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残留農薬分析に関する話題

残留農薬分析歴16年、まだまだ駆け出しで心残りですが、中断してしまいました。
私なりに考えてきたことを、まとめてみます。

いずれも読みきりの小論です。

農家が検査機関の信頼性を判断するには?(2006/3/26)
検疫所ではどんな分析法で200農薬もモニタリングしているのか(2005/10/12)
食品分析に役立つ巡回頻度別リンク集(自己流)(2003/12/6)
膨大な残留農薬基準値への対応は・・・(2003/11/15)
残留農薬スクリーニングの腕前を確かめるには(2003/10/18)
2003年5〜8月分
日本農薬学会「残留農薬分析 知っておきたい問答あれこれ」(2003/8/24)
「食品衛生検査指針<残留農薬編>」発刊(2003/8/17)
試験室三原則:@ソルベントレスAボンベレスBヒトデレス(2003/6/29)
残留農薬の多成分一斉分析で回収率が低い農薬(2003/6/8)
農薬を分析する人にお勧めするバイブル的な本(2003/5/18)
2003年4月以前の分
「添加回収試験」はどの程度当てになるか?(2003/4/26)
圃場散布で残留した農薬と添加された農薬は、どう違うか?(2003/4/13)
分析ラボ新人が何より先に覚えるべき五か条(2003/4/6)
穀類・豆類などを「水で膨潤」するのは必要か?(2003/4/2)
農作物中の残留農薬は、まずどんな溶媒で抽出すべきか?(2003/4/2)


農家が検査機関の信頼性を判断するには?(2006/3/26)

  農薬ネット を主宰する西田立樹さんから、ブログに 質問コメント をいただいた。

ポジ制がらみで残留農薬検査結果の確からしさに注目が集まっていますが、検査機関の信頼性を農家などはどのようにして判断すればいいのでしょうか。また、検査機関は信頼性を高めるためにどのような事をすればいいのでしょうか。

 むずかしい質問だ。「農家などが」・・・つまり、化学分析の専門知識を持たない人が検査機関の信頼性を判断する・・・いったい、どうすればいいのだろうか。

国が運用している制度

 最初にチェックすべきは、食品衛生法に基づく検査機関として登録されているか否かだろう。登録されている機関は、国が定期的に査察を行って信頼性を確認している。(この制度の概要や登録機関リストは、厚生労働省ホームページ 食品衛生法上の登録検査機関について 参照。)

 しかし、登録検査機関は多数ある。また、現時点でこの制度の対象になっている分析は個別の農薬の命令検査であり、多成分スクリーニングではない。さらに、参入制限があるため(化学会社を親会社に持つと条件が厳しい等)、実績のある検査機関が登録されていなかったりする。

 では、登録制度以外にどんなことを目安に検査機関を選べばいいのか。私自身は現在農薬分析をしていないが、現役で農薬分析に携わっておられるかたがたにきいてみた。

検査機関が検査機関を選ぶ場合

 まず答えてくれたのが、大手検査機関で統括的な立場にあるかた。いきなり高度な要求が出た。

検査機関の信頼性は自分の目で判断する以外にはありません。
私どもも、自社でオーバフローした業務を他の分析機関に委託することを行っていますが、事前に、既に残留が判明している検体を送って確認しています。さらに、機器の管理、手順書、職員の訓練などを確認した上でないととても安心して分析を委ねることができません。

 さすがに、専門機関が専門機関を選定する基準だから厳しい。「残留量既知の検体」をまず分析させてみる・・・本来、そうすべきだ。しかし、農家がそんな検体を用意するのは難しいのではないか。「機器の管理や手順書を確認」・・・これも専門知識がなければ無理ではないか。

3点セット

 次に答えてくれたのは、私のページにたびたび登場していただいているベテランUさん。(ポジティブリスト制への対応策試験室三原則分析化学のページ公開の経緯

農薬検査依頼者は検査成績書の他に次の物を添付して貰いましょう。
1.GLP制度上の信頼性確保部門の直近の査察結果
2.直近3回の外部精度管理結果
3.検査と並行してやられているはずの添加回収試験結果(内部精度管理結果)

