丸山眞男の時代 大学・知識人・ジャーナリズム、竹内洋、中公新書、2005


学歴や大学など教養をめぐる社会の変遷を研究してきた社会学者丸山眞男論。著者、竹内洋の著書は、これまで何冊か読んでいる。そのいずれにも丸山は登場した。それらの著作と比べると、本書での丸山への評価はだいぶ変化している。一読して、まずその変わりように驚いた。

竹内の丸山観はつねに否定的だった。すぐれた思想史研究者であり、同時に同時代のオピニオンリーダーであったことは認めながらも、そのような存在じたいが、教育の大衆化した戦後社会のなかでは、遅れてきた旧時代の遺物のようにみなされていた。本書のもとになった雑誌記事もたまたま目にしていた。そこでは、丸山は激しい大衆運動に怯える知識人として描かれ、教養人、大学人としての輝かしいイメージを崩すことを狙うような筆致だった。

本書では、丸山はさほど否定的に扱われていない。とはいえ、翻って全肯定や積極的な擁護になっているわけでもない。これまでの著作に残っていた感情的な表現はなくなり、本書では冷静な分析が続く。


副題にある大学、知識人、ジャーナリズムという知的営為の場が、戦前、戦後、そして安保以後、どのように変化したかをたどりながら、知の巨人という肯定的なイメージ、旧時代の遺物という否定的なイメージ、いずれかに傾きがちな丸山眞男の虚像は解体される。同時に竹内がこれまでこだわってきた「教養」という概念が、それらの場をどのように支え、やがて、それらを取り持っていた微妙な均衡をどうようにして崩してきたかが浮き彫りにされる。

浮き彫りにされたもの、すなわち、時代背景や個人の資質をすべて剥ぎとったあとに残る、丸山眞男という一人の人間について、竹内は直接の評価を下さない。読み手にも安直な評価をさせないように、人物像はどこまでも両面的。社会学が目指す価値中立とはこういうことなのか。

戦前に極右運動を体験した丸山は日本の大衆に失望し、戦後の民主化で大衆に期待を寄せながらも、安保闘争を通じて再び大衆に失望した。ところが、丸山は表向き大衆に失望しながら、自分の学問的洞察が正しかったことを確認して満足してもいたのではないかと竹内は推察する。研究者は、そこまで冷静になれるものなのか。


竹内は、丸山眞男という人物に、一方では時代の流れで生れた偶像とみながら、他方では、その時代の流れに逆らう一人の研究者を見る。結語ではやや控えめに書かれているけれども、タレント文化人と知識人と両方を丸山に見ていることは間違いない。

感情的な拒絶、いわゆる食わず嫌いの第一印象から、没入してその人物を知り抜いてみると、先入観ではわからなかったその人物の奥底が見えてくる。竹内がたどった丸山眞男の観察は、丸山がたどった福沢諭吉の研究に似ている。そして、私の丸山眞男に対する見方の変遷についても、同じことが言える。

今でこそ、丸山を非難する文章にはむきになって反論するけれど、長い間私にとって丸山眞男は、小林秀雄もそうだったように、入試に文章が出る嫌味な教養主義者でしかなかった。

何年か前に『日本の思想』をはじめとする文章を精読することを一年間続けた。このあと、私の丸山観はぐるりと変わった。日本語の文章は多く巻物にすぎない。前から後へ時間は一方的に流れ、立体的な構成もない。ところが丸山の文章は、違う。そう、教えられた。一つの言葉は次々と言い換えられ、意味を積み重ねて概念化される。そして概念は論考の屋根を支える柱になる。

その後、その論述の鮮やかさから私のなかで偶像化しそうになった丸山眞男は、竹内の「教養」や学歴の研究を通じてだいぶ相対化されてきた。感情を排して、時代という舞台に人物像を静かに浮かび上がらせる本書は、私の丸山像にさらに奥行きを与えたように思う。


丸山眞男は、大学で研究する専門家、社会に積極的に発言するジャーナリスト、ないしはオピニオン・リーダー、そして、それらの業績から社会的に尊敬される教養人、知識人という三者の性質をあわせもっていた。これら三つの「場」には、時代が作った微妙な均衡があった。その不安定な均衡に、丸山はどれほど自覚があっただろうか。

もう少し具体的に書けば、研究者として思想の古層を問うときの「日本」と、憲法擁護を主張するときの「日本」、さらに異なる分野の人間とのややくだけた対談で一般的な文脈で使われる「日本」のあいだに、彼は明確な差異を自覚していたようには感じられない。むしろ、1945年8月15日という一点を基点にして、古事記から政策論、学生気風まで語ってしまっているように感じる

確かに、発言する場所や、そこでの自分の立ち位置を丸山は意識していたかもしれない。とはいえ、立場を意識しながら発言することは、立場によって概念の使い方や発言の含意まで変えることになりかねない。求められて発言する機会が増えるほど、そうした意図しない変奏は増える。

