日蓮宗妙厳山信隆寺(茅ヶ崎市) | トップへ |
残暑・猛暑・酷暑の候。 茹だる様な暑さとはこういうものですか・・・ 体温を越える気温・・・ ここは日本ですか? 四〇度を超えてしまってはもはやインフルエンザ状態ですよ。 身体の細胞たちは大丈夫かしらん・・・ でも、しかたないですね、我々はそれと引き換えに便利な生活を手に入れたのですから。それでは原発も仕方なしですか? 一瞬にして誰も住めなくなる可能性がある原発。それだけに留まらず、燃料棒を未だに冷やし続けることによって排出され続ける汚染水。ものすごい量の汚染水が排出され続けている現状。大丈夫なのでしょうか? そんなわけありませんね。 いったいこれから先、あの場所はどうなってしまうのでしょうか? 川内原発が再稼働を始めましたが、犠牲と教訓を無視してまで必要なのでしょうか・・・
地震国日本には無い方が良いような気がします。 きっとあらゆるところに利権がからむから原発ゼロは不可能なのでしょう・・・ 沖縄問題も戦争もみんなそうです。人間は、なんて愚かなのでしょうか。 戦後七十年ということでテレビやラジオ、新聞、出版物とあちらこちらで戦争について話題にのぼります。そのことは良いことですね。七十年前に日本が戦争をしていたことすら知らない子供たちが実際に存在します。親は何をやっているのでしょうか。学校が教えれば良いとでも言うのでしょうか・・・大間違いですよね。物理とか数学とかならまだしも、「社会」なんて言うものは「大人全員が先生で、我々先生が他人を含めた全ての子供たちに日々の生活の中で教えていくもの」と、思っていなければならないはずです。もちろん全部の事柄を教えるなんて出来ません。ただ、普段から戦争や歴史、何につけても学んだり考えたりする姿勢が必要ではないかと思うわけです。そうでないと、「テレビで言ってた」とか「教科書に書いてあった」とか「本にこう書いてあった」「新聞はこう言ってる」などとメディアに流されてしまうからです。視聴率だったり、お偉いさんの意向だったり、全く個人の考えの押しつけだったりするものに右往左往してしまいます。新聞は各紙によって伝え方が全然違いますから面白い(恐い)です。「仮称A紙」「仮称S紙」は右手と左手などと言ったら怒られますか? 社風ですからそれぞれの方向性 右の方へ・・・左の方へ・・・あると思います。色々です。 受ける側さえしっかり認識していれば問題はないのです。「右手と左手を合わせて幸せ~」です。
ただし・・・そうでない場合はとても恐いことになります。情報操作などとは言いませんが、戦争については傾かないようにしっかりと見つめていかなければならないと思います。過去の情報操作で日本人が日本を嫌いになってしまったのは悲しいことです。世界で一番、自国を愛せない国。悲しいとは思いませんか? パラオの人が日本を好きでいてくれて、国旗を愛しているのに、日本人はなぜに国旗を愛さず、国家を歌わないのだろう・・・
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム 自虐史観 靖国問題 沖縄問題 南京 慰安婦 捏造 白人東亜侵略 植民地 広島・長崎原爆 まだまだ沢山の事柄がありますが、皆、繋がっているのです。個々に取り上げれば歪が大きくなるだけで何の解決にもなりません。戦争に一善もなし。誰が良い悪いでもなく、みんなが悪い。みんながお互いに謝るべきではないのでしょうか・・・そしてお互いに敬い合い、全ての人々の心に仏様を見出さなければ本当の平和は訪れることはないでしょう。人間の欲望は留まることを知りません・・・ お釈迦様はそのことを知っていたのですね。だから欲が生み出す苦しみを説いて人々を救済しようとしたのです。
お釈迦様が人々を苦しみから救おうとした教え「妙法蓮華経」=「法華経」
妙法蓮華経序品第一
「如是我聞・・・」と始まります。「是の如くを我れは聞きけり・・・」お釈迦様の十大弟子の一人多聞第一の阿難の言葉です。阿難がお釈迦様の教えをこのように聞いたのですという形で始まります。王舎城の霊鷲山で説かれたとあり、下は地獄の世界から仏・菩薩までのありとあらゆる者たちがそこに集まったとされます。そして瞑想されたお釈迦さまから光が発せられ、不可思議な光景があちらこちらに映し出されたのです。それはまさしく「法華経」が説かれる前兆であり、過去にも何度となくこの前兆が起こり、そして「法華経」が説かれてきたという悠久な時間軸と広大な宇宙観が示されるのです。序品では弥勒菩薩が文殊師利菩薩に問う形で文章が構成されます。文殊は「妙光菩薩」、弥勒は「求名(ぐみょう」」という名で出現します。「求名」は自己の利益に執着し、利益や名声ばかりを求める者という意味で、求名と名づけられたのでした。それでも少しずつ人の為になることをやり続け多くの善い行いをし、数えきれないほど多くの仏に仕えてきましたので後世には弥勒菩薩となり、ゆくゆくはこの世を救う仏になるのです。
序品ではまだ、お釈迦様の言葉は発せられません。 方便品に続く・・・
南無妙法蓮華経