日蓮宗妙厳山信隆寺(茅ヶ崎市) | トップへ |

日蓮宗

日蓮宗聖日

釈尊涅槃会

2月15日
釈尊(釈迦牟尼仏・ブッダ)がインドのクシナガラにおいて、80歳で涅槃(ニルバーナ)に入られた聖日。

宗祖降誕会

2月16日
宗祖日蓮聖人が、承久(じょうきゅう)4年(1222年)2月16日、千葉県小湊でお生まれになった聖日。 また、日蓮聖人がお生まれになった日には、庭先で泉が湧き出し、浜辺には白い蓮の花が咲き乱れ、深海の鯛が岸辺に群れ寄ってくるという不思議な現象が起こったといわれています。

釈尊降誕会

4月8日
釈尊が釈迦族の王子として、今からおよそ2500年前の4月8日、ネパールのルンビニー園でお生まれになった聖日。 一般的に「花まつり」という名称で親しまれ、全国的に甘茶を飲む習慣があります。

立教開宗会

4月28日
京畿遊学を終えた日蓮聖人が、建長(けんちょう)5年(1253年)4月28日、生まれ故郷である千葉県小湊の清澄寺で法華経の弘通を宣された聖日。

伊豆法難会

5月12日
日蓮聖人は、文応(ぶんおう)元年(1260年)、正しい教えに目覚めない鎌倉幕府に『立正安国論』を上呈します。弘長(こうちょう)元年(1261年)5月12日、日蓮聖人は反感を持つ者のざん言により、幕府によって捕らえられ、伊豆へ流罪となりました。

松葉ケ谷法難会

8月27日
『立正安国論』を上呈し、他宗の非を示したことで、日蓮聖人は命を狙われます。 文応元年(1260年)8月27日夜半、松葉谷の草庵に、聖人を憎む者が暴徒をさしむけ、草庵を焼き討ちしました。

龍ノ口法難会

9月12日
文永(ぶんえい)8年(1271年)、日蓮聖人が幕府や諸宗を批判したとして、聖人は幕府に捕らえられます。 捕らえられた当日の9月12日の夜半、ひそかに頸をはねてしまおうと龍ノ口の刑場に引き出されますが、にわかに雷鳴とどろき光り物が出現して難を免れたと伝えられています。

佐渡法難会

10月10日
龍ノ口での処刑を免れた後、文永8年(1271年)10月10日、日蓮聖人は佐渡流罪と定まり、愛弟子や信徒を気づかいながら佐渡へ流されました。赦免されるのは、それから3年後。聖人の予見した蒙古襲来を告げるフビライからの国書の到来によってでした。

宗祖お会式

10月13日
体の衰えと長年の弘通の疲れにより、身に病を得た日蓮聖人は弟子の勧めで常陸の国(茨城県)へ湯治療養に向かうため身延山を下りました。途中、病状が悪化し、弘安5年(1282年)、武蔵国(東京都)池上氏の邸で療養されますが、10月13日の朝8時半頃、60年に及ぶ波乱のご生涯を閉じられました。
現在、東京都大田区にある池上本門寺の宗祖御会式には、各地から多くの方が訪れています。

小松原法難会

11月11日
文永元年(1264年)11月11日、安房国小松原(千葉県鴨川市)で、念仏信仰者であった地頭の東条景信に襲撃され、弟子2人が殉死、2人が重傷、自らも左腕を折られ、眉間に三寸のきずを負われました。
現在、その時の傷が痛まないように、寒い季節には日蓮聖人像の頭に綿帽子を被せる習慣があります。

※上記の伊豆法難・松葉谷法難・龍口法難・小松原法難を合わせて、日蓮聖人の四大法難に数えられており、日蓮聖人の苦難の生涯を追想するために行います。

釈尊成道会

12月8日
お釈迦様がお悟りを開かれた日です。