没後、すべての発言や文章を見渡すと、それらのあいだには驚くほどの乖離が見られる。時事的な問題では、むしろ本質を見誤ることさえあったことは、水谷三公『丸山眞男――ある時代の肖像』(ちくま新書、2004)で読んだ


丸山は論壇で活躍することに慎重で、総合雑誌への寄稿も実はそれほど多くはなかったと竹内は指摘している。論文や対談を発表した出版社も限られていて、メディアで八方美人だったわけではない。

ここでも、知識人の極限とタレント文化人の原型の両者を見ることができる。本人が慎重であっても、話題となった論文は毀誉褒貶、誤解曲解をまといながら一人歩きをする。求められて修正、補足をしようとしても、さらに一人歩きして、本人がはじめに抱いていた考えとの溝は広がる。

それを、受け手の側の問題ばかりにすることはできない。例えば、メディアで活躍した人よりも、世の中でまったく脚光を浴びず、発表もされなかった原稿が死後に見つかったような人のほうが、思想の一貫性を見出すことは容易だろう。

現代は、直接的な対人関係や狭い専門分野での濃密な交流を圧倒的に凌駕する力をメディアを持ってしまった時代。そのような時代にあって、評価されながら生きる難しさについて、本書は教えてくれる。もちろん、受け手である方が多い私は、メディアがつくる幻影のなかで一人の人間を見極める難しさも痛感する。


ところで、本書で奥行きを与えられているのは丸山だけではない。本書のもう一人の主役、戦前の民間右翼活動家の蓑田胸喜も、単なる狂信的な日本主義者と切り捨てられてはいない。竹内の分析を通じて、蓑田の運動について二つの点を興味深く感じた。

一つめは、全体主義の体制は結局のところ、左翼はもちろん、方向性を同じくする右翼であっても、民間の運動は封じこめた点。むしろ、方向性が同じなぶん、全体主義の体制ができあがる過程でこそ利用しても、体制が完成した後では反対した人々より簡単に排除された。全体主義にあっては、当局の指示だけが正統であり、たとえ同じ方向性でも、異なる方法や速度は許されない。

日本のファシズムは、軍部や政府を中心に推進されたと思いがち。その理由は、民間右翼運動が、ファシズムを補助する下位組織としかみなされず、それに対抗しようとした運動とは認識されなかったことにある。

全体主義にあっては、当局の指示だけが正統であり、たとえ同じ方向性でも、異なる方法や速度は許されない。その意味では、在野のナショナリズムにとってほんとうの敵は、コスモポリタニズム自虐史観ではなく、愛国心を人心操作に利用することしか頭にない人々かもしれない。

帝国大学を恐怖に陥れた蓑田さえ恐れたさらに強い力は何だったのか。本書は蓑田の慨嘆以上は触れていないけれども、興味が残る。

もう一つは、蓑田の運動が思想や政策だけでなく、生活、肉体、精神の改革をともなっていたこと。彼らは左翼学者を攻撃する一方、自分たちにも厳しい修練を課していたらしい。ここから分かることは、自己鍛錬は極端な原理主義に陥る可能性もあること。つまり、精神の修養、つまり教養には結びつかないかもしれないということ。


前著『教養主義の没落――変わりゆくエリート学生文化』(中公新書、2003)の最後で、知識の獲得や世俗的な上昇志向にとらわれた従来の「教養」に対して、「じゃまをする教養」という提起を竹内はしていた。彼が批判の対象としてきた教養主義に対する対案としては魅力的かもしれないと読後には感じた。

しかし、その後わずかな間に、世の中は上昇志向ではなく、無気力、無関心の下流志向を懸念するようになっている。そこでは、教養は何をじゃますればいいのか。働くこと、よりよい生活さえ拒む生き方を邪魔するのか、それとも、そう思う人々を鼓舞する新たな上昇志向を邪魔するのか。

邪魔をする程度も難しい。上昇志向を邪魔するものが教養としても、それではどこまでブレーキを踏めばいいのか。恵まれた境遇を投げ打ち、隠棲することが邪魔すると言えるか。反対に、無気力や堕落に対して邪魔をするにしても、極右運動の例のように、厳しい自己鍛錬は必ずしも教養に結びつかない。

邪魔をする、とひと言に言っても、その内実や程度は各人、それぞれの場面によって異なる。邪魔をする教養さえも、邪魔をする考えを持っていなければならない。つまり、「じゃまをする教養」という言葉によってさえ定式化することができない流動性を教養という概念をもっているのかもしれない。


教養を定義することは、むずかしい。複雑な関係の同時代の「場」の中で一人の人間を評価することもむずかしい。せいぜいできることは、「場」の関係を分析して、一人が生きた道筋を明らかにすること。他人を評価する前に、自分を分析してみてはどうだろう。竹内が丸山眞男を対象に行ったような冷徹な分析。

それを困難に思う人は、それより困難な他人の評価はきっとできない。


さくいん:丸山眞男竹内洋