 添付してもらうだけなら、専門知識がなくてもできる。特に検査機関ごとに差が出るのが2番の「外部精度管理」だろう。「残留量既知の検体を事前に分析させてみる」を第三者機関がやってくれて、その結果を公的に証明してくれるのが外部精度管理だ。こういう仕組みがあるということを知っているかいないかは、検査機関選びに大きく影響しそうだ。特に、このホームページでもたびたび紹介している FAPASR は、実際の残留分析に近い枠組みで行われている。FAPASRに参加していて結果を見せてくれる機関は、相当自信があるところだと思う。(中身を理解できなくても、出せる機関か出せない機関かということ自体が判断材料になる。)

3つの質問

 最後に答えてくれたのは、検査機関の信頼性を評価する道のプロ。(所属は伏せておく。)次の3つの質問をしてみるのがいいそうだ。

1.どうやって分析の質を確保しているか。内部精度管理や外部精度管理がどうなっているか。
2.一日あたりの受託件数と、分析に当たっているスタッフの人数(無理がない数かどうか)。
3.食品衛生法に基づく命令検査の受託実績(件数が多いところは経験を積んでいる)。

 このうち1番のような質問を専門外の人ができるのか?検査機関が答えたとしても、それを判断できるのか?このプロが言うには「農家の人にもわかるように説明できる検査機関はホンモノです。真に自分のものになっていなければ、一般の人にわかるように話せません。私たちが接する検査機関の中にも、やたらに専門用語を並べるだけで実はわかっていないのではないかと疑いたくなるところが若干あります」とのことだった。なるほど。

 また、件数とスタッフの人数の比にしても、どのくらいなら無理がないかを判断することは難しいが、数字そのものよりも、回答するときの態度によって、そういうことをきちんと考えているかどうかがわかるそうだ。

農薬分析に意味があるのか

 ところで、そもそも農薬残留検査にどの程度意味があるのか?という疑問がある。検査にかかる莫大な費用、分析の限界、サンプリングした作物の検査結果で正確に全体の実態をとらえられるのか・・・といったことを考え合わせれば、やはりあくまで栽培段階での管理を中心に据えるのが合理的だろう。

 いっそ、残留農薬を分析すること自体をやめてはどうなのか。と、上記のプロにきいてみた。すると「でも、栽培段階での管理だけを100%信用して頼るわけにも行きませんよね。やはりどうしても確認のための分析はある程度必要だと思います」とのことだった。

 検査機関の側としては、検査の限界を認識しつつも、検査というものの重要性に自負を持って、技術や説明責任の面で社会的要請に答える努力を続けていくのが大切だと思う。

補足:なお、検査機関の国際規格ISO17025(JISQ17025)もあるが、これを農薬分析で取得している国内機関は現時点では非常に少ない。


検疫所ではどんな分析法で200農薬もモニタリングしているのか(2005/10/12)

 ここ一、二年の残留農薬分析をめぐる変化のはげしさには目を見張るものがある。急に農薬を分析する必要に迫られた膨大な数の食品メーカーや流通メーカー、生産者が、真剣に情報を求めている。試薬・機器メーカーの展示会や広告、関連学会の講演会、業界紙誌などには、農薬分析をテーマにしたものが目に付く。言うまでもなく、あと半年後に迫ったポジティブリスト制が根源だ。

最もほしい情報はどこに?

 既に農薬分析から離れている私の感想だが、GCカラムやHPLCカラム、固相抽出、MSなどのハード面からアプローチして農薬の標準品を多成分分析できたという情報は多いが、最も求められる情報、そして農薬分析で一番苦労する部分、すなわち試料の前処理については、なかなか核心情報が得られない状況に見える。

 いきなり農薬分析することになった担当者が考えるのは、「とりあえず、うちと似たサンプルを分析しているところの方法をそっくり真似したい」ということに尽きると思う。その分析法がなかなか入手できないのである。「似たサンプルを分析しているところ」はライバル会社であり、おいそれと教えてくれるはずがないし、だいたい、ライバル会社だって、同じように農薬分析に関しては初心者だ。

 すると次に思い浮かぶのは、委託分析を専門にやっていて既に実績がある分析機関だ。が、民間の分析会社は必ずしもノウハウを積極的に公開しているわけではない。そんな義務もない。となると、既に実績のある公的な分析機関の責任は重大である。税金を使って実施している分析であり、そのノウハウが必要とされているのならば、公開するべきだろう。

ついに公開された試験法

 残留農薬の多成分分析で実績のある国の機関といえば、言うまでもなく、厚生労働省の検疫所である。ポストハーベスト農薬が問題化した15年ほど前から、あらゆる種類の輸入食品を分析してきた。現在では、年間に万検体単位で200項目の農薬を一斉分析している。

