あうちすむ - アスペルガー症候群

少しずつ完成気味...コラムもご覧ください | ('A`) |
トップページ(最新記事)

みその生い立ち

1984年5月19日、名古屋で生まれてしまう。いわば忌まわしい日。
この日以来、家庭は呪われた。
2歳のころ、家のベランダで遊んでいて地上に転落。呼吸が停止しているような状態になったが、救急車内で生き返ったとのこと。
このとき死んでいれば、誰にも迷惑をかけずに済んでいた……。
残念な事件であった。
3歳のころは、いま思えば明らかに問題児。玄関の扉を蹴って壊したり、道路工事のセメントに泥を塗りつけたり、薄氷の張ったプールの上で遊んでいて水没したりと、さまざまなトラブルを起こし続けていた。
それでも当時の一般人には、この状況から障害児であることを理解できる者がいなかった。
幼稚園のころは「博士」や「天才」と呼ばれていた。昆虫や恐竜や熱帯魚などの知識が豊富だったからである。
すでに運動の素質がないことが広く知られている。自由時間のすごし方といえば、教室の中で絵を描いたり、女児たちと「ままごと」をしたり、戦隊もののヒーローの「なりきり遊び」をするしかなかった。多くの男児は運動場でドッジボールをしたり、アスレチック遊具などで体を動かしたりするなど、おもに運動的な遊びをしていた。
母のブラジャーを常に手に握ろうとしたり、ぬいぐるみを持たなければ眠れないなど、かなり幼稚な様相が認められていた。
小学校低学年のころは、しばしば上級生から「いじめ」の標的となっていた。やはり、ほかの同級生たちとは異なる雰囲気を身にまとっていたからであろう。
学校嫌いの原因の一つにはいじめがあると考えられる。
小学校中学年は、依然として「優等生」のままである。「体育」以外の教科でつまづくことはなかった。
体育の授業は、仮病を使うなどして回避することが普通であった。
小学校高学年になるとオカルトに対する興味が強まり、にわかに「タロット占い」をするようになった。児童たちから恐れられている一人の男性教師を占いによって覆すことになったのは意外と有名な話である。のちに中学校でも同様のことが起こる。
このころ、自分と他の人間との違いに気づき始める。この評価はNEVADAと同じように、同級生や教師などを見境なく愚者とみなしていたことである。NEVADAのことが気にかかるのは、同じ年代のときに同じ境遇を経験しているからなのだ。

NEVADAと同じように「絵を描く者」として広く知られていた。しばしば仲間というか追随者が現れ、共に絵を描いたり、漫画を交換したり、物語を一緒に考えたりもした。
絵を描く以外にはカードマジックがあった。手品用のトランプを買ってきて、マジックの解説書を読みながら夢中になって遊んでいた。これにも追随者が現れ、6年生のころであるが、学年全体として一種のブームとなった。
中学1年のころは担任との相性が悪く、占いもカードマジックも漫画も抑圧された感じであった。放課(休み時間)にわざわざ教室に戻ってくる教師からいろいろ注意されてしまった。この教師からの評価は悪かったが、ほかの教師や学年主任、一部の生徒たちは快く思ってくれていたらしい。
中学2年の担任は嫌悪すべき存在であるとされ、実際ほとんどの生徒にとって脅威であった。授業中にもっとも頻繁に激怒する教師で、本人が一番理解力に欠けているにもかかわらず生徒を叱責するのである。しかしこの教師も、一人の優等生だけは叱ることができなかったようだ。そのため、実はこの教師とは仲がよかったと考えられている。
初めのうちはカードマジックが許容されていたが、やがて授業中に遊んでいる生徒がいることが明らかになり、カードの持ち込み自体が禁止となってしまった。うざったてー話である。
さすがに一人の優等生のいるホームルームで、貴重なたしなみの一つを禁止する旨を伝えるのは悔やまれたであろう。
体育だけでなく数学の授業にもつまづき始めた時期である。
中学3年の以前もそうだが、普段から交流のある生徒というのは常に限定されている。絵を描くことと占いをすることというのは、どうしても男子よりも女子の注意を引く。そのため、友人といえば女子のほうが多かった。男子の関心事や遊びには興味がなく、隣の席の女子と仲よくなりやすい。
感情を理論的に扱うため、実際に会って話をすると、男子よりも女子のほうが盛り上がることが多い。単なる容姿・成績・性格といった要素では分類できない、「何か人間と違う」ところが関心を呼んだのではないだろうが。
この時期になると、一人の優等生はただの「外れ者」になってしまう。ほとんどすべての生徒が高校進学に追われる中、この一人だけは無関心だったからだ。それに体育も数学もますます落ちこぼれ、教科担任の多くが変更になったこともあり、中学校生活に魅力を感じなくなってしまった。

