で迎え撃って死んだ。それで後醍醐天皇の政治は終わったようなもんだ。

放送局長―湊川で待つ理由は?

ナモネ氏―さあ、分からないな。《太平記》に書いてたか…?

放送局長―何はともあれ、湊川神社への参拝はサムライから政治権力を奪い返した後醍醐天皇にあやかるということ、じゃないか?

特派員―大徳寺に行ってるから、な。あそこは後醍醐天皇が特別に保護した寺ですよ。そして、京都のもう一つの有栖川の水源ですよ。

編集長―むずかしい問題だが、背景を見れば、当然そう思えるだろうな。9月に結ばれたドイツ、イタリアとの三国軍事同盟でアメリカとの開戦がスケジュールに上がった。しかし、天皇か皇族が湊川でインタヴューに答えれば、別の真相が分かると思う。つまり、高松宮は歴史的に天皇家の祖先である応神天皇の大和征服のコースを逆にたどったということだ。

アロマ―湊川に何かないかな、と思っていたら、和田岬三菱造船所でタンカーの進水式があった。神戸新聞のヴィデオ・ニュースで見れたわよ1

特派員―あれには二人で感動しましたよ。

☆ ☆ 

■ アリスと有栖川宮 l  

 

A All The Cats Join In; Buck Clayton and His Orchestra

 

1 2010.8.2

 

 ショー・タウン---5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ボサノバの名曲〈オー・グランデ・アモール〉のすずしさ[A]

        Updated 2010.8.17

 

新町 市営アパート

特派員―広島と長崎の市民は戦争の真実を世界に伝える責任があると思いますね核廃絶のために運動する動機が、最初の唯一の被爆国だから、というだけでは説得力がない。第2次世界大戦で侵略された国の犠牲者は、日本・ドイツ・イタリアの三国同盟の枠組みで戦争を考える。

半分半分放送局長―そうすれば、日本人は自分の愚かさに気づくかもしれないな。問題なのはフランスだ。イタリア映画の《激動ヨーロッパ戦線》のようにリアルにファシズムとの戦いを描いた作品がない。

ナモネ氏―ロマンスはあるが、なあ、リアリズムの手法に懐疑的な性格なんだろうな。しかし、ロマンスを描くことは政治批判でもあるというのが私の認識だ。

編集長―気持は分かるけれど、リアリズムの精神がなければ、戦争の事実さえも伝わらない。ぼくが思うに、フランス人はあの戦争を表現することから逃げてる。しかし、裏にはファシズムの生き残りたちの陰謀がある。

特派員―時事通信社と朝日新聞とNHKなど、正体不明ですね。アメリカでのケースを見ると、日本のジャーナリストは汚いことをやってる。

ナモネ氏―昔から思ってることだが、ああいう人たちにはまるで罪悪感がないな。きのこ雲以前の歴史が消えたとしたら、哀れだよ。

アロマ―あの戦争の真実を伝えようとしないんだから、日本人はずるい。自分たちの被害だけ訴えても、相手にされるわけがないわよ。軍隊に侵略されたアジア諸国ではもちろん、ヨーロッパ諸国でも、アメリカ諸国でも。

特派員―それがちょっと変だと思われる原因だろうね。外国人と交わる日本のエリートは、歴史なんかほとんど覚えていない。数字馬鹿ですよ。

編集長―錯覚があると思うね。核兵器のない世界を実現するために熱心に運動すれば、確かに世界的に共感が集まる。共感が多く集まれば、自分たちは無罪なんだという錯覚に囚われるようになるんじゃないかな?

放送局長―それは偽善だよ、な。あの戦争は本当なら水に流せるような種類の出来事じゃない。

ナモネ氏―いいことを言ってくれたもんだ。あの暴れん坊のチャーチル首相が、な、真珠湾攻撃のニュースを聞いて、これで戦争に勝てると喜んで、〈やられてたまるか!〉と日記に書いた。ところが、日本の敗戦が間近に迫ると、〈日本国民にせめてその日暮らしをさせてやろう〉と余裕たっぷりに言ってる。

特派員―それも戦争の真実ですね。しかし、V2が核爆弾を積んできたら、と思うだけで悪夢の毎日でしょうね。

アロマ―原子爆弾が東北の貧しい農村地帯に落ちていたら、もっと悲惨なドラマよ、ね?

編集長―そう、話したくても、誰もできないはずだ。

特派員―呉と長崎の旧友は原子爆弾の話をしましたか?

編集長―記憶を探ってみたけれど、それらしい話はなかったと言っていいな。二人とも実存主義を学んで、自覚的に人生を創造しようとしていた。

放送局長―実存主義ゼミをリードしたのは呉と大館の二人の坊ちゃんだよ。

編集長―福湯が主宰したから、ぼくがサポートした。長崎の後浜は何となく常連以上の存在になったね。印象的なのは彼が太宰ファンで、〈選ばれた人間の不安〉に悩んでいたということだ。文学的な迷いばかりじゃない。テレビ局に逃げたのはうまい解決策だった。

放送局長―呉はやはり呉だったな。日本の中心だと思ってた、と冗談半分に言ったもんだ。

ナモネ氏―そうか…長崎と呉の人間らしいと思えるが、戦争前はどうだったか?

編集長―友人のパーソナリティから想像したくないけれど、長崎と呉、広島は繁栄を謳歌した軍事都市だから、愛国主義の見本だったはずですね。

ナモネ氏―自由とは無縁な街だったか…?

特派員―それほど言うまでもないことはありませんね。

ナモネ氏―しかし、それでも194586日と9日まで戦争をどう考えていたか、問題になる。

編集長―子どもと女性は別にして、市民が戦争を否定しなかったら、責任を感じないのは正しくない。彼らが一生懸命戦争に反対していれば、あんな悲惨な戦争は起きなかったかもしれない。アメリカとの戦争にまで発展しなかったかもしれない。

ナモネ氏―才能があればあるほど、人に言われなくても、責任を自覚しなければならないもんだ。恵まれた生活を送ってる人間も、そうあってほしいな。人間は極限まで一生懸命考えようとしなければならないのだ。

特派員―サイパンが落ちたあと戦争を早く終わらせようと仕事をさぼっていたら、ね。

放送局長―キリシタンの歴史が生きてる長崎の街に落ちたというのは、恐ろしい寓話だよ。選ばれた人間の無責任で怠惰な生き方を裁かれたんだから、な。

アロマ―キリシタン殉教を忘れた罰だったんじゃない?ただ人間愛があれば、それでいいのよ。

☆ ☆ 

 

A O Grande Amor ; Stan Getz, Joao Gilberto

 

▼ 1945 悪夢を正しく解釈すれば

▼ 元NHK会長古垣鉄郎の〈世界新秩序〉

▼ ヒロシマ・ナガサキ---戦争は終わったのであり、そっとしておくべきだ

▼ 高松宮日記: 終戦までの影のストーリー

▼ 人間の可能性の行き着くところ

▼ 関連記事一覧---2次世界大戦

▼ キリシタンと朝廷

 

▼ ポツダム宣言は8月の悲劇を予告していた

 

 

 

 

 

 

 

 


〈言い出しかねて〉という場面はよくあること[A]

 

 

大館橋

        Updated 2010.8.9

アロマ―ルース(John V. Roos)大使が広島の原爆記念式典に出席したことに対して、めまいがするほど複雑なんだけど、あたしの考えはこの人と同じね。人類最初の原子爆弾を広島に投下したB-29〈エノーラ・ゲイ〉の機長ポール・ティベッツ(Paul W. Tibbets)の息子ジーンが、アメリカのFOXニュースの取材に答えて、こう話した。〈特別な日に当たることは知っているが、何を意図しているのかがわからない。戦争は終わったのであり、そっとしておくべきだ。〉〈暗黙の謝罪に当たり、歴史を書き換えようとするものだ。〉〈日本が真珠湾を攻撃してきたのだ。われわれは日本人を虐殺したのではなく、戦争を終わらせたのだ。〉そして、〈原爆投下は正当な行為だった。〉1