 検疫所は、どんな方法で200農薬も分析しているのか?この情報に到達するのは、実は案外むずかしかった。厚生労働省は、平成9年通知の「迅速分析法」(文献1)以来、お墨付きの多成分分析法を公表してきた。しかし、検疫所で実際にそのとおりの分析が行われているかどうかについては、わかりやすい情報がなかった。

 その情報が、ついに公開された。学術論文の形である。日本薬学会の論文誌 "Journal of Health Science" 51巻617ページ(2005年10月刊)、論題は"Validation of Multiresidue Screening Methods for the Determination of 186 Pesticides in 11 Agricultural Products Using Gas Chromatography (GC)" 。この雑誌は全文がPDFファイルとして無料で入手できる。(入手先: Journal of Health Science ホームページ

国の通知試験法との違い

 読んでいただければわかるが、この試験法は、「迅速分析法」とも、また、多くの個別農薬の公定試験法とも、かなり異なっている。私が携わった 残留農薬多成分スクリーニングに関わる試験技能評価 の中で研究班が提案したもの(概要は こちら )に若干の修正が加えられた試験法である。研究班の報告書・論文の中で、これが検疫所で実際に用いられている試験法であることが述べられている。だから正確には、「検疫所で使われている試験法」は今初めて公開されたわけではなく、2年前に既に公開されていた。ただ、あくまで研究の主題は技能試験であったため、分析法については詳しく書かれていなかったし、主著者は国立医薬品食品衛生研究所大阪支所のスタッフだった。

 このほど発表された論文は、著者の全員が検疫所の職員だ。これがモニタリングに採用されている試験法であることがはっきり書かれており、今年4月の1,516検体の分析データまでつぶさに載っている。

 ところが、厚生労働省のお墨付きの「迅速分析法」は引用文献になっていないし、試験法の根拠も述べられていない。いったい、どんな経過でこういう試験法が?と疑問に思われたかたは、 こちら を読んでいただきたい。簡単に言えば、お墨付きの方法では、手間がかかりすぎて万検体単位の分析に対応できなかったのだと思われる。手間のかかるステップが労力の少ない方法に置き換えられている。また、スクリーニング試験であることから、回収率は50%でよしとし、その分、多数の農薬に対応できるようになっている。農薬が検出された場合は公定法で正確に定量するという前提である。

大量検体の現場から生まれた試験法

 私が初めてこの試験法を知ったとき、現場から生まれた数々の工夫に驚いた。穀類の脂質を除去するのにGPCも分液ろうとも使わず、共栓試験管でアセトニトリル/ヘキサン分配するところや、果実・野菜をいきなり酢酸エチルで抽出して、転溶というわずらわしいステップを省いているところなどなど。研究的に数十回程度の試験操作しかしない機関と、ルーチンで数万回試験操作する機関との違いを感じた。

 残留農薬分析においても技術の進歩はいちじるしい。いずれLC-MSが主流になれば、検疫所は別の試験法を使うようになるかもしれない。しかし当面はこの試験法が利用され続けるだろうし、予算面でLC-MSを導入できない中小の試験室にとっては、かなり長期にわたって利用できる試験法だと思う。

 また、この論文は国立医薬品食品衛生研究所の佐々木久美子室長がレビューされたことが謝辞で述べられている。現場から提案した試験法を国の研究者が認めたということも画期的だと思う。大量検体を扱う分析では、こういうパターンのほうがより実用的な試験法が生まれるのではないか。

幅広い種類の農作物での実績

 そして、農薬分析への対応に頭を悩ませているみなさんにとって何よりありがたいのは、この試験法にはあらゆる種類の輸入農作物での分析実績があるという点だ。数品目から十数品目程度で実験してデータを作った試験法とはわけが違う。特殊な試料であっても、問い合わせれば分析例についての情報がもらえるかもしれない。論文には、第一著者の平原嘉親さんのメールアドレスが記載されている。

 なお、平原さんは業務の傍ら努力を続けて、一昨年、化学系の検疫所職員として初めて博士号を取得された。ルーチン分析の現場の技術者が、自分たちの工夫を試験室内に閉じ込めることなく、論文を書く力も身に付けて外へと発信していく---それは、技術者たちの誇りにつながるだろう。あとに続く人たちが、どんどん出てきてほしい。

