12/18/2016/SUN
卒業
過ぎてしまえばあっけないもので、15日、就労移行支援事業所への通所も最終日になった。最終日の午後、卒業式をしてくれた。利用者の一人一人から励ましの言葉をもらい、寄せ書きをした色紙もいただいた。もちろん、卒業証書も。
ふだんは午前に通所していた。最終日は朝一番でハローワークに行き、最終回の失業認定を受け、再就職手当申請の説明を受けた。
都合のよいバスを見つけたので事業所近くまで都営バスに乗り、アメリカン・ハンバーガーのランチを済ませて事業所へと向かった。障害者手帳を取得してから都営交通に詳しくなった。
最終日の前日、これまでしてきた仕事についてほかの利用者の前で発表した。就職したことのない人の参考になる、という事業所の依頼だった。
1996年から2014年まで関わっていたIT業界の、パソコンやスマートフォンなど、主にハードウェアの業界について、ビジネスモデルや製品の仕組み、VRやIoTなど、これから広がる新しい技術について話した。
辛いことばかりだったように思っていたけれど、「世界初」のビジネスに関われたことは少しは誇りに思ってもいいかな、とようやく思えるようになった。
この発表は意外に好評だった。最終日の「贈る言葉」でもこの発表を褒めてくれた人が何人かいた。発表が得意という性格分析はあながち間違いではなかった。
卒業を前に数日前、親しくなったトレーナーに相談をした。質問は「カミングアウトについてどう思うか」。すなわち、秘密にしていることを打ち明けるか、ということ。
ヘッドハンターや産業カウンセラーの経験もあるトレーナーの回答は明快だった。
- 1. 「話さなければいけない」という強迫的な気持ちや「話さなければわかってもらえない」という否定的な動機なら、止めたほうがいい。
- 2. 打ち明けることで相手との信頼関係が深まると思うなら、話すのがいいだろう。
明快な回答は、私を突き刺した。私が間違っていたことを思い知らされたから。
これまでずっと、自分でも整理できていないことを「わかってもらいたい」という気持ちから打ち明けてきた。十代の頃はカミングアウトしまくっていた、と言ってもいい。
これは矛盾している。自分自身が理解していないことを自分以外の人がわかってくれるはずがない。
大人、それどころか中年になった今、信頼関係の深い友人ができるとは思えない。とりわけ、職場では。職業上の信頼関係があれば十分。
十代のあいだ、カミングアウトすることで多くの人を混乱させ、疎遠にしてきた。信頼を深めるどころか、裏切られたような気がして自分自身も深く傷ついた。ならばどうすればよかったのか。殻を閉じたまま黙っていればよかったか。それはできなかっただろう。瀬川丑松のように、秘密を抱えていることに私は耐えられなかった。
秘密をもつ前に知った人とだけ付き合えばよかったか。それもまた、できることではなかった。
心のなかで整理できていない「十代の出来事」に向き合うときではまだない。S先生からはそう言われている。
カミングアウトはしない。これからは、秘密を大切にしようと思う。
大切にするために、私だけの庭であるここで、書いていく。これまでもそうしてきた。