それから不登校不登校不登校不登校不登校不登校不登校不登校不登校不登校不登校不登校不登校不登校不登校不登校不登校不登校不登校不登校不登校。夏休みが終わっても学校へ行かず行かずいか∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵不登校∴∵∴∵( ・)∴∵( ・)∴∵毎週のように「励ましの手紙」や生徒たちの義務感からの「家庭訪問」問問問問問∴∵∴∵∴∵∴∵でも∴∵無視むし∴∵∴彼らの期待にこたえこたえこたえこたえ∴∵られなかったった∴∵った∴∴∵∴( ・)∴∵( ・)∴∵( ・)∴∵そのまま卒業して∴∵現代まで∴∵∴∵至る∴( ・)∵ともだちはいない∴∵もう∴いないね∴∵ともだちともだち∴∵たのしかったね∴∵( ・)∴∵( ・)∴∵最後にさいごに卒業式∴∵そつぎょうしきが∴∵一生のお別れになったかもね∵∵たのしいたのしい∴∵おともだち∴( ・
18歳ごろまでは毎日のようにを描き続けていた。A4やB4などのコピー用紙を広げて、鉛筆で同じ対象を繰り返し描いていた。
中学を卒業して以来、描いた絵の枚数はA4用紙にして4000枚ほど。どの用紙に描かれた絵もほとんど同じものである。それは人間の頭部であった。たとえばこのような絵である。絵絵絵どの頭部もほぼ一様な配置で、性別や角度、表情などが異なって描かれているだけである。絵絵どれを見ても、ほとんど同じものとしか思えない絵を描いている。絵着色された絵も同様である。色鉛筆を用いて、かなり雑に塗っているのがわかる。
19歳、いったんは彼女ができるも、今はもういない状態に。携帯電話の出会い系サイトでたまたまメール交換をした娘と交際交際交際するこここことに。しかしこの彼女は妄想の産物である可能性が高い。だから恋愛にはカウントしない。
20歳、ここでようやくアスペルガー症候群という発達障害の存在を知る。調べれば調べるほど、自分がアスペルガー症候群であるような気がしてならなかった。
21歳、真実を知ろうと半年ほど検査のため精神病院へ通った結果、アスペルガー症候群と診断された。
22歳、アスペルガー症候群の理解を求めるため、今もネット上のみで活動を続けている……。
なおtanasinn...
26歳、私ではなく、私の周りが少しずつ変わり始めている。良い方向に。
|

アスペルガー症候群について

2007-05-14 22:19

※あくまでも参考にとどめてください。すべて僕の主観で書かれています。
アスペでなくても該当してしまう人は大勢いるからです。
「おかしいな」と思ったら医師の診察を受けてください。

目次 *をクリックすると個別に読めます

はじめに

2007-04-24 22:16

このウェブサイトは、社会的に認知が広まりつつあるものの、理解がそれに追いついていないとみられる 「アスペルガー症候群」について当事者の立場から、性懲りもなく理解を求めようとしているものです。

△目次へ戻る△

アスペルガー症候群とは?

2007-04-24 22:37

一言で表現すると「知的障害がなく、言葉の発達の遅れもない自閉症」。

関心と活動の範囲が限局的であり、常同的で反復的であることに加え、 自閉症に特徴的なものと同じ型の相互的対人関係の質的障害を特徴とするが、 まだ疾病論的妥当性の明らかでない障害です。言語や認知的発達の面において 遅延や遅滞がないという点で自閉症とは基本的に異なっています。この疾患では 著しく不器用であることがしばしばであり、青年期から成人期へとこの異常が持続する 傾向が強いです。精神病性のエピソードが成人期早期に出現することがあります。

△目次へ戻る△

自閉症の違い・共通点

2007-04-24 22:46

「自閉症」という呼び名(診断名)には誤解が多く、しばしば統合失調症の「自閉」症状と混同されることがあります。 このウェブサイトで扱うのは「カナー症候群」です。カナーという名の児童精神科医と、その後継者アイゼンバーグが 1956年に提唱した5つの診断基準は、

  1. 他者との情緒的接触の重篤な欠如
  2. 物事をいつも同じままにしておこうとする強い欲求
  3. 物に対する強い関心と、物を器用に扱うこと
  4. ことばがないか、あったとしてもオウム返しや他者には通じない独特のことばを作ってしまうなど、 コミュニケーションに役立たないことばの用い方
  5. 知的な顔立ち、カレンダーの計算など特殊な領域での優秀な能力

