§.日本人の自己責任意識を問う
[「自己責任型社会」への脱皮#1]
(Self-responsibility consideration of Japanese)

−− 2003.01.27 エルニーニョ深沢(ElNino Fukazawa)

 ■はじめに − メールの遣り取りを切っ掛けに
 02年11月20日に当サイトを開設してから、色々なメールを戴く様に成りましたが、その中でアメリカでWebサーバーの運営をして居るP社の社長のU氏から、毎週会社の新製品やトピックスを載せたWRNというメールマガジンを戴き、その中の「読者の声」などを新聞のコラム程度に読んで居た時に、偶々(たまたま)現在私が関心を持っている記事が載っていたので、それに触発されて私見を返信したのが切っ掛けで、その後何回かU氏とメールで遣り取りしました。今回は02年暮れ〜03年初頭迄の一連の電子メールでのU氏との議論及び「読者の声」の読者のご意見に対する回答の内容を載せることにします。
 尚、当ページに転載するに当たっては既にU氏の承諾を戴いて居ます。一部体裁を変えましたが、内容は全く変えて居ません。又、論点を明確にする為、私の責任に於いて書体を一部強調させて戴きました。
 私が現在関心を持っている事とは「自己責任型社会」という問題で、以下の様な話題について私の考える「自己責任」を述べ議論を重ねました。各話題にはリンクを張って在りますので、項目をクリックすればジャンプします。勿論、上から順に読み進まれても結構です。
  <話題1>:顧客を忘れた大手銀行の自己責任と大衆の自己責任
  <話題2>:借金を返さない人の自己責任
  <話題3>:大手銀行の居直りと大衆の自己責任
  <話題4>:銃社会に於いて銃で撃たれた人の自己責任

 ■U氏や読者との議論
 先ずはU氏からメールマガジンで顧客を忘れたアメリカの企業についての意見が届き、それに対し私が再編を進める日本の銀行業界を例に取って意見交換しました。

  <話題1>:顧客を忘れた大手銀行の自己責任と大衆の自己責任
  ▼WRN#490の意見:U氏 → 私(受信)
 先日ボーイングが850人のレイオフ(解雇)をしました。今年ボーイングでは3万人以上の解雇が予定されているようです。しかも、シアトルに本社のあるアラスカ航空(米国トップ10に入る航空会社)が、今までボーイングとMD(マクダニエル・ダグラス|今はボーイングの一部)の飛行機だけを買っていたのが、今後はエアバスの飛行機を採用すると発表しました。シアトルでトークラジオのホストが、「それはおかしい」と叫んでいましたが、視聴者からの電話の多くが「ビジネスなんだから当たり前だ」と言うこえばかり。ホストもだんだん元気がなくなってきました。
 お客様を忘れた企業は倒産します。それでいいのだと思います。お客様に認められない会社に生き残る資格はないのです。前置きが長くなりました。また、このあたりのことを社説に書かせていただきます。


  ▲WRN#490の意見への私見:私 → U氏(送信)
 「お客様を忘れた企業は倒産します。それでいいのだと思います。」という意見については全く同感です。
 翻って日本の状況を見ると、「顧客を忘れた大手銀行の1つや2つ、潰しなさい」というのが私の意見です。丁度3年位(?)前ですかね、日本のマスメディアが挙って「金融ビッグバン」(※1)の波が日本にも押し寄せて銀行が変わる、と騒いで居たのは。即ちビッグバンが起こると、これでもう銀行が自由化し手数料も銀行毎に異なり淘汰されて、銀行のサービスは格段に向上するとか、手数料はずっと安く成るとか、コンビニの様に深夜24時間営業する銀行が現れるとか、テレビメディアを中心に騒いで居ました。
 その結果どうなったでしょうか?、財閥系同士の銀行が合併したり、競争所か全く寡占化して、サービスも手数料も営業時間も旧態の儘で、更に公的資金(※2)をという、甘ったれた貰い乞食根性が抜けて居ません。言って置きますが公的資金とは結局”我々の税金”ですよ、自己責任意識の欠片(かけら)も無い態度です。
 しかし、そうさせて仕舞ったのは結局世論です、つまり”一般大衆”です。これを煽動したのはメディアですが、つまりは「金融システムの安定性」の確保という、抽象的な議論に乗せられて、「銀行を潰したら行かん」という”雰囲気(=ムード)”が大衆の間に何時の間にか出来上がって仕舞い、結局何ら銀行に責任を取らせず温存し、競争(=淘汰)所か合併(=凭(もた)れ合い)で事を有耶無耶にして今日に至っている訳です。そして反省もせず、サービス向上もせず、貸し渋りに泣いて居るのは結局”一般大衆”という結果です。
 私は、あの時不良債権を抱えた大手銀行を1つや2つ潰すべきだったと思って居ます。あの時、一般大衆は「潰れたら困る」と思わされたのですが、どうってこと無いですよ、私に言わせれば。1つや2つ潰れたって銀行が無くなる訳では無いので、他の銀行に付け替えれば済む話です、一般大衆は。潰して居れば、銀行業界全体に緊張感が走ってここ迄ダラダラ来ることは無かったと思って居ます。

