宮城県の民家
洞口家住宅 | 国指定重要文化財 (昭和46年12月28日指定) 宮城県名取市大曲中小路26 建築年代/江戸時代(18世紀前半) 用途区分/農家 指定範囲/主屋 公開状況/ときどき公開 |
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中澤家住宅 | 国指定重要文化財 (昭和49年5月21日指定) 宮城県名取市手倉田字山216 旧所在地・宮城県名取市愛島塩手字前野田45-1 建築年代/江戸時代(18世紀末) 用途区分/農家 指定範囲/主屋 公開状況/公開 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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佐藤家住宅 | 国指定重要文化財 (昭和46年8月13日指定) 宮城県角田市高倉寺前49 旧所在地・宮城県角田市高倉字新町 建築年代/江戸時代(18世紀後半) 用途区分/農家(庄屋) 指定範囲/主屋 公開状況/公開 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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大沼家住宅 | 国指定重要文化財 (平成30年8月17日指定) 宮城県指定文化財 宮城県柴田郡村田町村田字町191 建築年代/明治7年(1874) 用途区分/商家(紅花商・味噌醤油醸造業) 指定範囲/店・本宅・前座敷・内蔵・新蔵・西蔵・穀蔵・塩蔵・作業場・表門(国指定)味噌蔵・醤油醸造場・離れ・裏門・屋敷神(県指定) 公開状況/公開 【村田商人やましょう記念館】 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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松本家住宅 | 国指定重要文化財 (昭和46年12月28日指定) 宮城県加美郡加美町南小路2 建築年代/江戸時代(18世紀中頃) 用途区分/在郷武家 指定範囲/主屋 公開状況/公開 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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三浦家住宅 (寒湯番所跡) |
国指定史跡 (昭和38年9月28日指定) 宮城県指定文化財 (昭和31年9月15日指定) 宮城県栗原市花山字本沢2 建築年代/安政4年 用途区分/御番所 指定範囲/ 公開状況/公開(冬季休館) ▼個別解説ページへ(制作中) |
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有壁本陣 | 宮城県指定文化財 (昭和34年8月31日指定) 国指定史跡 (昭和46年5月27日指定) 宮城県栗原市金成有壁本町31 建築年代/延享元年(1744)以降 用途区分/本陣 指定範囲/ 公開状況/非公開 奥州街道の一関宿と金成宿の中間に所在する有壁宿の本陣を務めた佐藤家の居宅である。建物は延享元年の大火後に屋敷地を移して整えられたものと伝えられるが、その後において幾度にも亘り改造が為された痕跡が残る。街道に沿って長屋門、御成門が建ち、奥まって主屋がある。主屋の背後には米蔵や塩蔵などの土蔵群や馬屋が林立している。佐藤家は代々、本陣役を務め、宿駅の事務を統括する検断役も兼務していた。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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今野家住宅 | 宮城県指定文化財 (平成4年10月27日指定) 宮城県多賀城市高崎1-22-1 (東北歴史博物館内) 旧所在地・宮城県桃生郡北上町橋浦 建築年代/明和6年(1769) 用途区分/農家(肝入) 指定範囲/主屋・長屋門(中門) 公開状況/公開 平成10年に開館した東北歴史博物館の奥に野外展示される民家である。平成4年に解体・保存していたものを博物館の開館に合わせて移築・復元したものらしい。今野家は他県でいう庄屋に該当する肝入職を務めた上層農家で、屋敷には長屋門(この地方ではチューモンと呼ぶらしい)や多数の蔵が建ち並んでいたらしいが、当地には長屋門と主屋のみを移築している。主屋の上手には座敷を前後に並べた本格的な造作で、家格の高さが偲ばれる。 |
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小関家住宅 | 宮城県指定文化財 宮城県白石市 建築年代/ 用途区分/武家 指定範囲/ 公開状況/公開 |