半分半分放送局長―謝罪の意味に受け取る人はいるかもしれない。しかし、その事実を悪用すれば、罰が当たるよ。日本は精神でも科学でも敗北したんだ。激しい後悔が歴史を書き換えようとする。

ナモネ氏―〈戦争は終わった〉〈そっとしておくべきだ〉という言葉に感動した。戦争経験者のようなせりふだ。和解するために過去は過去に任せるべきだ。

アロマ―〈戦争は終わった〉というのはイタリア映画の《激動ヨーロッパ戦線》の原題で、ムッソリーニとファッショの政治を描いてたけど、おもしろかった2。外でキスをしたり握手をするのは禁止だというシーンがあって、ショッキング。

特派員―うん、あれは日本の影響だね。あんな発想が出るのはアジアの仏教国だ。

編集長―戦争は終わったという実感は、幸せだと思う。何と言っても、死の恐怖から解放されたんだから。戦場にいる軍人にしてみれば、人を殺したり傷つける役割から解放されたという意味だ。

特派員―長い平和になれた日本人には、解説が必要ですね。

放送局長―〈そっとしておくべきだ〉と言ったアメリカ人の優しさが、HHJにはないな。

☆ 

アロマ―フィガロも65年目のヒロシマを報道したけど、びっくりするほどコメントが多い。その中に、原子爆弾を使わなかったら、日本本土の戦いで100万人の死者が出たはずだ、という意見があった3。この仮定は正しいと思うけど?

放送局長―まあ、そうだな。ドキュメンタリー映画《パール・ハーバー その真実》では九州占領作戦でアメリカ兵が25万人、日本人が100万人死ぬという計算だったが4

特派員―ええ、アメリカ軍の推定では、ね。しかし、それで戦争が終わるわけじゃなくて、本州制圧作戦での死者はアメリカが100万から300万、日本が300万から600万という数字が出てる。負傷者の数は分からない。日本は完全にインフラを破壊されて、マーシャル・プランでも再建できないということですね。

ナモネ氏―楽観的な数字だ。いつ終わるとも知れないゲリラ戦だ。自殺攻撃の連続だ。

編集長―沖縄戦の拡大版だな。

放送局長―その代わり国際社会は平和と繁栄を味わい楽しんでいたと思うね。日本人は中国とアメリカに戦争を仕掛けたことに対して罪悪感がたりない。それについて想像力がない世代を嘆く人もいるけど、根本的に人間存在についての認識がおかしい。

アロマ―そういう環境に生きて、そういう教育を受けたからよ。

編集長―善と悪をごた混ぜにしてはいけない。世界が狂ってしまう。戦争という状況にアメリカを引き入れたのは日本だ。戦争では特殊な考え方が必要だから、倫理的に裁くとしたら、無罪なんて言葉はありえないね

ナモネ氏―善と悪をむりやり混ぜ合わせて料理するのが、この国の権力だ。反対にするのも得意技だ。

特派員―あのB-29爆撃機のチームが戦争を終わらせたというのは事実ですね。ぼくは日本から逃げる用意をして言うけど、あれでどんなに多くの日本人の生命が救われたか、分からない。このことは忘れるべきじゃないと思う。

ナモネ氏―侵略戦争をはじめたのが間違いの始まり。すべて犯罪になった。広島と長崎の犠牲者は本当なら日本の国家権力に対して謝罪を求めるべきだ。

編集長―そう。あそこは神社なのか、とアメリカ人は疑ってるかもしれない。沖縄の帰りに広島に立ち寄って原爆ドームを見たことがあるけれど、原爆神社くらいおもしろくないものはない。

☆ ☆ 

A  I Can't Begin To Tell You; Harry James & Betty Grable

 

1  NHK 86 1728

2  LA GUERRA E FINITA  制作2002年 監督 ロドビコ・ガスパリーニ

3  Il y a 65 ans, l'enfer atomique à Hiroshima et Nagasaki

06/08/2010  Mise à jour : 15:35  Le Figaro

4  ドキュメンタリー パール・ハーバー その真実

監督 Michael Bay

 

 

▼ 高松宮日記: 終戦までの影のストーリー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


〈ブルース・アフター・ダーク〉の軽いファンキーがすずしい[A]

        Updated 2010.8.5

 

アトリエ

アロマ―菅直人総理大臣が、〈元気な日本を復活〉と選挙でアピールしたけど、いつ元気な国だったのかな?どう思いますか?

半分半分放送局長―そうだな、それは本人に聞いてもらいたいね。戦後生まれは、何となく終戦後にイメージを探してる。人々は貧しかったが、元気で明るく生きていた。

アロマ―帝国が壊れたから、ですね。帝国が死んだから、人間が元気で明るく生きられるようになった。でも、元気と言えば、右翼団体の決まり文句のように聞こえませんか?

ナモネ氏―長木ダム建設計画が市民運動につぶされて夢と消えてから、だな、大館市が〈元気を出そう〉と叫びはじめて、あっという間に蔓延した。それを聞くと、右翼が体育施設に無闇に金をかけてきた歴史を想い出す。環境問題を犠牲したんだから、でたらめだ。

アロマ―あたしが連想するのも、それよ。肉体の状態や運動を変に意識させられて、いやな感じがする。だから、明るいという言葉をアピールするというのは、どうでしょうか?

特派員―明るくすることには文句がないね。人間は明るく生きなければいけない。そう言うと、反発する人たちもいるけど、本心は賛成してると思う。

アロマ―明るく生きる方法について、教えてくれませんか?

放送局長―まず大館市役所に行って、街路灯を増やしてもらうことだ。

アロマ―夜の闇と戦う?

放送局長―そうだ。夜の闇が深ければ、元気どころじゃない。気持も暗く沈む。生活してる環境が大事だ。

特派員―しかし、明るいという言葉を考えると、よく理解している、という意味もある。外国語に明るい、とか、芸術に明るい、と言う。

アロマ―そうね。よく理解していれば、人間は明るくなる。でも、政治に触れると?

放送局長―そうだな。オープンでないから、な。暗闇の製造をやってるようなもんだから、な。

ナモネ氏―どんよりした重い雲と小雨の毎日だよ。

アロマ―ああ、すっきりしないなあ。むし暑いなあ。

☆ ☆ 

 

A Blues After Dark;Benny Golson

 

 

 

 

 

 

 


〈ブルー・スター〉の甘い演奏は女をうっとりさせる[A]

 

 

JR東大館駅前

        Updated 2010.7.28

アロマ―日本で最初に映画が上映されたのは、1896(明治29)神戸。神港倶楽部。神の港と書いて、神港倶楽部。エジソンが発明したキネトスコープで、スクリーンには映さない。渦巻きのフィルムをのぞいて映像を見る。そのとき陸軍参謀総長小松宮彰仁親王が来てご覧になった。リュミエールが発明したシネマトグラフによるスクリーン上映はその次の年、大阪で最初に行なわれた。映画館は、1903年東京浅草に吉沢商店が〈電気館〉を開いた。1912年、大正時代の幕開けとともに吉沢商店と横田商会、M・パテー商会、福宝堂という映画会社が合同で日活を設立して、東京と京都で本格的にサイレント映画を制作するようになった。京都の撮影所は二条城の近くらしい。日活には日本映画の父と言われる牧野省三監督がいた1

特派員―徳川夢声は日活のチャンバラ映画のために働いたようなもんですね。

編集長―ああいう映画の悪影響は計りしれない

特派員―関東大震災が起きた1923年から様相が変化する。華族が映画制作に乗り出して、日本海海戦のヒーロー小笠原長生(ながなり)子爵の長男明峰が京都に小笠原プロダクションを設立した。最初の映画は《三色すみれ Love in Idleness》。23才の明峰が脚本を書いて監督した。主演は植木進のちの片岡知恵蔵で、古川ロッパも出演してる。山本嘉次郎も専属俳優の一人ですね1

