企業と職業、会社と仕事、対談、鶴見俊輔、黒井千次、(1985)、鶴見俊輔座談――民主主義とは何だろうか、晶文社、1996

働くということ、黒井千次、講談社現代新書、1982


以前、九段下にある昭和館の図書室で、まったく偶然に鶴見俊輔の座談全集を手にとり高橋和巳との対談を読んだ。再読しようと地元の図書館で探したところ、高橋和巳との対談が収められた巻は見当たらない。同じ棚にあった別の巻の中で、黒井千次との対談の題名が気になり、黒井の新書と一緒に借りてきた。

黒井は、働くということを誠実に考えている。彼の誠実な思索は、何より企業で働いた自身の経験に根ざしている。すでに小説家になることを志していた彼は、はじめは企業に対して観察者であろうとした。単なる社会体験として会社を覗いてみるつもりだった。ところが、働きながら彼は傍観者から働く当事者になっていった。外からではなく、自分の内側で企業労働を考えた。そうした経験に裏打ちされた思索には、確かに一理も二理もある。

黒井は、仕事と趣味を対立させることに、労働にまつわる多くの問題の原因があると考えている。これは、鷲田清一の著書の副題にある労働対余暇という考え方に通じる。企業労働は、生活の三分の一以上を占めている。そこで自己実現を図らなければば、どんなにそれ以外の場、例えば趣味の世界で生き生きしても、心豊かな暮らしを送ることはできないし、社会に貢献することもできない。

もっともなことと思う。就社ではなく、就職、愛社精神より職業意識などの標語は、こうした考えをうまく表している。しかし、現実の企業労働、賃金労働を見渡したとき、問題は労働と趣味、労働と余暇の対立ではもはやないように思われる。


今日、対立しているのは、労働と生活ではないだろうか。「ワーク・ライフ・バランス」という言葉が端的にそれを表している。本来、労働は生活の一部にすぎない。生活のために労働が行われることが、理念的な建前。ところが、現実には、企業労働が生活全体を覆ってしまっている。

黒井も「24時間企業人」という言葉で、そうした生活を暗示している。それでもこの言葉が示唆するのは、まだ心構えに過ぎない。現在の企業労働を眺めてみると、肉体的に二十四時間拘束されている人も少なくない。心構えの面でも、休日も携帯電話を持たされるなど、私的生活の隅々にまで企業労働が入り込んでいる

彼が自動車メーカーに入ったときは、まだ日本経済は戦後復興途上で、四輪車を製造する会社も少なかった。メーカーという性質上、彼は職人的な技術者との出会いもあり、試作車を走らせるプロジェクトの体験などを通じて、企業労働のなかに、働くことの純粋な意味を見出していく。

現在でも、メーカーだけでなく、働く場には人との出会いがあり、チームワークの楽しさもある。協働して何かをやりとげる体験は、多くの人にとって、報酬以上に働く喜びの大きな部分を占めているに違いない。しかし、今日、この人との関わりこそが、企業内労働者にとって過剰な重圧となっていることは、研究者の指摘をまつまでもなく、多くの賃金労働者が認めるところだろう。

背景には、情報技術の革新による生産性の急激な向上、企業間競争の激化に伴う企業内競争の激化、企業への帰属意識の多様化など、少し考えただけでもいくつも思い当たる。過酷な現場について見聞きすると、企業内で職業意識を保ち、育てることは、ほとんど不可能なのではないかとさえ思われてくる。


黒井は30歳を過ぎて、小説を発表する機会も増える一方、企業のなかでも重要な仕事を任される地位に置かれるようになった。いわゆる二足の草鞋を続けることは肉体的にも精神的にもきつい。悩んだ末に、彼は小説家として独立する道を選び、企業を辞めた。

その際、相談を受けたある上司は「企業人は、24時間企業人であらねばならない」と答えて、黒井に退社を勧めた。黒井もこの言葉を受けて、労働対趣味の対立を克服するためには、好きなことを労働にすること、すなわち小説家として生活していくことを選んだ。