  ▼WRN#490への私見に対するU氏の返事:U氏 → 私(受信)
 メールありがとうございます。楽しく読ませて頂きました。


  <話題2>:借金を返さない人の自己責任
  ▼WRN#491の意見:U氏 → 私(受信)
 「借金で自殺?」、最近WRN読者の方から日本では借金が返せないで自殺する人が増えていると言うお話を聞きました。アメリカに住んでいると、借金が返せないということと、自殺という事がどうしても結びつかないのです。借金をして返せない。米国で普通の金融機関から借りていたら命まで取ろうということは無いと思います。米国にはマフィアという組織があるそうで、そこからお金を借りたらきっと話は違うのだと思いますが、一般的には自殺には結びつきません。
 日本ではやくざさんからお金を借りて返済できなくなって、生命保険で返済をするために自殺をするようなお話を聞きました。これはビジネスでは無いですよね。銀行から借りてもそうなんですか。かなりショックなお話です。
 そんなところから、お金を借りなければ良い。と言ってしまえばおしまいなのですが、事情があってお金を借りなければ仕方がない場合だってあるのだと思います。そのような事が許されている社会が日本にあるとは・・・
 私もかなりナイーブですね。しかし、自殺者は日本では増えているようです。日本に出張して東京で電車に乗るたびに人身事故の話を聞きます。それもこのような状態が原因しているのでしょうか。
 確かにお金を稼いでいないビジネスをしている会社であれば通常の手段でお金が借りれなくても仕方が無いのですが、日本の大手金融(銀行・信用金庫)が自分の身を守るために、中小企業への融資を渋らせていることが原因でこのような状況が発生しているのであれば、許せないことですね。
 命とお金とどちらが大切なのか。お金は人が作ったもの、そのもののために人が殺されると言うのは絶対にゆるせない事ですね。
 このような話題をWRNで取り上げることもおかしいのかも知れませんが、日本の金融、思ったより腐っている状態です。読者の方とメールを遣り取りしていて、いたたまれなくなったのでこれを書き下ろしました。何もできない自分がふがいないですね。