アロマ―このプロダクションは、タイトルから判断すると、現代劇が中心だったようね。舶来のコスチュームとインテリアがいっぱいあるから、すぐ映画ができる。しゃれた洋館、自動車。

半分半分放送局長―なるほど。徳川は後ろ向きだ。映画で復活をねらったな。

アロマ―御所には洋服でなければ入れなかった、そう高松宮喜久子妃のエセーにあった。つまり、天皇と皇族は完全に和風の生活様式をきらってたということよ。

放送局長―文明開化を演出した人たちだ。

編集長―キリシタン以来の歴史を忘れたら、だめだな。

特派員―そうして、大震災から3年後、徳川夢声は古川ロッパなどと劇団〈ナヤマシ会〉を結成する。音頭を取ったのは徳川夢声だったという人がいる。これは1925年に電波を出した東京放送局のラジオ放送のための劇団と思うけど、そこがあいまいですね。この劇団は人気が出たけど、なぜか解散した。小笠原プロダクションも1926年なぜかエンド・マークともあれ、昭和に入ると、無声映画は消えて活動弁士は転身しなければならなくなった。時代の花形はすたれるのも早い。こういうめまぐるしさはやはり20世紀の特徴ですね。徳川夢声は1933年つまり昭和8年浅草でふたたび古川ロッパなどと〈笑の王国〉を旗揚げした。これは日本を代表する喜劇集団になったということです。記録はありません。

編集長―小林多喜二が拷問で死亡したのが、その年の2月だな。

ナモネ氏―映画にも顔を出してたぞ。

特派員―おもしろい裏話があるんだけど、牧野省三は日活に在籍しながらミカド商会という映画会社を創設した。1919年。しかし、分かりにくいけど、ミカド商会は1年後日活に吸収される1宮中某重大事件の年ですね。

放送局長―スクリーンからミカドの文字が消えたわけだ

編集長―裏話というより表面的な問題だ。

☆ ☆       

■ ショー・タウン---5  1  2  3  4 6

 

A Blue Star;Benny Carter & His Orchestra

 

1 wikipedia

 

渦巻きのフィルムをめぐるドラマ

▼ アリスと有栖川宮 k

山本嘉次郎のそれから

▼ 高松宮日記:浅草→京橋→赤坂→渋谷 1939   メトロの連想

 

▼ 高松宮喜久子妃の《菊と葵のものがたり》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


〈ブルー・スター〉の甘い演奏は女をうっとりさせる[A]

 

 

JR東大館駅前

        Updated 2010.7.28

アロマ―日本で最初に映画が上映されたのは、1896(明治29)神戸。神港倶楽部。神の港と書いて、神港倶楽部。エジソンが発明したキネトスコープで、スクリーンには映さない。渦巻きのフィルムをのぞいて映像を見る。そのとき陸軍参謀総長小松宮彰仁親王が来てご覧になった。リュミエールが発明したシネマトグラフによるスクリーン上映はその次の年、大阪で最初に行なわれた。映画館は、1903年東京浅草に吉沢商店が〈電気館〉を開いた。1912年、大正時代の幕開けとともに吉沢商店と横田商会、M・パテー商会、福宝堂という映画会社が合同で日活を設立して、東京と京都で本格的にサイレント映画を制作するようになった。京都の撮影所は二条城の近くらしい。日活には日本映画の父と言われる牧野省三監督がいた1

特派員―徳川夢声は日活のチャンバラ映画のために働いたようなもんですね。

編集長―ああいう映画の悪影響は計りしれない

特派員―関東大震災が起きた1923年から様相が変化する。華族が映画制作に乗り出して、日本海海戦のヒーロー小笠原長生(ながなり)子爵の長男明峰が京都に小笠原プロダクションを設立した。最初の映画は《三色すみれ Love in Idleness》。23才の明峰が脚本を書いて監督した。主演は植木進のちの片岡知恵蔵で、古川ロッパも出演してる。山本嘉次郎も専属俳優の一人ですね1

アロマ―このプロダクションは、タイトルから判断すると、現代劇が中心だったようね。舶来のコスチュームとインテリアがいっぱいあるから、すぐ映画ができる。しゃれた洋館、自動車。

半分半分放送局長―なるほど。徳川は後ろ向きだ。映画で復活をねらったな。

アロマ―御所には洋服でなければ入れなかった、そう高松宮喜久子妃のエセーにあった。つまり、天皇と皇族は完全に和風の生活様式をきらってたということよ。

放送局長―文明開化を演出した人たちだ。

編集長―キリシタン以来の歴史を忘れたら、だめだな。

特派員―そうして、大震災から3年後、徳川夢声は古川ロッパなどと劇団〈ナヤマシ会〉を結成する。音頭を取ったのは徳川夢声だったという人がいる。これは1925年に電波を出した東京放送局のラジオ放送のための劇団と思うけど、そこがあいまいですね。この劇団は人気が出たけど、なぜか解散した。小笠原プロダクションも1926年なぜかエンド・マークともあれ、昭和に入ると、無声映画は消えて活動弁士は転身しなければならなくなった。時代の花形はすたれるのも早い。こういうめまぐるしさはやはり20世紀の特徴ですね。徳川夢声は1933年つまり昭和8年浅草でふたたび古川ロッパなどと〈笑の王国〉を旗揚げした。これは日本を代表する喜劇集団になったということです。記録はありません。

編集長―小林多喜二が拷問で死亡したのが、その年の2月だな。

ナモネ氏―映画にも顔を出してたぞ。

特派員―おもしろい裏話があるんだけど、牧野省三は日活に在籍しながらミカド商会という映画会社を創設した。1919年。しかし、分かりにくいけど、ミカド商会は1年後日活に吸収される1宮中某重大事件の年ですね。

放送局長―スクリーンからミカドの文字が消えたわけだ

編集長―裏話というより表面的な問題だ。

☆ ☆       

■ ショー・タウン---5  1  2  3  4

 

A Blue Star;Benny Carter & His Orchestra

 

1 wikipedia

 

渦巻きのフィルムをめぐるドラマ

▼ アリスと有栖川宮 k

山本嘉次郎のそれから

▼ 高松宮日記:浅草→京橋→赤坂→渋谷 1939   メトロの連想

 

▼ 高松宮喜久子妃の《菊と葵のものがたり》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


〈バードランドの子守唄〉が粋なアレンジで眠らせない[A]

 

 

バス・ターミナルの横

        Updated 2010.7.21

特派員―何と言っても、徳川夢声という活動弁士について気になるのは名前です。徳川の夢の声…

ナモネ氏―あのひどい声を聞いたことがないと、なあ。

編集長―〈夢のハーモニー〉のような女性の甘いささやきとは反対なんだよ。

特派員―しかし、徳川の夢の声はアジアの夢を開く。

半分半分放送局長―まったくうるさいね!

