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表紙 ≫ 学園都市パンダ村 ≫ パンダ高校 ≫ 進路指導 ≫ 無限の可能性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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今、きみたちは青年期のただなかにいます。 人間の脳はだいたい12歳までに完成すると言われています。そして、それ以後、出来あがった脳を使い、様々な情報を吸収、処理して行く時期を迎えます。青年期とはそのような時期です。 パソコンに喩えると、それまでがパーツを集めて組みたてる時期。そして、12歳前後にパソコンが完成。しかし、パソコンは機械だけ完成してもソフトがないと作動しません。もちろんそれまでも組みたてながら小さなプログラムを作動させてきました。パソコンにもそれに似たプログラム(デバイス)があって、CD-ROMやらフロッピーディスクを動かします。しかし、その後の大作業、大人としての、社会人としての行動をするためのOSをインストールしなければならないのです。それも、誰かから一方的に入れられるのではなく、自分から創って行くのです。 そのような訳で、12歳前後の時期、脳が完成したものの中身がまだまだゼロの状態です。それから先、様々な情報を得、人と触れ合い、自分を創って行く時期になります。
ところが、そのゼロの状態が理解できない若者が大勢います。 人間と言うのは、何もしなければ進歩も成長もないのに、自分自身のことを何かスゲー存在のように思いこみ、勘違いしている連中が大勢います。 人間とは、青年期に多くの事を勉強します。そして、それ以上に人と出会い、触れ合い、衝突し、傷つき、悩み、その中で多くのものを学んでいきます。その過程で自分自身や個性が作られていくのです。 しかし、そのような外部との接触をせず、外部との摩擦をさけ、ただただ自分の殻の中に閉じこもり、勘違いしています。
自分には才能があり、無限の可能性がある!
こう信じて疑わないのです。
その結果、『自分は有名になる運命だ!』などととんでもないことを言い出す始末です。 若いから? いいえ。 ただの馬鹿です。 そいつのその後の人生が、全てを証明してくれるでしょう。
では、なぜ、このような途方もない思い込みにはまってしまうのでしょうか? 簡単です。マンガの主人公がそうだからです。 マンガだけではありません。ドラマや映画、フィクションの世界の主人公たちがそういう存在だから、自分もそうだと思いこんでいるのです。 フィクションの世界では、経験をタテに色々といちゃもんをつけてくる『悪者』がいます。あるいは、学歴や家柄をタテに因縁をつけてくる『嫌な奴』がいます。 そして、そんな嫌な奴にも負けず、魔法のような才能をもった主人公が、たいした努力もせず成功し、『嫌な奴』『悪者』を凝らしめるのです。 そんな夢物語に洗脳され、マインド・コントロールされた若者が、他者との触れ合いをせず、また、口先だけの触れ合いをして、お勉強も含めた外からの情報を入れようともせず、さらには、ろくな行動もせず、中身も実力もない思いこみにひたっているのです。 ただ、マンガや映画の世界でも、よくよく考えて見ると、そこに登場する主人公は、様々な人間と触れ合い、傷つき、そして、血のにじむような努力をしている場合がほとんどです。 けど、受け身である読者には、そんなベタベタした苦しみや生々しい体験など、実感が湧きません。たとえ湧いても、現実と結び付けられないのです。自分からそのような苦しみを味わうなど真っ平なのです。
フィクションの世界なら、それでもいいでしょう。 しかし、現実の世界はそうではありません。 様々な人と出会い、触れ合い、衝突し、悩み、傷つき、その中から自分がつくられていくのです。 口先だけで地べたに座りこんで腐っているところからは何も生まれないのです。
