少女漫画家の自叙伝。とても面白かった。
幼い頃から絵が好きで、しかも上手で高校生でデビュー。『ルックバック』そのまま。
描いた作品が次から次へとヒットを飛ばすサクセスストーリーは読んでいて爽快だった。
学歴も生まれ育ちも関係なく、腕一本で頂点に立てる。コミックの世界は今でもそうなのだろうか。詳しくないので知らない。いまは発表する媒体がいろいろあるから、チャンスは多いだろう。それだけ競争が激しいことも想像はつく。
一条ゆかりは、結婚してから妻に教わった。嫁入り道具に『有閑倶楽部』があったから。このシリーズは楽しく読んだ。あとで『プライド』も勧められたけど読めなかった。不条理な設定や暴力の描写は好まない。そういう意味では、既成の少女マンガの世界を破壊して作り上げた「一条ゆかりの世界」は私には縁遠いかもしれない。
『プライド』に馴染めず、『有閑倶楽部』で好きなのは白鹿野梨子。物語やキャラクターについて、私の好みは非常に保守的と言えるだろう。「バイオレンス」や「ノワール」を前面に出した作品は滅多に手を出さない。
一条ゆかり本人についても、豪放磊落なエピソードは楽しく読んだけれど、こういう人と個人的なお付き合いはたぶんできない。
さくいん:一条ゆかり、日経新聞、ノワール
御殿場で2泊したあと、箱根のポーラ美術館に寄り道して帰京した。
色に着目した今回の展覧会。配色に関心があるので楽しめた。
フジタ、マティス、モネ、ピカソなど、超有名な画家以外で目に留まったのは、杉本博司、リヒター、フリズ、坂本夏子、ティルマンスなど。とくに気に入ったのは川人綾。たくさんの光と色が交錯して不思議な空間を作り出している。
さまざまな貫入を施した青磁のプレートがいい(CELADON:FLAT 伊藤 秀人 produced by MAYUYAMA & CO., LTD)。
スーラの「グランカンの午後」もよかった。2005年に来たときに、この作品の前で、娘に点描画を魅力を教えたことを思い出した。調べたら、2年前に来たときも写真を撮っていた。絵の好みはずっと変わっていない。
観賞後、一休みしてカフェでクリームソーダを飲んだ。久しぶりのクリームソーダはとてもおいしかった。
ポーラ美術館は館内に光があふれていて気持ちがいい。美術館からは無料バスで強羅駅へ向かった。強羅駅周辺はバリアフリーになっておらず、階段経由でアンダーパスを通ることになり、母には不便だった。
さくいん:スーラ
先週、iMacを誤って故障させてしまった。ソフトウェア・アップデートに時間がかかっていたのでつい電源を落としてしまった。その後、電源ボタンを押しても起動しなくなり、「!」マークとエラーメッセージが出るようになった。
電話サポートにかけると、もう一台最新のOSを搭載したMacがあれば治せると言われた。私が持っているMacBook Proは2014年製で最新のOSはもう対応していない。その場合は、アップルストアに持ち込まなければ治らないと言う。
仕方なく、土曜日に渋谷のアップルストアへ行った。別のMacから起動させることで問題はすぐ解決した。費用は取られなかった。店員もとても親切だった。高い修理費用を覚悟していたので拍子抜けした。
iMacの初期化には費用はかからなかったものの、梱包箱と駅までのタクシー代で5,000円出費することとなった。痛い。
厳重に梱包していたとはいえ、渋谷の人混みを大きな箱を抱えて歩くのには緊張した。
iMacが使えないあいだは古いMacBook Proを使っていた。文章を書くだけならまだ十分に使える。
今回の教訓はアップデート中はさわらない、という基本中の基本。うかつだった。
さくいん:Apple
Apple StoreでiMacを初期化してもらい、帰宅してすぐ外付けドライブにあるTime Machineからデータの復元をしてみた。簡単にできると思ったのに失敗。
電話サポートに助けてもらい、もう一度試みるもまた失敗。三度目の正直でようやく復元できた。