アロマ―その単語は500円のペナルティよ。

特派員―徳川の夢の声は魔術なんです

放送局長―しゃべっていいと思う。しようがないな。

特派員―ええ、もちろん。徳川夢声は本名じゃない。なぜ徳川夢声という名前にしたか、と言うと、ウィキペディアによれば、島根県生まれの福原駿雄(としお)1913年(大正2年)に活動写真の弁士になり、1915年赤坂葵館に迎えられて、そこで〈支配人が勝手に「葵」から「徳川」という芸名をつけた〉というわけです。葵は徳川家の紋章だから、でしょうね。この芸名は大正14年新宿武蔵野館に移ってからも変わらない。

放送局長―しかし、徳川家に対して失礼なことだよ、な。

編集長―葵館は、徳川一族の誰かが資本を出していた映画館かもしれないな。徳川の力がよみがえった大正時代に勝手にそんな名前を使うことが許されたとは思えない。

放送局長―そうだ。常識だ。支配人も支配人だが、そんな恐れおおい名前を黙ってもらった活動弁士も変だよ。これは、徳川の誰かが支配人に命令したことだよ

ナモネ氏―夢声、夢の声というのは、ラジオ向きなんだが、な。

アロマ―ラジオ放送はまだはじまってない。映画でもぴったりだと思う。暗い映画館で白黒の夢を見るんだから。

特派員―他のHPには赤坂葵館で徳川夢声と名のったとある。映画館は赤坂の溜池にあった。

編集長―徳川の誰か、と考えると、徳川義親(よしちか)はまだ若いから、貴族院議長徳川家達(いえさと)と紀州徳川家の当主頼倫(よりみち)が怪しいな。将軍気取りの家達は1919年の柳田国男追放事件の黒幕だ。頼倫は皇太子裕仁の結婚とヨーロッパ旅行で悪役を演じてまもないが、大日本写真協会の会員だ。映画にどう関係したかな?

アロマ―インターネットでサーチしたけど、全然分からないの。

放送局長―映画産業に投資しないわけがないよ。鎖国時代の遺伝子で徳川一族は情報管理にうるさい。頼倫は麻布飯倉町に日本で最初の西洋風図書館南葵(なんき)文庫を創設した。南の葵の文庫。これは関東大震災で焼け落ちたけど、日本で最初の図書館。しかし、理由はもう一つあるね。映画は武器になると直感したのさ。

編集長―そう思うね。映画の可能性についていろんな妄想が渦巻いたにちがいない。財力のある権力者と無邪気な民衆の間の明暗の差は激しくなる。

☆ ☆             

■ ショー・タウン---4  1  2  3  5

 

A Lullaby Of Birdland; Les Brown & His Band Of Renown 

 

 

徳川家達ついて

▼ 高松宮喜久子妃の《菊と葵のものがたり》

徳川頼倫について

▼ 東京駅暗殺事件~18

▼ 東京駅暗殺事件~19

▼ 歌内川→宇田川

徳川義親について

▼ 東京駅暗殺事件~6        

▼ 高松宮日記: 皇族首相

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


〈クール〉のモダンな演奏は大都会そのものだね[A]

☆ ☆       Updated 2010.7.18

 

 

三の丸通り

ナモネ氏―民主主義とは数の力だ、と岸信介元首相は言ったが、選挙を馬鹿にした政治だ。

特派員―票を多く集めれば議会に汚い顔を出せるなんて、ね。

ナモネ氏―そのためにはどんな悪いことをやってもかまわない、と考えたのだよ、あの右翼は。〈満州は私の作品だ〉とうそぶいた元官僚は。

特派員―選挙結果は恐るべきものがある。

アロマ―秋田の一人区で元アナウンサー鈴木陽悦は22万票。落選。

特派員―自民党の元プロ野球選手石井浩郎が勝ったけど、32万人のロボットがいるという証明のように思えましたね。

ナモネ氏―元プロ野球選手は〈若きサムライ〉と宣伝していたな。32万人の半分は自殺テロ予備軍だろう。

特派員―しかし、あの秋田県で自民党は伝統的に強い。

ナモネ氏―農民を飼いならしたから、な。民主党の拙劣な政治への批判じゃない。

特派員―編集長がこだわるように選挙方式を機械化したら、どんな数字が出ていたかな?

ナモネ氏―半分だな。冗談ばかりしゃべってるが、今度のマニフェストでも投票と集計の機械化を実現しようという政党がない。1票の格差是正だけに熱心だ。田舎に住めば、何の問題もない

アロマ―民主党議員、法務大臣の千葉景子が69万票で落選。神奈川県。

特派員―つまり、田舎に住めば、民主主義のゆがみを心配することから解放されるってわけですね。頭のいい人たちは東北の過疎地域に住まなければいけませんよ。

ナモネ氏―そうだ。そうすれば、馬鹿の一つ覚えはなくなる。

特派員―選挙制度を根本的に考えなおさなければいけませんね。多数決の原理をすべてに適用して、不運にも悪魔を選んでしまったら、地獄ですよ。その国だけじゃなくて、世界が苦しむことになる。

ナモネ氏―国連が何とかしなければならないことだ。

アロマ―最終結果。民主党は改選前より10議席へり、44議席。自民党50議席。与党は過半数取れなかった。菅総理大臣は逆境に強い人のように見えるけど、大丈夫かな?

☆ ☆       

 

A Cool; Stan Kenton and His Orchestra

 

▼ 議員立法で取り調べの可視化法案を提出

▼ 鳩山政権が取り調べの可視化を義務付け

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


★〈ローズ・ルーム〉のギターとヴァイオリンはうっとりさせる[A]

        Updated 2010.7.12

 

大町 デパート跡

半分半分放送局長―軽井沢の撮影は楽しかったんじゃないか?

編集長―ああ、少しは。めずらしいことを言うね?

放送局長―撮影レポートがおもしろい。〈流行の映画セットのような温泉町〉…大滝温泉のホテルの廃墟で映画ロケをやればいいよ。

編集長―映画セットはどんな町にもある。街路を歩けば、映画セットの中だ。

アロマ―ショー・ウィンドーのマネキンが待ってる。

特派員―ああいうのはギリシアやローマ彫刻の真似なんですかね、首がついてないのや両腕がないマネキンというのは?

アロマ―あんなのはちっともチャーミングじゃない!

ナモネ氏―あれは感じが悪い、ねえ。

編集長―誤解がないように言っておくと、胸像は別にして、ギリシア人とローマ人が作った彫像は人間の体の全体を表現してる。戦争や災害で破壊されて、全体性を失ったにすぎない。そういうのが20世紀前半のモダンな都市で人気が出たように思うけれど、芸術作品だからこそ、だ。腕のないヴィーナス像が新しい現代的な美だとは思わない。時間を超えていることが美しいのだ。

 

ショー・ウィンドー

アロマ―ファッションのための作品、つまり、服を飾るためのマネキン人形はヨーロッパでそのころ流行したようね。でも、外観は普通の人間と変わらないの。

特派員―それに関しては情報が見つからないね。前衛的な時代だから、頭のないマネキン人形が製作されてもおかしくない。

ナモネ氏―あんなのが二度の世界大戦の時代に?狂ってる。

編集長―やはり平和なときでなければ、受け入れられないんじゃないかな?

放送局長―ああいうのが好きな人間がいる。徳川夢声なんか、その一人だったかもしれない。

特派員―去年その人の冗談についていろいろ話しましたね。ミロのビーナスでもうけようというんじゃないですね()

ナモネ氏―何か分かったか?

特派員―ええ、もちろん。なぜ徳川の夢の声という名前にしたか?それを知りたくて去年インターネットで調べたけど、無駄でした。しかし、数日前ウィキペディアを見たら、去年より詳しい情報がある。

アロマ―あの《カリガリ博士》が日本で公開されたとき弁士をやってるの1921年制作、ロベルト・ヴィーネ(Robert Wiene)監督のサイレント映画。

ナモネ氏―あれは本物の名作だな。ドイツ表現主義映画の金字塔だ。

特派員―徳川の夢の声について先に話したいけと…

アロマ―カリガリ博士と眠り男よ。

編集長―そう、ナモネ氏に登場してもらいたいな。

ナモネ氏―精神異常のカリガリ博士と夢遊病患者眠り男の世にも怪奇な犯罪。カリガリ博士はある町のカーニヴァルで眠り男の見世物をやる。眠り男が予言すると、そのとおり殺人事件が起きた。しかし、それはカリガリ博士が眠り男を催眠術であやつった犯罪なのだ。

特派員―徳川の夢の声を問題にしてからでなければ…

ナモネ氏―精神異常のカリガリ博士と夢遊病患者眠り男の世にも怪奇な犯罪だ。徳川夢声のだみ声と顔はカリガリ博士にぴったりだよ。

アロマ―じゃあ、みんなでロケに行きましょう。大滝温泉にロケ!