  ▲WRN#491の意見への私見:私 → U氏(送信)
 今回戴いたメール(#491)の内容は、前回私が送った意見と関連して居る部分が有りましたので、再び書かせて戴きます。
 多分アメリカでは考えられない事かも知れませんが、日本にはヤミ金融と言われるものが在って、このヤミ金のバックに表向きは商社や建設会社や不動産会社などの体裁を取った会社が在るのですが、そのウラ向きは大体ヤーさん系に繋がっているというのが、パターンです。ですからヤミ金から借金して返済出来なく成ると、ヤーさんの子分のチンピラと言われる人達が活躍する様に成ります。そうするとこの人達は夜討ち朝駆けの「追い込み」を行い、本人への恐喝と大声で近所に言いふらしたりする嫌がらせの両面作戦に出て、本人及び家族はそこに住み辛く成ります。この「嫌がらせ」には子供の学校に行って暴れ回ったり(勿論パフォーマンスですが)、或いは中高生位の女子が居れば、風俗に売り飛ばそうとしたり(実際売り飛ばした例も有る)、と色々有ります。で、結局本人と家族はそこに住めなく成り、夜逃げを繰り返して居る内に生きているのが面倒臭く成るのでしょう、多分。結果、自殺とか或いは一家心中に至る訳です。
 では何故ヤミ金融から借りるか、と言うとやはり銀行が中小企業には貸しません、特に最近は。銀行が中小企業に擦り寄って来たのは、あのバブル中の一時期だけです。昔ノンバンクという名前で登場した所もアイフルや武富士やアコムやプロミスという様な、ノンバンク系の優良な企業がここ2、3年で軒並み大手銀行の系列下に入りました。ですから今ではノンバンクと言うとヤミ金しか無い訳ですね。
 で、丁度昨日(=1月23日)偶々テレビで悪質な業者から追い込みを駆けられたら弁護士なり司法書士なりに相談して、法律的に対処しなさい、と遣って居ましたね。又そういう恐喝や脅しを受けた時の為の相談センターも在るそうです。結構な事です。
 しかし、私の意見はここからがマスコミ一般や世間の人とは違うのです。私は恐喝行為を決して肯定して居る訳ではありません。仮に今、借金して自殺に追い込まれた人をAさんと呼ぶことにしましょう。
 私が言いたいのはこうです。
    ではAさんは100%完全無欠の被害者なのか?
ということです、この一点です。これに対し私はNOと言いたいのです。今、マスコミ一般がYESの論調に在るので、敢えて私はNOと言います。
 何故なら、何事も原因が有って結果が有るのですから、借金をして返せなかったAさんは100%の被害者では無くて、その被害(自殺)の50%位は自分が作り出して居るということです。ですから私に言わせれば、Aさんの被害度は50%であり、後の50%は「自分自身が加害者」であるという事に成ります。そうしないと、今度は他人(或いは企業)から金を借りて返さないヤツが大手を振って歩く事に成ります。現にそういう連中も大勢居ます。

 U氏は<話題1>「お客様を忘れた企業は倒産します。それでいいのだと思います。」と述べ、<話題2>では「日本の金融、思ったより腐っている状態」と述べました。私も全く同感ですが、日本の”一般大衆”は「顧客を忘れた大手銀行」を温存した為に、私が<話題1>の返信で述べた様に「泣いて居るのは結局”一般大衆”という状況に陥りました。どうやら「日本の金融」以上に「腐って居るのは”一般大衆”みたいですね。
 又、私が<話題2>の返信で問い掛けた「被害者は100%完全無欠の被害者か?」という問題提起を最初に行ったのは「「肉を食らう」ということ(Carnivorous life)」で、これは当サイトで最初に「自己責任」を論じた論考ですので、是非一度お読み下さい。

  ◆読者のご意見に答えて
 Webサイトで今回の「#491読者の声」を見たら、WRN#491への私見に対する次の様な意見が載っていて、それに対し私が「#491読者の声」にお答えした文面をその儘以下に載せます。

  <話題3>:大手銀行の居直りと大衆の自己責任
  ▼WRN#491への私見に対する「#491読者の声」の読者のご意見
   (Webサイト参照)
 銀行の、ATM利用手数料も然りです。今春より、大手銀が一斉に土曜日無料だったものを有料化することを打ち出しています。これも実に短絡的で腹が立ちますね。現在、統合され、どこがどの銀行になったかわからない状態ですが良くみると、一つの駅に同じ銀行が未だに2つあるとかの状況のなか、さらに公的資金を注入された状況下で、利用者に手数料を負担増にすること自体、理解に苦しみます。また、金額も時期も一律というのが、競争原理を逸脱していますね。


  ▲「#491読者の声」の読者への回答:私→「#491読者の声」
   (Webサイトから投稿)
 私も全く同感です。全く異議有りません。しかし私の意見は、やはり世間一般とはちょっと違います。前回「#490読者の声」に投稿した内容をもう一度繰り返させて貰います。
 財閥系同士の銀行が合併したり、競争所か全く寡占化して、サービスも手数料も営業時間も旧態の儘で、更に公的資金をという、甘ったれた貰い乞食根性が抜けて居ません。...(中略)...。しかし、そうさせて仕舞ったのは結局世論です、つまり”一般大衆”です。