です。3歳くらいまでに診断が確定されるため、生得的(生まれつき)の障害とみなされます。 統合失調症の自閉症状は後天的に起こるし、 ある種の薬物・毒物などによる自閉症類似の精神障害は急性中毒としても現れるので、今日では区別されています。

自閉症には日常生活を送るうえで重篤な障害・困難があるのに対し、 アスペルガー症候群にはそれがないかのようにみえます。 知的障害の有無が、自閉症とアスペルガー症候群の違いであるといってもいいくらいです。 知的障害を除けば両者の違いは基本的になく、共通している点はここにあります。

△目次へ戻る△

高機能自閉症は能力が高いわけではない

2007-04-25 13:32

高機能自閉症の「高機能」は、平均より能力が高いという意味ではありません。 「明らかな知的な遅れのない」自閉症です。IQ70以上というのが一つの基準になっています。 先に紹介した「カナー症候群(古典的自閉症)」と比較すれば「高機能」といえなくもありませんが、 それでも「成績優秀」とか「天才」という概念に結びつくものではないことを覚えておいてください。

「高機能」という言葉から「高性能」「ハイスペック」と誤解されることが多いですが、 あくまでも自閉症の中で高機能というだけのことであって、自閉症には変わりがありません。 自閉症の基本症状は、重度の自閉症から高機能に至るまで連続しているため、 「自閉症スペクトラム」と呼ばれます。光のスペクトル(連続体)の色が明確に区別できないのと同じように、 自閉症の症状も、どこからどこまでと線を引くことができないからです。

△目次へ戻る△

三つ組の障害

2007-04-27 17:14

自閉症の基本症状には、

  1. 社会性の障害
  2. コミュニケーションの障害
  3. 想像力(こだわり)の障害

という「三つ組」の障害があります。重度だろうが高機能だろうが、この三つ組の障害が必ずあります。 高機能であればあるほど三つ組の障害は早期発見が難しく、学童期を過ぎて成人になっても放置されたままということが 少なくありません。明らかになるのは3歳以降と遅れることが多く、一般的な検診では見過ごされやすいようです。

【1. 社会性の障害】
■ありとあらゆる立場の「人間」(同級生、年下、年上、親族、教師、政治家、暴力団など)を相手に、交流が スムーズにいかない状態です。社会性というのは、ほとんどの人にとって「あまりにも当たり前のこと」のため、 それに障害があるといっても通用しない場合が多く、理解を求めるのは非常に難航しています。
■重度の自閉症であればともかく、知的能力に問題のないアスペルガー症候群の場合は それなりに会話ができるため、「ふざけている」のだとか「ばかにしている」ように誤解されがちです。 また、小学校の中学年くらいまでは、社会性の障害がかえって「長所」であるかのように受け取られ、 教師や保護者からまったく気づかれないことも少なくありません。
■中学校、高校、大学と進んでいくうちに社会性の障害が表面化するようになり、 ようやく「何かおかしい」ことに気づいた本人が精神科を受診し、障害が判明することもあります。
◆アスペルガー症候群の場合は、社会性の障害そのものよりも、それによって多くの失敗や挫折を経験することで 意気阻喪していることが少なくなく、二次的な精神障害を抱えている場合が非常に多いようです。 障害とわかってからでも対応するのは難しく、また真の社会性を獲得することは生涯を通じて困難です。
【2. コミュニケーションの障害】
■言葉の「量」よりも「質」の問題として現れる障害です。 重度の自閉症の場合は、言葉の発声が「オウム返し」や「独り言」などと顕著に障害とわかる形で現れますが、 アスペルガー症候群の場合は非常に微妙な問題、言葉の使い方や理解の仕方の障害として現れます。
■会話のやり取りが画一的で「コピー的」なものになることが多いです。 たとえばアナウンサーの朗読のように話したり、アニメのキャラクターになりきった声を出したり、 相手かまわず「敬語」で話しかけたりし、話し方について注意をされると、今度はくだけた口調でしか 話さなくなったりします。コピー的で、会話としては「不自然」な印象を与えるのが特徴です。
■文法的に正確すぎる話し方をする一方で、助詞や接続詞が抜けたり、「いく」「くる」、「そこ」「ここ」、 「やる」「もらう」などの、視点によって意味の異なる語句を誤って解釈することがあります。 「むち打ち症」を「SM」のようなものだと勘違いしたり、「仕事を増やしてくれたね。ありがとう」と言われたのを 褒められたと思い込んだりするなど、言葉を字義通りに解釈する傾向があり、トラブルを起こしやすいです。
■言葉によらないコミュニケーションはほとんど通用しません。たとえば「目で合図する」「顔色をうかがう」など。 身振り手振りを用いたジェスチャーを理解することも難しく、体の動きで感情や心境を表現することはできません。 できたとしてもパントマイムのような精巧な動作などで、心の状態を表現することはできないのです。 また、しぐさから相手の様子を知ることも大変難しいです。
【3. 想像力の障害】
■絵を描いたり夢見がちだったり、音楽や言語などに精通していたりするアスペルガー症候群の人もいるので、 一見すると「想像力豊か」であると思われることがあります。しかし本来「想像力」というのは、 五感では感じることのできない「もの」を思い浮かべる能力のことを指しています。 ただ自分が体験したことだけではなく、想像力によって作り出した世界を自分の現実にすることができるのが 通常の人だそうです。……が、僕には何のことだかサッパリわかりません。
■想像力に障害があると、「こだわり」が強まってしまいます。これは、ある一定の動作を繰り返したり、 あるものを常に同じ状態にしておこうとしたりする傾向です。本来ならば「想像力」を駆使して柔軟に変化できるものが、 障害があるために固定され、単調な内容になってしまうことが非常に多いのです。そのため「想像力」が求められる グループ演技、ゲーム、創作活動などにはほとんど加わることができません。
■固定された習慣である「ルーチン」が狂わされたときに混乱することがあります。 いつも黒い服を着ているのに、急に違う色の服を着せられるなどすると怒ることがあります。 毎日同じ道を歩いていると、工事のとき、迂回するだけで迷子になることもあるかもしれません。 「いつもと違う」状況が思わぬ問題を起こすのです。

