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残留農薬多成分スクリーニングに関わる試験技能評価

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 あなたが出している残留農薬の分析結果、本当に確かですか?
 なかなかきけないこの問いに正面から取り組んだ研究の紹介です。詳細は報告書と論文で発表しています。ここに書くのは、著作権に触れない範囲内での概要と、報告書や論文を理解する参考になりそうなことのみです。なお、先に残留農薬スクリーニングの腕前を確かめるにはを読んでいただいたほうが、こういうことを考える頭の準備ができます。さらに、医薬品分析と食品(環境)分析の間の暗くて深いミゾも読んでいただければ、より背景がつかみやすいのではと思います。


1ページめ
 研究要旨(2003年10月25日作成)
 研究の背景(2003年11月15日作成)
 経過と結果(2003年11月22日作成)
 この研究の発表先(2003年10月25日作成、11月29日更新) New


2ページめ:図表など
 この研究事業で分析対象にした農薬リスト(2003年10月25日作成)
 分析法の概要(2003年11月29日作成) New
 Q&A 集(2003年11月29日作成) New

3ページめ:用語解説・資料集
 残留農薬のポジティブリスト制(2003年11月1日作成)
 食品分析技能評価スキームFAPASRについて(2003年4月20日作成)
 Horwitzの式とは(2003年10月11日作成)
 研究事業の概要(2003年6月8日作成)
 関連リンク(2003年4月20日更新)

研究要旨(2003年10月25日作成)

 国内の8つの分析機関の参加を得て、農作物中の104種農薬の残留スクリーニング分析に関わる試験技能評価を試みた。評価内容は、全農薬の検出下限値・内部精度評価(添加回収試験)・そして一部の農薬についての外部精度評価(ブラインドスパイク試験)の3つである。

 農薬の分析方法は各機関の選択に任されたが、研究班として分析法の一例を示したところ、8機関すべてがこの試験法を使用した。うち2機関は、独自に工夫して試験法を改良して実施した。

 まずGCの検出下限値及びほうれんそう・とうもろこし等への添加回収率は104項目の農薬すべてに関してほぼ良好であり、農作物中における一斉残留スクリーニングがまったく不可能であると考えられるものはなかった。しかし、延べ49農薬分のブラインドスパイク試験(添加量は残留基準値程度、5回に分けて5作物で実施)の結果、添加されていた農薬を正しく検出できた比率は機関によって大きな差があり、すべてを正しく検出した機関がある一方で、32農薬しか検出できなかった機関もあった。また、含有されていない農薬を検出と判定した頻度は、5回の試験で15農薬の誤検出をした機関がある一方で、まったく誤検出のない機関もあった。参加各機関の多成分農薬スクリーニング技能水準にはかなり開きがあることがうかがえた。


研究の背景(2003年11月15日作成)

 食の安全への関心が高まる中、 「食品衛生法等の一部を改正する法律案」が今年の5月23日に成立し、5月30日に公布された。この中に、残留農薬のポジティブリスト制導入がうたわれている。ポジティブリスト制のもとでは、現行のネガティブリスト制よりも一層多数の農薬を分析することが必要になる。

 そして同法では、食品の監視・検査体制についても大きな変更が行われることになった。食品衛生法等の改正骨子案から引用すると、次のとおり。

(1) 命令検査の対象食品等の政令指定の廃止
(2) 命令検査を実施する検査機関について、指定制から登録制への移行
(3) モニタリング検査の登録検査機関への委託
(4) 厚生労働大臣による監視指導の指針及び輸入食品監視検査実施計画(仮称)の策定・公表
(5) 都道府県等食品衛生監視指導計画(仮称)の策定・公表