 読者のご意見にお答えした後、私は銃社会アメリカに於いて銃がどの様に考えられて居るのかU氏に質問してみました。

  <話題4>:銃社会に於いて銃で撃たれた人の自己責任
  ▲WRN#491へ追加投稿:私 → U氏(送信)
 Uさんとメールの遣り取りをして居て思い出したのですが、アメリカに於ける「銃」は何か「自己責任」の象徴の様に思われますね。2〜3年前、日本人留学生がハロウィーン(※3)の仮装で誤って撃たれた時、日本のマスコミは丁度今の拉致被害者と同じく毎日の様に報道して居ましたね、あれも被害者意識丸出しでした。日本のマスコミはアメリカの銃社会そのものを加害者的に扱い、マスコミに煽られた大衆は付和雷同して空騒ぎした挙句、時が過ぎると元の木阿弥です。それはマスコミの議論が全く被害者意識から脱皮出来ず、本質的議論が何も為されなかったということです。今、日本は殆どこのパターンです。ワーワー騒ぐんですが、本質を捉えて無い...。こういう日本人の感覚、私(=日本人)は全く信じられないですね。
 こういう日本の状況を見ていると、銃の無い理想的な「自己責任型」社会に至る為には、一度「銃社会」を潜らなければダメなのかな〜、と思って仕舞います。この辺、アメリカで仕事をし生活して居るUさんから見て、どう思われますか?
 長々と済みません。以上の件宜しくお願いします。

  ▼WRN#491への追加投稿に対する返事:U氏 → 私(受信)
 アメリカのコマーシャルであるのですが、「クルマはスピード違反をしません。クルマは飲酒運転をしません。クルマは人を殺しません。それは全て人がすることです。」と言うのがあります。保険会社のコマーシャルです。そのコマーシャルをかえてNRA(ナショナル・ライフル・アソシエーション)が「銃は人を殺しません。」と言っていたのを思い出しました。
 個人には自分の行動がどのような結果を生むのかと言う判断をする力はないのかもしれません。要するに、飲酒運転をする人は飲酒運転をして人を殺そうとは思っていないのです。お金を借りる人は、借金取りにいじめられるなんて考えていない。「おぼれるものはわらをもつかむ」と言った感じですね。銃のあるアメリカの社会・・・これは正しいとは言えませんが、アメリカは怖いですよ。泥棒も入った家の人に撃たれたら正当防衛になりますね。借金取りもひどいことをすれば貸した相手に撃たれたりして。
 ちなみに私は銃を持っていません。

 ■私の自己責任意識 − 「権利と責任」は表裏一体
 以上の議論、如何でしたか?
 今の日本では皆が勝手に自分の権利ばかりを主張して居る様に思えますが、「大衆の権利」は実は「大衆の自己責任」に裏打ちされて初めて成り立つものだと、私は考えて居ます。つまり「権利と責任」は表裏一体なのです。日本では何かと言えば「政治が悪いから」と言いますが、その悪い政治を行う悪い政治家を選び出して居るのは大衆、即ち我々自身なのです。ですから私に言わせれば、悪い政治や悪い社会を作り出して居るのは「半分は我々の責任だ」という立場に立たない限り、今の状況は改善しませんよ!!
 物事を被害者意識だけから見ていると、逆に無責任体質を助長することに成って仕舞います。日本人も被害者意識ばっかりの「子供の考え方」から、自己責任意識を持った「大人の考え方」に脱皮することが、何よりも”我々自身に”迫られて居るのだ、と私は思って居ます。

 ■結び − 「自己責任型社会」への脱皮を!
 一人の個人が成人すると所謂「社会的責任」が生じるのと同じく、それを「国民」というレベルに拡張しても同じ道理で「国民の一員としての自己責任」が有るというのが私の考えの基本です。これは私自身に対しての自戒として何時も思って居ることなのですが、「オマエだ」と言われると自分の事だと気が付くのに、「国民」と言われると何か他人事の様に感じられて仕舞います。日本は幸いにして紳士の国に生まれ変わったのですから、戦前の様に国民のことを「オマエ」とか「キサマ」とか呼んだりはしませんが、国民という時は”自分も含まれて居る”んだという認識を持つ様にしなければ為りません。そして子供みたいに「ねだる」だけでは無く「一人一人が責任を果たす」社会に、即ち精神的に「大人の社会」に脱皮しないと行けませんね。
 私は決してケネディ主義者では無いですが、今の日本の皆さんにはケネディが大統領就任演説で訴えた
  「国民は国に何かをして欲しいと願うのでは無く、国の為に何が出来るかを考える時が来た。」
という言葉を想起して貰いたいのです。アメリカに遅れること40年、日本も「自己責任型社会」に脱皮して、自分の問題は自分で解決して行ける社会にすべき転換期が来ていると私は思って居ます。その事をもっと認識して戴きたいのです。
 私が主張して居ることは、要は国民一人一人が「自分の責任は自分で果たす」、「自分の言動に責任を持つ」という単純な事を要請して居るのですが、案外と単純な事程「言うは易く行うは難し」なのかも知れません。この
  「単純こそ至難なり」
エルニーニョの単純性中定理と呼びますよ。
                (^o^)

