硝子の林檎の樹の下で 烏兎の庭 第四部
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2011年8月


8/13/2011/SAT

先月、FacebookとLinkedinのアカウントを停止した。サービスの解除をしたときには衝動的な行動に思えた。でも、しばらくたってみると、行動そのものは衝動的であっても、実はいわゆるSNSに対して嫌悪感のようなものを感じていたことに気づいた。

つまり、辞めたことには、それなりの理由が、少なくとも自分のなかにはあったように思われてきた。

Facebookは実名登録が必須。登録した人が互いの近況を知らせあうことができる。登録をしたうえで、学校や会社などこれまで属した組織から古い友だちを探し出すことができる。私が使っていたのは主に後者の機能。それはそれで楽しい体験ではあった。

ところが、登録した「友だち」が増えるにつれて、私にはFacebookが使いにくい道具に思えてきた。


私に友人の数はそう多くない。それでも、友人と呼べる人たちは、いろいろなところで出会い、それぞれ異なる付き合い方をしている。ほとんど「思い出話」しかしない古い友だちもいれば、いま取り組んでいる仕事について話し合う友だちもいる。

私にはいくつもの顔がある。家族に見せる顔、幼馴染に見せる顔、学生時代の友人、社会人になってから知り合った人に見せる顔。それらは少しずつ違う。だから私の友人、といっても、私は彼ら一人一人にすべてを見せているわけではないし、そういうことは実際できない。

たとえば、ずっと首都圏で育った私であっても、中学時代の友人と話すときには、いま仕事で使っている言葉遣いとは少し違った感じになる。方言というよりは、年齢が若いころに戻ったような、それこそ「厨房」に戻った話し方になる。社会人になってからは何度も転職している。それぞれの会社で、年齢や役職、周囲の雰囲気も違っていたから、話し方や話す内容も相手によって違ってくる。

意識してそうしているわけではない。相手によって、コミュニケーションのスタイルは変わってくる。これはむしろ自然なことだろう


Facebookでは自分のページを一枚もらえる。そこに私が「友だち」と認めて招待した人はみんなやってくる。これまでそれぞれ違った付き合い方をしてきた人々が誰でも私のページを見たり、書き込んだりできる。そうするとと、どんな話題で、どんな言葉遣いをすればいいのか、わからなくなってくる。

相手によって話題や言葉遣いが変わることは、無意識的である場合だけでなく、意識的にそうすることも、もちろんある。結婚していない友だちや、欲しくても子どもを授かっていない友だちに家族の話はあまりしない。失業中の友達に仕事の話はしない。

ところがFacebookでは、そんな風に相手によって話題や言葉遣いを使い分けるということができない。それどころか、私の友人は、私が別の友人とどんな話をしているのか、どんな風に話しているのか、知ることになる。

そこから、いままで知らなかった一面を知る、ということも確かにあるだろう。でも、私には、Facebookを続けていると、「Facebook上の自分」が肥大化していくように感じられて怖くなってきた。「Facebook上の自分」は、これまで相手によって違っていた自分のいろいろな面が捨象され、誰にでも見せられる「平均化された自分」になっていく。


Linkedinでは、また別の困ったことがある。Linkedinは職歴に絞って見せている。そのおかげで、前に一緒に働いていた人と、二人ともその会社を離れてしまっていたのに、Linkedinを通じて再会できたこともある。それは確かにうれしい出来事だった。

こういう体験は稀。Linkedin経由で送られてくるメールはほとんどヘッドハンティング。もともとそれを目的にしてはじまったウェブ・サービスなのだから、それに文句をつけても仕方ない。とはいえ、こちらは学歴から職歴まで公開しているわけだから、向こうはあらかじめ値踏みをしてから連絡をとろうとしてきている。それが、なんとなく薄気味悪い。


いまの会社を辞めなければならなくなったら、あるいは、そういう藁をも掴みたいような事態になったら、また登録するかもしれない。ほかの人たちは「備え」として登録しているのだろう。幸い、いまのところそういう気配はない私はしばらく無防備なままでいたい


8/27/2011/SAT

すっかり削除したつもりが、Facebookはなくなっているのに、Linkedinは登録が残っていた。

考えてみれば、いまの会社もいつどうなってもおかしくないので、職業上、有用にみえるLinkedinはそのまま残すことにした。

そう考えたちょうどその日に、嫌な感じの噂を耳にした。いま働いている会社は入ってまだ2年半その前は2年で整理解雇、その前は7年いて倒産した

噂だけではない。根拠のある嫌な話も聞こえはじめている。

今度は、と思ったんだけどな

これは、中島みゆき「ミルク32」(『愛していると云ってくれ』(1978)の一節。あちらは恋の話、こちらは仕事の話。まるで違うけれども、あやしい噂を耳にしてふとこの歌が聴こえてきた。

この歌をはじめて聴いたのは中学3年生の頃だったか。32才というのは、「もう32」と思うような齢なのか。あの頃、そんな風に想像していた年齢をもう十年も過ぎてしまった。そして、いまだに一つ所で仕事が続かない。

僕は一寸職業を探して来る

これは夏目漱石『それから』(1909)の最後にあった言葉。この小説を読んだのも中学三年生のころ。なぜかずっと忘れずにいる。

やれやれ、また「職業を探してくる」か。

将来のことを考えるとうんざりした気持ちになる。昔のことを思い出したところで、いい気持ちになるというわけではないけれど。


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