神代植物公園のパンパスグラス

トラウマは心的外傷と訳されるけれど、その症状は精神面にだけ現れるのではない。身体的な症状も現れる。つまり、「心的外傷」は「身体的外傷」でもある。このことは『身体はトラウマを記録する - 脳・心・体のつながりと回復のための手法』(Bassel van der Kolk)や、ちょうど先週、感想を書いただ『トラウマにふれる―心的外傷の身体論的転回』(宮地尚子)でも指摘されていた。

フラッシュバック希死念慮だけではなく、肩こり、腰痛、頭痛などもトラウマの症状。こうした症状はうつ病でも出る。経験上、知っている。

トラウマの治療について興味深い一文がエピグラフとして掲げられている。

PTSD治療の目標は、人が<過去>に属する的外れな要求に従って感じたり行動したりすることなく、<現在>に生きるよう、手助けをすることである。
(第1章 体を取り戻す)

この文はハーマンの『心的外傷と回復』を締め括る「ここにその人の回復は完成し、その人の前に横たわるものはすべて、ただその人の生活のみとなる。」という一文と同じことを述べている。「平凡な日常生活を送る」という、簡単で、当たり前のようなことがトラウマ患者にはとても難しいものらしい。

では、トラウマの身体的症状をどのように治療するか。著者はヨガ(本書ではヨーガ)を強く推奨する。トラウマとは「過去との歪な関係」と言い換えてもいいだろう。

本書は患者を治療・支援する人向けの専門書なので文章は読みやすくはない。もっとも、著者の主張は明快。表紙の裏に書かれている4点にまとめられる。ヨガ自体がこれらの効果を持っていて、ヨガを続けることで、こうした体験が増えていくと想定されている。

  • <今この瞬間>を経験する
  • 選択する
  • 有効な行動をとる
  • リズムをつくる

<今この瞬間>という言葉にはマインドフルネスの考え方も含まれている。

トラウマ治療に特化したと言いつつ、列挙されているヨガの呼吸法やポーズは格別変わったものではない。大切なことは、ゆったりとした気持ちでヨガを行うことが心身をリラックスさせる効果があるということ。それはトラウマ患者だけではなく、日常のしがらみで硬直している現代人誰にとっても有益だろう。

トラウマというほどではないにしても、過去に囚われていて歪んだ関係を持っている一面が私にはある。在宅勤務の合間にしているヨガがそうした過去のしがらみを解きほぐすことに役立つならば、非常にありがたい。ポーズのレパートリーを増やすことも楽しみになる。

私の場合は、心に深い傷を負ってはいるものの、生活を脅かされているわけではないから、トラウマとは呼ばない。

本書を読んで、あらためてアメリカでトラウマ患者の数が非常に多いことに驚く。女性の1/5近くと、男性の33人に一人が、人生のどこかの時期にレイプされるか、その未遂に遭遇しているという。日本の正確な統計は知らないけれど、ここまで深刻ではないだろう。

トラウマ治療やグリーフケアの専門書はアメリカの本からの翻訳が多い。それだけアメリカでは事態が深刻になっていることを示している。ケアが充実している、というよりは、ケアが必要な事態が多いというのが実情ではないだろうか。

もっとも、そうした本が数多く翻訳されているということは、日本でも事態が深刻化していることを示しているのだろう。


さくいん:宮地尚子うつ病日常アメリカ