4/27/2016/WED
近代百貨店の誕生 三越呉服店、江戸東京博物館、東京都台東区
昨夏、子どもが通う高校の校長先生に日本橋から江戸城までを案内してもらった。それ以来、江戸に興味を持つようになった。通っている就労移行支援事業所も都心のなかでも移動に便利な場所にあるので、研修後に、皇居東御苑や日比谷公園を歩いたりしている。
ちょうど面白そうな企画展があったので、江戸東京博物館に行ってみた。
展示会場の入口は、江戸時代の日本橋を再現した大きな橋。その前にボランティア・ガイドの案内所があったので、同行をお願いした。
江戸の大きさ、効率的な行政府だった幕府、2,000人以上の女性が暮らしていた大奥、資本主義経済としての江戸社会、識字率の高さと庶民文化、など、興味深い話を聞いた。
幼い頃から、いつも歴史がそばにあるような気がしていた。大森にある池上本門寺の門前で生まれ、幼児の頃は、西宮から奈良や京都の寺社仏閣に連れ歩かされ、小学校以降を過ごした横浜市南東部では、山を越えれば鎌倉だったから。
横浜市南端には鎌倉時代に東京湾側から塩を運ぶために山を掘削して造成した、切り通しと呼ばれる山道が今も残っている。同時に、鎌倉時代からの伝説や昔話も残っていて、小学校の授業でも耳にしたし、放送委員で昼の校内放送を担当したときには昔話を朗読したりもした。
歴史がそばにあるような感覚は、関西ではもっと強く感じる。出張で関西へ行き、阪急や京阪などの私鉄に乗るときには駅で広報誌をもらって車内で読む。関西では国宝級の建築や伝説の場所がいたるところにある。広報誌を読むと、そうした歴史的な場所や古くから続く祭りが当たり前のように、観光ではなく日常生活の一部分として記事になっている。
東京に住んでから、東京ではあまり歴史を感じないような気がした。そもそも東京には、開幕以前にはそもそも歴史的な場所が少ない。その上、江戸時代以来は、大火、幕末の内戦、関東大震災、空襲などで何度も街が焼かれてしまい、残っている歴史的建造物は多くない。
ガイドの話を聞きながら、これまでに訪ねた東京の史跡を思い出していると、東京の歴史に対する見方が180度変わった。これまでは、いろいろなことがあったから「ほとんど残っていない」と思っていた。そうではない。大火や内戦、震災や空襲を経たにもかかわらず、あちこちに歴史的遺構が残っていることが、実はすごいことで、驚くべきこと。
前に江戸時代の古地図に現在の東京を重ねた地図を見た。官公庁や大学、大きな公園は、かつては大名屋敷だったところが多く、主要な街道や地下鉄も江戸時代の道に沿って作られている。そういう意味では、東京は街全体が、江戸時代を物語る遺構とも言える。
企画展では、小林清親「駿河町雪」と川瀬巴水「新大橋」を見ることができた。
やはり、この二人の絵はいい。私は彼らが描いた世界を窓にして江戸の街を見ている。