日蓮宗妙厳山信隆寺(茅ヶ崎市) | トップへ |

合掌。毎年恒例!立春あけましておめでとうございます。
令和八年丙午一白水星年の始まりです。昨年は皆様にとって、どのような年でしたか? 私は色々とありましたが変わり目というか、少し年齢を感じることが多い年でした。これだけの規模のお寺を任されると言うことは光栄でありますが大変なこともたくさんあります。しかし、いつもいつも皆さまに支えられ、助けられ、無事に新年を迎えることができています。仏さま、そして皆さまのお陰さま様です。改修工事のご寄付も順調に集まりつつ、本堂の北側雨漏りの修繕、憧旛・瓔珞の修理、畳替え、地下の壁材のカビ取り交換クロス張り替え等、既に終了しました。まだまだ修繕の場所はたくさんありますが、順番に令和十三年の「日蓮聖人七五〇遠忌」までに整えたいと思います。
さて今年はどんな年になるのでしょうか?暮れの暦のお話しでも申し上げましたが、今年は水に関連する事象が多い年回りです。水害、雪害、逆説で火(熱・日照りなど)にも注意が必要です。そして乗り物の事故が起こりやすい年ですので、日頃、車を運転される方は安全運転で、出先の乗り物にも気を付けて下さい。方位は南北が凶方で特に北は大凶方です。転居はもちろん、不動産の購入や車の購入も避けたほうが無難です。うまい話や大きな契約にも気を付けて下さい。事が起こってからでは遅い、備えあれば憂いなしです。頭の隅っこに「北は注意」とメモして下さい。
メモと言えば、物忘れの多さに愕然としています・・・忘れてしまうのでメモを取るのですが、そのメモが何処にいったか分からない・・・当然何を書いたか覚えてない・・・大事なものを無くさないように大切にしまうのですが、何処にしまったか覚えてない。よくある話で眼鏡を探してたら頭の上にあったなんてありますが、先日、スマホのイヤフォン(コードレス)が無い無いと探してたらなんと耳についてました(笑)これには大爆笑です。と同時に大ショックでもありました。次から次へとアイデアを思い付き、ドンドンとこなしていた日々は遙か遠く、昨今は何か良いことを思いついた次の瞬間に、何を思いついたのかさえを忘れてしまう現象に悩まされています。もはや何に悩まされているのかも忘れてしまいそうな勢いです。それはそれで幸せかも知れません・・・
体のほうも昨年の強烈なぎっくり腰の後遺症でまだ節々が痛いことがありますが、大袈裟なことにはなっていませんし、とにかくこうして無事に新しい年を迎えられ、幸せです。新鮮な野菜を食べて、美味しいお酒を頂いて、調子が悪ければユンケル飲めば元気が出ます。なんとも有り難いことです・・・
物事は捉え方一つでいかようにも様相が変わります。角度や方向、見方、考え方で一つの物事を変化させて捉えることができます。
言い換えれば「人は心の持ちようで見えるものが変わる」そして、幸も不幸も自分で作りだすもので、特に幸せというものは、他人に与えられるものではなく、自分自身で手に入れるものです。自らの行いと考え方で「必ず手に入る」ものでもあるはずです。
今年もこれを念頭に「南無妙法蓮華経」と、お題目を唱えましょう。そうすれば必ず、心持ちが変わってきます。
「お題目を唱えると心が変る 心が変われば行動が変わる 行動が変われば習慣が変わる 習慣が変われば人格が変わる 人格が変われば縁が変わる 良い縁が巡ることで運命が変わる」
運命というのは運ばれてくる命運です。宿命は変えられずとも運命は変えることが出来る。正しい行いをし、自分の為でなく、「世のため人のため」に行動し、人に優しく生きていれば、自ずと良い運命に出会えることでしょう。自分の身に起こる全ての事は自分から発生された事で、巡り巡って自分の所へ帰ってきます。
私たちの心の中には地獄界から仏界まで十の世界が存在します。欲に満ちた行いは下位の六道にさまよい 六道輪廻となり、奉仕の心は上の世界の四聖の行い、仏に成る道への第一歩です。
「南無妙法蓮華経」と声に出して唱える。他の為になる行いをする。そして感謝感謝で日々を過ごせば自然と幸せは訪れます。
朝のお勤めで世界の平和と国土の安穏を祈り、お檀家さんのご先祖様に回向し、また、各家の家内安全とご家族さまの健康を祈念します。今年も皆さまのもとに多くの幸せが訪れますよう、楽しく笑顔で日々を送れますよう、お祈り申し上げます。
追記~雪が降ったので熱燗にしたいと思います。廣戸川の特純か賀茂金秀の燗、もしくは雄町の純吟か・・・松田の瀬戸酒造「酒田錦」これのとびきり燗でいきましょう。長ネギを焼いて醤油でね。
南無妙法蓮華経
どうしても「おたま」が気になったのでちょっと調べましたら「おたま」の正式名は「おたまじゃくし」なんだとか!おどろきました。知らなかったのは私だけでしょうか?それじゃあ、あのカエルの子はこの「おたまじゃくし」に似てるから、そう呼ばれているのか? だそうです・・・
物をすくう道具を「杓子」と言い、「おたま」の語源はその昔、お米は命の根源で「稲魂」と呼ばれており、米=稲の魂=御魂 それをすくう道具=御魂杓子(おたまじゃくし)となったそうな・・・諸説あり 「お多賀伝説参照」
少し、ネットで調べただけなので、本当に正しいか確証はありませんが凡そこのようなことらしいのです。しかし今は何でもネットで調べられるから(ウソもたくさんありますが)本当に便利です。昔は図書館で調べるのが当たり前でした。町の図書館では用が足らずに国立図書館まで通ったこともあります。今、還暦が見えてきた自分に、まだまだ知らないことがたくさんあることに驚きと喜びを感じつつ、衰えていく脳ミソに苛立ちを覚えながらも忘却曲線を見直して日々訓練をしなければと思うのです。