参考文献

1.厚生省生活衛生局長通知”残留農薬迅速分析法の利用について”平成9年4月8日、衛化第43号


食品分析に役立つ巡回頻度別リンク集(自己流)(2003/12/6)

 たいていのリンク集は重要度順やテーマ別にリンク先が並べてあるけれど、私は「このリンク集を作った人は、普段はどんなルートで巡回してるんだろう?」と思うことがある。更新頻度が高いサイトも低いサイトもあり、最適なチェック頻度はリンク先によって異なる。巡回より調べものに適するサイトもある。自分とよく似た仕事をしている人の巡回ルートを聞けるなら、参考にしたい。そう考える方のためのリンク集を作ってみた。私は現在は食品分析をしていないので、今でも食品に関わっているならばとの仮定のもとに書いた部分もある。あくまで自己流で、他にもっとチェックすべきサイトはあると思う。また、この記事は更新するつもりはないから、現時点でのリンク集でしかない。

毎日巡回するところ

 私が最も頻繁に見るのは厚生労働省ホームページの新着情報だ。ブラウザ起動時の画面に設定して、平日には一日一回以上チェックしている。このページの平日昼間の更新頻度は数時間おきだ。新着情報は厚生労働省のトップページにも最新10件だけは掲載されるが、前回チェック分以降の件数が10件より多い場合は新着情報ページへ移動しなければならない。だから私はトップではなく新着情報へ直接行くようにしている。

2004/1/26 追記  厚生労働省は、緊急情報及び新着情報を1日1回メールで配信するサービスを開始した。厚生労働省ホームページにおける新着情報配信サービスの提供開始等について

 次によく読むのはYahoo!ニュースなのだが、これはトピックスの入れ替わりがかなり激しいので、どれにブックマークするか決めるのは難しい。食品の安全性は比較的息長く続くトピックだと思われる。Yahoo!ニュースでは、トピックの選定さえ適切なら、新聞・テレビで報道された記事を効率よく見つけることができる。掲載は新聞等より数時間〜半日程度遅れるから、他人よりも早く情報をつかまえるというわけにはいかないが、「そのニュース知りませんでした」ということは避けられる。今は食品不正表示問題 というのがある。過去には「無登録農薬問題」等がトピックになっていたことがある。

週1回程度巡回するところ

 政府広報オンラインは、あらゆる行政分野について一般の人にもわかりやすくまとめられている。自分があまり得意でない分野(私の場合は農水省や環境省関連)の情報を素早く理解するのに役立つ。大きな更新は月曜日だが、それ以外の日にもちょこちょこ更新される。テレビ番組の放映予定もときどき見ておくと、映像で見たいものがあった時に見逃すことがない。(放映時間が長めなのは「新ニッポン探検隊!」15分。)

 中西準子のホームページは基本的に毎週火曜日に更新される。このページは、身体に悪いと言われる物質を分析する目的は何なのかと常に考えたい人にとって必読だと思う。2003年10月6日付けの雑感「エッセイとは何か?」によれば、読者には行政機関の人(特に霞ヶ関)が多いそうだ。この話にはうなずける。それから、市民のための環境学ガイドは不定期の更新(頻度は週1回よりも多い)で、環境関連のニュースはかなり細かいことでも「今月の環境」で取り上げられる。

 分析関連の雑誌の目次にも週1回程度目を通す。どの雑誌を重視するかは人によって違うし、職場で購入されている雑誌なら実物の目次を読むほうがよいかもしれない。私の場合は、フタル酸エステルをやっていた関係でFood Additives and Contaminantsに一番なじんできた。Journal of AOAC INTERNATIONALJournal of Agricultural and Food Chemistryも親しみ深い。分析関連の雑誌をまとめて巡回するなら日本分析化学会のタイトルサービスリンク集が便利だ。それぞれの雑誌は月刊か隔月刊ペースだが、英文のタイトルを読むのは時間が掛かるし疲れるから、暇を見つけて少しずつ読むペースが週1回程度。なお雑誌の目次は、論文を書く人には重要度が高いだろうが、論文を読むだけの人なら必要なときに文献検索すれば十分だと思う。(ただし、国内の主要学会の雑誌にはちゃんと目を通しているとして。)

