最後の手紙

烏兎の庭 - jardin dans le coeur

第五部

神代植物園水生園

9/13/2015/SUN

分割された領土―もうひとつの戦後史、進藤榮一、岩波現代文庫、2002


ふと手に取った『昭和を「点検」する』から、昭和史の読書が連鎖してきた。『点検』で原武史が言及されていたので、原武史『昭和天皇』を読んだ。そのなかで、昭和天皇が米軍の沖縄占領を希望するメッセージを米政府に送っていた、という衝撃的な出来事が書かれていたので、参照元とされていた進藤榮一『分割された領土』、すなわち、本書を読んだ次第。

当該のメッセージは、進藤が米国国立公文書館で発見した文書で、沖縄県の公文書館が公開している(この部分は、ブクログの引用欄に転記した)。

宮内庁は、公式文書とは認めてはいないらしい。進藤も、この文書だけで沖縄抜きの講和に決まったとは考えていない。ソ連を含まない片面講和(サンフランシスコ条約と日米安保条約)と1972年まで続く沖縄の軍政が実施された背景は、さまざまな政治的背景と、日米両政府の諸機関の思惑が関わっている。本書は、その複雑な経緯を丁寧に解説している。

米国がしたたかなのは、沖縄軍政を米国が強いたものでなく、早期講和を望む日本側が要望したように繕った点にある。沖縄返還についても同様で、日本の悲願が実現したかのように見せかけておいて、実質的に冷戦下の戦略的基地であることに変わりはなかった。この点は、最近、明らかにされた密約でも裏付けられる。

以下、戦後史に弱い自分のための備忘録として書いた、本書のまとめ。


世界情勢の変化とともに、アメリカの対日政策も変化している。終戦直後はまずファシズムの解体と民主化が進められ、新憲法も施行させた。新憲法では日本の再軍事化を予防するために戦争放棄と軍備を持たないと宣言する第九条が重要な柱となっていた。

ところが、冷戦が熱くなりはじめ、朝鮮半島で紛争が起きると、アメリカは日本に支援を求め、警察予備隊からはじめて自衛隊を設立させた。新憲法が押し付けであるならば、自衛隊もまた押し付けられたものと言うことができる。


本書を読み終えて、昭和史の大きな出来事は皆関連していることを痛感した。「一撃講和」に執着した結果、遅くなった無条件降伏、片面講和と沖縄の軍政、天皇制の維持、自衛隊設立による再軍備、日米安保条約とのその改定、直近の重要課題である普天間基地の移設と集団的自衛権。

喫緊の問題である普天間基地と集団的自衛権について、二つ、疑問がある。

一つは、安保法案反対の動きが普天間基地の問題と連携していないこと。基地の移設は日米安保と密接な問題で、それはすなわち自衛隊の配置にも関係する。国会前では安保法案への反対デモが盛んに行われている。そのさなかに翁長氏沖縄県知事が政府と直接交渉するため東京へ来たのに、安保法案の反対勢力と翁長知事の政府との協議は連動していない。

翁長知事と菅官房長官との協議が9月8日、物別れに終わったあと、沖縄タイムスでは、翁長氏は安保法案反対の人々と連携し、普天間の問題を国政の問題に持ち上げるべきだったというコラムが掲載された(筆者はメモしそびれた)。二つの反政府運動が合流しなかったことは、政府にとって好都合だったろう。

安保法案に反対する勢力のほうでも、普天間の問題を自分たちの争点に積極的に組み入れようとはしていない。沖縄の問題は沖縄の問題で、国政の問題という認識が欠落していないか。このすれ違いについて、沖縄出身の文化人類学者である渡辺靖は『「日米安保」とは何か』(藤原書店、2000)で提起している。

ですから、「日本国民」として、同じ同胞として、琉球・沖縄の人々の苦しみや悲しみを本土の人々にきちんと認識してもらい、日米同盟のあり方や沖縄米軍基地の存在を、自分自身の問題として問い直してほしいと思います。(<座談会>安保をめぐる「政治」と「外交」の不在)


もう一つの疑問。

安保法案に賛成する勢力は、右派・保守派と呼ばれる人々が多い。憲法改正に積極的な人も少なくない。

今回の安保法案の肝は、日本が独自の軍事力を持ち、日本を守る力を増強しようというものではない。同盟国、すなわちアメリカが行う戦争を手助けできる、さらには、しなければならないようにするという点。日本を守る力を強くするのではなく、アメリカの戦争に巻き込まれるリスクが高くなることを良しとするのだろうか。

憲法改正を希望している人は、まず集団的自衛権を確立し、その上でアメリカと協議をして、自衛隊を増強することで、米軍基地を削減してもらう、という展望をもっているのだろうか。その交渉は、非常に難しいと思う。安保条約には、日本の脅威を抑止する、いわゆる「ビンのふた」の意味もあるから。

確かに歴代の政権、とくに60年の安保改正時には、片務的な条約を改正することに腐心してきた。日本で生じた内乱に米軍が介入できる権利は破棄となり、米軍に日本を共同で防衛することを義務付けし、非常時に米軍が日本から勝手に撤収することはなくなった。