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木村家住宅 | 宮城県指定文化財 (平成16年3月30日指定) 宮城県白石市小原字上台27-2 旧所在地・宮城県白石市上戸沢 建築年代/江戸中期(推定) 用途区分/検断役・伝馬問屋 指定範囲/主屋 公開状況/公開 【旧上戸沢検断屋敷】 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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鈴木家住宅 | 登米市指定文化財 (平成元年9月29日指定) 宮城県登米市登米町寺池桜小路79 建築年代/ 用途区分/武家 指定範囲/ 公開状況/公開 【春蘭亭】 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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菅野家住宅 | 登米市指定文化財 (昭和51年5月27日指定) 宮城県登米市登米町寺池桜小路21 建築年代/江戸中期 用途区分/武家 指定範囲/ 公開状況/非公開 |
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不老仙館 | 登米市指定文化財 (昭和47年10月13日指定) 宮城県登米市東和町米谷ゼン荷65 建築年代/嘉永5年(1852) 用途区分/ 指定範囲/ 公開状況/公開 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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熊谷家住宅 | 仙台市指定文化財 (昭和61年4月1日指定) 宮城県仙台市泉区福岡字岳山9-5 旧所在地・根白石字銅谷屋敷 建築年代/19世紀前半 用途区分/農家(肝入・山守) 指定範囲/主屋 公開状況/公開 根白石村の肝入を務めるとともに、銅谷山御林の山守も務めた。 当初は厩が付属する曲屋であったらしい。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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石垣家住宅 | 仙台市指定文化財 (平成6年3月29日指定) 宮城県仙台市青葉区大倉字若林14-2 旧所在地・仙台市青葉区上愛子字赤生木 建築年代/19世紀初頭 用途区分/農家(組頭) 指定範囲/主屋・米蔵 公開状況/公開 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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氏家家住宅 | 角田市指定文化財 (平成3年5月28日指定) 宮城県角田市角田字町17 建築年代/ 用途区分/地主 指定範囲/主屋・土蔵・表門 公開状況/公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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佐藤家住宅 (孤雲屋敷) |
栗原市指定文化財 (平成5年12月1日指定) 宮城県栗原市花山字草木沢箕ノ口地内 旧所在地・宮城県栗原市花山村字草木沢小田 建築年代/18世紀末以前 用途区分/肝入 指定範囲/主屋・長屋門 公開状況/公開 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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須藤家住宅 | 南三陸町指定文化財 (平成5年6月29日指定) 宮城県本吉郡南三陸町入谷字桜沢442 建築年代/19世紀前半(文化・文政期) 用途区分/在郷武家 指定範囲/ 公開状況/公開 【松笠屋敷】 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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宮床伊達家住宅 | 大和町指定文化財 (平成9年1月1日指定) 宮城県黒川郡大和町宮床字下小路64 旧所在地・ 建築年代/ 江戸後期 用途区分/武家 指定範囲/主屋 公開状況/公開 明治維新による版籍奉還に伴い、仙台城下から知行在所に移り住んだ宮床邑主の宮床伊達家の居宅として使用された建物。平成5年12月に「宮床歴史の邑整備事業」に伴い、寄附を受け、平成10年3月に現在地に移築復元された。宮床伊達家はの初代・宗房は仙台藩祖・伊達政宗の孫にあたりも4歳のときに田手高実の養子となったが、14歳の時に伊達姓を与えられ、翌年、宮床を在所とした。以後、宗房の子孫は宮床伊達家として明治維新まで宮床を治めた。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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八巻家住宅 | 村田町指定文化財 (平成6年12月20日指定) 宮城県柴田郡村田町小泉字肬石2 建築年代/江戸後期〜末期 用途区分/農家 指定範囲/主屋 公開状況/公開 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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旧田山家住宅 | 村田町指定史跡 (平成6年8月2日指定) 宮城県柴田郡村田町村田字西66 建築年代/江戸末期(推定) 用途区分/武家 残存建物/主屋・土蔵 公開状況/非公開 慶応2年に描かれた「居屋敷並家中屋敷絵図」には「侍屋敷 鳥羽喜右衛門屋敷二佐藤利作」と記され、ちょうど村田邑主が芝多家から片平家に交替した際に、屋敷の主も芝多家中の鳥羽氏から片平家中の佐藤氏に替ったことが判る。