もちろん、若者には無限の可能性が眠っています。 その前途には未知なる地平線が広がっています。 しかし、それを光らせるためには行動しなければならないのです。 情報(学)を吸収し、思考をくり返していかなければならないのです。 オリンピック選手だって、芸能人だって、血のにじむような努力をしているのです。テレビに映し出される彼らの華やかさの影には、激しくストイックな面が存在するのです。その果ての開花を見ているにすぎません。 それを怠っていて、いったい何ができると言うのでしょうか? 確かに、彼らはそれほど大袈裟には語らないでしょう。わかりやすい例でいうなら、東大を始めとする偏差値上位大学に入った人に聞いてみましょう。どれくらい勉強したか、って。けど、誰でも同じことを言うでしょう。『自分はたいして勉強していない。』『それほど苦しくなかった。』と。 しかし、これらはあくまでも『勝者』の余裕に過ぎません。勝利した人間がいちいち努力努力のベタベタした話しなどしません。 努力を誇張するのはむしろ口先だけで何もせず失敗した連中です。そうでなければ『自分はスゴイ』と売り出したいだけの、ただの『嫌な奴』です。
わたしが中国語検定を受験した時です。 2級を受験したのですが、最初の30分(40分?)間、聴き取りのテストがありました。その時間はテープが流されるので、教室の出入りは一切禁止です。 その試験が終わると休み時間も間の時間もなく、筆記試験に手をつけます。試験官から『これ以後、退出が可能です』と言われ、筆記試験が始まるのです。 ところが、筆記試験が始まって、10分足らずで終わってしまいました。 まだ半分どころか4/5以上の時間が残っていました。それでも終わったのです。まるで、日本人の私が日本語の試験を受けるかの如く、問題を読めばすぐに答えが出たのです。 開始後、10分足らずで帰る支度をし、みんなが必死に解いている前を堂々と歩き、退出したのです。恐らく、それを見た受験者の中には『全く歯が立たずに帰るんだ』と思った人もいたことでしょう。 しかし、結果は合格。非常に楽でした。余裕合格です。 けど、冷静に考えて見ると、そこに至るまでの激しい努力がありました。 丁度、都内の大学病院で看護助手していた頃でしたので、毎日の仕事はスーパーハード。行きの電車の中では眠気に襲われ、帰りの電車の中ではヘトヘト。それでもカセットテープをオートリバースでひたすら聞きつづけました。発音も、声に出して繰り返しました。 仕事先の病院に留学して来た中国の花姑娘と会話したい一心で…。
終わってしまえば何でもないのです。成功の結果が出ればなおさら過去の努力が美しく光るのです。聞かれれば私も同じく答えるでしょう。中国語検定の2級は簡単です。楽に取れます。と。
本当に努力が出来る奴は夢への限りない情熱を持っている奴です。 そいつが語るのは苦しかった努力努力の物語ではなく、自分の情熱です。 なぜなら、努力の過程でそいつ自身、『自分らしさ』を作って行くからです。
口先だけで何もしなければ自分自身をつくることなどできません。 口からデマカセを言うだけの、個性の欠片もない人間です。 そういう奴ほど『俺はこんなことをしたんだ!』『俺は素晴らしい夢を持っているんだ!』『俺はこんなに苦しんだんだ!』と宣伝します。 もっとスゴイのは『俺の友達は〜!』と、自分以外の宣伝もし、さも自分がやったかのごとくわめき散らします。そうしなければ自分が惨めになるからです。宣伝すれば『自分自身』や『個性』が保てると思いこんでいるのです。 そんなことだから、平気で他人の努力をコケにしたり見下したりして自分が何かスゴイ人間のように勘違いするのです。
君たちの可能性は無限大です。 そして、君たちの中には、素晴らしい才能が眠っています。
しかし、何もしない限り、その才能が開花することはありえません。 ある日突然、目覚めるのはマンガの世界だけです。 現実世界において時々『ある日突然才能が開花する』という現象が起こりますが、それは、そこへ至る伏線が必ずあったのです。
もちろん、私は『口先だけで毎日おもしろおかしく生活する』のを否定しません。羨ましいとさえ思います。けど、このサイトでのテーマは、あくまでも夢を目指すことなので…。
2012年
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