とはいえ、軍事的な意味では日本は独立国とは言えず、アメリカの強い影響下にある。集団的自衛権を容認したとしても、従属状態は改善されない。むしろ米国の軍事行動に追従しなければならない場合が増える、あるいは、軍事費の増加要望も強くなるのではないか。

それは右派・保守派の人々が望むところではないだろう。もっとも、軍事予算が増えることは、軍事産業と一部の政治家にとっては望ましいことであり、そういう背景があることは想像できる。

アメリカにとって、日本は手なづけておきたい存在なので、現在の状態がちょうどいい。憲法を改正してフリーハンドの軍隊を持つことは、アメリカは阻止するのではないだろうか。


現憲法は「押し付け」という主張をする人は少なくない。しかし、そうとばかり言えない。すでに書いたように、戦後の政府はいかにアメリカの従属から脱するか、ということを、明示していないとはいえ、一種のマニフェストとしていた。本書は、GHQから提示された憲法案、とりわけ第九条について、芦田均が日本の意向を組み込むために加えた修正を詳しく紹介している。

興味深いのは、芦田修正は平和主義と再軍備の両方を日本の立場で選べるようにしたこと。進藤は、「国際主義的でナショナリスティックな、保守リベラルの真骨頂」と高く評価している。

憲法第九条。

  1. 1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
  2. 2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

進藤の解説によれば、芦田は、原案から第一項と第二項を入れ替えた。この修正には二つの意味を持つ。

一つ目。「国際紛争を解決手段としては」武力行使をしないので、自衛のための「武力行使」は否定されない。

二つ目。国際紛争を解決するための軍備は持てないけれど、自衛のための戦力はもつことができる。

もちろん、一切の軍備を持たないという平和主義の解釈も可能になっている。また、原案にあった「軍備を持つことは許されない」という外圧を想像させる文言を、日本国民自らがそう宣言するという形にした。

新憲法は、単なる「押し付け」や「翻訳」ではなく、進藤の言葉を借りれば、「土着化」をめざし、慎重に文言が検討され、文章が推敲が重ねられた。

しかも、進藤の叙述に従うと、芦田は第九条を殊更に新しい、あるいは特別なものとは考えていなかった。第1項、すなわち戦争違反化は、ナチスによって実効性を失ったにせよ、1928年にケロッグ・ブリアン条約(不戦条約)で明文化されていた。

また、現在、世論を二分している集団的自衛権については、「国連による安全保障の枠内で」十分対応できると考えていた。そこに第二次大戦直後の国連に対する過度な期待をみることはできる。とはいえ、国連憲章が謳う集団的安全保障は現在も生きている。

講和の直後は、平和主義を盾にしてアメリカからの軍備拡張の要求を阻止することができた。言うまでもなく、軍事費を増やさないことで産業が育てることができ、経済成長ができた。

一方、自衛隊の存在そのものを違憲とする、進藤の言うところの護憲ファンダメンタリズムに対しては、九条は自衛権を否定していないと反論することも可能になっている。


この点は難しい。平和構築を専門としている伊勢崎賢治は、次のようにツイートしている。

この解釈に従うと、集団的自衛権は違憲であることは言うまでもなく、さらに自衛隊の目的を「専守防衛」に限ったとしても、武力攻撃を受けているが「紛争」にはなっていない間(一瞬)しか、武力による迎撃はできない。

今回、現政権は、法案を無理やりにでも通すだろう。となると、安部以降の内閣が、一度歪曲されてしまった憲法解釈と違憲法をどう扱うかが次の課題になる。現政権も、国際情勢に応じて法律は変えなければいけないということは認めているのだから。

次の内閣は、一度通った法案を破棄するか。そもそも、そういう政党を国民は選ぶのか。その政権は米国に対して、安保体制、沖縄の基地問題、集団的自衛権について、どんな外交交渉をしていくか。注視すべき点は少なくない。


政治は、国際情勢や財務状況、国民の意識など、多方面にわたる要素を見渡しながら政策を決定していかなければならない。その一方で、政治はルールを守らなければならない。国際法、憲法、民主的な政策決定プロセスなどの制約を逸脱してはならない。


最後に二点。

一点目。

歴史の本の感想を書くのは難しい。私のような一般読者は一次資料を見る余裕はないので、書かれていることを信じるしかない。もしくは、医療のセカンド・オピニオンのように、複数の本を読んで、古い俗説、学界での通説、著者の提案する新説を選り分けなければならない。

二点目。

「歴史とは未発の可能性をさぐることにある」と進藤はあとがきに書いている。この言葉に少し驚いた。「歴史にifはありえない」という言葉を信じていたから。進藤の考えは「歴史のif」を徹底的に調べ上げることを促す。

どこに歴史の分岐点があったのか、ほかの選択肢や可能性はなかったのか、分岐点おいて、なぜ、現在に続く選択肢が選ばれたのか。それを研究することは、いま、目の前にある分岐点でどの道を選ぶかを決定するときの参考になる。


写真は、水生植物園の散歩道。