逆光の枯れ木

まずは、この本を入手した経緯から。三鷹の古書店、 水中書店のツィートに教えられて西荻窪のキリスト教専門書店の待辰堂へ行った。

そこで『石原吉郎セレクション』(岩波現代文庫)を見つけたので購入した。


目次を見ると手元にある講談社学芸文庫版『石原吉郎詩文集』にないエッセイが収録されている。その文章を読みながら、石原吉郎についてこれまで気づいていなかったことを二つ見つけた。

一つは、石原が名前に並々ならないこだわりを持っていたこと。私自身、名前の重要性、とりわけ死と生者の名前の関連については何度も書いてきた。ところが、これまで石原吉郎との関連には気づいていなかった。

二つ目は、石原吉郎に思想に、意外にも、森有正との共通点があること。


死と生者の名前については、小泉義之に教えられた

だからこそ、死者の名を唱えることは、死者を亡霊化しない唯一の道なのである。もしも亡霊が名で呼び出されるならば、それは亡霊でも死者でもなく生者であることになるからだ。亡霊を追い払って忘れるには、死者の名を唱えさえすればよい。
『弔いの哲学 シリーズ 道徳の系譜』(河出書房新社、1997)

戦争との関連でいえば、田村隆一から次の文章を引用している。「数」に対する「質」はその人個人を指ししている。そしてそれは名前によって象徴される、

そして、これらの死の統計のなかに、林学生の「死」も数えられてしまうのである。だが、ぼくらは、量の世界にくりこまれることをあくまで拒否する。質としての死を、林学生のノートから読みとらなければならない。質としての死は、あらゆる遺族や、その生をともにした精神的な血縁者の胸底に現存している。さもなければ、死者のおもかげが、いまもなお親しいものの胸中によみがえりはしないのである。そして死者をよみがえらせるためには、生き残ったものは質としての「死」を経験する以外にない。ということは、量的な世界を生きるばかりではなしに、質としての「生」を生きることなのだ。
「死せる海軍予備学生への鎮魂賦(オード)」『田村隆一エッセンス』(青木健編、河出書房新社、1999)

石原はもっと率直に書いている

人は死において、ひとりひとりの名を呼ばれなければならないものなのだ。
「確認されない死のなかでーー強制収用所における一人の死」(1969)

人は死ぬときは一人で死ぬ。そういうものであるはずが、空襲や、ジェノサイドや強制収容所では、人は集団で死に統計に数えられる。一人で死ぬことができない。ときに番号でさえ残されない。

石原はそうした集団としての死に抗して「名前のある一人の死」の復権を訴えている。


経験について。

経験をめぐって森有正と石原吉郎に共通するのは「体験は出来事に過ぎない」という見方。

体験を経験、すなわち自分の内実にするためにはもう一つの経験が要る。

出来事ないし体験が経験になるには時間と自省が必要。出来事を即座に経験にすることはできない。時間をかけて内省することで出来事は客観的に観察され、熟成される。

そして内実化された経験は表現に至る。時間をかけることで表現する語彙も蓄積される。森有正が渡仏後、最初のエッセー「バビロンの流れのほとりにて」を執筆したのは渡仏から3年後。石原が帰国後3年ほどして詩作を始めたが散文を書きはじめたのは実に15年後のことだった。

石原はさらに、最初の体験よりも体験を経験に変える時間の方がより苦痛を伴うと言う。森有正も同様のことを書いている。

体験から経験へ、森の言葉を借りれば「変貌」を遂げる過程を石原は次のようにまとめている。

したがってそれ(著者注:体験)が本来の大きさと深さで受け止められるためには、何よりも主体の回復、それからそれを考えるための言葉の回復、それからその回復のための時間が必要だ、と私自身の通ってきた経過から考える訳です。
「<体験>そのものの体験」(1976)

「出来事」としての<体験>が「経験」として内実化される過程について、石原はさらに次のように述べている。

『望郷と海』の第一部に収めたエッセイは、いずれもこれらの体験を自分自身に問い直して行く過程から生まれた訳です。同時にこの過程は<体験>そのものを取り戻して行く過程というよりも、それが<体験>の名に値するものとして全く"新しく"(原文傍点)私に始まって行く過程であったと言えます。<体験>の名に値する体験というのは、外的な衝撃から遥かに遠ざかった時点で、初めてその内的な問い直しとして始まると私は考えています。
「<体験>そのものの体験」(1976)

二人の経験観で決定的に違うのは経験の方向性。

森にとって経験は人生の積極的な面を映し出している。経験は出発であり冒険でもある。そして経験は普遍的になりうる。

対して石原にとって経験は衝撃的で心身に大きな打撃を与える。この点で、異文化へ心を開いていく森と大きく異なる。だから体験を経験にするにはまず主体の回復が必要と石原は考える。

石原の考える経験は心的外傷の性格を持っている。そのために厭世的で徹底的に個人的なものとなる。突き詰めるほど狭く孤独になっていく。そして、彼は生き残った後ろめたさを抱えていて、同時に彼の経験観は仲間を見捨てた「自分は加害者である」という負の意識に支えられている。

この違いは言うまでもなく、二人にとっての最初の経験、「出来事」の違いに由来する。森有正にとって経験はヨーロッパ文化を書物ではなくそこで生活することで全身で感じとることだった。石原にとって人生最大の経験は8年間にわたるシベリア抑留。既に書いたように彼はそこで「出来事」でしかない死を数え切れないほど目撃した。


もう一つ、本書を読んで気づいたことがある。

それは、彼の思いの核心である「生き残った後ろめたさ」を私が石原吉郎を知る何年も前から感じていたこと

石原ははっきりと同じ言葉を使っている。

   生き残ったという複雑なよろこびには、どうしようもないうしろめたさが最後までつきまとう。 「確認されない死のなかで」(1969)

だからこそ、薄い『詩文集』を読んでから『全集』を繙くまで読み進んだのだろう。石原吉郎には、出会うべくして出会ったと言える。

そのせいだろうか、一時期、あれほど耽溺した森有正より石原吉郎の「経験」にいささか否定したい気持ちがあるにも関わらず惹かれてしまう。


さくいん:石原吉郎