HALF AND HALF JOURNAL

 

 


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Dépaysée  でぺいぜ

 

東京-モスクワ-パリ

 

 

Dépaysée 2       ---とろんぷ・るいゆ vol.2   1991.12.21

 

飛行機は、白い雲の上を飛びつづけた。117日はロシア革命記念日なので、隣りのロシア人の読む新聞に演説するゴルバチョフ(Mikhaïl Gorbatchev)大統領の姿が見える。ソ連はいつまで持つだろうか?独裁が嫌いなぼくは、ペレストロイカの民主的な改革に好感を抱いていたが、かといって混乱を望んではいない。ロシアに対する愛着があるからだ。

 大学では、70年前後多くの若者に革命が真面目に信じられていた。ぼくは批判的で、むしろ左翼運動を軽蔑していた。友人たちとの思想的な共通点と言えば、反権力と弁証法への理解ぐらいだっただろう。一方には、ソ連嫌いの右翼がいた。これは日本と露西亜・ソ連との戦争によって増幅された《情念》だった。

 ゴルバチョフは訪日の際日ソ関係の改善のために、幸福な、というか美しい過去を例に出した。しかし、現実はどちらにも厳しかった。日本は〈政経不可分〉の原則を捨てないし、ゴルバチョフはリトアニア問題に見られたとおり民族主義への認識が甘い。今をときめくエリツィン(Boris Eltsine)は、北方領土を〈自由興業地帯〉にする構想を語っていた。何はともあれ、国境問題はできることから始めなければならない。

 ぼくは、ちょうどその頃グッド・タイミングの企画を思いついた。大学時代に書いた短編小説《夜の風景》を再表現しようと…

 

 

 

Dépaysée 3         ---とろんぷ・るいゆ  vol.3   1992.1.6

 

舞台は幕末の蝦夷(北海道)。植民地さながらに搾取されていたアイヌの2人の若い男女イリモとヤエレシカレの、悲恋というにはあまりにも悲惨な物語。これは、松浦武四郎の紀行文に記されていた実際の出来事だ。彼は、安政三年(1856)石狩川のほとりに年老いたヤエレシカレを訪ねて、話を聞いたのだ。

 ところが、残念なことに手元に残っている《夜の風景》の草稿が、サークルの機関紙に発表したのと大分異なっていた。そこでサークルに古い機関誌を送ってくれるよう依頼したが、秋になっても返事がない。ぼくはとうとう諦めた。なぜなら、若い頃の自分の思考の跡を確認するという目的があったからだ。

 小説の主人公若い旅行者は、稚内のバーでアイヌ人から歴史的背景とロマンスを語り聞かされる。アイヌたちは、松前藩の許可をえた近江商人などの商業資本に、内地や中国へ輸出するために奴隷のように使役されていた。18世紀後半には強姦や脅迫的な関係で、もう和人(日本人)との混血が大部分だったという。彼らは主にコンブ採りのため北海道各地だけではなく、樺太(サハリン)や千島列島にも送られ、保護もなく一生を終えた。ロシアは、千島を占領して北方を脅かしていた。その頃、ヤエレシカレはアイヌを監督する〈番人〉に、夫イリモを他の土地へ送ると脅かされて妾になる。しかし、結局イリモは樺太へ追いやられ、彼女は梅毒に侵された挙句棄てられ、馬を盗んで逃亡する。

 

どこへ?樺太の見える北の果てへ、とぼくは想像した。そう、運がよければ小舟で宗谷海峡を渡れるだろう。しかし、ヤエレシカレの体は浜辺の小屋で少しずつ溶解してゆく。彼女が死ぬとき、

―人間の恰好しとらんな、と見守るアイヌの老婆が言う。もう一人が言い返す。

―わしらは、昔からそうだ。イヌ、イヌ、と呼ばれてさ。

 旅行者は、この物語に衝撃を受ける。彼は日本の支配者の醜さを嫌悪する。とはいえ、彼もまたアイヌから見れば、その支配者と同じ日本人なのだ。彼は、函館のバーで〈内地の人か?〉と何気なく聞かれて、その事実に初めて気づき、被支配者たちへの同情と罪意識の間で分裂する。そうして、夜、連絡船に乗って北海道を離れる。若い旅行者の姿が主人公イリモとさりげなく二重写しになる…この《錯覚》は記憶が類似のイマージュを喚起するというメカニスムを利用している。それによって対立と差異が消え、過去と現在、宗谷海峡と津軽海峡という二つの異なった時間と空間が一つに結合されうる。

 

 

 

 

Dépaysée 4          ---とろんぷ・るいゆ  vol.4  1992.2.10

 

非民主的な封建主義は過ぎ去ったのではなく、今も同じような状況が隠然と取り巻いている。そこに生きる若い旅行者はイリモと同化して、自覚した一人の人間として精神的危機を克服しようとするだろう。作者は、そう象徴的に暗示している。しかし、イリモはどうなったのだろうか?残念ながら記録は残っていない。ちょうどその頃、日ロ間で修好通商条約が結ばれて不平等ながら外交関係が成立した。彼は運よく北海道に帰ることができたか、そして新しい近代日本の夜明けを生きたか、あるいはシベリアに渡って行ったか?

 数年前テレビで、蝦夷地のコンブが島津藩の属国である琉球の人々の重要な食料品だったと聞いて、ぼくは驚いた。琉球人もアイヌ人も同じように差別され虐げられていたが、互いに事情を知ることはなかった。権力は、被支配者たちを連帯させたがらないものだ。後の帝国主義の大陸における植民地経営は、すでに南北の国内植民地において実験されていた。少なくともそこに粗削りの下描きがあった、と言えるだろう。松前藩と大商人との癒着、内地から流れて来たアウトロウの〈番人〉、強制移住、島津藩の密輸、などなど。朝鮮人たちもサハリンに送られて、苦難を強いられた、というニュースはまだ記憶に新しい。

 ぼくは、日本とロシアの国民に埋もれた古い歴史を忘れてもらいたくない。権力者たちに《人間の格好》をしてほしいと思う。

 

[]

 

Dépaysée : 異郷にある

 

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▼ V字型の階段の記憶 3

▼ V字型の階段の記憶 8

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▼ 敗戦後劇場

 

 

 

 

 

 

 

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