最後の手紙

烏兎の庭 - jardin dans le coeur

第五部

公園の夕暮れ

2/16/2016/TUE

四年変組 (ものがたりの庭)、季巳明代文、こみねゆら絵、フレーベル館、2015

しらゆきひめ、矢川澄子再話、こみねゆら絵、教育画劇。2001

ふと、こみねゆらの絵が見たくなり、図書館で近著を探した。

見つけたのは、小学生中学年向けの物語。書名の通り、つかみどころのない「ヘンな」な話だった。といっても、つまらなかったわけではない。むしろ、一気に読み進めたい面白さがある。文章のリズムがスキップしているようで楽しい。

登場人物が多いので、こみねゆらの絵も堪能できる。

テレビの街頭インタビューで聞く、いまの若者や子どもが使う言葉遣いを使っているけれども、媚びたところはない。


余談。児童書に新しい言葉遣いを入れることにどうしても違和感を感じる。梨木香歩『裏庭』の「スローモー」(スローモーションのこと)や末吉暁子『雨ふり花 さいた』の「クリアできそうな気がする」という文が、どうしても受け入れられない。


自分の子どもは高校生になっているので、イマドキの小学生の様子はわからない。それでも、子どもが小さかった頃や、自分の小学生時代を思い出してみると、この物語はまったくのファンタジーでもナンセンスでもなく、非常に「リアル」な物語であることがわかる。

誰もが一度や二度、持ちそうな悩みや事件を、さりげなく、面白く、そして温かい眼差しで見ている。

物語は、「四年変組」の生徒一人ずつが主人公になる短編の連作。各話が伏線となり、最後に大団円になる。

読後感がとても心地よい。


こみねゆらが挿絵を書いている作品で、私が読んできた本は、どれにも死の影がある。

『雨ふり花 さいた』『星に帰った少女』『さくら子のたんじょうび』『つきよはうれしい』も。

『白いねこ』『シンデレラ』と『しらゆきひめ』もそう。

陽気な話の『四年変組』でさえ、死別や「死にたい気持ち」、いわゆる希死念慮がカギになっている話がある。小学生中学年になれば、「死」について考える子もいるだろう。身近な生命の死を経験したり、「この世界」から逃げ出したいような気持ちになったりすれば、なおさら。

これは偶然だろうか。私の思い込みだろうか。しらゆきひめも、透けるような肌の白さが薄幸な印象を与えている。

死の影、といっても、不思議と暗い闇のようなものではない。こみねゆらの画には、甘く切なく、なつかしさが広がる。


『雨ふり花 さいた』『星に帰った少女』も借りてきた。この季節になると読み返したくなる。


さくいんこみねゆら矢川澄子