△目次へ戻る△

並存・合併することの多い症状・障害

2007-05-01 16:10

アスペルガー症候群をさらに「厄介」なものとする代表的な症状・障害には、

のようなものがあります。ここでは詳しい説明は省きますが、 まず「自閉症」の診断によって自閉症ではないことが判明してから、 はじめてADHDの診断をできるという国際基準があります。 重度の自閉症はともかく、アスペルガー症候群の場合は一見するとADHDのほうが顕著であることが多く、 誤診や不適切な処方をされてしまう場合が少なくないようです。 アスペルガー症候群かつADHDであるかのような様相を示す人もいるため、対応を難しくしています。

いずれの症状も完治することは不可能に近く、「あきらめムード」からますます不適切な対応に至りがちです。 障害の組み合わせによって「記憶力はいいのに計算ができない」とか、 「明るいムードメーカーだけど授業中でも大騒ぎしてしまう」など、 いろいろなタイプの人がいるはずです。 これらの問題は、知的能力に問題がなければないほど「わざとらしく」「ふざけている」かのように思われやすく、 多くの人から酷評を受けてしまう恐れがあります。 アスペルガー症候群の困るところは、障害そのものだけでなく、並存している別の障害に起因することが多いのです。

△目次へ戻る△

どのような子どもか(社会性の障害からみた分類)

2007-05-05 20:02

知的障害のない自閉症、アスペルガー症候群の子は、以下の3種類のような様相を示すことが多いです。 といっても、どれか1つに必ず当てはまるとは限らないので注意してください。

孤立型
もっとも「自閉症らしい」タイプといえる孤立型。人がそばに近づいても反応しなかったり、 名前を呼ばれても返事をしなかったり、体に触れたり物を当てられたりしても気づかないタイプです。
このような子と遊ぼうとか交流を持とうとしても、「遊び」というのが人と遊ぶのではなく、 難しい作業をさせたり、自分にできないことをしてもらいたいだけであるため、ちっとも実感が湧かないでしょう。
典型的な「自閉症」では普通にみられる様相ですが、アスペルガー症候群でも幼いころは孤立型になることがあります。 けれども知的能力には異常が認められないため、早期に診断ができることはあまりありません。
受身型
「普段は孤立しているが、仲のよい友だちが来ると楽しそうに遊ぶ」というタイプの受身型。 年長の人たちからは慕われることが多く、一見すると上手く交流が持てているようにみえます。 しかし、問題のないように思われるところが問題で、教師からあまり関心を示されないことがあるため、 陰でいじめに遭っていても気づいてもらえないなどの被害が起きやすいタイプです。
従順で素直すぎることが少なくなく、友人からいろいろ無理な要求をされやすく、 著しいストレスを経験することがあります。目立たないゆえに問題の発覚が遅れてしまい、 思春期の前後になってから深刻な事態に陥ることが多いようです。
積極・奇異型
アスペルガー症候群では典型的ともいえる積極・奇異型。自閉症には見えません。 ようするに積極性があるため、「自閉という言葉のイメージ」と正反対に思われるタイプなのです。
自閉より、むしろ「自開」という感じがし、よくしゃべるし、表情も豊かだったり、冗談も言ったりするため、 思春期までは順調な対人関係を築き上げているかのように思われがちです。 しかし実際には、対人関係は非常に一方的な展開をしていて、まったく相互的な交流を持てていないのです。 ただ自分の知識を表明しているだけとか、それに対する他者の意見を聞きたいだけ、批評をしたいだけ、 自分の考えを押しつけているだけだったりします。社会人の年齢に達すると、とくにトラブルメーカーとなります。

