桜花

新聞書評で知った本。誰の評か、またしてもメモを残していない。

松田道雄といえば『育児の百科』。我が家でもいつでも手に取れるようにしていた時期があった。その後、出産祝いに贈ったこともある。一時期、心酔していたと言ってもいい。

松田道雄のことは子どもを持つずっと前から知っていた。小学校高学年の頃、区内でようやく出来た図書館で『恋愛なんてやめておけ』や『君たちの天分を生かそう』など「ちくま少年図書館」シリーズの著作を読んだ。『君たちはどう生きるか』を読んだのも「あの頃」。


本書も『育児の百科』を「実用書以上の思想書」と書く 。言葉を換えれば松田道雄を医師以上の思想家ととらえる。そして彼の思想の大きさと同時に時代から生じる限界を論じる。とりわけ障害者を「悪」や「欠如」とみなす視点に対する批判は厳しい。

読みながら岡本夏木『幼児期』を読んだときに感じたことを思い出した。

『幼児期』を読んだとき、松田道雄と同じ匂いを感じながら、同時にどこか違うところがあるように感じていた。松田道雄にはどこか”少し”古い感じがした。それは一言で言えば「戦後啓蒙思想」の匂いだった。

本書もその点を「潔癖さ」という言葉を用いて指摘している。

紺野美沙子長谷川宏のように、一定の教養と財産をもち、子育てにそれなりの苦労をしたとはいえ、自らの子育てを幸福な過去として振り返ることのできるような「中流」が、松田を支えていた。(「第4章 思想書としての『育児の百科』)

ここで言われている「中流」とはまさに私を指している

社会正義に思いを馳せる一方で、実際は自分がまず幸福になりたいマイホーム主義を信条としていて、社会の問題に気づいていなかったり「悪」や「欠如」と見下ろしていることも少なくない。

その矛盾が私の心身を荒廃させた

松田道雄の障害者観を他人事のようにはできない。


前に、松田道雄と岡本夏木中井久夫につながりがあると書いたことがある

社会主義を軸に松田の思想を俯瞰した著作を読んでみて、体制としての社会主義には幻滅しても、 思想としての社会主義に対しては、希望とは言わないまでも、捨てきれない「こだわり」を最後まで持ちつづけたという点で山村良橘と共通点があるように思った。


「第七章 安楽死と社会主義」はとても難しい。医学や法律の用語も多く、読み解けたとは思えない。

わかったことは、松田の安楽死に対する考えは右往左往しているが、医師ではなく患者の立場から考えるという点では一貫していたということ。そして首尾一貫することに執着せず、真摯な思索の結果、状況の変化に応じて主張を変えることを恐れなかったこと。

状況に合わせて考えを変えることは容易い。状況に流されるのではなく、刻々と変化する医療と生命倫理の場で自らの力で考えつづけることはとても難しいことだったろうと思う。


松田道雄というと、やはり小学六年生の頃、通っていた図書館を思い出す。

最初は自動車雑誌や見たことがない大型写真集を眺めて過ごしていた。それから『本当にあった不思議な話』や『世界を変えた20世紀の技術』(心臓移植手術はこの本で知った)のような子ども向けの科学読み物を読むようになり、何がきっかけだったのか覚えてはいないけれども吉野源三郎や松田道雄の少年向け「啓蒙書」を手にとった。

松田道雄は、思春期の扉を開けてくれた人だった。


さくいん:松田道雄岡本夏木中井久夫山村良橘