なぜ、最初の2回がうまくいかなかったのか、わからない。電話サポートの担当者も「移行完了」のメッセージが出ているのに復元できていなかったので、不思議がっていた。
メーカーの人でもわからない挙動があるなんて、コンピューターという道具は、私にはまだまだミステリアス。
一時はどうなることかと心配したけれど、何とか復元できたホッとした。
さくいん:Apple
三度目の正直でようやく満開のうめ園を見ることができた。
人出もほどほどで、ゆっくりうめ園を散策するにはちょうどいいにぎわい。
梅は桜と違い、白と紅の2種類がある。さらにそれぞれにさまざまな品種がある。
いろいろな種類を楽しめることが梅のいいところ。
写真は左上から、薄色縮緬、長束、見驚、白加賀、玉垣枝垂、唐梅。
そういえば、一つの幹に紅梅と白梅が咲く「思いのまま」を今年は見かけなかった。
さくいん:神代植物公園
iMacが故障したために中断していた著作の推敲と校正を続けている。
Pagesに書いた原稿をEPUBフォーマットで出力し、Kindle Previewerで読み返している。
読み返すたびに直すところが見つかる。修正したために段落がずれたり、かえっておかしくなったところもある。今日はあとがきを全面的に書き直した。
これ以上続けていると、最初とは別物になってしまいそう。
一人で作業しているので、「これでOK」と言ってくれる人もいない。いいかげん、どこかで腹を括らなければならない。
ここで、もう区切りをつける。Kindle Direct Publishingにアップロードして発刊する。
あとがきの最後に、「本書を読んで私に関心を持ってくれたなら、ぜひ、前著を手に取ってほしい」と書いてみたあと、蛇足に思えたので削除した。
シリーズ化することで読者を増やそうという目論見があることは嘘ではない。
AIも読者を増やす方法としてシリーズ化を助言していた。
新著を販売開始した。
一度データをアップロードしたあと、奥付に誤字を見つけて慌ててやり直した。
初日には何の反応もない。慌てる必要はなかった。
PODのペーパーバック版を作るかどうかは未定。
さくいん:森有正
小説よりもエッセイが好きで好んで読む。『エセー』のことはもちろん知っていた。でも、古い本だし、長大なので、手に取ることはできずにいた。
『戦後文学が生きている』や『戦後思想の模索』をとても興味深く読んだ海老坂武がモンテーニュについて書いていること知り、図書館で借りてきた。
本書は『エセー』の要約や紹介ではない。副題にあるように、老境にある著者がモンテーニュの文章に納得したり、反論したり、ちょっと笑えるツッコミを入れたりする「対話」となっている。
著者が老齢の立場から対話をしていることがポイント。60歳に近づいた初老である私にも切実な話があり、非常に面白く読んだ。
とりわけ著者がモンテーニュに反論しながら、自分の半生をぼやきながら振り返る文章が非常に面白い。自分も歳を重ねるとこうなっていくのかなと想像したりして、今後の参考にもなりそう。
老人は孤独であり、そのような孤独への慰めは読書にほかならないといった膝を打つ説もあれば、恋と結婚は別物であり、前者には高揚感があるけれど、後者は義務ばかりで退屈なものという、私には納得できない説も書かれている。
著者と私では独身者と既婚者子持ちという大きな違いがあるものの、読みながら気質には似ているところがあるような気がした。とくに人付き合いが下手で、若い頃から自分の選り好みで友人をふるいにかけた結果、友人が極端に少ないというところ。
友情という果実を得られない寂しさの一方で、表面だけのお付き合いがない利点もある。そういう理解に共感する。
もう一つ、モンテーニュにも海老坂にも共感するのは、徹底的に自分について書くという姿勢。こういう姿勢を嫌う人はモンテーニュや海老坂の文章には近づきさえしないだろう。徹底的に自分について書いた文章を、私は好んで読む。
そして、自分でもそういう姿勢で書こうとしている。時代も境遇も違うけれど、同志を得たような気さえする。