△目次へ戻る△

厄介な思春期

2007-05-08 22:20

「厄介な」という表現は誤解を招く恐れがありますが、当人が思春期について思うのは「厄介」ということなのです。 思春期の始まりが遅れたり、期間が長続きしたりします。中学校から高校にかけての時期に問題が起きやすく、 友だちとなじめない、仲間外れにされる、孤立する、浮いてしまう、といった状況に陥ることがあります。

思春期にみられるアスペルガー症候群に特徴的な様相は、見方を変えれば前述とはまったく別の事態をもたらします。 たとえば「性」にあまり関心を持つようにならない場合などに、ほかのクラスメイトの同性と比較して「落ち着いている」 と教師から賞賛されることがあります。しかし当人には、なぜ褒められたのかは少しも理解することができません。 また、性を意識しないために、かえって性的な表現の言葉を連呼してしまうこともあります。その言葉の持つ意味を 十分に理解していないからです。こんなことをすれば、周囲の人たちは引いていってしまいます。

「性」の問題は特別に憂慮すべきであると考えています。アスペルガー症候群の子は、もともと理論的に物事を 考えるのが得意なので、恥ずかしがるとか気が散るといったことがあまりなく、先生よりも教えるのが上手い ことさえあります。けれども「性」の情緒的な部分はなかなか理解することができません。 頭で理解するだけでなく、その知識を実際にどのように活用すればよいのかも考えなければなりません。 性の被害者になることが多いようですが、逆に、誰かから上手く利用されてしまえば加害者にもなりうるからです。

△目次へ戻る△

精神障害者保健福祉手帳

2007-05-10 21:49

「障害者手帳」は交付されないことがあります。僕は交付されていません。市町村などで基準が異なっていて、 地域によってアスペルガー症候群と診断されても交付される人とされない人がいます。 僕の住んでいる愛知県豊田市では、アスペルガー症候群を含めた広汎性発達障害は、重度の自閉症を除いて 交付されません。

この点の問題は、アスペルガー症候群の人はどんなに優秀に見えても、対人関係をまともに築き上げることが難しいから、 学童期には問題がなくても、成人になってから就職するのが非常に不利になってしまうというところにあります。 障害者手帳があると、「障害者枠」としての就職先が用意されているので有利になるのですが、ない場合、 きわめて大きなハンディキャップを負ったまま探さなければならなくなります。 アスペルガー症候群であることは就職に有利には運びません。雇用主に初対面で好印象を与えたとしても、 いざ作業に取りかかると障害が表面化し、あっという間に解雇、、、ということもあるのです! 冗談ではなく本当です。
僕がその一人でした。せっかく雇ってもらえたと思ったのに、暗算の間違いが多いと言われて門前払いに遭いました。 たったの10分です。10分で解雇されてしまいました。でも暗算が上手くできないのは僕のせいではありません。 生まれつき暗算の素質に欠けているのです。このようなことをいくら口頭や文書で説明しても、本人の主張では 普通は誰も受け入れてくれません。一般の作業に困難があることを適切に伝えるために、障害者手帳の交付は 大きな手助けとなるはずです。

