2月は自死と悲嘆(グリーフ)について考える月。今年は知識の充実と思索の参考書として正月に丸善本店で見つけた医学書を買った。医療従事者や遺族を支援する人へ向けた専門書なので、私にとって即座に役に立つ本ではないかもしれないけれど、最新の知見を得ることは有益なことだろうと思い、買って読むことにした。
編者と多数の執筆者ははじめて読む人が多い。そのなかで二人、坂口幸弘は『悲嘆学入門 死別の悲しみを学ぶ』と『死別の悲しみに向き合う - グリーフケアとは何か』を、山本力は『悲しみといのちの時熟 - 続・喪失と悲嘆の心理臨床学』をそれぞれ読んで知っていた。
悲嘆概念の整理からさまざまな背景の遺族に対する具体的な支援策まで本書の扱う内容は幅広い。専門的な論考の合間に挿入されたコラムも非常に面白い。門外漢の私にはこちらの方が読み物として心に響くところが多かった。
本書が専門的な医学書として画期的な点は、次の二点を明瞭に提示している点と考える。
1. 悲嘆は本来的には自然な感情の発露であるものの、死別の経緯や背景によっては病的な症状を呈するものある。そのような悲嘆に対して医療も積極的に介入すべきと考える点。
2. 死別は極めて個人的な体験であり、画一的な処方で緩和されるものではない。病として医療の対象にするかどうかも含めて遺族一人一人に適した「オーダーメイド」の対応が必要になる。同時に、医療だけでなく、心理や社会福祉、場合によっては法曹の協力も必要となると指摘する点。
一言で言えば、ある種の悲嘆に対して医療は必要であり有効であるけれども、医療以外の専門分野の関わりも欠かせない、ということ。この点に関して、異論はない。
むしろ、こういう視点が当然とされてこなかったことを残念に思う。姉が亡くなった45年前に、こういう考え方と具体的な支援があったならば、私の十代はまったく違うものになっていただろう。
近親者の自死による死別は、とりわけ幼少時から思春期にかけて自死遺族になることは、その人に大きな影響を与える。悲しみが押さえつけられて発露することもなく遷延化したり、こじれて複雑性悲嘆と呼ばれるような病的な症状を帯びることもある。
本書では、死別のなかでも自死による死別への支援について一節を設けて論じている。そこでは自死による死別体験から生じる悲嘆を緩和することの難しさを指摘している。
自殺による死別では、自殺以外の死別の場合と比較して遺族の抑うつや不安、複雑性悲嘆、自殺関連行動のリスクや身体疾患の罹患率上昇のリスクなどが高いとの報告も存在する。(原島沙季、藤森麻衣子、Ⅳ 遺族支援の実践、C 特別な配慮、2 自死遺族支援における配慮)
自死遺族に対しては積極的な介入や支援などが求められる、と指摘されていることが重要。介入とは医療による対処で、支援とは専門家によるカウンセリングや当事者たちが集い助け合う「遺族会」などが挙げられる。こうした介入や支援は十分とは言えないまでも、かなり普及・発展を遂げていると本書でも指摘されている。
自死遺族のケアは、グリーフケアのなかでもとくに慎重な対応が求められる。災害や犯罪の場合もそうだろう。すでに書いたように、そのような繊細な悲嘆感情を伴う近親者の自死による死別を体験したにもかかわらず、45年前には私は何のケアも支援も受けられなかった。
それどころか、息つく暇もなく、中学校へ入学し、管理教育と受験戦争に揉まれることになった。いまさら悔やんでも仕方がないとわかってはいても、あの頃、何かすこしでも支援をもらえなかったかと考えてしまうときがある。
本書は、レジリエンス(悲嘆からの復元力)やPTG(死別体験後の人間的な成長)についても言及している。
レジリエンスやPTGを誰でも簡単に得られるという考え方に私は否定的。レジリエンスの発揮やPTGの実現は簡単なことではない。豊かな人間関係や共同体、そうでなければ丁寧に応じてくれる医療従事者が身近にいなければレジリエンスもPTGも生じることはない。私はそういう環境にはない。それでも、次のような希望に満ちたメッセージをまったく否定するものではない。
深刻な喪失を生き抜く「悲しみの旅(grief journey)は終わらない。その悲しみの旅の経験との連続性を保ちながら、やがて遺された人は新たに更新された人生行路へと、また旅立っていく。故人の遺志を抱きながら、残された人間関係も大切にし、その上で新たな出会いに心を向け、自己アイデンティティを更新する心の旅路を歩み続けていくことになろう。(山本力、Ⅰ 悲嘆の理論と概念、2 悲嘆心理学の歴史的展開)
自分の経験をもとにいえば、このような心境に立てるまでの道のりが険しい。私の場合、何の支援も得られず、長いあいだ悲しみに身をまかせていただけだった。いや、悲しいという気持ちを封印して、何もなかったように装って生きていた。『庭』をはじめて、読書と思索を重ね、気づかぬうちに心の奥底に閉じ込めておいて、身体の隅々にまで巣食っていた悲しみに気づき、ようやく悲しみと向き合えるようになってきた。
そして、一冊の本とカウンセリングを契機にして、視野が広くなり、新しい旅路への出発を感じるようになった。それがいまの心境。
私のように苛烈な死別体験のあと、寒風の吹きさらしに置かれるような人が一人でも減るように、本書で提起されたさまざまな医療や支援が実現し、普及していくことを願う。
その前に、姉のように孤独のなかで死の闇に落ちてしまう若い人が一人でも減ってほしい。それが最優先。自死が減れば自死遺族も減るのだから。
さくいん:坂口幸弘、山本力、悲嘆(グリーフ)、自死・自死遺族、闇