鳥羽氏は小姓組、知行一貫文(10石)の家中では中位の家柄で、佐藤氏は家中52名の内5番目の上位の家柄であった。屋敷は旧村田館の館下に所在し、大手筋からは外れるものの枢要な位置にある。住宅名に冠される田山家は村田町の商家で、明治38年(1905)に田山孫八が当住宅を譲り受けたことが判明している。田山孫八は村田町長、宮城県議会議員、城南軌道の創立時には社長を務めた地元の名士である。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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水主衆屋敷 | 松島町指定文化財 (昭和47年6月27日指定) |
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森民酒造店 | 登録有形文化財 (平成27年11月17日登録) 宮城県大崎市岩出山上川原町15 建築年代/明治16年(1883) 用途区分/商家(酒造業) 登録範囲/店舗兼主屋・居室・奥座敷・離れ座敷・酒造蔵・北土蔵・釜屋・煙突 公開状況/店舗として営業中 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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海老喜 | 登録有形文化財 (平成30年5月10日登録) 宮城県登米市登米町登米字寺池三日町22 建築年代/ 用途区分/商家(味噌醤油醸造) 登録範囲/旧店舗・表蔵・主屋・味噌醤油仕込蔵・作業場・文庫蔵・旧酒蔵・旧醤油仕込蔵 公開状況/店舗として営業中 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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旧山田本店 | 登録有形文化財 (令和3年2月4日登録) 登米市登米町登米寺池九日町1 建築年代/昭和前期 登録範囲/商蔵・表門・座敷蔵・旧仕込蔵・文庫蔵・南蔵・北蔵 公開状況/非公開 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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斎理屋敷 (斎藤家住宅) |
登録有形文化財 (平成23年1月26日登録) 宮城県伊具郡丸森町字町西25 建築年代/嘉永元年(1848) 用途区分/商家(呉服・太物商、味噌醤油醸造) 登録範囲/店蔵・住の蔵・業の蔵・時の蔵・嫁の蔵・竜の蔵・表門・石風呂・裏門及び塀・避雷針用鉄塔・電線用石柱・外灯 公開状況/公開 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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安藤家住宅 | 無指定・外観公開 宮城県刈田郡七ヶ宿町滑津10 建築年代/天保11年(1839)後 用途区分/脇本陣 残存建物/ 公開状況/外観のみ 奥州街道の桑折より小坂峠を越えて上戸沢から湯原までの7つの宿を通る街道を七ヶ宿街道と呼び、関〜湯原間の中間宿であった滑津宿に所在する。滑津は大きな規模の宿駅ではなかったことから当初から本陣は置かれておらず、脇本陣を務めた安藤家が肝入・検断を兼務した。建物は滑津大火があった天保11年(1839)後の建築と推測されている。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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亘理家住宅 | 無指定・公開 宮城県登米市迫町佐沼字内町12 建築年代/ 用途区分/旧邑主 残存建物/主屋 公開状況/外観公開 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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千葉家住宅 | 無指定・公開 宮城県大崎市岩出山下野目字山際32 建築年代/明治21年 用途区分/農家 残存建物/主屋・板倉 公開状況/公開 後方の一段高いところに建っていたので「上の家」と称されていたが。明治43年の水害で裏山が土砂崩れを起こしたため、現在地に移転したとのこと。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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麹屋 (平井家住宅) |
無指定・公開 宮城県柴田郡柴田町船岡西1-3-2 建築年代/明治7年(1874) 用途区分/商家(紅花商・味噌醸造) 残存建物/店蔵・主屋・内蔵・新蔵・西蔵・味噌蔵・塩蔵・醤油醸造場・離れ・表門・裏門・屋敷神 公開状況/公開 ▼個別解説ページへ(制作中) |