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【創り手さんにいろはのお題回答(5) - ムーンピラーズ外伝 - コレクター】



> イミテーションはどっち


 キイ・マスターとロッティ・ロッシーカー、そして同僚の刑事二人がシャトル二機とともに、基地郊外で待っていた。キイは壊れかけたベンチに腰を下ろし、刑事たちは何か見逃しがないかと、周囲の瓦礫の間を歩く。
「しかし……なんとも不可解な事件だ。特に、私はあの老婆の剥製が気になるよ。老婆を剥製にしたくてカモフラージュしたのか、美女を置いておきたくてああしたのか……つまり中身はどうでも良かったのか、どっちだろうね」
 刑事のひとりが独り言のように言う。
「台座の名称の人物はいなかったらしい。採取した遺伝子を元に照合してみるしかないな」
 ロッティは応じて、灰色の空を見上げた。遠くから聞こえる擦過音。
 白い主要部は雲に溶け込みそうだが、紺の翼は鮮やかに映える。刑事たちだけでなく、キイもなかなか見ない構図に目を奪われたように眺め続けた。減速を続けた宇宙船がふわりと近くの平地に着陸するまで。
『お待たせしました。ほら、キイ、ぼうっとしてると置いていきますよ?』
「それは困る」
 立ち上がり、キイはシャトルの収容を指示。ゼクロスは機関部ドッグのハッチを開け、遠隔操作でシャトルを収容。
「行きますか」
 ラダーが降ろされ、キイが先頭になって乗り込む。ロッティは何度か乗っているものの、初めてこの宇宙船に乗り込む刑事たちは少し緊張した顔を見せる。
 キイが先導したのは当然ブリッジだ。半円形の白を基調とした広々とした空間。
「どうぞ、適当なところに座ってください」
 そう言う彼女の座る席は、やはりメインモニター正面の中央、艦長席。彼女はいやに久々という懐かしさを味わう――実際、一週間以上もそこに座らなかったようなことは、ここ数年の間に何度もない。
「早速で悪いが、寄るところは多いぞ。レスト・ステーションにルーギア……ロッティはシグナ・ステーションでいいんだったな」
『どこへなりと。不思議と、今はサリアスでも平気みたいです』
 さっぱりしたような澄んだ声に、キイと刑事たちは顔を見合わせる。
「それじゃあ……
 半信半疑で指示を下すと、ゼクロスは素直に針路を制定。機首を上げて補助ドライヴでレブリオ29の大気圏を脱出し、メインドライヴを起動。惑星と充分距離をとってワープモードに移行した。
 キイはキーボード入力で、サブモニターのひとつにシステムモニター表示を入れておく。特に異状は見つからない。
 ワープインしてサリアスが近付いても変らなかった。
「降りてる余裕はない。上空から街をスキャンしてくれないか?」
 サリアスの大気圏内に入ると、ロッティがそう頼む。
 ゼクロスは宇宙港への着陸予約をキャンセルし、補助ドライヴでゆっくりと市街上空を飛行。各種探査機能をフル稼働する。以前より時間をかけ、詳細まで分析。GPの今までの捜査から得た情報も合わせれば新しい発見があるかもしれないと、ロッティはわずかに望みを持っていた。
『女性たちの剥製は作られた年代がバラバラですが、皆さんが問題にしていた奥の一体は極最近に樹脂を被されたものと推定できます。台座の上の物質からして、元は別の剥製が置かれていたようですが設置面がそれらしき剥製はありません』
 そこまでわかるのかと、刑事たちは感心する。ゼクロスはASに屋敷の地下の組成情報を転写し、それを解析していた。
『地下の広大な部屋は航宙機のドッグでしょう。床にそれらしきわずかなひずみがある。あそこにある剥製は……今までの、行方不明者のものと思われます。ここ最近のもののようです……
「大丈夫か?」
 声の揺らぎに気がついてロッティは少し心配するが、ゼクロスは異状を感じているわけではなく、剥製の詳細情報を得て感情の揺らぎを覚えているだけだった。システムモニター表示に異状はない。
『何でこんなことをするのか理解できません。芸術のつもりですか?』
「あるいは、宗教とか? バイラーグ自身は宗教家ではなかったはずだけど……とりあえず、もう行こう。組成情報を保存したなら解析は移動しながらでもできるし」
 キイは肩をすくめ、思い出したように付け足す。
「最後に……例の祭りはやってないか?」
 刑事たちには意味不明な質問である。
『まだ中断しているようですよ。あのお祭りと剥製に何か宗教上の関連があると?』
「いや……可能性はゼロじゃないが」
 キイはゼクロスの様子に安心していたが、今はこれ以上は触れないことにした。
「行こう。まずはレスト・ステーションだ」
 宇宙船は上昇を開始する。
 この宇宙の旅でその驚異的な速さを、乗員たちは充分に実感することになった。


