世田谷区喜多見

氷川神社

神社の施設 他

  • 鳥居について教えてください

    • 「鳥居」は神社の象徴となっていますが、これは神社の入り口に建つ一種の門であり、神さまの聖域と人間世界との境界を示したものだといわれています。
      大きな神社では、たいがい二つ以上の鳥居がありますが、その場合は外側にある鳥居から一の鳥居・二の鳥居・三の鳥居と呼んでいます。
      鳥居の起源については、よくわかってはいませんが、一説によると天照大御神(あまてらすおおみかみ)が岩戸隠れのとき、鶏(常世(とこよ)の長鳴鳥(ながなきどり))を止まり木にとまらせて鳴かせたところ、それによって大御神が岩戸から出てこられたことから、以後神前には鶏の止まり木をつくるようになり、それが鳥居になったといわれています。 また、語源については、「通り入る」とか「鶏居(とりい)」という言葉が転化したものといわれています。
      普通、鳥居の構造は、二本の柱と柱の上に乗せた「笠木(かさぎ)」、その下に水平に通された「貫(ぬき)」という柱から成っています。
  • 参道(さんどう)を通るときの心得について教えてください

    • 鳥居をくぐり抜けると、社殿まで続く道があります。この道を「参道」といいます。文字どおり参道とは「お参りする道」で、神さまの鎮まる所と人とを結びつける大切な道です。たとえ、わずかな距離にすぎない参道であったとしても、神さまの鎮まる所へ一歩一歩近づくわけてすから、敬虔(けいけん)な気持ちで進むようにしましょう。なお、鳥居をくぐるときには軽くお辞儀(おじぎ)をするのがよいとされています。
      それから、参道の中央は「正中(せいちゅう)」といわれ、神さまの通り道とされているので、そこをなるべく歩かないようにするのが、神さまに対する礼儀といえるでしょう。
  • 狛犬(こまいぬ)は外来のものと聞きましたが本当ですか

    • 「狛犬」は「高麗犬」「胡麻太」とも書き、神社の入り口や拝殿の前などに置かれている守護と装飾を兼ねた一対の獣形像のことをいいます。 狛犬の原形はオリエント、インドにおけるライオン像で、それが中国、朝鮮(高麗国(こまのくに))を経て渡来しました。それ故「高麗犬(こまいぬ)・胡麻犬(こまいぬ)」とも書きます。渡来当初は宮殿内の几帳や屏風などの揺れを防ぐ鎮子(ちんす)」(重し)として用いられていましたが、次第に社寺でも用いられるようになりました。沖縄県では「シーザー」といわれる獅子が、各家の屋根に魔除として置かれていますが、神社の狛犬も同様に、守護と魔除のために置かれています。
      一般的に狛犬は、二匹で一対になっていて、社殿に向かって右側の阿形(あぎょう)(口を開ける)は侵入する魔に対しての攻撃を、左の吽形(うんぎょう)(口を閉じる)は防御の形ともいわれており、「阿吽(あうん)」を表しています。雄雌の別はありません しかし、一対とも口を開けていたり、閉じていたり、後ろ足で立っていたりする狛犬もあり、その形は実に多様です。
  • 賽銭の意味について

    • 賽銭とは元来、神仏に祈願成就のお礼として奉った金銭のことをいいました。それが転じて、参拝のときに奉る幣帛(へいはく)(神に奉献する物)の代わりとしての金銭を意味するようになりました。つまり、賽銭は供え物の一種なのです。金銭が流通するようになる以前には、参拝者は(金銭に相当するものとして)米を紙に包んで奉っていました。今でもその名残として、米の代わりに金銭を紙に包んで賽銭箱に入れる人もいます。
  • 注連縄(しめなわ)・紙垂(しで)にはどういう意味があるのですか

    • 「注連縄」は七五三縄(しめなわ)」とも書き、天照大神が天岩戸から出られたとに天岩戸の前に引き渡した縄の故事によるものです。神社や神棚などに見られるように、神聖な区域に懸け渡し、内と外を隔てて、不浄にふれさせないために用いられるものです。
      つまり、ここが特別な場所であることを、人々に明示するためであります。ですから、紙垂(しで)を垂らすというのも、注連縄を目立たせて、縄の所在をはっきりさせる目印なのです。
      注連縄は、その形状によって大根注連(だいこんじめ)、牛蒡注連(ごぼうじめ)といった種紙垂類がありますが、いずれも新しい藁(わら)で左綯(ひだりない)にして作ります。
      神棚に取りつける際には向かって右に太い方、左に細い方が来るようにして、これに紙垂を四垂(よたれ)はさみ込んでください。
      紙垂(しで)とは、紙を、4垂れにし注連縄(しめなわ)等に付けているものです。四手・四垂とも書き、もとは木綿・麻などを用いていましたが後に、紙に変わりました。
  • 榊(さかき)の語源につて説明してください