これでも「本人の努力不足だ」と言う人は、おそらく障害をまったく理解していません。

△目次へ戻る△

みその生い立ち

2007-05-12 20:40
0歳 誕生
1984年(昭和59年)5月19日、名古屋市の産婦人科で生まれてしまいました。忌まわしい誕生日です。 この日以来、家庭は大いに呪われてしまいました。
2歳 致命的な事故が起きる
2歳のころ、名古屋の自宅2階のベランダで遊んでいる最中、誤ってアスファルトの地面に転落してしまいました。 救急車が到着したときには呼吸停止の状態だったらしいのですが、搬送中に息を取り戻したとのことです。
このとき死んでいたほうがよかったと、つくづく思います。
3歳 多動症を思わせる行動が目立つ
2歳から3歳にかけて、いま思えば明らかに問題児といえる行動がみられました。 玄関の扉のガラス部分を蹴って壊したり、家の前で施行されていた道路工事のセメントに泥を塗りつけたり、 真冬の小学校の授業参観のときについていった際、プールの中に侵入して、浮かべられていた凍結防止用の 発泡スチロールの上を渡ろうとして水没し騒動になったりと、いろいろなトラブルを起こしていました。
しかし、このときの行動を、発達障害であると疑う人はいませんでした。
豊田市の今の住居に引っ越しました。
幼稚園 運動音痴な天才児
天才というのは年齢を基準としたものです。幼稚園児にしては頭がよい、という意味です。 アスペルガー症候群でなくても「博士」とか「天才」と呼ばれる幼児はいますが、 みその場合は障害のゆえにそう呼ばれていたのです。別に珍しいことではありません。
身近な昆虫や植物、恐竜や熱帯魚などに関する知識が多かった時期です。
運動だけは苦手で、自由時間にできるのは屋内で遊ぶことでした。教室でずっと絵を描いていたり、 粘度で鳥やイルカなどの形を作ったり、女児たちとままごと、似た気質のある男児と戦隊ヒーローのなりきり遊びなどをしました。 ほかの多くの男児が運動場でドッジボールなどをして遊んでいたことを考えると、やはりこのころから運動の素質に欠けているのがわかります。
短距離走だけは速くて、ほかの男児の追随を許さなかったのが印象的でした。ようするに道具を用いたスポーツが苦手なのです。
変な性癖(?)も根強く、ぬいぐるみを抱いていないと一人で眠れないとか、母のブラジャーを握っていないと気が済まない、 シャンプーを嫌がる、トイレのあと水を流すのを拒む、、、など、異常な行動が数多くみられました。
小学校低学年 いじめで学校嫌い
一番嫌な思い出は、上級生からの「いじめ」でした。何かと因縁をつけられやすく、いじめの標的としてみられていました。「体育」の授業は苦手で、いろいろ嫌な経験することが多かった時期です。
授業中は頻繁に発言をするなど、意欲的な姿勢を示していました。この点はよい評価を得られていたようです。
小学校中学年 やっぱり体育が嫌い
成績だけを見れば優秀なので、とても「障害」のある子どもとは思えない様子でした。しかし徐々に授業中の発言が減り、 わざわざ自分から意見を述べることをバカらしく思うようになってきた時期です。
不満のありそうな体育があると、仮病を利用して休むことが頻繁に行なわれました。
小学校高学年 オカルト...漫画...マジシャン...(片思い1)
小学4年生のときに祖母が病死し、物心がつくようになると、タロット占いや心霊写真をはじめとする「オカルト」に強い興味を抱くようになりました。 「占い師」や「マジシャン」のようなキャラとして有名になり、ちょっとしたブームを巻き起こした時期です。
漫画やイラストを描くのが日常的で、追随者たちが現れ始めてきました。これはこれで楽しかったと思います。 プリントの余白や裏を見つけては絵を描き、ノートを用意して物語を描いたり、それを交換したりもしました。
手先の器用さを発揮できたのがカードマジック。手品用のトランプを買ってきて、マジックの本を読みながら 夢中になって遊んでいたものです。これにも多くの追随者が現れ、かなりのブームになったのを覚えています。
中学1年生 環境の変化への対応に追われる...
実は小学校に入学したときから、中学校へ上がるのは不安に感じていました。環境が次々と変化することを予測し、恐れていたのです。
小学校のときのマニュアルが通用しない場面が多く、担任教師との相性もよくありませんでした。 小学校と違って教科で担任が変わるため、担任によって評価が非常に異なり、どのように行動すればよいのか 考え込んでしまうことが多かったです。僕は安定を求めていましたが、それは叶いにくいことでした。
成績は相変わらず優秀で、問題があったとすれば、やはり「対人関係」だということがよくわかります。
中学2年生 全盛期はこのころか?(片思い2)
入学当初から怖い教師とされてきた男が担任でした。けれども実際には相性がよかったのです。 彼は僕に対しては頭が上がらない。そんな感じでした。ようするに彼は「あら探し」ができなかったのです。 僕を注意しようとすれば、それはそのまま彼に返っていく。僕を叱ることは無意味なのです。
しかし、このような考えに至ってしまうこと自体が、対人関係を難しくさせる原因の一つなのです。 一生このまま時間が止まっているなら最良ともいえる時期でしたが、時間は常に流れていて変化していきます。 環境が不変的なものになっていたら、この時期が全盛期だったといえるでしょう。
∴ここからtanasinn
以降、tanasinn
以降、tanasinn
以降、tanasinn
学校へ行こう、なんつったりして。
中学3年生∴不登校、高校断念だdd∴∵( ・)∴∴∵∴∵