放送局長―そうだ、ロケに行こう。アロマのシナリオで。今日のドラマもよくできてるよ。

☆ ☆      

■ ショー・タウン---3  1  2  4

 

A Rose room; Django Reinhardt,Stephan Grappelly etc.

 

ある国の犯罪映画的な活動について

▼ 東京駅暗殺事件~26

▼ 東京駅暗殺事件~18

▼ 東京駅暗殺事件~19

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


〈光が見えた〉と言うけど、近づいてみれば?[A]

☆ ☆       Updated 2010.7.6

 

アトリエ

ナモネ氏―今日はこれで帰るよ。しかし、ボーナス制度ほどおもしろくないものはないな。

特派員―ナモネ氏はボーナスをもらったことがない、とか言ってましたが、本当ですか?

ナモネ氏―私の名前が語ってるとおりだよ。

アロマ―信じられない。そんな、どこの国で働いてたの?

ナモネ氏―どこの国なのか、なあ?

特派員―ボーナス制度は公務員の場合法律で定められてるけど…

半分半分放送局長―民間企業は慣習でやってるんだろう。お情けみたいなもんだ。

ナモネ氏―この地方では戦後もしばらくボーナスを支給する会社はなかったと思う。だから、公務員のボーナスと聞くと、敵意を感じたもんだ。われわれの税金で生活してる連中じゃないか?

放送局長―忘れやすい言いにくい真実を言ってる。ボーナス制度に関しては、編集長と同じ意見だ。つまり、民主主義の理想のためには廃止しなければならないということだ。

特派員―行政問題で公共機関を歩き回るうちに、ぼくもそれが現実的な考え方だと認めるようになりましたね。ボーナスの100万円を毎月の給与に均等に分けて配分するべきなんです。

放送局長―思いやりがあるな。毎月の給与を上げる必然性なんてまるでないよ。

特派員―しかし、それじゃ公務員の怠慢とエラーの連続で政治が故障してしまう。

ナモネ氏―そう、それが何よりもこわいな。

放送局長―ただ、問題はボーナスの魔力だよ、な。あれは、ヴィーナスの魅力よりもすごいんじゃないか?

アロマ―あたしには分からない。でも、廃止は不可能だわ。

ナモネ氏―単純な話だ。大金が目の前にあると、人は奴隷になる。OBでも同じだ。

特派員―毎日新聞の記事から。国家公務員の夏のボーナスが30日支給された。管理職を除く一般行政職(平均35.5才)の平均支給額は577500円、去年の夏より4000円(0.7%)増えた。支給月数は去年の夏と同じ1.92か月分だが、平均年齢が0.3才上がったことが0.7%上げる要因になった1

放送局長―しかし、借金漬けの赤字財政、どこ吹く風だな。

特派員―京都新聞で読んだ共同通信の配信記事も、興味深い。〈損保ジャパンDIY生命保険が30日発表した、サラリーマン世帯の主婦を対象にした調査によると、今年夏のボーナスが昨年夏より「増えた」との回答が40.8%となり、昨年夏の20.6%に比べほぼ倍増した。〉2

アロマ―G8の先進国で一番景気が悪い国じゃないの?国民生活のために税金をあれもこれも上げるって宣伝してるわよ。

特派員―そう、こんなのはナンセンス・ギャグだよ。金が入るところに金が入るようにできてる国なんだ。おもしろくない。

放送局長―どこまでも嫌味な差別化の回路だ。おもしろくないな。

アロマ―品質の悪い人間どもは、やっぱり自分に似た粗悪品しか作れないのよ。

☆ ☆      

A I’m beginning to see the lights; Doris Day,Les Brown and His Orchestra

 

1  630日 笈田直樹

2 京都新聞 2010/06/30

 

 

 

 

 

 

 

 

 


〈キャンディ〉の甘さはこんな息が合ったグループでなければ[A]

 

 

アトリエ

        Updated 2010.6.30

特派員―渦巻きとトンボは、誰でもよく知ってるイメージだけど、〈仮面について〜耳のぜんまい巻き〉の記事を読みなおしてみると、神戸市神岡桜ヶ丘の4号銅鐸に描かれた絵だった1。紀元前2世紀から1世紀、弥生時代中期の作品ですね。編集長が好きな渦巻きとトンボと魚が仲よくしてるのは大阪府東奈良遺跡の流水紋銅鐸の鋳型。

半分半分放送局長―まさか神戸市とは、なあ。

特派員―ええ、地図で見ると、灘区桜ヶ丘町六甲山の南斜面で石屋川の西。2キロメートル南に歩けば、海岸。

アロマ―三宮と芦屋の中間ね。

放送局長―和田岬の湊川に近いな。約10キロメートル。

編集長―地図から離れて、記憶を探ればいい。湊川の沖合いには淡路島が浮かんでる。島の反対側には何がある?

アロマ―鳴門海峡の渦巻き。

特派員―あっ、そうだった…そうすると、銅鐸の渦巻きはあれがモチーフなのかな?

 

神戸市神岡桜ヶ丘の4号銅鐸

 

編集長―渦巻き模様はすでに紀元前15世紀にはエーゲ海のクレタ島にあるから、誰かが持って来たにちがいないな。そして、瀬戸内海を船で通ったとき淡路島に行き当たり、巨大な渦巻きを発見した。この想像は悪くないんじゃないか?

アロマ―うん、おもしろい。地中海にはトンボのデザインがない。だから、トンボの絵をつけて日本風の芸術作品に仕上げたのよ。

特派員―銅鐸は兵庫県の名産物で、出土数が一番多い2

ナモネ氏―ふうん、それで秋津(あきつ)島、トンボの島と名づけたというわけだ。ぴったり合う、ねえ。

放送局長―湊川あたりに住みたくなる、な。六甲山のふもとは特別高級住宅地だ。

☆ 

放送局長―有栖川が流れる京都の太秦が渦巻きに由来する地名じゃないか、というインスピレーションから出発して、兵庫県神戸市の渦巻きのデザインを見て湊川の近くにもどって来た。湊川と渦巻きの関係は非常に古い。湊川は有栖川のアリスの日本語訳だろう、とおれは言ったけど、真実に近づいたな。

ナモネ氏―さあ、どうなるかな?播磨国風土記を読んだら、淡路島と渦巻きの伝説があった3。アメノヒボコノミコト(天の日槍命)が韓(から)の国から海を渡ってきて、宇頭(うず)川のほとりで、宿る場所を作るために海水を剣でかき回した。すると、海中に島ができた。

放送局長―宇頭川のウズは渦巻きの渦?

ナモネ氏―宇宙の宇に頭だ。ヘッドだ。

特派員―宇多野の宇、宇治川の宇。

アロマ―宇治茶の宇。それはどこにある川なの?

ナモネ氏―姫路港に流れる揖保(いぼ)川という川だ。他の説話には宇頭川が流れる海に渦があり、神功皇后が韓の国を征服に行くとき宇頭川の港に船を泊めたとある。

編集長―鳴門海峡の巨大な渦巻きは日食のように神秘的だったはずだな。大航海時代の勇敢なポルトガル人の船でもそこは通らない。淡路島の北、明石海峡が歴史の舞台になる。

アロマ―物語はいっぱいある。南向きで日当たりのいい明るい地方ね。あたしは明石大橋の入口の舞子という地名をずっと気にしてるんだけど、そこにいると、歌が聞こえる。バックには銅鐸がずらり並んでる。あれは楽器として使用されたものね。

編集長―確かにあれはひびきがいいだろうな。聴覚と記憶から受けるイメージは、音の渦巻きだ。それを制作した人たちの知性は歌と演奏を渦巻きのように感じたにちがいない。銅鐸に描く必然性がある。

放送局長―そう言えば、神戸のあの作品の正確な渦巻きの連鎖を見てるとき昔のレコードと録音テープを連想したよ。

特派員―どんな曲が聞こえましたか?

