神代植物公園、うめ園

この本との出会いは「予定」されていたものだろうか。あるいは「恩寵」だろうか。そう思うくらい、収穫の多い読書体験だった。最近にしては珍しく一気に読み通した。

若松英輔には前から関心があったものの、読まず嫌いでなかなか手を出せずにいた。まず最初に手に取ったのが、対談集である本書でよかったと思う。これから彼の著作を読むのにいい入口になった。

キリスト教への関心は中学時代にまでさかのぼる。さらに前に小学一年生のとき短い期間ながら日曜学校へも通っていた。ただし、本格的に関心を持つようになったきっかけは、学部時代の恩師が亡くなったときにカトリックだったと知ったことと、ミッション系の大学院で学んだことだった。そこで多くの優れたクリスチャンに出会った。

最近では、心のあり方について影響を受けた中井久夫がカトリックだったと知り、すこし驚いた。

本書は、私がキリスト教、とりわけカトリックに対して疑問に思ったり、承服できないでいることがらについて詳しい説明をしてくれた。もちろん、本書を読み終えて、即座に受洗の決意をしたわけではない。ただ、理解は深まったと思う。

本書は、キリスト教の鍵概念である、愛、神秘、言葉、歴史、悪や罪、天使などについて聖書はもちろんのこと、さまざまな書き手の言葉を通じて解説をしている。巻末にあるブックリストも参考になる。

アウグスティヌスやトマス・アクィナス、ルターなどの考えもコンパクトに紹介されていて勉強になった。そして若松英輔についても、これまで拒んできた理由も含めて、そのキリスト教観を通じて彼の基本的な考え方が理解できたような気がする。

若松の発言で共感したところを抜き書きしておく。

   人間に内在する聖なるものは、本来、量的に換算されることを拒むはずです。数値によって測られたり、多寡を比べられるようなものでなく、絶対固有性を保持しているはたらきこそが、聖性でしょう。(中略)アメリカは戦争を終結させるために原子爆弾を投下するより仕方なかったと言うけれども、そもそも、そうした一瞬の殺戮という選択肢が出てくることに、人間に内在する悪の表出というものを見る思いがします。(第五章 悪)

本書を通じて感じるのは、理性だけで宗教は理解できない、また、宗教は単なる倫理ではないという主張。言葉を換えれば、信仰は理性と倫理を超えたところに信仰の真髄があると二人は考えている。それがよくわかるのが死者と天使についての議論。

現代のキリスト教には死者と天使がいない、と二人は批判している。死者の世界と天使の存在という理性だけでは納得できないところにこそ、キリスト教の本質があると二人は考えているように見える。

この議論には非常に得心がいった。死者との交信は、私にとって非常に重要で、かついまだ解決していない問題だから。

疑問点がないわけではない。本書のように神秘性や霊性を重視するキリスト教観に魅力を感じる一方で、佐藤研のように徹底的に聖書イエスを脱神話化する問いかけにも一理あるように感じる。どちらが正しいとか真実であるとか、いまの私には言えない。

もし、本書の著者二人と佐藤が対面したら、どんな議論になるだろうか。建設的な議論になるか、それともすれ違いで終わるか。非常に興味がある。

ないものねだりを承知で言えば、彼らが自死についてどう考えているかも知りたかった。LGBTや死刑に関連してカトリックは異質なものと出会い、変容していくものと唱えている。では社会的精神的に、あるいは経済的に追い詰められて崩れ去っていく現代の自死について、カトリック教徒の二人はどう考えているのか、本書で詳しく論じられている罪や悪の問題とどう関連するのか、ぜひ訊いてみたい。

本書では現代の教会や聖書に対する批判も語られている。宗教が単なる安心や道徳の術となっていることや、わかりやすさを優先するために聖性が希薄になったことなどを二人は口を揃えて嘆いている。

教会の様子を詳しく知らない私にはこの点はよくわからない。宗教が安心や道徳に単純化されているという批判はわかる。その一方で、安直な神秘性への憧れが、いわゆるカルトを産んでいることも見逃せないと思う。

多様性など現代社会の要請に応えること、希薄になった聖性を回復すること、日本文化の伝統にキリスト教を根づかせること。そうした課題を提示して本書は終わる。

果たして「道」は私に示されているのか、まだわからない。カトリックへの関心はまだ知的好奇心の域を出ない。

この先、どう進んでいくかはわからないまま、まずは推薦された本を読んでみようと思う。

巻末のブックリストのなかに、すでに読んだことのある本が思っていたより多くて驚いた。私は自分が思っているよりずっと「この道」に足を踏み込んでいるのかもしれない。

これから読みたい本。

  • 井上洋治著作選集
  • 吉満義彦全集
  • 須賀敦子全集
  • 巨岩と花びら、舟越保武
  • ルルドへの旅、アレクシー・カレル
  • 重力と恩寵、シモーヌ・ヴェイユ

さくいん:若松英輔中井久夫アウグスティヌス佐藤研自死パスカルヒルティ神谷美恵子舟越保武