さくいん:海老坂武、エッセイ
土曜日は月一回の診察日。混雑に備えて本を2冊持っていったら誰も待っていなかった。
悲しいとか落ち込むとかではないけど、何かを張り切ってやる意欲や気力がない。昼休みも夕方も、ベッドに寝転んで本も読まず、音楽も聴かない時間が長いと相談した。
うつからの回復過程の最後の段階でこういう症状が出ることがあるらしい。慢性化するとうつに逆戻りしてしまう危険性があるので、何か、無理せず続けられる趣味を持つといいとアドバイスされた。
いま、思いつくのはギター。英語ニュースを聴くとかフランス語の勉強をするとか、本当はしたいけれど、そこまでの気力はない。
一日一回はギターを触るようにする。それが当面の目標。
ランチは井の頭公園にあるレストラン、Sopraでカルボナーラ。行動範囲の圏内にあるハンバーガー店は制覇したので、ランチを変えてみた。パンチェッタが大きくておいしかった。
さくいん:S先生
日曜日。天気がよかったので散歩に出た。まずは武蔵野ふるさと歴史館へ。途中、道端の梅や沈丁花を楽しんだ。
常設展で、井の頭公園付近に日本最古に近い縄文遺跡が見つかったということを知った。企画展示は「昭和の小学生」。むかしの給食用食器がなつかしい。
再現された昭和の茶の間は私の子ども時代よりも前の感じ。祖父母の家を思い出した。
ロビーに出ると、ピンク電話があった。これも昭和懐古の展示品と思いきや現役の備品。若い人は使い方を知らないのではないか。
ランチは武蔵境駅のバーガーキング。三鷹までバスに乗り、駅前でカラオケ2時間。哀悼の気持ちを込めてロバータ・フラックを歌った。
帰宅すると1万4000歩以上歩いていた。平日閉じこもっている分、週末はこれくらい歩きたい。
先週末の旅行中、アラサーの娘と二人で話す機会があった。
同世代で重病にかかった友人がいるという話から若くして亡くなるのは気の毒という話になり、その流れで娘が不意に訪ねてきた。
それで、お姉さんはどうして亡くなったの?
私は突然の質問に驚きながらも落ち着いて答えた。
交通事故
娘は「ふーん」とうなずいただけで、それ以上問いつづけることはなかった。
交通事故は交通事故でも「心の交通事故」だった
ここで思い切って打ち明けようかと思い迷ったけれど、結局、話は続けなかった。
ここまで隠し通すことができた。ならば、もうこれでいいじゃないか。
「自死遺族」という重荷を背負うのは私だけでいい。子どもに背負わせる必要はない。
私に姉が、つまり子どもたちにとって叔母にあたる人がいて、その人はビリー・ジョエルとさだまさしとオフコースが大好きだった。それが伝わっていればそれでもう十分ではないか。
そのことに比べれば、彼女がどんな風に亡くなったかは、重要なことではない。
亡くなり方だけではなく、その人生こそが記憶されるべきなのです。自殺は人生を終わらせるものであって、人生全体を語るものではありません。
前に読んだ自死遺族を支援する本にそう書いてあったことをふと思い出した。
さくいん:自死遺族、ビリー・ジョエル、さだまさし、オフコース
月曜日の夕方。玄関の呼び鈴が鳴った。
階段を降りてインターホンに出ると、「すみません、間違えました」と。
家の呼び鈴を押しておいて「間違えました」とは奇妙な感じ。
まさか、留守かどうか調べていたのではないか。
気味の悪い出来事だった。
妻から「バスに乗った」というLINEが来たら玄関のカギを開けている。
この習慣も見直した方がいいかもしれない。
毎週欠かさず見ていた番組が終わってしまった。いい番組だったのに。
タイトルから想像するに、当初はサラリーマンの昼飯を取材していたのだろう。
やがて取材範囲は広がり、いつしか、多様な仕事を紹介する職業図鑑になった。
番組のおかげで、世の中にはいろいろな職業があり、いろいろな働き方があり、さらに、いろいろな食生活があることを知った。
この番組を通じて「オカヒジキ」を知った。家族で経営する農場の名前が生協の注文票にあった。以来、我が家の食卓によく登場する野菜になっている。