体育だけでなく「数学」が徐々にできなくなっていました。もともと小学校のころから「暗算」ができず、 アナログ時計を見ながら計算していたほどです。テスト用紙には時計の絵を描いていましたが、これは暗算をするためだったのです。
誰もが「高校」進学を考えるさなか、僕はまったく関心を持っていませんでした。もう、ついていけませんでした。
夏休みが終わっても、もう学校へ行かず行かず行かず行かなく行かなく行かなく行かなく行かなく行かなくなりました行けませんでした行けませんでした。∴∵∴∵∴∵はじめは先生たち∴∵驚いて笑っていましたが∴∵( ・)∴∵僕は本当に行く気を失ってってって失っててててて∴∵( ・)∴∵( ・)∴∵∴∵引きこもって絵を∴∵ずっと絵を∴∵( ・)∴∵絵を絵を描いていたの∴∵∴∵絵を∴∵絵を絵を絵を描いていた∴∵の∴∵∴∵( ・)∴∵( ・)∴∵∴∵∴∵∴∵( ・)∴∵将来の夢=漫画家∴∵将来の夢=漫画家∴∵将来の夢=漫画家∴∵将来の∴=∵画家∴∵∴∵将来の
∴学3生∴∵おともだちおともだちおともだち
ぼくがずっと がっこうをやすんでいると おともだちがまいしゅうのように やってきたの。おともだちは せんせいからいけといわれて ぎむかんから やってきたの。
ぼくは おともだちを うらなってあげたり えをみせてあげたり うらなってあげたりえをみせてあげたりうらなってうらなってうらなって へたくそなえを へたくそなえを がっこうでさらすんだね
そのうちせんせいもきて ほごしゃとはなしをしていく
わざわざせんせいもきて ほごしゃとはなしをしていく
さんがっき
ふゆになった
みんなそろそろ こうこうにゅうし たいへんだね
みんなそろって こうこうにゅうし ひっしだね
みんななんのためにいきているの
そつぎょうしき
みんなでそつぎょうしきのあさ しゅうだんでむかえにきてくれて たのしかったね
ちゅうがっこうのそつぎょうしき そつぎょうしきそつぎょうしき
このときのみんなが さいごのおわかれになったね
さいごのさいごのさいごのさいごのさいごのそつぎょうしき みんなでいって たのしんできてね
そつぎょうしき みんなでいって たのしんできてね
そつぎょうしき みんなでいって たのしんできてね
みんなのみんなのそつぎょうしき おわかれのそつぎょうしき
ぼくけっせき
15〜18さい ほんらい、みんなこうこうせいのとき
ぼくはあいかわらず つくえにむかってえをえがいていたよ
ようしを むだにつかって えんぴつで かおばかりえがく
おやもみてくれない
ずっとずっとおえかき
ひとりでおえかき たのしかったね
みんなでおえかき
∴∵( ・)∴∵.( ・)∴∵
∴∵∴/ ○ \∵∴∵
      ____
     /∵∴∵∴\
    /∵∴/∴∵\\
   /∵∴●∴∴.● |
   |∵∵∵/ ●\∵|     全然tanasinnじゃないね。
   |∵∵/ 三 | 三| |
   |∵∵| \_|_/| |
    \∵|  \_ノ | /
   / \|___/\
∵ここまでtanasinn
∴∵( ・)∴∵.( ・)∴∵
∴∵∴/ ○ \∵∴∵
18歳 自殺!!
感覚異常」のうち「聴覚」にもっとも強い過敏性があった僕は、 中学を卒業して人と話す機会もなく意気阻喪していたとき、不快な音にさらされたことがきっかけで、 衝動的に自殺行為に向かいました。12月24日の午後のことでした。忌まわしい日です。
常備薬の中から致死性の高そうな薬品を選び、それを一気に飲みました。
数時間後、中毒症状が起こり、意識を失いそうになりました。
でも死にませんでした。
死ねばいいのに。
死ねばいいのに。
死ねばいいのに。
死ねばいいのに。
死ねばいいのに。
ともかく、感覚異常というのは想像以上に深刻なのです。ほかの人にとっては何ともない物音が、 僕にとっては猛烈な不快感となり、気を狂わせるほどに影響するのです。そうでなければ自殺なんてしません。
19歳 彼女を求めて...
「生きるなら、生きるにかなった目的が欲しい」─そう思った僕は、縁がないと思っていた彼女を探し始めました。 携帯電話の出会い系サイトで、それは見つかりました。
もう思い出されることもありませんが。
20歳 僕はアスペルガー症候群
初めてできた彼女が行方不明になったのは、僕がアスペルガー症候群ではないかと疑い始めたときのことでした。 彼女がいなくなってしまったのは結局、僕がアスペルガー症候群だったからです。不思議なことではありません。
彼女は、僕のアスペルガー症候群の魅力にひかれ、また、アスペルガー症候群の障害によって去っていったのです。 魅力的であると同時に、どうしようもない障害でもあるアスペルガー症候群。残念ながら僕の恋は終わりました。
21歳 アスペルガー症候群と僕
精神病院でアスペルガー症候群と診断されたのは、2005年9月5日のことでした。
でも、診断されても僕は何も変わりません。
彼女は、もうこの世にいないのだから。
この「彼女」、本当は初めから存在していなかったのかもしれません。僕の妄想が、脳内で彼女を作り上げていた可能性が高いのです。だから、この彼女は「恋愛」にカウントしません。
22歳 WWWで呼びかける
そう、通信技術でWorld Wide Web
普通は「インターネット」って呼んでるよ。
このあうちすむというサイトもそうだし、ブログでもアスペルガー症候群について理解を求めようと、一生懸命に 文章を書いてみんなに読んでもらいました。
それでも、何も変わりませんでした。
26歳 マビノギ
マビが居場所のようなものですね…
相手は私をどう思っているかわからないけど、仲間がそこにいます。
ブログにもリピーターがたしかにいます。
たしかに誰かがいます。
いるというのが事実です。
私にとっては非常に大きな進歩なのです。

