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残留農薬多成分スクリーニングに関わる試験技能評価
用語解説・資料集

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残留農薬のポジティブリスト制(2003年11月1日作成)
食品分析技能評価スキームFAPASRについて(2003年4月20日作成)
Horwitzの式とは(2003年10月11日作成)
研究事業の概要(2003年6月8日作成)
関連リンク(2003年4月20日更新)

残留農薬のポジティブリスト制(2003年11月1日作成)

 食品衛生で言うポジティブリスト制とは、食品にある範囲の物質(たとえば農薬)が含まれていたら基本的にダメ、リストされた物質だけが許されますよ、というやり方のこと。逆にネガティブリスト制とは、リストにある物質が含まれていたらダメですよ、というもの。現在の残留農薬規制はネガティブリスト方式で行われており、リストにない農薬が検出されても違反にならない。つまり法律上は分析する必要がない。ポジティブリスト制になると、理論的には全部の作物の全部の農薬について違反の可能性が出てくる。

 分析屋にとって、これは深刻な事態だ。どの農薬を分析したらいいか?と考える責任を、これまで国(リストの作成者)が一手に引き受けてくれていたのに、ポジティブリスト制のもとでは個々の分析者(担当技術者・分析機関)が負うことになる。できるだけ多くの農薬を効率よく分析する技術と共に、残留の可能性に関する情報収集能力が問われるようになる。

 ポジティブリスト制について、管轄官庁の厚生労働省による定義と背景説明は食品関係用語集の中に短く書かれている。また、一連の改正のステップは、ポジティブリスト制施行の主な予定(案)でまとめられている。遅くとも平成18年5月にポジティブリスト制施行とされている。施行の前と後で、具体的にどう変わるのか。こちらのイメージ図(ページの中ほど)を眺めるのがわかりやすいと思う。それから現在、食品中残留農薬の暫定基準(1次案)に対する意見募集が行われている。農薬分析の現場にいる人なら、経験に基づいて述べたいことが色々とあるのではないだろうか。募集期間は平成16年1月27日(火)まで(必着)。


食品分析技能評価スキームFAPASRについて(2003年4月20日作成)

 FAPASRについては、すでによくご存じの方や、あるいは実際に利用された方が多いかもしれない。初めて聞いたという方も、日本での代理店 がホームページで登録申込書を公開しているので、プリントアウトして読めば、詳しく内容を知ることができる。しかし、ホームページで公開されているのはFAPASRで扱われているもの全般の概説であり、農薬分析について特に詳しく書かれているわけではない。ここでは、登録申込書だけではわからない、「農薬分析をする試験所にとって、FAPASRはどんな役に立つのか」について紹介する。

 FAPASRは「ファーパス」と発音する。Food Analysis Performance Assessment Schemeの略称である。英国Department for Environment, Food & Rural Affairs (DEFRA)のCentral Science Laboratory (CSL)が実施するプログラム。必ず上付きの「R」が付いていることが示すように、商標名である。CSLは独立行政法人であり、収益事業としてFAPASRを行っている。

 FAPASRでは、食品常在成分、アフラトキシン、アクリルアミド等、多岐にわたる試験項目が用意されており、試験の種類によって「シリーズ番号」が付けられている。各シリーズごとに繰り返しスキームが実施されるが、この単位を「ラウンド」と呼ぶ。自分の技能を評価したい試験機関は、ラウンド単位で参加する。

 各ラウンドごとに、CSLが分析対象物質の入った試験品を参加機関に送付する。各機関はそれぞれの方法で目的の試験対象を分析して期限までに試験結果を提出し、それをCSLが統計解析して結果のレポートを返す。テストの正解に当る「付与された値」は、参加機関のデータそのものから、統計解析によって求められる。簡単に言えば「全データの平均」が正解で、正解に近い値を出した機関ほど技能が高いということになる。(実際には「外れ値」の基準が設けられており、もっと複雑。)どれだけ正解に近いかは、z値で評価される。z値を算出するための標準偏差としては、集計データから求められる標準偏差ではなくHorwitzの式に基づく「ターゲット標準偏差」が用いられる。

 レポートの中で参加機関名はコード化されており、参加情報は秘密にされる。参加機関は、結果によって自機関の技能を客観的に知ることができるし、望むなら外部に対して技能を証明することもできる。胴元のCSL自体の試験技能は関係ない。CSLは試験品中の対象物質の濃度のバラツキが許容範囲内かどうかチェックするだけである。チェックのために出された試験値は、レポートの統計解析には含まれない。