放送局長―スウィング・ジャズだよ。グレン・ミラー楽団が演奏する名曲〈アリス・ブルー・ガウン〉…

アロマ―〈アリス・ブルー・ガウン〉

放送局長―決まったな。

アロマ―じゃあ、みなさん、今夜はこの辺でお別れしましょう。おやすみなさい。

☆ ☆      

■ アリスと有栖川宮 k  a  b  c  d  e  f  g  h  i  j

 

A Candy; Johnny Mercer,Jo Stafford, The Pied Pipers

 

1 仮面について~ 耳のぜんまい巻き

        イヤリング

2 wikipedia

3 風土記: 小学館

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

アトリエ

〈アランフェス・コンチェルト〉のすずしい風が庭に流れる[A]

        Updated 2010.6.25

特派員―今日はむし暑いですね。

編集長―沖縄はもっとひどいよ。冷房がなければ、生きられないほどだ。

半分半分放送局長―想いうかべるだけで汗が出るな。

アロマ―ふうん、そうなの。

放送局長―沖縄戦は41日に始まった。アメリカが艦砲射撃して、島の形を変えたって聞いたことがあるけど、あれは本当だな。戦場になった地域は植物が伸びない。

ナモネ氏―四月馬鹿の日は、アメリカが冗談に選んだものだと思っていたよ。それが北伯爵北白川宮成久が自動車事故で死んだ日と重なるとは、なあ。

特派員―編集長の仮説ですね。

編集長―まあ、そういうことだ。上陸作戦で飛行機による空爆をやらなかった謎も分かったね。明治時代に玄洋社のある社員が中国で漢方の診療所を開いて、感謝されたそうだ。〈東京駅暗殺事件〉のとき読売新聞の連載記事を見て知ったことだが。

放送局長―日本人の漢方診療所はかなり多かったんじゃないか?テロ組織が経営したとすれば、毎日テロリズムだ。

ナモネ氏―毒が入ってるかどうか、素人には分からないから、なあ。

特派員―西洋医学の専門家にも厄介な問題ですよ。

編集長―参考になると思うけれど、明治天皇は自分の子どもが生後次から次と長生きできないので、漢方の医者をやめさせて、西洋医学を学んだ医師を宮城に入れた1

ナモネ氏―秩父宮の病気なんていうのも怪しいもんだ。

放送局長―なるほど。アメリカはノルマンジー上陸作戦でやはりそんな冗談を実行してる、な。ノルマンジー号が火事で横倒しになった事故の仕返しだ。

アロマ―ノイローゼの治療にはグッド・アイディア。プラスマイナス、ゼロだわよ。

ナモネ氏―623日は沖縄戦が終了した日だ。3か月地獄で戦ったとは、残酷だ。島の人には、今年はいつもと違う複雑な思いがあるだろうな。

特派員―雨の庭を半地下室から眺めるような気分ですね。沖縄からコメントがあるか、と期待してたら、あの記事には全然ないので…しかし、責任はマス・メディアにある。

放送局長―ナモネ氏のあのせりふも臨場感があって強烈だよ、な、君。

特派員―たぶん、ね。

アロマ―ナモネ氏〈彼らが語る沖縄の歴史なんてのは、ある時代に加害者の位置にいたことを知らないか、忘れてる歴史だよ。アイヌ人と中国人が書けないことだ。〉

特派員―たぶん、ね。蝦夷のコンブがいつから琉球王国に輸出されたか、調べると、江戸時代ですね。輸出と言ったけど、琉球は1609年薩摩藩の侵略を受けてから中途半端な独立王国だった2。主権を尊重すれば、外国です。コンブは中国人の薬だったらしく、それで琉球王国は中継貿易でかせいだ。琉球の人たちの日常の食品になったのは、そのころらしいですね。

編集長―繁栄の陰には悲劇がある。沖縄の優しい人たちがそういう事実の連関を知っていたら、第三者的な視点を持つことができたかもしれないな。

アロマ―そうすると?

編集長―思想が世界につながる。世界は単純にできてないんだ。

放送局長―70年代の認識で言うのは悪いけど、沖縄の人たちにも特殊性にこだわる傾向があるね。これは歴史の根が強ければ勢いよく伸びる。受難の悲劇は共感されやすい。しかし、理解されるとはかぎらない。

☆ ☆      

A Concierto de Aranjuz; Miles Davis,Gil Evans Orchestra

 

1 明治天皇; ドナルド・キーン

2  wikipedia

 

▼ 沖縄戦のフィルムを見て

北伯爵のケース

▼ ナチスの鉤十字と日の丸の旗 -C 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


〈イパネマの娘〉は熱い夏にぴったりなボサノバの名曲[A]

 

        Updated 2010.6.17

JR大館駅 周辺案内図

特派員―大館市文化財保護条例を見つけましたよ。

ナモネ氏―あることはあるな。大館市が曲田聖堂を文化財に指定してないのは、なぜなんだ?

アロマ―それは、県文化財に指定された対象は大館市が指定できないという規則なの。

ナモネ氏―県文化財に指定されたら、市民は何か意見があるとき秋田市まで行かなければならないのか?曲田聖堂と聞いて分かる職員はいないのだ。

特派員―日帰りを嫌ってる。しかし、文化財の二重指定が困るとは思えませんが、ね

アロマ―窓口は地元の市町村にあればいい。車で10分走れば、貴重な文化財がどうなってるか、自分の目で確かめることができるんだから。

特派員―調査報告する権限がなければならないね。今、わずらわしく思ってるのはそれだよ。曲田聖堂のそういう問題に関して、秋田県庁のどこにメイルを送信すればいいのか?

ナモネ氏―文化財のことなら、生活環境部だろう?

アロマ―残念でした。正解は、秋田県教育庁生涯学習課文化財保護室です。

ナモネ氏―教育庁なんて、聞いたことがないな。

特派員―教育委員会の事務局のことですよ。

ナモネ氏―聖堂の中の装飾が変わったことは、文化財保護室が了解してるんだろうな?

アロマ―ギリシア正教会の人が通知してれば、ね。

ナモネ氏―曲田聖堂の輔祭か、盛岡管区の教会か?

特派員―編集長が自分で調べると言ってましたが…

ナモネ氏―そうか?盛岡管区というのは花輪線と同じだが、どういうことか?私には南部藩の執念が伝わってくるよ。

アロマ―盛岡市にあるギリシア正教会のHPを見たら、変なの。教会堂は曲田聖堂より大きいけど、建築した日付がない。曲田の方が古いはずだわ。1892年、明治25年よ。

ナモネ氏―ロシアでイコンを学んだ山下りんの絵が飾ってあるな。神田の聖ニコライ聖堂と同じビザンチン様式だ。歴史的な価値がちがう。

特派員―そうですね。曲田聖堂は函館と大館の関係で建てられた、というのが関心をそそる点ですね。この二つの街は不思議なつながりを感じさせますよ。

ナモネ氏―そうだ。しかし、何はともあれ、地方交付税が増えたんだから、県と大館市は金をかけて管理しなければいけない。教育のために役立つことだ。教育のために。

アロマ―汝らの教育のために。

☆ ☆ 

 

A The girl from Ipanema; Stan Getz,Astrud Gilberto

 

▼ 曲田聖堂の内装が変わった

▼ 世界情勢がロシアをパートナーに選ばせる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


誰もが知ってる〈レディは気まぐれ〉[A]

        Updated 2010.6.6

 