△目次へ戻る△

tanasinn:∴( ・)∴∵.( ・)∵∴∵.( ・)∴∵

tana-si-nn tn:sn
写真 写真 写真 写真 写真

写真

写真

tanasinnあんまりtanasinnじゃないね。

管理人近影。というより管理人そのもの。というか管理動物。自らをカメラに収めた貴重な写真。 しかしカメラの中に実際に納まっているわけではない。 左から徐々に侵食が進んでいる。撮影の期間は1年半ほど。 少しずつ壊れ始め、姿勢も悪くなり猫背に猫背に猫背にな猫ぜ猫に猫猫猫猫猫背猫背=^_^= 猫背猫背猫背猫背猫背猫背猫背猫背(=^・・^=)ねこねこねこぜねこ 髪の毛は短くなり髪髪髪のののののの髪髪髪の髪の毛毛毛毛毛毛けけけけけけけけ∧_∧毛毛家け∴∵∴∵ ∴(・)∴∵(・)∴∵∴:∵∴.∵∴∵∴∵坊主∴∵∴∵(・)∴∵∴∵∴∵(・)∵毎日毎日毎日ままままま∴∵毎日(・) ∴∴∴∵∵∵∴∵∴∵(・)猫猫猫ねこねこねねねねねねねねこ∴∵∴∵∴∴∵∵(・)∴∵最近りんご食べて∴∵いな い∴∵(・)∴∵∴∵りんご食べていない∴∵∴∵∴∵りんご∴∵(・)∴(・)∴∵∴∵∴∵りんご∴∵∴∵∴∵(・)∴∵ (・)∴∵食べ∴∵∴∵りんご∴∵(・)∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵うまい∴∵∴∵(・)∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵ (・).∴∵∴∵∴∵寿司ネタ∴∵∴:∵∴∵∴∵(・)...:..∴:.::∵:∴.∵...∴∴:∴..:.........∴...........

△目次へ戻る△

みそが退廃した様子のわかる写真

09/21/2007 18:07
みそ
いま撮影したと思われる写真。
2007年のみそ。
みそ
去年の8月に撮影したと思われる写真。
2006年のみそ。
みそ
2年前の7月に撮影したと思われる写真。
2005年のみそ。
みそ
3年前の4月に撮影したと思われる写真。
2004年のみそ。
みそ
4年前の4月に撮影したと思われる写真。
2003年のみそ。
みそ
なで肩のみそ。
胸板も薄い。



みそ
おそらく中学3年に撮影された写真。
1999年のみそ。
みそ
おそらく中学2年に撮影された写真。
1998年のみそ。


呪いが降りかかっても責任は負いません。

△目次へ戻る△

Copyright(c) 2005? ? All Rights Reserved.