    • 「榊」は暖地の山林に自生するツバキ科の常緑樹です。神社でのお祭りはもちろんのこと、神棚にも榊は欠かせません。字を見てもわかるとおり、榊は「神」と「木」を合わせた字ですから、神さまに関わりがある木ということになります。
      榊の語源については諸説あり、神さまの聖域と人間世界との「堺」を示すための木、つまり「境木」(さかいき)が転じたという説や、「栄木」(さかき)あるいは神聖な木を意味する「賢木」(さかき)が転じたとする説があります。地方によっては榊が生育しない所があるので、その地方では同じ常緑樹である杉・樅(もみ)・樫(かし)などを代わりに使っています。榊は紙垂(しで)を付けて玉串にしたり、神さまの依代(よりしろ)とする他に、神さまの宿る所としての神離(ひもろぎ)に使われたりしています。このように、一年中常に青々とした緑を保つ常緑樹の枝が使用されるのは、それが神さまの、尽きることのない恩恵の証とされるからです。
  • 黒白の幕をお祭りに使うこともあるのですか

    • 平安時代から、幕は遮蔽(しゃへい)用に使用されていたようで、かつては縦縫のものを「幔」(まん)、横縫のものを「幕」と称して区別していました。しかし、実際には幕と幔とは混同されていたようです。
      現在でも、野外における行事や式典の際には、その場に幕が張られているのを見かけます。この幕の色については、黒白の幕(鯨幕)(くじらまく)は、近年凶事にも使用されるので、凶事用と思われがちですが、礼服の色からも理解出来るように、黒は高位の色であり尊重され、神事では古くから白黒の鯨幕が使用されています。
      ちなみに、凶事の色というのは鈍色(にぶいろ)(薄墨色)です。
  • 神輿について教えてください

    • 「神輿」を音読みして「シンヨ」ともいいます。神輿は、祭礼にあたり神幸祭(しんこうさい)(多くの場合、年一回の例祭後あるいは祭礼中に行われる)に際して、御神体あるいは御霊代(みたましろ)がお乗りになる輿(こし)のことをいいます。
      神幸とは、御神体が本社から御旅所(おたびしょ)(神幸の中継地および目的地となる所、本社や御祭神に由緒のある場所が選ばれる)に渡御(とぎょ)することをいいます。このとき、氏子たちが神輿をかついで各地区を練り歩きますが、そうすることで神さまに各地区をご覧いただくのです。神幸の途中、神輿を上下左右に振り動かしたりして、わざと荒々しく扱うことがあります。これは神輿に坐す神さまの「魂振(たまふ)り」で、これにより神さまの霊威を高め、豊作や豊漁、疫病の退散がなると信仰されているのです。また、海や川に神輿を入れることもありますが、この場合は一種の禊(みそぎ)神事と考えられています。
  • 神鏡(しんきょう)について教えて下さい

    • 天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の天孫降臨(てんそんこうりん)(瓊瓊杵尊が葦原中国(あしはらのなかつくに)、すなわち日本列島に降臨すること)に際して、三種の神器(しんき)(八咫鏡(やたのかがみ)・天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)・八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)を授けました。このとき天照大御神は、三種の神器のうちの八咫鏡について、次のような神勅(しんちょく)を下されています。
      『古事記』には「此れの鏡は専ら我が御魂として、吾が前を拝(いつ)くがごとく、斎(いつ)き奉れ」、また『日本書紀』には「吾が児(みこ)、此の宝鏡(たからのかがみ)を視まさむこと、まさに吾を視るがごとくすべし」と記述されています。これらの神勅に、神鏡の起源を求めることができるでしょう。
      形象を写す鏡は、中国では、「鏡」を「鑑」とも書き、古くから神秘的なものとされ、祭祀における御霊代、さらには神社の御神体として崇められました。『日本書紀』から引用した神勅の中に「吾を視るがごとくすべし」とありますが、これは神さまのお姿は目に見えないが、この鏡を神さま自身と思って見よということなのです。つまり物理的な視力で見るのではなく、心眼をしかと見開いて見よということなのです。

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