アトリエの庭

アロマ―菅直人総理大臣はHHJが期待したとおりね。

特派員―まあ、そうだけど、早いね。

半分半分放送局長―エラーがつづいたから、な。小沢幹事長は政治資金問題で道義的な責任を取ろうとしなかった。鳩山首相は普天間基地移設でアメリカ政府との合意を半年遅らせて、混乱を招いた。

特派員―招待ですね。辺野古移設反対派が名護市長選挙で勝つ前に決めていなければいけなかった。

ナモネ氏―汚い選挙をやらせた顔を見たいもんだよ。

放送局長―民主党はまず投票を機械化するべきだった。不正な選挙という報道はなかったが、昔から島国の選挙を信じない人は無数にいる。

特派員―19世紀的な選挙方式を機械化したら、小沢幹事長は魔力を発揮できない。

アロマ―トランスパランとクリーンの反対側にいる政治家に選挙での勝利をたよるなんて、ね。民主党のそんなジレンマはフランスのジャーナリストも批判してる。

放送局長―そうそう、小沢一郎は陰謀でかきまわしたけど、鳩山由紀夫はそれを認めていた。あの二人は田中角栄から政治を学んだ仲だよ。

ナモネ氏―官僚操作がうまいはずだ。

☆ 

特派員―世界史的に見れば、沖縄では民族主義が沈没したと言える。

放送局長―そういう面があるな。戦後の日本ではもう通用しない。鳩山と小沢がアメリカと対抗するために博物館から持ち出して来たものだ。沖縄の人たちと日本政府が共同戦線を張ったというのは、メディアの幻想だよ。最後には自由の旗がひるがえる

アロマ―沖縄にも国際文化を愛する人はいっぱいいますから、ね。

ナモネ氏―そうだ。文化のヴァラエティ・ショーも大事にしなければならないな。アメリカに見習いたいのは、それだなあ。雑多な民族、雑多な宗教、雑多な思想がプラスに働いてる。

特派員―世界史的に見れば、編集長の冷淡な言葉には価値がありますね。〈南国沖縄の声をすなおに聞こう〉という記事。〈しかし、自分の考えが正しいかどうか懐疑的になっていたら、沖縄の歴史も別のように進んでいただろう。アメリカーの基地が存在しない平和な島だったにちがいない。歴史のページを変えることはできないが、歴史を学びなおすことはむずかしくない。〉

放送局長―これは沖縄が戦争の生贄にされたことに自分の主張の正当性を置く、ある種の扇動的な知識人に対するアイロニーだな。

ナモネ氏―彼らが語る沖縄の歴史なんてのは、ある時代に加害者の位置にいたことを知らないか、忘れてる歴史だよ。アイヌ人と中国人が書けないことだ。

☆ ☆      

 

A The lady is a tramp; Mel Tormé and The Marty Paich Dektette

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


〈青い水平線のかなた〉にギターが連れてゆく[A]

        Updated 2010.5.30

 

アトリエ

特派員―人間は生活しなければいけないんだから、何と言っても、芸術家や作家などは名誉をほしがる。名誉をあたえる組織は、市民社会でますます権力を持つようになる。これは悪循環ですね。

ナモネ氏―例外もいるんだが、な。金色の名誉と作品の価値は、無関係だ。何の関係もない。しかし、それは原則的な批判で、あのヘミングウェイがノーベル賞をもらったニュースを見たときは私も幸せだったよ。

半分半分放送局長―いい世の中になったもんだ、と?

ナモネ氏―そうだ。

編集長―誰でもそんな調子じゃないかな?野球のように点を多く取ったチームが勝利なんていう客観的なルールがない。そこが芸術のおもしろいところでもある。

アロマ―なかなかとらえられないかわいい女のような…

放送局長―芸術は自由でなければいけない。

編集長―そのためには作者が自由でなければならない

放送局長―ハセはキャンパスにいたときからああいう表彰制度を批判してたが、それから自由になるのは簡単じゃないな。浮世離れした貴族でなければ。

編集長―そういうことだ。すぐれた作品を書くための条件だよ。それから、大胆不敵に言えば、世界をめざすということだ。

アロマ―それで完成した作品が、スパゲッティ・コスモポリタン?

編集長―そうだ。

放送局長―しかし、高校生のとき日本人初のノーベル文学賞に川端康成が選ばれたけど、あれはショックだったよ。講演の題名もおもしろくない…〈美しい日本の私〉

編集長―最低のジョークだよ。日本人を知るために訳が分からない小説を人類学的な意味で選んだと思うことにしたが、しかし、あれで日本のヨーロッパ的な知性は、日陰に追いやられてしまった。運命が決まった。小説家三島由紀夫の決起事件には、そういう悲劇的な面がある。

ナモネ氏―うわさによれば、あの受賞には裏の工作があった。政治の裏面だ。女の片腕を抱いて夜の街を歩く男、あの小説は第一級の幻想文学だが、な。

編集長―うまいイントロだと思ったけれど、薄気味悪い。

特派員―大江健三郎の文学はフランスのメディアが戦争文学と言って紹介してたけど、ヨーロッパ的な知性なんですか?ぼくには、この人の作品もどうもよく分からない。

ナモネ氏―根本的に異質な人間だな。

編集長―実存主義の小説という看板だったが、そんな哲学はどこにもない。

晦渋な作品はだめだ。

放送局長―そう、実存主義を馬鹿にしてる。あの人気にはいらいらしたよ。ただ、《沖縄ノート》には感心した。

☆ ☆ 

 

A Beyond the blue horizon; George Benson

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


〈ウィアード・ララバイ〉を聞いて、しんみりの夜[A]

☆ ☆       Updated 2010.5.28

アトリエ

アロマ―ポーランド大統領夫妻を乗せた専用機が墜落した事故に関して、フランスのメディアで探したら、ヌーヴェル・オプセルヴァトゥールがAP通信の配信記事をのせてた。でも、TBSが報道したショッキングな事実より詳しいとは言えない1

特派員―〈調査責任者は事故の前に複数の乗客が操縦室にいたと発表した〉…〈事故の原因について結論は出さなかった〉

ナモネ氏―一体全体その人物は何をしていたのだ?

アロマ―フライトレコーダーに記録されたその声は乗組員の声じゃないけど、直訳すれば、〈着陸するという決定においてその人物がパイロットに影響をあたえたかどうかは分からない〉そうポーランド人の調査委員クリシュ(Edmund Klich)は語ってる。それだけ。話の内容は明らかにされてない。

半分半分放送局長―一般乗客はいないんだから、誰の声か、調べがつくはずだな。

アロマ―ええ、カチンスキー(Lech Kaczynski)大統領夫妻と政府高官など96人の乗客のうちの誰か、ですね。

特派員―何か隠してるな

L'enquêteur polonais Edmund Klich a précisé qu'on ne savait pas si les personnes dont les voix, qui ne sont pas celles des membres d'équipage, ont été enregistrées, ont influencé les pilotes dans la décision d'atterrir, malgré les avertissements sur les mauvaises conditions météo et la visibilité.