思い出したときに巡回するところ

 分析機器会社の主催するセミナー等で、著名な講師の話が聴けてしかも無料というものが時々ある。各社からのダイレクトメールや広告にも書かれているが、見逃してしまっていることがある。そういう催しをしそうな会社のイベントページは、ブックマークして時折チェックしている。例えばAgilentのイベント・セミナー(横河アナリティカルシステムズ )島津分析機器の新着情報日本ウォーターズのセミナー&イベント情報日立ハイテクノロジーズ展示会・セミナー財団法人化学物質評価研究機構のクロマトセミナーなど。中には数万円単位の有料の実習系セミナーの案内も混じっているし、実質的に新製品の紹介のみという催しもあるが、思わぬ掘り出し物が見つかる場合がある。(私が今までにめぐり合った掘り出し物は、 Dr. K. Grob と Dr. P. Sandra の生の講演。)

 その他、念のために廻る先としては、厚生労働省の「食品安全情報」(新着情報をちゃんと見ていれば必要ないが念のため)、農林水産省の農薬コーナー等がある。

巡回しないけれど気になっているところと充実リンク集

 gooの最速ニュース「農薬」は、どう活用していいのか正直なところわからないから巡回ルートにしたことがない。Yahoo!ニュースと違って自分の最も関心のあるキーワードをマークできるのはいいのだが、検索語が含まれているだけで全部拾ってしまうためノイズが大きい。また、各記事はそれぞれの新聞社・テレビ局等のサイトへ直接リンクされており、行ってみたら内容が全く別のものに書き換わっていたり、新しいニュースでもないのにファイルの日付が変わるだけで上位に出現し続ける記事があったりして、ストレスを感じた。検索語として、思い切り特殊な言葉(たとえば自分の会社の名前)等を入れておいてチェックするというような使い方があるかもしれない。

 なお、西田立樹さんの農薬リンク集アグロサイエンス通信の関連サイトは充実している。これらの中には、きっと巡回する価値があるものが含まれているのだろうなと思いつつ、結局全部は訪問しないまま農薬の仕事から離れてしまった。

定期巡回先はあまり多くない

 こうしてみると、私の定期巡回先はあまり多くない。情報の入手経路としてのインターネットは、まだまだ新聞・テレビ・学会誌・業界紙誌等にかなわないと思う。それらをきちんと読んでおくことのほうが先だろう。でも、仕事を離れた趣味として巡回するページは結構多い。うろうろしていたら突然、非常に有用なサイトに行き当たったりするのは、インターネットならではの楽しみだ。

2004/1/4 追記 国立衛研安全情報部は昨年4月から、ほぼ2週間ごとに 食品安全情報 を発行している。これも巡回する価値があると思う。


膨大な残留農薬基準値への対応は・・・(2003/11/15)

 以前このページで、某地方衛生研究所のベテラン職員Uさんの談話 試験室三原則:@ソルベントレスAボンベレスBヒトデレス を紹介した。その話にはUさん自身が「残留農薬分析の危機感(その1)」というタイトルを付け、「残留農薬分析の危機感(その2)は、2003年より数年間に設定される膨大な基準値への対応版」と予告しておられた。これはぜひ聞きたいという人が多いに違いない。私はその後何ヶ月かにわたり、しつこくUさんに続きをせがんできたが、このほどやっと全貌が明らかにされた。「本当に大したこと無いのでがっかりしないでください」というUさんの前置き付きの「その2」は、次のとおり。

「広域ブロック分担検査制度」の導入です。もう何から何まで自分のところだけでやる時代は終わったのだと思います。ク−ル宅急便を活用し、例えば近畿というブロックで分担して検査をしなければ、3年後の基準に対応できません。この交流によってGLPの共通化が図れると思いますし、全体の精度が向上していきます。まぁ、国等のかなりの調整が必要ですが、新規設備投資もそれほどいらず、現状の人員で何とか対応できそうですし、合理的な方法ではないでしょうか。

分析機器の整備上からは、「極性物質抽出用SFE」の設置が望まれます。まだ技術的に未知数のものが有るのですが、なんとか商品化してもらいたいものです。またLC/MS・MSはル−チン分析用に複数台必要となってくるでしょう。

 キーワードは3つ。広域ブロック分担検査制度・極性物質抽出用SFE・ルーチン分析用LC/MS・MSだ。もっと詳しく話してほしいという気もするが、これだけでも、残留農薬分析の最前線にいる方たちにとってはいろいろ構想を練る端緒になるのではないだろうか。

 「広域ブロック分担検査制度」などは、費用分担や事務手続き等について具体的に考え始めると、あれもできないこれもできないという話になることが容易に想像できる。でも、できないできないと言うのは事務方の仕事だ。技術者なら、実現性はともかく、まずは理想を語ってみてはどうだろう。