 FAPASRの対象範囲は広いが、残留農薬に関するものは現在3シリーズある。シリーズ5は有機塩素系農薬とPCB類が対象、シリーズ9は有機リン系農薬とピレスロイドが対象。そして、シリーズ19が幅広い系統の農薬を網羅している。対象農薬の数は増加する傾向にあり、登録申込書によれば、2001年度41化合物、2002年度50化合物、2003年度68化合物である。と言っても、これだけの農薬が全部添加されるわけでなく、候補物質から最大6農薬を添加した試験品が配布されることになっている。しかも、実際に6農薬が添加される場合もあまりないようだ。私がレポートを読んだ範囲では2〜4農薬のみだった。(ラウンド17〜24を読んだ。)添加濃度は数十〜数百μg/kg(ppb)。食品マトリックスの種類は、果実や野菜のピューレ、また、ワイン・紅茶・ベビーフードなど。

 どんな国から何機関くらいが参加するのか。ラウンド17〜24で最も参加機関数が多かったラウンド20(2001年11月)の場合、87の試験品セットが32カ国へ送付された。このうち67機関が定められた期限内にデータを提出した。

 シリーズ19の解析結果が面白いのは、「含まれていた農薬を検出できなかった機関」と「含まれていない農薬を誤って検出した機関」が毎回必ずと言ってよいほど出てくることだ。ときには参加機関の3割以上がそんな結果を出す。これはz値うんぬん以前の問題。残留農薬分析の難しさを表している。そしてまた、これがシリーズ19の有用性でもある。「多数の農薬の中のどれが含まれているかわからない」という状況は、流通する食品の分析で実際に直面する問題そのものである。このシリーズでは、何が入っているかわかった上での定量とは違う、よりレベルの高い技能を試すことができる。(なお、「68農薬の中には、うちの機関が分析する必要のないものが含まれている」という場合は、不用な農薬を分析せずに結果を提出できる。実際、全部の農薬にチャレンジする機関のほうが少ないようだ。)

 さて、FAPASRシリーズ19に参加したいと考える機関は、1ラウンド3万円程度の費用を支払って参加すればよい。レポートもこの価格に含まれている。レポートだけ購入したら、1ラウンド分が8000円だった。(2003年1月現在。)データとして読むなら何ラウンド分か必要だろうから、この価格は高価すぎるかもしれない。(レポートは20〜30ページ程度で製本も簡単なもの。)

 一方、FAPASRのプロトコールは無料で送付してくれる。これには統計解析の手法について、かなり詳しく書かれているし、けっこう充実した内容だ。2002年9月に第6版が出ている。また、シリーズ19でレポートされたデータの一部は平成14年度厚生労働科学特別研究事業「中国産野菜等輸入食品中の残留物質の一斉分析法の開発に関する研究」(主任研究者:国立医薬品食品衛生研究所大阪支所外海泰秀食品試験部長=当時)報告書の第三章で詳細にまとめている。国立国会図書館へ複写を請求できるはずだ。


Horwitzの式とは(2003年10月11日作成)

 同じものを繰り返し分析した場合、理想的には同じ分析値が得られるはずだ。しかし、現実にはそんなことはない。同じになるはずの分析値が、ある範囲でばらつく。どの程度のばらつきまでなら許されるのか?便宜的に、標準偏差10%までとか20%までとか言われる場合も多い。しかし、分析をしている人なら誰でも経験的に、分析対象によって、比較的ばらつきの大きいものと小さいものがあること、また、同じ分析対象でも、低濃度での分析ほどばらつきやすいことを知っているだろう。これを食品の分野に限って定量的に表したのがHorwitzの式だ。

 FAPASRでは、ターゲット標準偏差 σp を求めて、各参加試験機関のデータの評価に用いている。Horwitzの式とは、 σp を求めるための下記の式のこと。以下、Central Science Laboratory, FAPAS Proficiency Testing Protocol, Organisation and Analysis of Data, 6th Ed, Sep 2002 より引用する。

 濃度が120ppb未満の分析対象物質について
  σp = ( 0.22 c )/ mr

 濃度が120ppb以上13.8%以下の分析対象物質について
  σp = ( 0.02 c 0.8495 )/ mr

 濃度が13.8%を超える分析対象物質について
  σp = ( 0.01 c 0.5 )/ mr

 ただし
  c :付与された値(外れ値を除いた全データの平均値)。次元のない質量比で表したもの。
    例えばppmは10-6、%は10-2
 mr :次元のない質量比