 ここで重要なのはモニタリング検査の登録検査機関への委託という項目だ。食品関係用語集では、「モニタリング検査」の解説として、次のように書かれている。

モニタリング検査

 食品の種類毎に、輸入量、輸入件数、違反率、衛生上の問題が生じた場合の危害度等を勘案した年間計画に基づき実施される検査をいいます。

これは、輸入食品等について幅広く監視(モニター)し、違反が発見された場合には検査を強化するなど、必要に応じた輸入時の検査体制を構築することを目的とした制度であり、命令検査制度とあわせ、輸入食品の安全性を確保しています。 モニタリング検査制度は、多種多様な輸入食品の衛生上の状況を把握すると共に、円滑な輸入流通を目的としており、検疫所の食品衛生監視員による試験検体の採取は行われますが、試験結果の判定を待たずに輸入手続きを進めることができます。 平成十五年の食品衛生法の改正により、モニタリング検査の一部を登録検査機関(指定検査機関)へ委託することができることとされました。

 現在、法律に基づく輸入食品のモニタリング検査を行っているのは厚生労働省の機関である検疫所だけだ。中国産ほうれんそう中の残留農薬が問題化して以来、モニタリングで違反例が見つかった食品群については「○○国産の××」というように限定して命令検査が行われることになっている。この検査を行うのは厚生労働省が指定した検査機関(民営)だが、これはあくまで個別分析である。(命令検査の詳細情報は輸入食品監視業務ホームページに逐次掲載される。)

 個別の農薬を分析するのと多種類を一斉に分析するのでは、難しさがかなり違う。現在個別分析しか受託していない指定検査機関に、検疫所と同程度の多成分分析技能があるのか。また、指定制度から登録制度に移行したら農薬を分析する機関は飛躍的に増えると予想されるが、その検査の精度をどのように評価・管理していけばよいのか。これらの問題に答えるために、厚生労働省からの要請を受けて、 平成14年度厚生労働科学特別研究事業「中国産野菜等輸入食品中の残留物質の一斉分析法の開発に関する研究」(主任研究者:国立医薬品食品衛生研究所大阪支所外海泰秀食品試験部長=当時)としてこの研究事業が実施された。


経過と結果(2003年11月22日作成)

 厚生労働省から国衛研大阪支所の外海泰秀食品試験部長(当時)に「残留農薬のモニタリングを民間の分析機関でも実施することは可能かどうか探る研究」が依頼されたのは、2002年の夏だった。「民間の分析機関」として、輸入食品の命令検査を受託している6つの機関が指名されていた。大阪支所、横浜検疫所、神戸検疫所の関係職員で研究班を作ってこの仕事に取り掛かった。

 厚生労働省から依頼された検討すべき農薬は119項目だったが、検疫所でモニタリングしていた農薬は、当時は約40項目だった。従って研究の目的は、分析対象を広げてもちゃんと分析できるかという分析法の評価と、各分析機関の技能評価の2点ということになる。各機関が保有する分析機器や得意とする手法は違っており、分析法を統一するのは無理だろうと思われた。そこで分析法の選択は各々にまかせ、分析技能の評価に重点を置くことになった。残留農薬分析の技能評価は、まだ日本での研究例がほとんどない。海外でも、定量の技能試験については報告例が多いが、多成分スクリーニング(定量は公定法でやり直すので、定性に重点がある)に関する報告は少ない。しかも、技能評価というのは確立した試験法について行うものであり、十分バリデーションする暇もないのにこれほど多数の農薬のスクリーニング技能試験を行うのはかなり無理のある試みだったと思う。(技術的な対応が追いつかないほど、農薬分析への社会的要請が強いとも言える。)

分析技能の評価はどんな風にやればいいか?

 いったいどんな方針でやればいいのか、研究班で討議した。まず、農薬が残留基準値以下の濃度まで検出できなければ話にならないから、参加する分析機関(6機関+検疫所2ヶ所で計8機関)の検出下限値をチェックするのは必須だった。それから、厚生労働省が定めているGLP基準で、回収率70〜120%というのがあり、これは明確な指標の一つになると考えられた。各機関にそれぞれ対象農薬の添加回収試験を実施してもらうことになった。

 しかし、上記の構想どおりのことだけなら、各々の機関で検出下限と回収率を自己点検(内部精度評価)するだけということになる。「添加回収試験」はどの程度当てになるか?で解説したようなこともあり、外部精度評価も加えなければ、正確な技能評価とは言えないと予想された。そこで、評価される機関に対して農薬の種類と濃度を伏せた試験(外部精度評価)も行うことにした。これは手間のかかることなので、10種類の農薬を添加したほうれんそうと、もともと2種類の農薬が残留していた輸入オイルシードの2とおりだけ行うことにした。検出下限と自己添加回収は全農薬で行った。