亡くなった著名人の行きつけの店と料理を紹介する「あの人も昼を食べた」のコーナーも人柄が偲ばれてよかった。
そんなに視聴率が低かったのだろうか。内容がマンネリ化していたとも思えない。
非常に残念。
さくいん:NHKテレビ
発売から一週間経過。お買い上げ1冊。ありがたい。Kindle Unlimitedではまだ1ページも読まれていない。
本は、書いたり作ったりすることも大変だけど、それ以上に売ることが大変ということを思い知らされている。
以下はAmazonのページに掲載してある内容紹介。
森有正は1950年、パリへ渡り、その後、東京大学助教授の職を捨ててそこにとどまった。
パリで森は、思索を深めて、いくつもの思想的エッセイを書いた。その文章は60年代から70年代にかけて多くの読者を得た。
私が森有正に出会ったのは2003年、35歳のとき。何の知識もないまま『エッセー集成』を手に取り、夢中で読んだ。
硬質な文体と鋭敏な文明観察、そして長く深い思索に惹かれ、森有正を読み続けてきた。
少しずつ森思想の核心に近づいていく一方で、森の文章に促され、私は「私自身」を読むことをはじめた。
本書は研究論文でもなければ、批評や評論でもない。20年以上読みつづけてきた森有正の著作と関連書籍の率直な「感想」を一冊の本に編んだもの。
21世紀、令和の今、森有正を読む意味を問いかける一冊。
さくいん:森有正、エッセイ、70年代
二人暮らしになってから健康番組をよく見るようになった。もともと二人とも連続ドラマは見ない。音楽番組はときどき見る。最新のヒット曲は全然知らないので見るのは懐メロ番組ばかり。
健康番組で紹介された簡単な健康法を忘れないようにメモしておく。
- スクワットは必須(膝の様子をみながら15回x1-3)
- ランジ、左右15回ずつ
- 1時間に1回は席を立つ
- ダンベルを持ってジャンプ(エア縄跳び)(50回x4)
- 足首を組んで力を入れる(膝の筋肉の強化)
- かかと落とし、50回(骨粗鬆症の予防)
- 足指のグーパー体操、15回(足指の握力強化)
- パタカラ体操で口を動かす(口のフレイル予防)
- コーヒーをブラックで1日3杯
- コレステロールの安定にはアマニ油
これに加えて、ステッパーで足踏み20分とダンベル体操とストレッチ。これくらいは毎日続けたい。
日曜日。小雨のなかリニューアルオープンした横浜美術館へ行った。見たところ、展示室の構造は変わっていないようだった。
横浜の歴史に沿った展示は、横浜で育った私には非常に興味深いものだった。なかでも、松本竣介「Y市の橋」を4点、まとめて鑑賞できなことがうれしかった。
京都国立近代美術館、岩手県立美術館、東京国立近代美術館にそれぞれ収蔵されている、これらの作品に加えて個人蔵の4作品が並ぶ姿はとても貴重だった。
清水登之「ヨコハマ・ナイト」を見られた。
港町には雑多な文化がある。国内外の文化、美しいものもあれば、醜いものもある。開国後、外国人向けに作られた遊郭や、戦後、米兵と日本の女性のあいだに生まれて施設に預けられた子どもたちなど、展示作品は横浜の裏面にも光を当てていた。
再開を記念して横浜各地の土を用いて制作された巨大画、浅井裕介「八百万の森」もさまざまな茶色に魅了された。
さくいん:横浜、横浜美術館、松本竣介
認知症と要介護1を認定された母に、デイサービスへの通所をすすめた。もっと頭と身体を使ってもらわないと衰退が進んでしまう。
ところが、本人は「行きたくない」。「家で本を読んでる方がいい」とまったく提案を受けつけない。幼稚園児のような体操をさせられる場所という先入観があるらしい。
月曜日の午後。ケアマネージャーに紹介してもらった施設を見学した。見学は初めて。それほど広くないスペースに30人近くいて、その光景に母は圧倒されてしまい、「ここは嫌だ」と却下された。
「家の近くにも似たような施設があったはず」と言うので、ケアマネージャーに電話をしてこれから見学したいと頼んだところ、先方から快諾されたので、予定外の見学先へタクシーで向かった。
