最後の手紙

烏兎の庭 - jardin dans le coeur

第五部

捨てられた黒板

9/6/2015/SUN

私の「戦後70年談話」、岩波書店編、岩波書店、2015


私の「戦後70年談話」

読んで面白かった本の感想文を書こうと思っている。小林秀雄は「褒める文章が最高の批評」と書いた。つまらなかった本や、腹立たしく思った本については書かないようにしている。

それでもときどき、読後の立腹を整理するために文章を書くこともある

これから書く感想も、苛立ちの理由を整理するために書くもの。

本書は、内閣が8月14日に「70年談話」を発表する前に、戦後70年への思いを著名人41人から集めたもの。各人に首相になったつもりで書いてもらったものではない。

読み終えたあと、正直なところ、がっかりした。著名な人が数多く寄稿しているので期待が大きかった分、失望は大きかった。

また、政府の談話が予想よりも周到に準備された無難なもので、中国や韓国が激しい非難を回避したことも、同じお題で書かれた本書所収の文章への残念な気持ちを増幅させた。


不満は二つある。

一つ目。集められた「談話」に一貫性らしいものがまったく見られない。本書は、企画から出版まで時間が短かったのではないか。つまり、寄稿者は執筆に十分な時間を与えらえなかったのではないか。多様な視線というより、それぞれが勝手に書いた雑文をかき集めただけにみえる。

「自分が首相になったつもりで書いてください」のような具体的な依頼ではなかったのだろう。「戦後70年」について思うことを自由に書いてください、というような依頼だったと推測する。

どの文章も、どこか急いで書き上げた感じでまとまりがない。体裁の上でも、書いたものとインタビューが混在している。しかも、その違いは明記されていない。


執筆の時間が短かったことが想像される上、編集が丁寧に行われていないことも感じられる。誤字脱字はさすがにないものの、言葉の使い方や文のつながりが不自然なまま印刷されているところがある。

二例だけ挙げる。日野原重明は、地下鉄サリン事件が発生した際、聖路加病院が総出で対応したことを書いている。その結果。

被害者640名を一度に収容でき、一人が死亡しただけにとどまりました。(原文の漢数字はアラビア数字にした。以下同じ。)

本書のなかで、誰より一人一人の命の大切さを訴えるはずの日野原が「死者一人で済んだ」と書いては、見過ごすわけにはいかない。おそらく本心ではない、とすれば、急いで書き上げたのか、原稿を読んだ編集者が、本書の企画意図に対し致命的な誤解を生みかねない一文を見過ごしたか。

「残念ながらお一人だけ亡くなってしまった」となぜ言えない。それだけ急いでいたのか、それともそういう考えなのか。

これ以外にも、推敲が十分されていないと思われる文章が多い。


もう一例。澤地久枝。

女たちはのこされて、農業をいとなみ、子を育て、疲れ果てて眠る。眠れない夜が過ぎてゆく。

眠っているのに眠れないとは、此は如何に。疲れ切り身体は眠り込んでも、心は休まることがない、と言いたいのだろう。そういう修辞として受け取るにしても杜撰すぎる。感情はまったく動かされない。むしろ、漫才師のようように「眠っとるんか、眠っとらんか、どっちなんや」とツッコミたくなる。


二つ目の不満。こちらのほうが大きい問題。

体験談だったり、政治史の分析であったり、書き言葉だったり、話し言葉だったり、バラバラな体裁の談話をよく読んでみると、書かれていることには3項の共通点を見いだすことができる。

  1. 1. 戦争の悲惨さ:空襲の被害、貧困、若者の戦死など。
  2. 2. 戦後の平和:憲法第九条の評価。一人の戦死者も出さず、一人も戦争で殺していない戦後日本。先進国の仲間入りをした経済成長と繁栄に対する称賛。
  3. 3. 現政権への不満と批判:若者の無関心への懸念。戦争を知らない世代による、これからの日本の舵取りへの不安。

上記3点は編集者の企画意図と軌を一にするものだろう。ところが、この3点、とりわけ最初の2点がまったくの欺瞞であることが、本書に収録された文章で暴露されている。

つまり、本書のために集められた数々の「談話」は、下に紹介する二つの「談話」ですべて吹き飛んでしまう。


二つの「談話」とは、新崎盛暉「戦後七〇年、沖縄からの問い」とC.ダグラス・ラミス「八一%の人々へ」。二人は沖縄の視点から戦後日本を見ている。

新崎盛暉から日本国民への問いかけ

昨年の一連の選挙結果は、前知事の公約違反に対する反発であると同時に、本土防衛の防波堤としての役割を押し付けられた沖縄戦、27年に及ぶ米軍政、さらに日本復帰後も続く基地しわ寄せという戦後70年の歴史がある。そして「運用年数40年、耐用年数200年」(米国防総省報告書)の新基地建設は、沖縄の未来を暗闇の中に閉ざすことになる。
   沖縄はそのような未来を受け入れることはできない。日本国民はこうした現実に目を閉じ続けるのか

