土を掘る 烏兎の庭 第三部
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10.21.06

戦争をくぐりぬけたおさるのジョージ――作者レイ夫妻の長い旅(The Journey That Saved Curious George: The True Wartime Escape of Margret and H.A. Rey, 2005)、written by Louise Borden, illustrated by Allan Drummond, 福本友美子訳、岩波書店、2006

The Complete Adventures of Curious George, H.A. Rey & Margret Rey, edited by Madeleine L'Engle, Houghton Mifflin, 1995


人気絵本、というよりもすでに絵本の古典と言うべき作品の生みの親の生涯をたどる伝記絵本。絵本作家の伝記はこれまでに、『マドレーヌ』ルドウィッヒ・ベーメルマンス『ちいさいおうち』バージニア・リー・バートンを読んでいる。絵本作家自身の伝記、とりわけ本書のように伝記が絵本で出版されていることは、絵本が歴史と伝統をもつ一つの文化として認識されるようになった、一つの証左といえる。

レイ夫妻がドイツ系であること、“Curious George”は戦後、アメリカで出版されたことは知っていた。だから、おそらく彼らは、迫害を逃れて亡命したのだろうと予想はしていた。

本書を読むと、彼らはドイツで直接迫害を受けてアメリカへ逃れたわけではない。アメリカに渡る前から、彼らはすでに移民どころか、十分にコスモポリタンだった。

コスモポリタンと絵本、とくにアメリカの絵本文化との関係は興味深い。アメリカ文化の担い手には、移民が多いことはいまさら言うまでもない。とりわけ、絵本の世界では多いように感じる。なぜ、戦後アメリカで絵本文化が隆盛になったのか、以前、松居直の絵本論を読みながら考えたことがある。

そのとき考えたことを、今一度、書き出してみる。

一般的には、こうした見立ては的外れではないだろう。ただしレイ夫妻に限ってみると自分たちの祖国や出自を語るという回顧的な面よりも、ずっと娯楽的な面が強い。

その理由に、彼らが迫害を逃れて亡命したというよりは、もともとコスモポリタンとして生きていて、チャンスの一つとして米国に渡ったことことがあるような気がする。

つまり、レイ夫妻の絵本には、苦難を乗りこえる楽観主義があり、それが開放的なアメリカ文化と相まって花開いたと見ることができる。

もちろん、彼らが苦労をしなかったということではない。脱出行の苦労は、本書が詳しく書いている。でも、彼らの絵本には苦労や悲惨がまったく感じられない。それでいて、こうして伝記を読むと、なるほどジョージの底抜けの明るさの裏には、こんな出来事があったのか、と納得してしまうところもある。

『ひとまねこざる』シリーズは、キャラクター化され、現在では別の作家が新しい作品を次々出している。レイ夫妻のオリジナル作品は、“Complete Adventure”で全話、見渡すことができる。馴染めないので、新しい作品は読んでいない。どことはうまく説明できないけれど、ハンスの描いたジョージとは、何かが違う。

人気キャラクターは、出版社の財産にもなる。『ドラえもん』もいつまでも続いているし、ハロー・キティのように、はじめから作者が伏せられたキャラクターも多い。キャラクター化は、時代性を薄める。古い絵本や漫画を通じて、描かれた「その時代」を感じることができなくなる。伝記絵本が、キャラクターとオリジナルの橋渡しになればいいと思う。

『全集』には、おそらく伝記絵本の元になった、マーガレット自身の回想もある。読み物としてはもちろん、絵本作家の人生がきわめて絵本的だったことが伝わる『戦争をくぐりぬけた』のほうが面白い。

アメリカへ渡る前のレイ夫妻は、ドイツ生まれでブラジル国籍で、そしてパリに住んでいた。アメリカへの移民は、祖国から真っすぐアメリカへ渡った者ばかりではない。もっと複合的な存在の人もいるだろう。ふと思い出すと、私の気に入っている絵本作家には、ユリ・シュルヴィッツにしろ、アレン・セイにしろ、何系アメリカ人と一言ではくくることができない複合性をもっている人が少なくない。

アメリカ絵本の魅力の一つは、希望、平和、友情など、絵本が求める基本的な概念が二つの文化の往復や、まして一つの文化の内側だけではなく、多文化世界のなかで繰り広げられている点にある。そこにアメリカ合衆国の一つの理想を見ることもできる。

戦後アメリカ絵本が敗戦国だった日本でも人気を得た理由として、上の五項に加えてコスモポリタニズムと楽観主義がある。言葉を換えれば、この点が今でも日本の絵本に不足している点かもしれない。

サーカス、つばの大きな帽子、星座、そして、さる。本書を読んでいると、後に絵本のなかで繰り返し現われる題材が、彼ら自身の経験に基づいたモチーフだったことがよくわかる。彼らはそうした思い出の辛い面を見通して、楽しい面を作品に込めたのだろう。

出版社の紹介では、小学校中学年からと書かれているけれども、内容は少しむずかしいところもある。歴史背景はあえて説明はしないで、若い画家夫婦の冒険記として読み聞かせるだけでいいのかもしれない。

馴染みあるモチーフを読み聞かせながら一緒に探す、これは楽しかった。戦争、ヒットラー、ユダヤ人、パリ陥落、こういう言葉について、あらかじめ質問の答えを考えておく、これは難しかった。先送りにしたものも多い。

それでも、いくつかの言葉は耳に残っているだろう。教科書でそうした言葉を知るとき自転車をこいでいる若い二人のことを思い出せたらいいと思う。



uto_midoriXyahoo.co.jp