 付与された値を定量値から差し引き、σp で割ったものがz値とされる。各試験機関が提出したデータは、z値が 2 以下の場合に「満足」、2 を超えたら「不満足」と評価される。なぜ実際に集めたデータから計算する標準偏差を使わず、ターゲット標準偏差を使うのか?それは、データを提出してくる試験機関の技能が、毎回一様ではないからだ。提出データの標準偏差を使うと、同じ分析機関のデータでも、たまたまその時に腕の悪い機関ばかりが参加していたら高く評価され、逆に腕のいい機関ばかり参加していたら低く評価されてしまう。自機関の客観的な技能を知るために参加しているのに、これでは困るだろう。ターゲット標準偏差は濃度のみによって決まるから、他の参加機関の腕がいいか悪いかは評価に影響しない。

 また、松田りえ子著「内部精度管理−食品衛生検査の実際」(林純薬工業、1998)には「Horwitzのカーブ」について、下記のように書かれている。

 食品分析では、時に、Horwitzのカーブが目的への適合性基準として使用されることがあります。Horwitzのカーブというのは、3000以上のコラボラティブスタディの結果から導かれた、分析対象物と室間再現性との関係式です。分析対象物の濃度を c 、室間再現性を RSDR とすると

     RSDR = 2 [1-(logc/2)]

となります。これは経験から求めた近似式ですから、実際の RSDR は多くの場合にこの式から求められる値に近くなりますが、分析法の性質によっては異なることもあります。

 この数式は、FAPASRで用いられているHorwitzの式とは異なっているが、両者がどのような関係にあるのか私は調べていない。厚生労働科学研究「中国産野菜等輸入食品中の残留物質の一斉分析法の開発に関する研究」においては、FAPASRのプロトコールで採用されている式に従って定量値を評価した。


研究事業の概要(2003年6月8日作成)

 厚生労働省ホームページ内の 厚生労働科学研究費補助金研究事業の概要にあらましが掲載された。大きな表なので、この研究事業の部分だけ引用する。

研究課題:中国産野菜等輸入食品中の残留物質の一斉分析法の開発に関する研究

実施期間:平成14年度

合計金額(千円):5,000(注:研究予算額)

主任研究者所属施設:国立医薬品食品衛生研究所大阪支所

氏名:外海泰秀(注:主任研究者)

(1)専門的・学術的観点
ア 研究目的の成果
イ 研究成果の学術的・国際的・社会的意義:

国内の8検査機関を対象に、農作物中104種農薬の残留スクリーニング分析に係わる試験技能評価を試みた。内部精度評価(添加回収試験)、外部精度評価(ブラインドスパイク)等を行った結果、対象機関の間で技能水準にはかなりの開きがあった。

(2)行政的観点
・ 期待される厚生労働行政に対する貢献度等:

現在、検疫所で行っている輸入食品のモニタリング検査等を指定検査機関へ移管するに際して、対象機関の技能評価をし、その可能性を検討する資料として本研究は大いに有用である。

(3)その他の社会的インパクトなど(予定を含む):
今後、検査機関の技能評価をする場合の一つのモデルケースとなると考えられる。


関連リンク(2003年4月2日作成、2003年4月20日更新)

FAPASR
 英国CSLが主催する食品分析技能評価スキーム(Food Analysis Performance Assessment Scheme)。シリーズ19が多系統の農薬のスクリーニングを扱っている。

FAPASRの日本での代理店
 FAPASへの登録申込書その他の資料。GSIクレオスのページ。

食品衛生外部精度管理調査
 財団法人食品薬品安全センター秦野研究所が主催する外部精度管理プログラム。

AOAC International
 分析法の標準化で長い歴史を持つ組織。かつてはAssociation of Official Analytical Chemistsの略称がAOACだった。それより以前、1884年の設立時はAssociation of Official Agricultural Chemistsだった。現在はAssociation of Analytical Communitiesの略称とされているが、通常は単にAOACで通っている。

AOACインターナショナル日本セクション
 1998年10月26日設立。AOACの日本支部。残念ながらホームページの更新頻度は低い。


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管理者:津村ゆかり yukari.tsumura@nifty.com