確かに、本書収録の「談話」は、ほぼすべて戦後日本の平和と発展を肯定的にとらえている。つまり、「沖縄の現実」に目を閉じている。現在の平和と繁栄が沖縄の犠牲に上に成り立っていることを指摘しているのは、新崎とラミスだけ。

上田閑照は、戦後の貧しい食生活について綴ったあとに書いている。

   やがて、朝鮮戦争へと向かう世界情勢の変化をきっかけに食糧事情は次第に改善されていった。

それは、要するに、日本の外で戦争をやってくれたから景気もよくなり、生活水準も上がったということではないか。それは、戦争に加担したも同じであり、「間接的な殺人」と言ってもいいだろう。

この一文も、うっかり本音が出てしまったようにみえる。


ラミスは、この点を厳しく批判する。

2年前の朝日新聞の世論調査によると、52%の人が憲法九条を支持する一方で、日米安保条約を肯定する人が81%だったことを示したあとで、日本の「ただ乗り」を批判する。すこし長く引用する。

(前略)先ほど紹介した世論調査によると、現在の憲法九条の支持者のうち、約五分の四は安保条約も支持している。それは「ただ乗り」としか言いようがないだろう。
   その平和憲法も安保も両方欲しい層はアメリカにだけではなく、沖縄にも「ただ乗り」している。つまり、彼らは「安保」は欲しいが、その「安保」からうまれる米軍基地はほしくないので、それをなるべく沖縄に置くことにしている。厳密にはこれは「ただ乗り」ではなく、「7割引き乗り」と言った方がいいだろう。安保条約の代価の70%以上を、人口の1%の沖縄県民に払ってもらっている、ということだ。それによって、自分が「平和的な日本」に暮らしているという幻想を(かろうじて)抱くことができる。

読みながら、ぐうの音も出ないほど、打ちのめされた。本書に寄稿した人たちは、この二人の文章を読んでから、自分が書いた文章を読み返したら、どう思うだろう。


集団的自衛権を憲法解釈だけで認める法案に対して反対の声が高まっている。「九条守れ」「戦争をする国にしないで」といったプラカードをデモ行進で見かける。

沖縄がアメリカが遂行する戦争の踏み台になっている以上、第九条は骨抜きにされていると言わざるを得ない。非核三原則についても、同じことが言える。

今回の安保法案に対する反対運動も、普天間基地の移転問題で戦っている沖縄ともっと共闘するべきだったのではないか。日本の安全保障は日米安保条約抜きには考えられないし、日米安保条約は沖縄県が抱える問題と切り離せないのだから。


戦争はすでに起きている。戦争は、日本国民が戦場へ行かずとも、米軍が「してくれている」。日米安保とは、そういう約束事。日本国は嫌が応にも米国の戦略・戦争の下にいる。

この点で、実は「タカ派」と呼ばれた政治家のほうが、日本自身が再軍備を進めることで、日米安保の片務的な状況を解決しようとしてきたのではないか、という見方もできる。かなり楽観的でお人好しの見方かもしれないが。

九条を護持して安保条約を破棄できると思うのは、ノウテンキであることに違いはない。九条も安保もほしい今の状態も、沖縄県民の怒りと涙を無視したノウテンキであることは明らか。

日本が九条を破棄し、再軍備化して各県に公平に基地を配備することで、沖縄の基地負担が減るとしたら(減ることは間違いない)、ヤマトの人々はどう反応するだろうか。

そうすることで、国民が公平に日本の安全保障の責任を負うことができるのならば、私は賛同する。もちろん、基地というのは、専守防衛と災害救助を任務とする自衛隊の基地であり、米軍でも、海外で戦闘できるような日本軍でもない。


もう一つ、案がある。前にも書いたことがある。九条を護持して安保を破棄し、それを許さない米軍を相手に国民自ら徒手空拳で戦うこと。民主主義と平和主義の究極の姿は一億総玉砕、と私は思っている。他国に蹂躙されて分割までされても、復活した国はいくらでもある。

この極端なアイデアに国民の総意が得られないのであれば、沖縄を見捨てるか、基地を分担するか、どちらかしかない。前者の場合、沖縄は米中が獲り合い、再び戦地となるだろう

まずは、本書に寄稿した人たちの意見を聞いてみたい。


9月13日追記

上に書いた九条と安保についての見方は、極端すぎた。政治はもっと冷徹に考え、現実的に行動しなければならない。

進藤榮一によれば、新憲法を審議しているとき、帝国憲法改正小委員会の委員長だった芦田均は、新憲法に盛り込まれた第九条があっても、自衛のための武力行使は否定されず、万一、攻撃を受けた場合には、まず国連による集団的安全保障(集団的自衛ではない)によって紛争解決を求めることができる、と考えていた(『分割された領土―もうひとつの戦後史』)。

まさに憲法九条自体が、ケロッグ・ブリアン条約から国連憲章に至る“戦争違法化”の系譜の中で位置づけられているのを、(芦田均以外)他の閣僚たちに想起させるものであった。(第7章 憲法九条の神話と現実)

上のような解釈をすれば、「専守防衛」のための自衛隊は憲法違反とはならない。