 検疫所で用いているスクリーニング法で119項目の農薬を分析してみて、回収率に問題があるものを除いたら104項目になった。この104項目を検討対象にすることにした。104というのは、世界的にも例のない多さだ。単に分析法を検討した論文なら、もっと多数の農薬を扱ったものも出ているが、技能試験(proficiency test)でこれだけの数というのは私は読んだことがない。もしあったらメールで教えてほしい。

中間集約の結果に頭をかかえる

 これだけ多数の農薬を対象にして、参加機関も8機関となると、技術的な細部の詰め(添加法や試料の配布法や、分析法や、異性体のある農薬はどのピークで定量するか等)に非常に手間がかかった。しかも厚生労働省は早期の結果提出を要求していた。全体の会合を1回開いた以外に、電子メールやファックスや文書で忙しいやり取りをして準備した。何とか全機関が準備を整え、標準溶液と農薬添加試料を配布したのが12月の初め、中間的な分析結果の集約が年末となった。

 しかしこの中間集約で、予想外の結果が出てきた。この段階では104農薬の検出下限値と2作物でのセルフスパイク回収率、ほうれんそうとオイルシードでのブラインドスパイク回収率の結果を集約した。検出下限とセルフスパイクは穏当な結果だったのだが、ブラインドスパイクの結果にスタッフは頭をかかえた。ほうれんそう中10農薬のうち6農薬しか検出しなかったのが1機関、8農薬3機関、9農薬1機関、そして全農薬を検出したのは3機関だけだったのだ。

 統計用語で不偏推定値という言葉がある。農薬分析を無限回繰り返すのは現実には不可能だが、仮にある機関が非常に多数の分析を行うとすると、農薬を正しく検出できる割合はある比率(母比率)に近づいていくと考えられる。その比率をその機関の検出能力とみなすことができる。そして、その比率は、少ない分析回数からも一応推定することができる。単純に言って、10回の分析で6回正しい結果を出した機関なら、多数の分析で正しい結果を出す確率は60%と推定されるのだ。これを不偏推定値という。こんな言葉を使わなくても、直感的に誰でも考えることだろうが。(なお、この推定はすべての作物中のすべての農薬の検出の難易度が同程度だという乱暴な仮定に基づいている。詳しくは 残留農薬スクリーニングの腕前を確かめるにはを参照してください。)

研究方針の変更

 100%の検出効率には誰でも満足する。問題は、90%や80%や60%という数字である。どのへんが日本の消費者の満足レベルなのだろうか。そういうことを考えるのは、我々技術者の仕事ではない。しかし、少ない試験回数の結果から算出した不偏推定値は当然ながら不正確だ。それに、104項目の一斉分析というのは現在ルーチンで行っているところは一つもなく、各機関とも分析法に不慣れであると考えられた。こういうデータが表に出て一人歩きしたら非常に問題がある。

 そうなると、次にすべきことは明白だった。もっと試行数を増やして再試験することだ。当初の計画では6種類の作物でセルフスパイク試験を行う予定だったが、これを4種類に減らし、その代わり、10〜14種類の農薬を添加したブラインドスパイク試験をあと3回行うことになった。そして、各機関に対して中間集約の結果を返し、再試験ではもっと念入りにクロマトグラムをチェックして見逃しのないようにと注意喚起した。初めての試みだったから手際が悪かったのだろう、ちゃんと心構えがあれば、どの機関ももっと検出効率が上がるに違いない・・・とスタッフは期待していた。

そして結果は

 最終的な結果の集約は2003年1月末。期待に反して、成績は全体にあまり向上しなかった。結局合計では49農薬をブラインドスパイク(2農薬はもともと残留)したわけだが、中間集約で100%もしくは90%の検出効率だった機関はトータルでも100%もしくは98%正しく検出した。中間集約で80%、60%だったところは、最終的にも65%〜88%だった。