1軒目は一軒家の施設。2軒目は地域の図書室や体育館との複合施設のなかにある。建物は大きく、職員も多い。
説明をしてくれる相談員の応対がよかったおかげか、母は「いつから通うのか」と身を乗り出して話を聞きはじめた。これには驚いた。福祉の世界は人間力が勝負の業界と分かった。
2軒目で通所を決めて、月曜日は終わり。金曜日に契約するので、また実家へ行く。
長くて、疲れる一日だったけど、通所を受け入れるまで話が進んだので安堵した。
ここ数年、在宅勤務ということもあり、花粉症の被害にほとんどあわずに過ごしてきた。ところが、今週初め、外を出歩いたら、鼻水が止まらなくなり、目も激しくかゆくなった。
火曜日にドラッグストアで市販薬を買い、服用したところ、鼻水はとりあえずおさまった。
受験生やドライバーで花粉症の人は大きなハンデを背負っていると思う。
花粉症の被害は小さくない。集中力はなくなるし、やる気も削がれる。具体的には読書が捗らない。本を開いて下を向くと鼻水が出そうになって本が読めなくなってしまう。
もともと読書にはムラがあって、気に入った本ならば何時間でも続けて一気に読んでしまうこともある一方で、冒頭で引き込まれないとすぐに投げ出してしまう悪い癖もある。
今月は『キリスト教講義』と『メトロポリタン美術館と私』を一気に読んだのに、ここへきて読書のペースが落ちている。そこへ花粉症。読書は完全に止まった。
市販薬でこのまま症状が落ち着いてくれれば、少しは読めるようになるだろうか。
しばらく外出もおっくうになりそう。
牟田都子は新聞で知り、『文に当たる』を読んだ。それからTwitter(現X)もフォローするようになり、本書を知った。
カラー写真が豊富なインタビュー集なのでとても読みやすい。
読みながら考えたことをいくつか。まずは校正とは。
大切なのは、原稿に書かれた文字や記号が正確にゲラに反映されているかを正しくチェックできる技術です。一つ一つの文字をきっちり見ていくこと。何が書いてあるかという意味ではなく、原稿をゲラの中で正確に再現できる、これが校正者にとって基本中の基本といえる技術です。(日本エディタースクール)
自著は自分で校正したつもりでいたけど、そもそも第三者がするから意味がある、ということがわかった。
メディアが多様化しているので、書籍だけではなく、カタログ、取説、ウェブサイトなど、校正の仕事も多様化している。その一方で、出版市場の縮小により校正の仕事は危機に面しているとも書かれている。なかなか難しい状況にある。
読みながら「本を作ってみたい」とあらためて思った。気に入った紙や活字を選び、装丁に凝り、きちんと校正・校閲してもらい、思い通りの本を作ってみたい。編集も校正もきちんと学んだわけではないので、自主制作で作ってみたものの、何かやっつけ仕事という感じがしてならない。
校正の仕事は読者には見えにくいけれども、最近、陽の目を浴びつつあると新聞記事でも読んだ。牟田の著書も大いに貢献していると思う。
登場する人たちは皆、自分の仕事に誇りと働きがいを感じている。この仕事の苦楽を知る同業者の対話は、読んでいてとても気持ちがいい。そういう職業についている人たちがとてもうらやましい。
さくいん:牟田都子
パウロについては以前、佐藤研『旅のパウロ』を読んだ。図書館で読みやすそうな新書を見つけたので、借りてきて読んだ。
自分に厳しく、そのうえで他人にも厳しい。パウロような厳格な人物を軟弱な私は正直、苦手にしている。厳しい指導者にはついていける気がしない。本書を読んでもその人物像に近寄りがたいものを感じた。
興味深く読んだのは、パウロの言葉を通じて著者が展開する、いわゆる贖罪論への批判。
「イエスが十字架で死んだことによりすべての人間の罪が赦された」。この考えに私は以前から馴染めずにいた。