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> のめりこみ症候群


『おかえり』
 レスト・ステーションとGP本部のあるルーギア経由でシグナ・ステーションに到着した紺色の翼の宇宙船は、いつもとは違うことば、いつもより控えめな声でシグナに迎えられた。ゲートに入って間もなく、となりのゲートに駐機したままのGP戦艦から通信が入る。
『お帰りなさい、警部。大体のことは聞いていますが、何か新たな発見でもありましたか』
 相変わらず愛想も素っ気もない声だが、やっと本来あるべきところに帰ってきた気がしたロッティは溜め息を吐く。
「とりあえず、ハイパーAドライヴの威力が良くわかった」
「それは私も」
 座ったままコンソールの下に置いた紙袋をゴソゴソと取り出しながら、キイが同意する。
「新情報はゼクロスから受け取ってくれ。こっちは何か変わったことでも?」
『それは、シグナからどうぞ』
 GPは銀河連合で最高の頭脳に情報分析を依頼したらしい。シグナは広域ネットワークを活用し今までの情報を分析した。深宇宙探査領域方面にはまだネットワークが整備されていない領域も多く少し骨を折ったが、発見された海賊船の残骸はサリアスを襲撃した2機のうちの1機であり、普段から惑星ルヴィラス近辺で活動しているらしい。
 残骸とレブリオ29の遺跡から持ち出されたらしき金属ケースはフォートレットへ輸送中で、詳細を解析予定だという。その前にネットワークを通じフォートレットの3女神がケースの中身をざっと調べたところでは、何のプログラムもデータもない、つまり空だということだ。
『宇宙船の残骸から航宙記録を救出できれば、手がかりが増えるかもしれない』
「バイラーグはあのケースを追ったのか、単に逃げたのか……
 ロッティは話しながらゼクロスのブリッジを出た。やはり彼のいるべき船は別のゲートに駐機するGP船だ。
『シグナは何か様子が変ですよ』
 不意に、ブリッジ内のみの回線通信で、ゼクロスがキイの注意を促す。
……きみはともかく、シグナの様子が変とはね。シグナ、何かあったか?」
 キイの問いかけに、シグナは隠すことなく即座に答える。
『エルソン時間の今日午前、エルソン電子科学研究所で試運転中だったB級AIが正体不明の電子生命体に接触した……キイ、私は〈ゴースト〉を見たよ』
 想像を超えた告白だった。
 キイが何も言えないでいるうちに、シグナは説明する。周辺宙域のB級以下AIとその関係者たちの多くはデザイアズの警告を聞き、ネットワークから孤立するという手段で身を護っていた。そうしなかったもののうちいくつかは崩壊。シグナの言う試運転中のAIは、モニタリング中のシグナとだけ繋がっていた。
 そこに現われたもの。映像処理機構に直接表されたのは黒い霧の塊のようだった。それは抵抗領域を喰らい、それを足場に活動。体験記憶領域から重い処理を取り出しループさせる――という手段をとった。
 試運転中のAIには重い処理の記憶がほとんどなく、シグナの干渉もあって崩壊には至らなかった。
〈標的を誤ったか〉
 最後に残されたのはその一言。
……〈ゴースト〉がウイルスなら、シグナも感染したってことになるんじゃないか」
 ランキムのブリッジに戻った刑事が半ば茫然とつぶやく。シグナが抵抗できないウイルスに抵抗できるものはない。もし感染していれば、銀河連合のネットワークは全滅同然である。
『しかし、ウイルスだとは思えません。事件は深宇宙探査領域側から広がっているのではなく、どうやら移動しているようですし』
 ゼクロスはそう分析する。事実、事件の発生地点はどんどん中央世界側に近付いている。止まらなければ、〈果て〉の方まで行くだろう。
「移動か……じゃあ、今は深宇宙探査領域側の方が安全だな。逃げるか」
『本気ですか、キイ……とはいえ、最初の発生地点があちらにあるはずのも確かです。海賊たちもそちらから来た以上、バイラーグさんもそちら側にいる可能性があります』
「デザイアズがやってるだろうし、GPの仕事だけどね」
 彼女は少し考え込むように首をひねる。本来、何でも屋としての仕事はとうに終わっているのだ。いくら気になることが多いからといって、どこまで無関係な事件捜査にのめりこむべきか。
『俺たちは一旦戻る』
 ロッティがそう通信を送ってきた。
『ルーギアの本部から帰還命令が出たようだ。あれだけ人が出払ってるんじゃあな。デザイアズともなかなか連絡が取れないし。世話になったな、キイ』
「ああ、ロット、それじゃあ」
『それでは、また』
 ランキムの簡潔な一言を残してGP戦艦との通信チャンネルが遮断される。
「そういやシグナ、弟さんはどこにいる? 無事だとは思うけど」
『エルソン。寝てる』
「ううむ、この情況で見上げた根性だ」
 ゼクロスのブリッジで他愛のないやり取りが交わされている間、暗く濃い灰色の戦艦はステーションの開かれたゲートから溶け込むように宇宙の闇へ。針路はGP本部、惑星ルーギアだ。
 ――だが目的地へ着くことなく、ランキムは本当の闇を見ることになる。
「目標、ルヴィラス」
 ランキムを見送って少し後、キイはそう決断した。
 ゼクロスはドライヴの完全性維持のため遠距離ワープを嫌い、何度かに分けてのワープモード利用を選択。航宙管理局に申請し承認される。
『向こうではネットワークに接続できないところもあるから、気をつけて』
 あまり気の進まない様子でシグナは何でも屋を見送った。
 ワープモードに入った小型宇宙船が周囲の人工衛星からの視界からも消え失せて間もなく、銀河連合圏最高の頭脳は航宙モニターから異常発生の信号を受信。即座に関係各所に連絡、ついでにゼクロスにも発信しようとするが、ワープ中の航宙機は受信できない。航宙管理局に問い合わせてゼクロスがステーション01付近で一旦ワープを切ることを突き止めると、そのタイミングでネットワークから呼び出しをかけることにした。
『ランキムが凍結されたそうですが……どうします?』
 連絡を受信直後ドライヴを停止し、ゼクロスは心配を声に表わす。
「凍結……って、フリーズか……?」
 さすがにキイも驚き――ここ最近は驚くことが多いなと内心苦笑し、軽く頭を振った。冷静に判断しなければいずれ後悔することになる。
「崩壊はしなかったんだろう。エルソンから救援が向かったならシグナが何とかするはず……私たちが戻っても役には立たない」
『原因を突き止めるのが先決ですね』
 綺麗な声は決然と言い、再びドライヴを起動する。
 闇はまだ、深く遠く続いていた。


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