残留農薬スクリーニングの腕前を確かめるには(2003/10/18)

 いきなりだが、あなたは大規模スーパーチェーンの社長だとする。少々価格は高いが安全な食材を提供するのが売りの会社だ。もちろん、残留農薬の検査にも万全を期している。幅広い商品について、自社の検査室も含む全国10機関に分析を委託している。検査する農薬の項目は多岐に渡るが、中心は100種類の農薬を一斉スクリーニングすることだ。この100種類は、独自の調査で残留の可能性が高そうだと思われるものの中から、ガスクロで検出できるものを選んで決めた。もちろん100種以外にも重要な農薬はいくつもあるが、分析にかかるコストとの兼ね合いで、この100種をスクリーニングするのが一番効率が良いと考えて実施している。

添加回収試験と現状の外部精度管理で十分か

 ところで、ある時あなたはふと考えた。分析をやらせている10の機関の腕前は、本当に確かなのだろうか。ちょっと担当者にきいてみた。「すべてGLP基準を満たしています。毎日管理試料を分析して、回収率が70〜120%の範囲にあることを確認することになっています」との答えだった。

 そうなのか。でもちょっと待てよ、とあなたは考える。管理試料というのは、濃度が既知の試料だ。「添加回収試験」はどの程度当てになるか?なんて話もある。あらかじめ濃度のわかっている農薬を定量するのは、答えがわかっているテストみたいなものではないか。それを自己採点して点数を自己申告するのに等しい。まあ、日常的には添加回収が最も簡単に出来るチェック法だが、もっと客観的な評価もほしいものだ。

 すると担当者は「毎年、外部精度管理にも参加しています。10機関とも、毎年合格しています」と言った。ところでその外部精度管理って、どんな内容なんだ?「コーン油にクロルピリホスとマラチオンを添加したものが配布され、各機関はその濃度を定量して報告します」

 なるほど。テストの答え、つまり添加濃度は分析機関にはわからないわけだ。それでちゃんといい成績を取っているなら、安心していいのではないか。いや、そうだろうか。農薬分析の答えって、濃度だけだろうか。農薬が残留しているかどうか、残留しているとすればその農薬は何かということも答えの一部ではないか。100種類の農薬の中でクロルピリホスとマラチオンだけが入っていることが最初からわかっている外部精度管理で、本当のスクリーニング技能がわかるものだろうか。

 こう考えたあなたは、100種の農薬のどれが入っているかを伏せてスクリーニング技能試験をやることにした。そして、具体的にこの技能試験(proficiency test)をどう設計するか、考え始めた。(農薬分析マニアの社長だ。)

技能試験は何回行えばよいか?

 1種類の農薬を添加した試料で、1回だけ技能試験を行ったらどうだろう。それでちゃんと検出できた機関は優秀で、できなかった機関はダメ、そう判断していいだろうか。いや、でも、入学試験や国家試験は多数の問題の総合得点で合否が決まる。1問だけの試験では、たまたまその時だけ良い(悪い)結果を出してしまうところもあるだろう。

 10問だったらどうか。10問とも正解の機関は、相当優秀だと言えるのではないか。95%信頼区間を見てみよう。新潟大学医学部保健学科高木廣文教授のページの中の母比率(割合)の信頼区間を使えば手軽だ。10問正解の機関が正しく農薬を検出できる確率(非常に多数回の試験を行った場合にはこの確率に近づくという意味)は72〜100%の範囲と出た。

 つまり、10の農薬を全部正しく検出できれば、「この機関は72%以上の確率で正しく検出できます」とかなり自信を持って言える。(正確に言えば、72%以下の可能性も5%ある。)しかし、「72%以上」で安心できるのか。消費者は納得するか。ちょっと心もとない。30問に増やしたらどうか。すると89〜100%の範囲になる。下限はまだ80%台だ。そういうわけで、問題の数は50問ということにした。これなら、試験で全部正しく検出した機関が農薬を正しく検出できる確率は93〜100%ということになり、たまたま1つ間違えた機関でも、89.5〜99.6%と推定され、かなり狭い範囲での推定結果が得られる。