ユダヤ教以来の贖罪論の危険性は、それがそもそも律法違反の「罪々」を贖うために必要とされた議論でもあったことに由来する。贖罪論の影響下にある人の意識の中心には、人間の行為の不完全さが贖われると言いながら、なお自らの行為への囚われ、つまり「行為義認」の考え方がある。その結果、その人は「律法遵守」という自らの業績に依り頼む「強い」生き方をいつの間にか追求するようになってしまう。(第4章 パウロの思想と現代)
加えて、災害などの苦難を神罰とみなして「悔い改め」を迫ったり、単純な因果応報論を支持するような宗教者も厳しく批判している。この主張も納得がいくものだった。
キリスト教に限らず、安直な因果応報説で脅したり、安っぽいスピリチュアリズムで人の心をたぶらかそうとする組織は胡散臭い
筆者によれば、キリスト教の根本は「神による無条件の赦し」にあるという。つまりは、「お前はすでに救われている」であり「お前は救い難いほど罪深い」ではないということ。
「悔い改め」それ自体が悪いわけではない。悪事をなせば、その罪を償い、悔い改める必要がある。しかし、「悔い改め」が、神の「ゆるし」の条件では決してない。(中略)パウロは〈ローマ人への手紙〉のなかで、神はイエスに先行して、太初の昔から万人に対して無条件の「ゆるし」を与えている、と述べている。残念ながらルカ(による福音書)は、「悔い改め」をしなければ人は神の怒りを買い、災厄に遭うかのように誤解してしまっている。(第4章 パウロの思想と現代)
こうした考えは、しかし、キリスト教界ではむしろ少数派らしい。興味を持ちながらも、今一歩、キリスト教に近づけない理由がわかってきた。
さくいん:パウロ、佐藤研
土曜日。散髪に行く途中で大きな公園に寄り道をした。
河津桜(もしくは寒緋桜?)は満開。ソメイヨシノも一輪、開花していた。
春が来た。
日曜日。春を探しに出かけた。井の頭公園の、ふだんは行かない西園まで行ってみた。
大寒桜もコブシも満開。気温もおそらく20℃以上だろう。歩いていくると汗をかく。
今週、ソメイヨシノは開花するだろうから、来週以降は大混雑だろう。
花粉症は不思議なことに外にいるときは症状が出ない。家に着いてからくしゃみと鼻水が止まらない。室内で花粉が舞っているのだろうか。空気清浄機は機能しているか。
吉祥寺で今年買い替える予定のエアコンや冷蔵庫を下見して、3rd Bar & Grillでハンバーガーを食べて帰宅した。疲れたので、午後は少し昼寝をした。
MLBの日本開幕戦が終わった。グラウンドでも大谷が活躍、イニングの合間のCMにも大谷ばかり。まさに大谷フィーバーの数日間だった。
思い出せば、私が小学生の頃は王貞治と具志堅用高がヒーローだった。
選手として活躍するのはもちろん、テレビCMでもよく見かけた。王といえば「ナボナはお菓子のホームラン王です」、具志堅といえば、「人は右、クルマは左」を思い出す。
実家には今でも『王選手のひみつ』という本が残っている。中身はサクセスストーリーの漫画、一日のスケジュール、食事の内容まで書かれていた。サーロインステーキという言葉はこの本で知った。
違うのは、アメリカで活躍しているというところと、SNSを筆頭にメデイアが多様化していて、フィーバーが花火のように拡散しているところだろう。
それは確かに決定的な違いかもしれない。でも振り返ると、子どもたちの熱狂ぶりにそう違いはないように思う。
決定的な違いは金額か。大谷だけに注目が集まり、日本のプロ野球にも光は当たらず、MLBでもドジャースだけに注目が集まるような事態は避けられないだろう。
さくいん:王貞治、具志堅用高
子育てはけっして楽ではなかったけれど、過ぎてしまえば短かったようにも感じる。
幼稚園に入るまではこちらが一方的に保護する立場だし、中学生になれば、少しずつ手を離れていく。
我が家は二人とも自宅通学だったから大学を卒業するまでそばにいたけれど、大学入学とともに家を出ていけば、子育てはさらに短く感じるだろう。もちろん、経済的負担は大学を卒業するまで続くとしても。
だから、子どもの記憶に残る間で、何かを一緒に楽しむ時期はそう長くはない。そういう時期をどう過ごすかによって、巣立ったあとの関係が決まるように思う。