 現在の日本のマスコミ(特にテレビ)は酷いもので、最早「公器としての責任」(※4)など打ち捨て、商業主義的な視聴率稼ぎに走り短絡的な被害者意識を煽って居ます、少なくとも私にはそう見えます。その所為で日本人全体が余り考えもせずに、物事を被害者意識でしか見ない様に成って仕舞って居ます。私はこの様な状況と方向性を危惧し、このページを[「自己責任型社会」への脱皮]シリーズの”叩き台”として、更に深化した議論を展開して行く積もりです。
 最後にこのページを作るに際しU氏始めP社のメール読者の皆さんに、ご協力を感謝致します。有り難う御座いました。
                m(_=_)m

 尚、[「自己責任型社会」への脱皮]シリーズの他画面への切り換えは最下行のページ・セレクタで行って下さい。(Please switch the page by page selector of the last-line.)

−−− 完 −−−

【脚注】
※1:金融ビッグバン(きんゆう―、financial big bang)とは、1986年イギリスが実施した証券制度の大改革。宇宙創世の際の大爆発に擬えてサッチャー首相が命名
 これに倣って、1996年に橋本首相が発表した「わが国金融システムの改革 2001年東京市場の再生に向けて」に沿って、2001年迄に実現しようとする日本の金融制度の構造的改革を「日本版金融ビッグバン」(Japanese version of financial big bang)と言う。その骨子は銀行・証券・保険の相互参入や金融持株会社の解禁に依る自由化と、競争の促進に依るコスト削減です。<出典:「現代用語の基礎知識(1999年版)」>

※2:公的資金(こうてきしきん、public fund)とは、金融システムの安定化と預金者の保護の為に、政府が預金保険機構内に用意する金融早期健全化勘定の資金。破綻金融機関の損失補填や資本注入の原資に使われる。1999年には大手銀行15行に約7兆5,000億円を投入。全体で約25兆円が計上された。<出典:「学研新世紀ビジュアル百科辞典」>
 補足すると、資金源は我々の税金です。「公的資金」「損失補填」という言葉は1991年以降の流行語に成りました。

※3:ハロウィーン(Hallowe'en, All Hallows Even)は、(諸聖人の祝日の前夜)の短縮語。万聖節 (All Saints' Day) の前夜祭。10月31日の夜、英国では余り行なわれないが米国では盛んで、魔女(witch)などの仮装や、カボチャ(pumpkin)の中身をくりぬき"jack o' lantern"を作ったり、"Trick or treat!"(お菓子を呉れないとイタズラするぞ)と言って子供たちは近所の家からお菓子を貰う。

※4:公器(こうき、public institution)とは、社会一般の為のもの。公共の機関。「新聞は社会の―」。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

    (以上、出典は主に広辞苑です)

●関連リンク
補完ページ(Complementary):当サイトで最初に自己責任を論じた論考▼
「肉を食らう」ということ(Carnivorous life)
補完ページ(Complementary):「大衆の自己責任」から大衆論への発展▼
理性と感性の数学的考察(Mathematics of Reason and Sense)
金融ビッグバンや日本の戦後のゼロからの再出発▼
戦後日本の世相史(Shallow history of Japan after World War II)
日本人の付和雷同癖▼
私の健康論−不摂生は健康の母(My healthy life)
「大人の考え方」への脱皮の必要性▼
デフレ論議に疑問を呈す(Is our DEFLATION true ?)
いじめ問題について(About the BULLYING)


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          3:いじめ問題(Bullying)

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