浦賀水道

5日間の船旅に出かけた。何もする予定のない、海に出るだけが目的の旅。余るほど時間があるからふだん読むことがない小説を読んでみようと思い、図書館で小説の棚を歩いていて本書を見つけた。

梨木香歩は『裏庭』を読んだことがある。一度目は話が飲み込めず、二度読んでから長い感想を書いた。10年以上前のこと。ぐいぐいと引き込まれる強い引力を持つ物語だった。

本書も同じように読みはじめると物語に引き込まれ、船旅ははじまったばかりなのに読み終えてしまった。読み終えはしたものの読後感は言葉にはならないものだった。『裏庭』のときもそうだった。

「五十年の後」と題された後半がよくわからなかった。この部分がなくても十分に面白い幻想物語ではないか、そんな風に思った。なぜ、「五十年の後」が書かれているのか、なぜそこに違和感を感じるのか、それを確かめるために船旅のあいだに「五十年の後」を何度も読み返した。


秋野は地理学を研究しているつもりだったが、本当は違っていた。彼は自分でも気づかぬうちに悲嘆寛解を探求していた。

そして歳を重ねて海うそを再び見たとき、彼の悲嘆は緩和されはじめ、歳を重ねてその出来事を思い出したとき、悲嘆は融解した。

そういう物語だろうか。

読後感が疑問形になるのは読後に共感と嫌悪感、相反する感情が残ったということ。

自死遺族の悲嘆の融解を細やかに描いている作品と思う一方で自死を小説の「仕掛け」に利用している下卑た作品と思わないでもない。


船にはもう一冊、前から読もうと思っていた神谷美恵子『生きがいについて』(1966)を持って行った。その中にパール・バックの次のような言葉が引用されていた。

悲しみには和らげることのできる悲しみと、和らげることのできないという悲しみという根本的に異なった二つの種類がある

「和らげることのできない悲しみ」を知っている人と知らない人では、この小説の感想はまったく違うものになる、そんな気がする。

秋野は、海うそを眺めて「きれい」と無邪気に感動する息子を見て、「いわば「子どもの視点」のようなもの」と嘆いている。

「和らげることのできない悲しみ」を知る人の中には、この小説こそ、「子どもの視点」からしか悲嘆を描けていないと思う人も少なくないのではないだろうか。そう思わないではいられないくらい「五十年の後」で「自死」は唐突に持ち出され、性急に省みられ、安易に癒される。

一言で言い換えれば、許嫁の死は自死である必然性がない。だから自死の扱いが軽く感じられてしまう。

この条りを物語のクライマックスに向かって速度を上げている場面と見る人もいるのかもしれない。残念ながら私にはそう思われない。

繰り返せば、作品の構成上、秋野が自死遺族である必然性が感じられない。


「自死遺族の文学」という文学ジャンルはありうる。大切な人を自死で失くした悲しみと苦しみ、悔しさと時に湧き上がる憎しみ、そういう複雑な心理を描写し、懐かしさと慰めを表現する。

これまでに読んだ本のなかでは、山形孝夫『死者と生者のラスト・サパー』森山啓『谷間の女たち』はそこに属する。

『海うそ』は「自死遺族の文学」とは言えない。

「五十年の後」をどう読むかによって、本書の受け止め方は大きく違ってくるのだろう。「五十年の後」はなくてもよかったのではないか。もしくは許嫁の死は自死にすべきではなかった。


さくいん:梨木香歩悲嘆自死・自死遺族