50農薬をどうやって添加するか

 さて、50回分の技能試験を、どうやって行うか。農薬を1種類だけ添加した試料で50回行うというのが、まず考えられる。しかしこれは非常にコストのかかる方法だ。逆の極端なやり方は、農薬を50種類添加した試料で1回だけ行うこと。だが、これも問題があり過ぎる。現実に流通する食品で、農薬が50種類も検出されるものなどない。分離の難しい農薬どうしが共存していたら、実際の試料よりも難しくなる。

 妥当な線は、5種類の農薬を添加して10回の試験を行うといったところか。それも、短期間に10回行うのでなく、月に1回ずつ、10ヶ月間行う。こうすれば、各機関が忙しい時期も暇な時期も含まれ、10ヵ月後に得られたデータは、かなり正確に各機関の技能を示すものになるだろう。

 いや。毎回5種類でいいのか。2枚のよく似た絵の違いを見つける「まちがいさがし」クイズでも、「間違いが5つあります」というのと、間違いの数がわからないのとでは、難しさにかなり差がある。だいたい残留農薬スクリーニングというのは、何種類の農薬が入っているかわからない試料について行うものだ。毎回5種類ではダメだ。平均して5種類ということにしよう。3、4、5、6、7種類の5とおりが同じ確率で選ばれるようにランダム関数を作って、各回ごとに添加農薬数を決めよう。(当然添加する農薬の種類もランダムに選ぶ。)

「正しく検出する」とはどういうことか

 ここまで、「農薬を正しく検出する」という言葉を説明なしに使ってきたが、それはどういうことか。素人的には、濃度はともかく「検出」と報告した機関は正しくて「不検出」と報告した機関は間違っていると考えるだろう。ところが、世界的に標準化されている技能試験の評価方法は、そうではないのである。定量結果から z 値というものを計算して、これの絶対値が2以下なら合格で2を越えていたら不合格なのだ。この場合、「不検出」という結果は「濃度0ppm」と解釈されて z 値が算出される。つまり、農薬を検出していても、定量値が本当の値から大きく外れていたら不合格なのである。

 この評価法に、あなたは疑問を持ったとする。これはスクリーニング試験だ。定量値が間違っていても、とにかく検出さえすれば、公定法で再度試験して正確に定量するのである。z 値で評価するよりも、素人的に「検出・不検出」で判断するほうが実用的なのではないか。よし、うちの会社の技能試験は、z 値でなく、とにかく入っている農薬を見つけたかどうかで評価することにしよう。

添加する濃度は?

 ところで上記の考察には、かなり乱暴な仮定が使われている。つまり、すべての農薬の検出の難易度は等しいという仮定だ。そんなことがあり得ないのは自明のことだ。検出が難しい農薬も簡単な農薬もある。同じ農薬でも、濃度が低いほど検出は難しい。作物にも、分析が簡単なのと難しいのがある。さらに、農薬と作物の相性によっても難易度が違う。

 それでもあなたは分析受託機関のスクリーニング技能を知りたいのだ。乱暴な仮定に基づいていても、何もわからないよりはずっと良い。ついては、せめてできるだけ食品流通の現実に即した技能試験に設計したい。とすれば、農薬の添加濃度はどのくらいにしたらいいのか。やはり一番知りたいのは、残留基準値付近の濃度でのスクリーニング技能だ。農薬残留を見逃しても、濃度が基準値以下ならば問題は少ないし、逆にあまり高い濃度で技能試験をしたら、現実に即さない易しい試験になってしまう。

 よし。添加量は、それぞれの農薬の残留基準値付近ということにしよう。しかし、ぴったり残留基準値にしてしまったらまずい。分析者が予断を持ってしまう。添加濃度もランダム関数で決めよう。残留基準値の1〜5倍の範囲内ということにしよう。

そして技能試験の結果は・・・

 以上の熟考の末にあなたは、10機関に対して技能試験を行うよう部下に命じた。その時に予測(期待)していたのは、たぶんほとんどの機関は全部の農薬を正しく検出するか、たまたま1つ見逃す程度だろうという結果だった。日本の分析機関は優秀で粒揃いなのだ。果たしてその通りになったのか。この話の続きは、残留農薬多成分スクリーニングに関わる試験技能評価で来週以降書くつもりだ。

付記
 FAPASRのシリーズ19は、毎回最大6農薬が添加されることになっており、2003年度の場合9ラウンド実施される。FAPASR設計者の意図は不明だが、シリーズ19の全ラウンドに1年間参加すれば、この社長が構想した技能試験と似た成果が期待できる。


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管理者:津村ゆかり yukari.tsumura@nifty.com