2016年8月
今月の本
- 通史の方法―岩波シリーズ日本近現代史批判 (歴史学叢書)、宮地正人、名著刊行会、2010
- 「ヨブ記」論集成、並木浩一、教文館、 2003
- 自伝的記憶と心理療法 (甲南大学人間科学研究所叢書 心の危機と臨床の知15)、森茂起編著、平凡社、2013
- 日本近代随筆選3 思い出の扉、千葉俊二、長谷川郁夫、宗像和重編、岩波文庫、2016
- いわさきちひろ―子どもの心を見つめた画家 (別冊太陽)、ちひろ美術館編、平凡社、2007
- 禅キリスト教の誕生、佐藤研、岩波書店、2007
- 道元 (別冊太陽 日本のこころ)、角田泰隆、平凡社、2012
以前から探していた本が、カードを持っていてもなかなか行く機会のない図書館にあることを発見して、まとめて借りてきた。いずれも専門性が高く、2週間程度読んで感想を書けるようなものではなかった。
とりわけ『ヨブ記論集成』は、自分の知識が足りずまったく歯が立たなかった。
『通史の方法』は何年も前に友人に薦められていた一冊。難しい内容だったので興味のあるところだけ拾い読みした。「歴史を学ぶ」ということは、単なる知識の寄せ集めや、自分の推測への我田引水でもない。学問の難しさと厳しさをあらためて思い知らされた。
一度は志したものの、職業にできなかったことは、私にとってはむしろ幸運だった。
心的外傷の記憶については以前から興味がある。特に、中井久夫『徴候・記憶・外傷(sign, memory, trauma)』に書かれていた次の言葉。
敢えて言えば、言語的な語りとして自己史を統一することは絶対的に必要ではなく、また必ずしも有益でもない。
むしろメタ記憶の総体の連続感をほぼ満足できる程度に維持する、あるいは修復することが現実的な目標であり、ある意味ではより高次な目標ではないだろうか。
(「発達的記憶論」)
長く、刻々と状況も変化する人生の中で、過去を一つの物語に収斂することはかえって苦痛をもたらす。それは想像できる。では、加齢と状況の変化に対応出来る「メタ記憶の総体の連続感」とは、どのようにすれば獲得できるのだろうか。
そして、どのようにして、加齢と状況の変化に対応すればよいのだろうか。
残念ながら、本書にその回答はなかった。
横浜美術館の「メアリー・カサット展」で多くの母子像を見た。その時ふと、いわさきちひろのことが思い浮かんだ。
近代の女性の芸術は、ブルジョワの幸福な母子像にはじまった。ちひろは戦後、貧しいながらも健気に暮らす母子を描き、やがて「戦火のなかの子ども」を描いた。
いわさきちひろは、優れた絵本画家であったことに加えて、女性の芸術家の歴史のなかでも重要な位置を占めていることに気づかされた。
「キリスト教」への先入観に鋭く切り込む佐藤研の著作にはいつも驚かされる。
禅とキリスト教のつながりを指摘する人が佐藤のほかにもいることは知っている。私は文字を追うことはできても内容は理解できない。
よくわからないので、道元と曹洞宗を特集した図鑑を借りてきた。図鑑を読んだ程度で何かがわかるはずもないことはわかっている。
それでも、言葉だけでも追いかけようと、『修証義』を読み返した。
もう一冊、『ルバイヤート』も今月読み返した。この二つの「作品」に共通点はない。むしろ全く正反対のことを説いている。それでも、何となく、この二冊を併せて読みたくなる、そういう気分のひと月だった。
今月の美術館と博物館
- とことん!夏のびじゅつ(じ)かん、府中市美術館、東京都府中市
- 本の中の江戸美術、東洋文庫ミュージアム、東京都文京区
府中市美術館では、清水登之「チャイルド洋食店」と再会。常設の牛島憲之記念館は、いつも長い時間を過ごす場所。今回も、誰もいない部屋で、水平線を境にして上下対象になっている「灯台のある島」(1984)をしばらく眺めていた。
しばらく前に論争を呼んだ特集「燃える東京・多摩 画家・新海覚雄の軌跡」も見た。激しい義憤と自分たちの世界は自分たちで守るという固い決意を感じる作品だった。
東洋文庫ミュージアムは大きくはないけど、展示品の質が高く、館内の雰囲気がいい。
今回は国宝を3点見た。「史記」、「百万塔 陀羅尼経」、「永楽大典」。
「史記」は始皇帝即位を説いた部分が訓み下し文とともに展示されている。助けを借りながらとはいえ、300年以上前に書写された漢文が自力で読めることに感動する。
企画展では、展示の説明文が洒落ていて、くすりと笑わせる。
「行きつけの博物館」が一つ増えた。
さくいん:府中市美術館、東洋文庫ミュージアム
今月の音楽
- My Heart in Red、飯島真理、Moon、1989
- It's a love thing、飯島真理、Moon、1990
- Believe、飯島真理、Moon、1991
- Different Worlds、飯島真理、Moon、1993
- Love Season、飯島真理、Moon、1994
- Sonic Boom、飯島真理、Moon、1995
- Good Medicine、飯島真理、Moon、1996
- Europe、飯島真理、Moon、1997
- Silent Love、飯島真理、Moon、2004
高校生の頃、80年代半ば、飯島真理をよく聴いていた。神奈川県民ホールと中野サンプラザのライブにも行った。アルバムでは『midori』が出た頃。
その次の「KIMONO STEREO」から聴くことはなくなった。初期の5枚のアルバムは今でも繰り返し聴いている。
ふと、5作目以降の作品を聴いてみたくなり、図書館にあるだけ借りてきた。
飯島真理は1982年、今で言うアニソン・アイドルとしてデビューした。その後、松本隆作詞の「1グラムの幸福」でも、ピアノが上手な「女の子」のイメージでヒットした。
しかし、その枠が気に入らなかったのか、数枚のアルバムを出したあと、セルフ・プロデュースするようになり、米国に渡り、現在は自主製作のスタイルをとっている。
日本を飛び出し、製作も自前という飯島真理は、デビュー当時の売り出し方から受けた印象と違い、かなりの野心家に見える。
また、中島みゆきや谷山浩子のように独自の世界観をずっと貫くというよりはアルバムごとに新境地を切り開いているようで作風はどんどん変わる。それは迷走にも見えるし、試行錯誤にも見える。
すべての曲が気に入ったというわけではないけれども、90年代以降の作品にも好きになったものはある。
"Shake! Shake!"(Sonic Boom)などは、80年代の「かわいい」路線とそのあとで開拓した独自路線が上手にかみ合っていていい感じ。
なんといっても、彼女の声を気に入っているので、どれを聴いてもいいことに変わりはない。
飯島真理の作品のなかで一番好きな曲は、と聞かれたら、迷わずに答えられる。
「夢色のスプーン」。松本隆作詞、筒美京平作曲。そして、歌はメジャーデビュー前の飯島真理。これ以上、言うことのない組み合わせ。