江戸東京探訪シリーズ 江戸幕府以前の江戸       

1 江戸重継と江戸城の前身 2 江戸という地名 【参考】
江戸氏の系図
荒川の開発史
3 鎌倉時代と秩父一族 4 鎌倉末期と楠木正成
5 室町時代と道灌の誕生 6 太田道灌の江戸城
7 戦国時代から安土桃山時代 8 家康の江戸の町作り


 江戸という地名   
重継 が治めた地域はもともと 江戸 と呼ばれていました。 そのため、重継も江戸氏と呼ばれ、自らも 江戸重継 と名乗ったわけです。

入り江の戸 江戸という地名は古く、鎌倉時代や平安時代以前から存在していたと思われます。 しかし、地名の由来は定かでなく、今も諸説入り乱れています。
たとえば、当時は今の日比谷あたりまで海が迫り、入り江が入り込んでいたので、 入り江の入り口、すなわち 入り江の戸 にあたるということで江戸と呼ばれるようになったという説があります。
また、アイヌ語の 「エトゥ」 から来たという説もあります。 エトゥとは岬を意味するアイヌ語ですが、 昔の地図を見ると、江戸の重要な位置を占めるところに 江戸前島 という半島があります。 この江戸前島は、家康が大規模な湾岸の埋立工事をするまで、半島として存在していました。

その他にもいろいろな説があるようですが、実のところ何が正しいか分かりません。

ところで、日本にはアイヌ語を語源とする地名が到るところにあるようです。
アテルイ坂上田村麻呂 平安時代初期 延暦16年(797)に 坂上田村麻呂 が陸奥(みちのく)の 蝦夷(えみし) 討伐を行っていますから、 この当時少なくとも東北地方には蝦夷が住んでいたということです。 ただし、現代のアイヌ人と同じかどうかはわかりません。当時その地域に住んでいた土着の一族がすべて蝦夷だったのかもしれません。
なお、アイヌ語から江戸の地名が生まれたとする説をとるならば、大昔には江戸にも蝦夷が住んでいたことになります。 これについても、大昔には時の朝廷の管轄外であった関東地方の土着の人々も蝦夷ということになるのかもしれません。