硝子の林檎の樹の下で 烏兎の庭 第四部
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2014年4月


4/6/2014/SUN

先週は忙しかった。本社から訪問者があり、関西で一泊、関東で一泊、火曜日から金曜日まで夕食は外。しばらくこういう状態が続く。連休までもつか?

まとまった時間を持ち、本を読んだり、考えたり、文章を書いたりすることができない。

今週、仕事の合間につぶやいた言葉を下に掲載しておく。つぶやくだけで終わらず、つぶやいた言葉から思索がはじまらなければならない。


自分が受けていた「体罰」と呼ばれるものが「不正な暴力」と気づいたとき、どんよりした虚脱感と、そのあと怒りよりも激しい罪悪感が込み上げてきた

見聞きしただけだけれども、カルト集団から脱洗脳された人がそんな気持ちになるらしい。


日経新聞や日経BPの記事を読んでいて、とても腹が立つことがある。ワークライフバランスとか残業短縮とか、いかにもものわかりの良さそうな記事を書く一方で、ことビジネスの成功談になると途端に「連続の徹夜」「休日返上」とか言い出す。

昨日の朝刊にあった電子版を宣伝する広告小説。

プレゼンの準備は連日、深夜に及んだ。先輩たちの力になれるよう、彩子も毎晩必死で食らいついた。

こんな職場では働きたくない


図書館に行ってみると、「閉架で眠っていた本」という棚が特設されていた。そこに1971年初版の高野悦子『二十歳の原点』(新潮社、1971)の単行本があった。やはり、今読む人はいないのだろう。それでも、この本を紹介したいと考えた図書館員はいる。

万人に薦められる本ではないけれども、忘れ去られてはほしくない一冊。


悩める若者はいつの時代にも変わらずにいるとしても、それを表現する方法は時代とともに移り変わっていく。それは仕方のないことであり、当然のことでもある。

それだからこそ、自分と自分の時代をすこし離れた場所から見るために、違う時代に生きた若者の言葉を聴くことには意味があるように思う。


4/20/2014/SUN

もう6年ほど、精神科に通院している。薬は増えても減らされたことがない。これでいいのか、と疑問に思うこともある。

もう病院も薬もいらないのではないか、と思うこともある。それは、回復したからというわけではない。そもそも自分の性格がこういうもので、薬でなんとかなるようなものではないと思うから。

最近は、「死んでしまいそう」と思うこともないし、心臓がバクバクするほど緊張することもない。しなければいけない(と思うこと)が多すぎて泣きわめくこともない。何とかやりくりできているように思う。


とはいえ、何も新しいこともせず、週末はほとんど寝込んでいることに変わりない

先週末は珍しく電車に乗って百貨店まで出かけた。靴を買うつもりでいたのに気に入ったものがなく、なにも買わずに帰り、徒労感だけが残った。ウィンドーショッピングさえ心から楽しむことができない。

一番快く思うのは、布団のなかにいる時。ラジオも聴かない。本も読まない。ただ、じっと眼を閉じている。たいていはいつの間にか眠ってしまう。何時間もただうずくまっていることもある。


職場の人や取引先で「精神科に通院している」と言ったら、どう思われるか。「まさか、あなたが」か「やっぱり、こいつは」か。

そんなことを気にしていること自体、病気なのかもしれない。「寛解状態」はまだまだ遠い


4/19/2014/SAT

高い服を着ていると贅沢と言われ、安い服を着ているとブラック企業を助けていると言われる。

新しい服を買わないでいると、消費しないと景気がよくならないと言われる。

「兎角、この世は生き辛い」。


4/25/2014/FRI

重機の世界——、高石賢一、東京書籍、2013

巨大重機の世界——地球を掘り、削り、運ぶ感覚、高石賢一、東京書籍、2014

一言で言うと、『タモリ倶楽部』っぽい本。好きなことについて本を作るのは楽しそう。

都会に住んでいると、鉱山で働く無人で動く巨大なダンプカーや、その荷台に山盛りの土を載せるパワーショベルを目にすることはない。

見たことのない巨大な機械は見る機会がないだけに見ているだけで面白い。

こういう図鑑は好き


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uto_midoriXyahoo.co.jp