夏の日差し

再就職して2年半が経つ。変わりばえしない毎日に思えるが、前に書いた「最近の日常」を読み返すと現在の暮らしぶりとは違うことがわかる。

全体としては落ち着いた生活を送っている。精神状態はやや低めで安定している。「やや低め」というのが重要。少し機首を持ち上げるとすぐ余計に上昇してしまい、結果、気分の乱高下に至る。

朝は5時頃に起床。Sleep Cycleが眠りが浅くなったところでアラームを鳴らしてくれる。それでもすぐには起き上がれない。15分くらい布団のなかでゴロゴロしてようやく目が覚めてくる。

起床時間は5時15分前後で3年前から変わらない。変わったのは運動を始めたこと。運動といっても軽いストレッチと筋トレ。期間限定でスポーツジムにも通いはじめた

9月初旬位健康診断を受ける。この数年、「やや肥満」「メタボ注意」としつこく言われているので、健康診断当日までにはせめて「やや肥満」と診断されない程度には減量したい。


朝は洗濯機を回して、食事を済ませたら、ベランダに干す。これを終えて支度をすると6時45分頃になる。会社に着くのは8時15分。もう少し早く出れば8時に出勤できる。

就業時間は9時から5時半。フレックスタイム制なので早く出れば早く帰れる。勤務時間の貯金もできる。ためた貯金で金曜日は4時に退社したりしている。

朝は英語ニュースとフランス語、帰りはランダムに音楽を聴く通勤生活は変わらない。

フランス語は会話と文法のテキストを聴く。「聴き流すだけで流暢になれる」という語学教材の宣伝を見かける。まったく信用できない。この3年ずっと聴いているけど、フランス語はほとんど上達していない。


会社の仕事は面白いとは言えない。雑談をする相手もなく、昼飯はいつでも一人。漫然と一日を過ごしている。

それでも、賃金労働者の平均程度の報酬をもらっているのだからあまり文句も言えない。給与が上がってもこれ以上仕事の負担が増えることは望んでいない。

仕事はデータ整理が多い。もともと数字の扱いに弱く、丁寧に作ったつもりの報告書でも必ず数字の間違いがある。EXCELやGoogleシートの関数は覚えたので手入力を極力減らして済むように工夫はしている。それでも関数の範囲指定などで間違える。

些細なミスほど自己嫌悪の度合いは強い。ここのところ自己肯定感が低いのは主に業務に原因がある。


最近の生活で以前と変わったのは就寝時間。前は10時頃までは起きていた。最近は9時半には床に就く。

寝るときには、BBCのニュースかフランス語のポッドキャストを聴き流す。意味がわからないので自然と寝入る。米語の聴き取りにはある程度自信があるけれど、British Englishは英国内の出来事に馴染みがないこともあり、早口のニュースはさっぱりわからない。

早く寝て早く起きる。朝に運動を少しする。その分、読書の時間が減っている。

寝る前に『旧約聖書』をすこし読むときがある。読んでいると、ユダヤの民はいつも神に叱られていることに驚く。何でこんなに叱られるのか、何でそれでも信じるのか、不思議に思う。

現代のユダヤ教神学では、現在のユダヤ人は神に叱られているのか、それとも祝福されているのか。例えば、パレスチナとの抗争はどう捉えられているのか、ちょっと気になる。


入眠に困ることはない。快眠度も悪くない。実際、朝は目覚ましが鳴る前に自力で起きている。それなのに午前中は眠くなることが多い。電車で立っていても、膝がガクンと曲がるほどウトウトしてしまうこともあるし、パソコンの前で舟を漕いでしまうこともある。


我々の最も平凡な日常の生活が何であるかを最も深く掴むことに依って最も深い哲学が生れるのである

こういったのは西田幾多郎

私は日常を深く掴んでいるだろうか。

現在の日常生活は全体としては落ち着いているには落ち着いている。そうは言えるが、「日常を深く掴む」ほど高い意識を持って生活しているわけではない。その意味では日常を深く掴めてはいない。

むしろ私は、起伏のない日常に埋没することで、最も深く掴まなければならないものから目を逸らしている。そして目を逸らしている、という事実とも正面から向き合っていない。この問題は小さくない。

「日常を深く掴む」ことについて、真剣に考えてみなければならない。ちょうど1週間の夏休みに入ったところ。その間には2泊3日の「非日常」も体験する。

水平線を見つめて、何か、新しい考えを得られるだろうか。


日常生活:

入社後7ヶ月の日常生活  8.4.17

今月の日常  10.31.16

最近の日常生活  3.6.16

最近の日常生活  7.4.15

最近の日常  3.17.18


さくいん:西田幾多郎森有正