ここで、二つの疑問がどうしても浮かぶ。一つめの疑問。もし、小説がまだ世間で認められていなかったら、彼はどうしただろう。今でいう副業が充分に育っていたからこそ、彼は企業を辞めることができたのではないか。そうでなかったら、彼は上司の言葉を聞き入れて小説を書くことを辞めただろうか。この疑問は、ずっと考えている職業と素人、プロとアマの問題の核心


もう一つの疑問。黒井は就業時間以外に小説を書いていた。それは自己表現であり、新たな収入源であり、社会的認知も得られる副業であった。ではもし、彼が労働以外にしていたことが、誰にも認められず、収入も増やさないものだったらどうだろう。

小説を書くことではなく、小さな子どもの世話や、病人や年老いた家族の世話だったら、同居する家族のために食事をつくったり、洗濯をすることだったら、子どもの学校の運営に関わる会合に出席するためだったら、地域の一大事を話し合い、自治体に掛け合う運動に参加するためだったら。

多くの人は、こうして草鞋を三足も四足もかかえているのではないか。多くの人は、足の数より多い草鞋をとっかえひっかえすることに汲々としている。これに対して会社は、「この草鞋は一日中脱いではならぬ」、と圧迫する。趣味と労働という二足の草鞋が対立できるのは、まだましではないだろうか。

さらに言えば、今あげた草鞋は、まだ眼に見える草鞋。つまり、まだ何かをしている。だからまだ十分ではないにしても、育児、介護、ボランティアなどに対しては、休業や労働負荷の低減が現実に制度化されている。それでは、就業時間以外にすることが、何もしないことだったら、どうだろう。ただぼんやりとする、ただ休む。つまり草鞋をはかず、裸足でいることは許されるのか。履く草鞋がなければ、無理にでも「会社」を履いていなければならないのか。


一方では、働きたいのに働けない人、働くことを嫌がるだけで喜びを知らない人が仕事をしない状態にある。他方で、働くことが生活を追い越してしまっている人は、慢性的な過労状態にある。働く場は、きわめていびつな状態にある。

確かに、仕事を忌避するとりわけ若者に対して、働くことを喜びを伝え、「職業意識」をもつ大切さを諭すことには意味があるだろう。しかし、仕事を通じた自己表現という言葉は、自己表現することが人間の価値である、という新たな圧迫を生み出しかねないのではないか。あえて問いただしたいのは、「職業意識」という言葉の根底に、「人間は何かをするものである」という考えが見えるから。

自己表現にこそ人間の価値がある。それはそれでいい。では自己表現とは何か。何かをすることなのか。そうだとすれば、何もしない人は自己表現してはいないのか。何かをする、何もしない、という区切りはどのように引けるのか。

働くことを、企業での労働にだけ結びつける会社の論理だけでなく、生きることを、働くことや何かを成し遂げることに結びつける職業の倫理も、労働や生活、ひいては人生についての見方をかえって狭くしているように思われてならない。いずれの考え方にも、無為が何かを生むようなのんびりした光景がどこにもみられないから。


仕事が遊びになればいいと黒井をはじめ多くの人は言うが、ここでいう「遊び」は何かを楽しむことであり、何もしないことではない。ハンドルの遊びのような「アソビ」はどこにもない。その結果、今働くことに苦しんでいる人に対しては、助けにも慰めにもならず、それどころか、さらに苦しい境地に追い込んでいるようにさえみえる。追い込まれるのは、働く人だけではない。何かをすることにだけ意味を見出すことは、何もできない人、ほかの人よりできない人、若いときよりできなくなった人、そうした人を排除する可能性を潜在させている。

人間は、何かをするために生まれてくる。そうだとしても、それを断言するためには、ある美術史家が述べているように、「人間は存在するという最低の次元においてすでに尊厳なのだ」という前提が死守されなければならない

「仕事を通じた自己実現」、「働かざるもの食うべからず」、「食うために働く人だけが、働くために食うことができる」。働くことについてのことわざ、標語は、どれも働くことの一面を正しくとらえている。しかし、この一面を輝かせるためには、企業労働、職業労働という狭い意味ではなく、もっと広く労働をとらえなす必要があるのではないだろうか。

「何もしなくたって、生きていける」。今、働くことを根本的に考えなおすならば、ここが出発点であってほしい。


碧岡烏兎