スポーツを一緒にする人もいるだろうし、料理やお菓子作りを共有する人もいるだろう。
私たち家族は一緒によく旅行した。御殿場の保養所には何度も行った。奈良と大阪、伊勢志摩、海外も、アナハイムのディズニーランド、ブリュッセルに行った。
年末年始を私の実家で過ごすことも恒例だった。そういうものと思っているから、今でも大晦日には二人とも「おばあちゃんの家」に来るのだろう。
そういうことの積み重ねがあったから、今でも旅行に誘えば来てくれるのだろう。
付き合いゴルフに手を染めなくて、ほんとうによかったと思う。
二人暮らしというものは気楽ではあるけれど、すこしさびしく感じるときもある。
さくいん:御殿場、奈良、大阪、伊勢志摩、ロサンゼルス、ブリュッセル
昼休みに外へ出て、桜の開花状況を調査した。
金曜日の時点ですでに五分咲くらいだった。気温が高いせいか、開花宣言を聞いてからのスピードが速い。
昔は桜は4月に入って、入学式の頃に咲くものだった。
最近では、4月にはもう散っていることが多い。
今年は急激な温度上昇で花が開いてから満開になって散るまでの速度がさらに速い。
もう少しゆっくり楽しみたい。
長いあいだ頼んでも欠品だったキャベツがようやく生協から届いた。そこで昨夜はポトフを作った。作ったといっても、野菜を固形スープで煮込んだだけ。
夕方、吉祥寺へ出て井の頭公園前にあるKönigで買ったソーセージを入れた。買ったのは、ウインナー、フランクフルト、シソの葉。
妻は月末で残業。一人で食べはじめた。
Königのソーセージは、小金井公園のそばに住んでいた25年くらい前に、小金井北高校の前にある本店でよく買った。いまは移転して武蔵小金井駅の近くにある。
久しぶりにおいしいソーセージを食べた。
いつもより少し多めにビールを2缶、赤ワインのハーフボトルを1本呑んだ。
ずっと前に読んだ『世界の配色ガイド』は、いまもウェブデザインに活用している。本書はその本の「詳述中国版」という感じ。
中国、主に清朝時代の文様と配色について詳しく紹介している。しかも、配色はすべてCMYKのデータ入り。
確かに眺めていると、「清朝ぽい」「皇帝らしい」文様や配色が次々紹介されている。当時職人は分野ごとにたくさんいたはずなのに、どうするとこのような統一性のあるデザインや配色ができるのか、不思議でならない。統括する役職がいたのだろうか。
陶器を見るのが好きなので、陶器のページはじっくり読んだ。やはり青に惹かれる。
青い龍文の壺に使われている配色、薄い紫色の芡食白「13/10/9/0」、濃い青紫色の晶石紫「98/93/48/73」、深い青色の青花磁藍「98/95/55/35」の組み合わせがいい。
出光美術館所蔵の青花龍文壺が近い。
次にデザインを変更するときには本書を借りなおして参考にしたい。
さくいん:中国、出光美術館
先週の土曜日。6時間カラオケをした。もちろん一人で。
歌いたい歌を歌っていたらあっという間に時間が経っていた。飲み放題にしたのでビールもたくさん呑んだ。
歌うのは好き。でも上手ではない。メロディはともかくリズム感が悪い。いつも伴奏からずれる。
もう一つ、今回気づいたこと。新しい歌が歌えない。米津玄師「さよならまたいつか」は『虎に翼』で何十回と聴いていたはずなのに全部は歌えない。
歌える歌を探すとどうしても十代の頃に聴いていた歌になる。藤井風も最近気に入ってよく聴くけれど歌えるほど聴き込んではない。
歌うのは有名な歌ばかりではない。ほかの人と一緒ならばリクエストできない、私だけのお気に入りもある。
例えば、
- ズー・ニー・ヴー「白い珊瑚礁」
- ゴダイゴ「Taking Off」
- かぐや姫「今はちがう季節」
古い歌ばかりを歌うのは、歌うことが私にとってグリーフワークでもあるからだろう。
この日も夏川りみ「月桃花」を哀悼の気持ちを込めて歌った。吉川忠英作曲と初めて気づいた。
さくいん:一人、米津玄師、町田義人、ゴダイゴ、かぐや姫、グリーフ(悲嘆)、夏川りみ、吉川忠英