 含まれている農薬を正しく検出したかどうかだけでなく、含まれていない農薬を間違って検出しなかったかどうかも重要だ。合計5回の試験で、15の誤った「検出値」を報告したところがあった。まったく誤検出のない機関は2つだけだった。この誤検出の数にも分析機関の個性が表れた。つまり、検出か不検出か判断に困るような灰色のデータが出たときに「検出」にしておくところ(誤検出が多い)と「不検出」にしておくところ(検出漏れが多い)があるらしきことがうかがえた。

 農薬分析をやったことがない人が聞いたら、「プロが出す分析結果がそんなものなのか」と驚くかもしれない。しかしこの技能評価プロジェクトの結果は、FAPASRのシリーズ19で通常得られている結果と非常によく一致していた。(どう一致していたかは、論文または報告書を参照してください。)私のまったく個人的な思い込みだが、日本の分析機関は高学歴のスタッフがそろっており、分析技能レベルも高いとの固定観念があった。それがくつがえされて、日本の分析機関のレベルは世界の分析機関のレベルと同程度という認識に変わった。もちろん、たった一例の技能試験でこんな一般的なことを述べるのは言いすぎである。今後、多くの技能試験結果が公表され、やっぱり日本の分析機関のレベルは高いという認識に戻れることを望む。

まとめ

 残留農薬分析の難しさが改めて浮き彫りになった研究であった。これは大阪支所食品試験部最後の仕事の一つだった。研究が終了した2003年4月には正職員6人中5人が異動して、今では食品試験部に在籍していない。精度管理は一回きりではあまり意味がなく、継続的に実施する必要がある。食品試験部ではもう実施できないが、この研究で出たデータやノウハウが今後有効に役立てられることを期待する。

 しかし驚いたのは、49農薬すべてをピタリと検出した機関があったことだ。しかもこの機関は、含まれていない農薬を誤検出した数もゼロだった。その上、定量値もかなり正確だった。正直なところ、私が同じ試験にチャレンジしたとして、このような成績を出せる自信が絶対あるとは言えない。104種の農薬のブラインドスパイク試験で49回連続して正確に検出というのは、おそらく世界初の記録だと思う。研究の終了後に、たまたまある会合でこの機関の方の一人とお会いしたが、自分たちの分析技術に大きな誇りを持っておられたのが今でも印象に残っている。


この研究の発表先(2003年10月25日作成、11月29日更新)

  1. 平成14年度 厚生労働科学研究費補助金(厚生労働科学特別研究事業)研究報告書「中国産野菜等輸入食品中の残留物質の一斉分析法の開発に関する研究」(主任研究者 国立医薬品食品衛生研究所大阪支所食品試験部長 外海泰秀)
  2. 津村ゆかり、石光 進、大滝佳代、内海宏之、松本延之、駄場正樹、土屋 鍛、右京政補、外海泰秀「農作物中の104種農薬残留スクリーニング分析に関わる試験技能評価の試み」食品衛生学雑誌、44巻、234頁

 厚生労働科学研究の報告書は、国立国会図書館へ複写を請求することができます。蔵書検索システムNDL-OPACに表題の一部を入力すると所蔵を確認できます。
(注:NDL-OPACは、早朝にはシステムメンテナンスが行われるためつながりません。)
 なお、著作権保護のため、1著作物の複写は半分までとされています。この報告書の全ページ数は92ページで、各章のページ数は下記のとおりです。

[第1章] 農作物中の104種農薬残留スクリーニング分析に関わる試験技能評価 本文 p.4-19(16ページ)、図表 p.20-55(36ページ)、自己点検レポート p.56-64(9ページ)
[第2章] イオントラップ型GC/MS/MSによる農作物中の残留農薬分析 p.65-84(20ページ)
[第3章] 英国環境食糧農業部中央科学研究所(CSL)が主催する食品中多成分農薬分析の技能評価スキーム(FAPASRシリーズ19)の実施状況及び結果の概要 p.85-92(8ページ)


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管理者:津村ゆかり yukari.tsumura@nifty.com