 

アロマ―ロシア航空委員会の責任モロゾフ(Alexeï Morozov)は、〈乗組員がしばらく前から訓練されていなかった、デリケートな状況のための特別な権限をあたえられていなかった、と説明した。〉

放送局長―まさか、ね。これは神戸モロゾフのチョコレートが原因だよ。

アロマ―ポーランドには輸出されてないわよ。

特派員―TBSニュースでは2人の乗客。さわがしい未確認登場人物。

ナモネ氏―機械が狂ったかもしれんな。

アロマ―ともかく、カミカゼ・アタックの疑いが強まった。恐ろしいドラマ。

放送局長―オールド・レッドなら、やりそうなことだ。

 ☆ ☆

 

A Weird lullaby; Wynton Kelly,Paul Chambers,Philly Joe Jones

 

1 Des passagers étaient dans le cockpit de l'avion présidentiel polonais avant l'accident, selon les enquêteurs

vendredi 21 mai 2010 Nouvel obs

TBS 2008:26

 

▼ ポーランド大統領専用機の拒絶と沈黙

▼ 特攻精神の起源/ネガ対立/外国の存在感

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


オルガンとギターのとめどない流れ〈川べりを下って〉[A]

        Updated 2010.5.20

 

        アトリエ

半分半分放送局長―話をつづけさせてもらうよ。地図で見ると、有栖川が桂川に合流する地点は港にぴったりだ。宇宙から撮影した写真で確認してみよう。

アロマ―はい、ちょうど合流地点。梅津というのが昔からの地名なの。

編集長―嵯峨野のあたりは広いけれど、下流でS字型になってるな。松尾大社の近くは狭くて流れが速い。カーブしてからゆるやかになるね。有栖川の合流地点は広くて深いから、船をとめるには最適な場所だろうな。

ナモネ氏―津というのは港の意味だから、梅津は梅港だ。日本的な名前だよ。

放送局長―港に注ぎこむ川なので、有栖川と名づければ、異国風のしゃれたセンスがただよう

特派員―今ならアリス・リヴァーですね。

アロマ―太秦(うずまさ)というのは、本当は渦巻きなんじゃないのかな?

放送局長―おお、すごいインスピレーション。ナモネ氏もそんなことを言ってる。桓武天皇が新しい都をつくるために葛野宇太村の地域を調査させたと日本後記に記されてる。宇太の読み方は〈うだ、うた〉、これは今も太秦の北の宇多野という地名に残ってる。しかし、人の名前のときは〈うず〉だそうだ。宇治川にはその名残りがある。太秦の発音もそれから理解できると思うね。あの辺に渦巻きがあるか?

編集長―どうかな?有栖川との合流地点の下流に本当にあったかもしれないな。米代川で言うと、早口の大巻では小さい渦巻きをいくつも見ることができる。大巻という地名は上流の引欠川源流、立又鉱山の近くにもある。

ナモネ氏―硫黄を採掘した鉱山だ。

放送局長―八幡平の東にあった松尾鉱山と同じだな。松というのはアカマツと考えていい。広隆寺の半跏思惟像はめずらしくアカマツでつくられてる。

何か連関がある。中宮寺の半跏思惟像はクスノキだそうだ。なぜか、黒いが、ミラー・イメージの作品としてみれば、赤と黒は魔よけの意味をおびる。

アロマ―そこで嵯峨の有栖川の名前が最初に出る和歌集を開くっていうのは、どうかな?意味がよく分からないけど、こういう歌。〈千早ぶるいつきの宮の有栖川松とともにぞ影はすむべき〉藤原師実(もろざね)。千載和歌集より。平安末期11世紀後半ね。斎宮(いつきのみや)というのは天皇の皇女が伊勢神宮に仕えるために身を清める所で、その名前がついた神社が京福電鉄嵐山線の有栖川駅の南西にある。

特派員―翻訳すれば、有栖川の松のそばで待っていると、霊が住んでいる感じがするなあ、という意味ですね、はい。

放送局長―影は過去の影なんだ。アカマツでつくられた半跏思惟像の影と見なくてはいけない

アロマ―その太秦に、1935年映画監督マキノ正博がマキノトーキー撮影所を創設した。昭和10年のことね。

放送局長―渦巻きがあるから、ある一人の男が無意識か冗談半分にカメラとフィルムを置くようになって、みんな映画でめまいを起こした…

編集長―そうだな、銅製錬の渦巻きはめまいのメタフォールで地獄の象徴にもなる世界的なイメージなんだが、ウズマキと発音するのはやはりタブーだっただろう。今、有栖川ドキュメンタリーをつくるとしたら、最初のシーンは例のトンボと魚と渦巻きの映像だね。

特派員―それにはおもしろいリンクがつく。胸騒ぎがしてきました。

☆ ☆ 

■ アリスと有栖川宮  j   a  b  c  d   e  f  g  h  i

 

A Down by the riversicde; Jimmy Smith and Wes Montgomery

 

銅製錬の渦巻きについてもっと深く知る

▼ 仮面について~耳のゼンマイ巻き [1]  [5] [8]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


〈フルハウス〉の名演は最高の悪乗りという評判 [A]

☆ ☆       Updated 2010.5.8

 

アトリエ

ナモネ氏―秦は機(はた)織の名人だよ。

半分半分放送局長―ハタというのは糸を織ってできた縦に細長い布で、幟(のぼり)のことらしいな。

ナモネ氏―このあいだ京都の観光物産展で生八つ橋を見て、語源を考えたら、八幡という地名に行き当たった。桂川と宇治川と木津川の合流地点にある八幡市のことだ。あれは数字でなくて、象徴と見るべきでないか?

編集長―ええ、有栖川宮熾仁と官軍が江戸に入ったとき、錦の御旗が歌に歌われた。あの幟は、頂点から三角形に糸で吊るされてる。この三角形は銅製錬に起源があって、富と幸運と輝かしい未来の約束をあらわすと同時にその反面の恐怖をしめす両義的な象徴記号ですよ。渋谷の三角橋バス停の三角橋も起源は同じで、三角形の橋ではない。八つ橋というのも、そう考えなければいけない。8本の橋のことではない。銅製錬で白熱光線が太陽や星のメタフォールになるようにその数字は北極星とそれを回る北斗七星をも表わしている。橋は鉱山のトンネルを支える坑木のメタフォールで、鳥居の起源ですね。橋と星の関係については《仮面について》に書いた。

アロマ―ラッキー・セブンね。

放送局長―トランプのセブン・ブリッジ。

☆ 

ナモネ氏―明治政府は九州の北部に八幡製鉄所を建設したが、古い縁起があることだな。末広がりだから縁起がいいと俗世間では言われてるが。

放送局長―なるほど。生八つ橋が三角形だというのはおもしろいな。シナモン味の黄色っぽい小麦粉の薄皮でおぐらあんを包んでる。巨椋池のおぐら、小倉百人一首のおぐら。

ナモネ氏―秋田市の八橋(やばせ)にもリンクがついた。八橋球場で有名だが、昔から油田がある土地だ。

特派員―橋をハセと発音すれば、長谷川のハセにつながる。

編集長―ハセは川の港を意味するという説明がある。しかし、長谷寺のそばを流れる初瀬川は、狭い谷川だから、疑問だな。長谷寺にのぼる長い回廊を見ると、本来橋という意味だったと思うね。港には橋があるから、川の港の意味にもなったかもしれない。

アロマ―そうすると、思ったとおり間人皇女は橋の人という意味ね。

放送局長―確か、神戸に湊川がある。アリスの日本語訳じゃないか?あとで調べてみるか?

特派員―湊川は和田岬にそそぐ川で、遣隋使の時代から港だった。そういう説明がHPにありましたよ。原典が分からない。しかし、あの辺は有栖川宮と妙なコネクションがあって、熾仁親王が1894年(明治27舞子に別邸を建てた。本当の理由は言わない。ただ500メートルほど東に五色塚古墳がある。明石海峡に面した全長194メートルのなぞめいた巨大な鍵穴型のモニュメント。これは4世紀ころ神功(じんぐう)皇后の時代に作られた。日本書紀にそのことが語られてるけど、神功皇后と言えば、実在が確かめられる最初の天皇応神天皇の母ですね。

ナモネ氏―それは誰の墓なんだ?

特派員―明らかでありませんね。

☆ ☆ 

■ アリスと有栖川宮  i   a  b  c  d  e  f  g  h

 

A Full house; Wes Montgomery,Wynton Kelly,Paul Cambers,

Johnny Griffin,Jimmy Cobb

 

三角形の象徴記号

▼ 仮面について~銅と太陽のアナロジー

▼ 仮面について~よい踊りを盗む 8

橋と星の関係

▼ 仮面について~よい踊りを盗む 6  7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                                                  

                       

                                               

 

Atelier Half and Half